「日本と並ぶ長寿国」の不都合な真実…「野菜と果物生活」をやめたスペイン人が代わりにたっぷり食べているもの
プレジデントオンライン / 2024年11月18日 18時15分
※本稿は、バーツラフ・シュミル『世界の本当の仕組み』(草思社)の一部を再編集したものです。
■無制限の肉食vs.純粋なビーガン
長生きするには、何を食べるべきか? 現代の食生活に関する主張や反論がやたらに飛び交うなかでは、これは答えるのが不可能な質問、あるいは少なくとも、答えるのが非常に難しい質問に思えるかもしれない。無制限の肉食から純粋な完全菜食主義まで、さまざまな食事法の1つひとつの長所と短所をどのように検討すればいいのか?
「旧石器時代(パレオ)ダイエット」という謳い文句で推奨されている無制限の肉食は、食物エネルギーの3分の1以上を肉のタンパク質から供給する。反対に純粋なビーガンは、動物性のものは1マイクログラムさえ口にしないだけでなく、革靴を履いたり、羊毛を編んだセーターやシルクのブラウスを着たりすることもない。無制限の肉食は、私たちの遠い祖先が抱いていた肉食に対する憧れの権化のような人の心に訴える。完全な菜食は、長年痛めつけられてきた生物圏を維持するための最も確実な道を提供しようとする。有害な家畜と違って慎ましい植物は、これ以上ないほど軽い負荷しか環境にかけないというのがその理由だ(※9)。
■「長生きできる食生活」の最終結論
80歳を超える長寿と結びついている、最もリスクが少ない食生活を見つけるための私の取り組みは、優れたものとしてメディアが売り込む怪しげな食生活をすべて無視するだけではなく、ひょっとするとこれはもっと意外かもしれないが、学術誌に掲載された何十もの論文も顧みない。過去に摂取したあらゆる食物についての本人の記憶をもっぱら拠り所として、食生活と疾患と長寿の間の関連を調べた、対象人数も期間もまちまちの論文は、特にそうだ。そうした調査の統合的な研究にも目を向けない。
冠状動脈性心疾患や飽和脂肪やコレステロールの調査から、肉を食べたり畜乳を飲んだりすることのリスクを取り上げたものまで、1950年以降のその種の論文をたんに並べるだけでも、小さな本なら1冊が埋まるだろう。そして、それらの研究のかなりの部分が、人間の記憶がどれほど当てにならないか(あなたは先週何を食べたか? きっと思い出せないだろう。あるいは少なくとも、正確には思い出せないだろう)を暴くことと、手順や解析の「欠点」を詳述することに捧げられている。つまりこの分野は、説得力のない結論への批判が蔓延しているわけだ(※10)。
だから、何を食べるべきかという問題に、ほとんどの人が頭を悩ませるのも無理はない。これらの研究や、それを統合する研究は、一貫した明確な結果を出すことに繰り返し失敗してきたし、新しい研究がそれまでの結果を根本から覆すことがしばしばある(※11)。食生活にまつわるはるか昔からのこの難問は、いまだに解決を見ていない。これにけりをつける、もっと良い方法はあるのか? じつは、それはごく単純なことだ。どこの人がいちばん長生きし、彼らがどのような食生活をしているかを見ればいい。
■世界で最も「平均寿命が長い国」
世界の200を超える国や地域のうち、日本は1980年代前半に男女総合の出生時の平均余命(平均寿命)が77年を超えて以降、平均寿命が最も長い(※12)。その後も寿命は延び続け、2020年には男女総合の平均寿命は約84.6年に達した。どの社会でも女性のほうが長命であり、同年には日本の女性の平均寿命は約87.7年で、2位のスペインの86.2年を上回っている。平均的な長寿は、遺伝と生活様式と栄養の要因が複雑に絡み合い、相互作用した結果だ。食生活だけによって長寿がどの程度決まるのかを突き止めるのは不可能だが、ある国の食生活に固有の特徴があるのなら、それは詳しく調べてみる価値がある。
日本の食物摂取には、この国の記録的な長寿に対する食生活の貢献を即座に説明できるような、何か本当に特別なところがあるのだろうか? 日本で多く摂取されている伝統的な食材はすべて、近隣のアジア諸国でたっぷり飲食されているものとわずかな違いしかない。中国人と日本人は、米の同じ亜種(オリザ・サティバ・ジャポニカ)の、栄養面では等価の種類を食べている。中国人は伝統的に、硫酸カルシウム(石膏)で豆腐を凝固させる。一方、日本人は主に塩化マグネシウム(にがり)を使って豆腐を固める。だが、原料のマメ科の穀物を磨り潰したものが、タンパク質を豊富に含んでいることに変わりはない。また、日本の緑茶(お茶)は発酵させていないが、中国の緑茶(ルーチャ)はある程度発酵させてあるものの、栄養価に違いはなく、見た目と色と味が違うだけだ。
■「日本人の食」は150年で激変した
日本人の食生活は、過去150年間に激変した。1900年以前に国民の大多数が摂取していた伝統的な食事は、成長潜在力を発揮させるほどではなかったので、男女とも身長が低かった。第二次世界大戦前は緩やかだった改善の度合いは、1945年の敗戦後の食料不足を日本が克服した後、加速した(※13)。
栄養不足を防ぐためにまず学校給食に導入された牛乳の消費量が増え始め、白米が豊富に出回った。日本が世界最大の漁船団と捕鯨船団を築き上げるのに伴って、シーフードの供給が急増した。肉が日本の一般的な食事に組み込まれ、パンや焼き菓子などの多くが従来はオーブン料理の習慣がなかった日本文化のお気に入りになった。所得が上がり、和洋両方の料理が普及すると、コレステロール値や血圧や体重の平均が上がった。それにもかかわらず、心疾患が急激に増えることはなく、寿命は延び続けた(※14)。
■日本とアメリカを比較すると…
最新の調査を見ると、日本とアメリカでは、1日当たりに摂取する食物エネルギーの総量が驚くほど近いことがわかる。1日当たりの食物エネルギーの摂取量を2017年の日本人男女と比べると、15~16年には、アメリカ人男性はわずか11パーセント、アメリカ人女性に至っては4パーセント未満しか上回っていない。炭水化物の総摂取量は日本人が10パーセント弱、タンパク質はアメリカ人が14パーセント弱、それぞれ多く、若干の違いがあるものの、両国とも、タンパク質の摂取量は必要最低限を大きく超えている。
だが、脂肪の平均摂取量には大きな隔たりがあり、日本人と比較すると、アメリカの男性は約45パーセント、女性は30パーセント多い。そして、最大の違いが見られるのが糖類の摂取量で、アメリカの成人のほうが約70パーセント多い。これを年間の差に換算すると、アメリカ人は最近、日本の平均的な成人よりも毎年、脂肪を8キログラム、糖類を16キログラム多く摂取していることになる(※15)。
■「ヨーロッパで最高の食生活」とは
たいていの食材は多くの場所で入手可能だし、調理の手順やレシピはインターネットで簡単に調べられるので、あなたも早死にのリスクを最小化し、日本風の食事を食べ始めることができる。日本の伝統的な料理である和食であれ、外国の料理をアレンジしたもの(たとえば、ウィーン風カツレツをあらかじめスライスしておいて振る舞うトンカツや、どろっとしたカレーをご飯にかけたカレーライス)であれ、お好みで(※16)。だが、朝食に味噌汁、昼食にただの冷たいおにぎり、夕食にすき焼きを食べ始める前に、セカンドオピニオンに耳を傾けてみるのもいいだろう。ヨーロッパで最高の食生活と長寿のモデルはどのようなものなのか?
世界の長寿ランキングで第2位に入るのがスペインの女性で、この国は伝統的に、いわゆる「地中海式ダイエット」に従って、野菜と果物と全粒穀物をたっぷり摂取し、マメ類やナッツ、種子、オリーブオイルで補足していた。だが、スペインの平均所得が上がると、人々はこのような習慣を意外なほど変えた(※17)。
1950年代後半まで、フランコ体制下の貧しいスペインは、はなはだ質素な食事を続けていた。典型的な食事はデンプン(穀物とジャガイモの年間消費量は、1人当たり合計約250キログラムにもなった)と野菜がほとんどで、肉の供給量は1人当たり枝肉重量で20キログラム未満、実際の消費量は12キログラム足らず(3分の1はヒツジとヤギの肉)、オリーブオイルが主要な植物油(毎年約10リットル)であり、糖類の消費(1960年には16キログラム)だけが、他の食品と比べて相対的に多かった。
■伝説の「地中海式ダイエット」とはかけ離れているが…
食生活の変化は、1986年にスペインがEUに加盟した後に加速し、2000年には1人当たりの肉の年間供給量が4倍以上の110キログラム強まで増え、スペインはヨーロッパ第一の肉食国になっていた。その後、わずかに下り坂になり、2020年には枝肉の供給量は1人当たり約100キログラムまで落ちたが、それでもまだ、日本の平均値の2倍だ! そして、生鮮肉や厖大な量と種類のハモン(塩漬けにし、長期間乾燥させたハム)に乳製品も加わるのだから、スペインの動物性脂肪の供給量が日本の値の4倍に達するのは、少しも意外ではない(※18)。現在、スペイン人は日本人のほぼ2倍の植物油を消費しているが、1960年に比べると、この消費量は約25パーセント減っている。
所得の上昇は、甘い食品に対する従来の好みを募らせる一方であり、そこに炭酸飲料も入ってきたため、1960年以降、1人当たりの糖類の消費量は倍増し、今では日本の約40パーセント上の水準にある。一方、スペイン人のワイン消費量は確実に減っており、60年には1人当たり約45リットルだったのが、2020年にはわずか11リットルまで下がり、ビールがスペインで圧倒的に消費量の多いアルコール飲料となった。現在、スペイン人の飲食は、日本人の飲食とは大違いであり、大陸一の肉食国であるスペインの食生活は、質素で、菜食主義に近く、寿命を延ばすという伝説の地中海式ダイエットとは、似ても似つかない。
■食生活が変化しても、寿命は延び続けている
だが、以前より肉も脂肪も糖類も多い食生活に加えて、心臓を守ってくれるはずのワインの消費の急減もありながら、スペインの心血管系疾患死亡率は下がる一方であり、寿命は延び続けている。1960年以降、スペインの心血管系疾患死亡率は、富裕国の平均よりも速いペースで下がっており、2011年には平均と比べて約3分の1少なかった。そして、1960年にはスペインの男女総合の平均寿命は70年だったが、それ以降、13年以上も延び、2020年には83年超となっている(※19)。これは、日本の平均寿命よりもわずか1年短いだけだ。
その1年のために、肉を半分に減らして、豆腐に替えるだけの価値が、果たしてあるだろうか? しかも、その1年は、心身の一方か両方が衰弱した状態で過ごす可能性が高いというのに。
食べそこなうかもしれないものについて考えてほしい。紙のように薄くスライスした生ハムのハモン・イベリコ、見事にローストされた豚(マヨール広場から南に歩いてすぐのレストラン、ソブリノ・デ・ボティンで、300年近く前から作っている有名な料理ではないにしても)、茹でたタコにジャガイモやパプリカやオリーブオイルを合わせた美味しいプルポ・ガジェゴ。
これらは、真に生き方にまつわる判断だ。だが、結論はかなり明白だ。食生活は非常に重要ではあるものの、親から受け継いだ遺伝子や周囲の環境などを含む全体像の中の1要素にすぎない。だが仮に、健康で活動的な生活を伴う長寿を一般的な食生活にだけ帰するなら、日本の食事のほうがわずかに有利だが、バルセロナの人がしているような食生活を送っていても、結果はわずかしか劣らない。
原注
9:旧石器時代の人間の進化の物語については、以下を参照のこと。F. J. Ayala and C. J. Cela-Cond, Processes in Human Evolution: The Journey from Early Hominins to Neandertals and Modern Humans (New York: Oxford University Press, 2017).「旧石器時代ダイエット」の効能に関する主張については、以下を参照のこと。https://thepaleodiet.com/. このダイエットに関する偏りのない論評としては、以下を参照のこと。Harvard T. H. Chan School of Public Health, “Diet review: paleo diet for weight loss” (accessed 2020), https://www.hsph.harvard.edu/nutritionsource/healthy-weight/diet-reviews/paleo-diet/. 人をベジタリアンに、あるいはビーガンにさえ変えるばかりか、「まさに文字どおり、世界を救う」と約束する書籍には事欠かない。盛んに喧伝された作品を2つだけ紹介しておこう。J. M. Masson, The Face on Your Plate: The Truth About Food (New York: W.W. Norton, 2010) および J. S. Foer, We Are the Weather: Saving the Planet Begins at Breakfast (New York: Farrar, Straus and Giroux, 2019).
10:E. Archer et al., “The failure to measure dietary intake engendered a fictional discourse on diet-disease relations,” Frontiers in Nutrition 5 (2019), p.105. 現代の食生活の前向き研究に関する最も広範で、最も非難がましい意見交換については、以下を手始めに、4組の論評の応酬を参照のこと。E. Archer et al., “Controversy and debate: Memory-Based Methods Paper 1: The fatal flaws of food frequency questionnaires and other memory-based dietary assessment methods,” Journal of Clinical Epidemiology 104 (2018), pp.113-124.
11:これまで、最も広範囲に及ぶ論争は、心疾患における食物脂肪とコレステロールの役割に関するものだった。もともとの主張については、以下を参照のこと。American Heart Association, “Dietary guidelines for healthy American adults,” Circulation 94 (1966), pp.1795-1800; A. Keys, Seven Countries: A Multivariate Analysis of Death and Coronary Heart Disease (Cambridge, MA: Harvard University Press, 1980). それらの主張に対する論評と、主張の撤回については、以下を参照のこと。A. F. La Berge, “How the ideology of low fat conquered America,” Journal of the History of Medicine and Allied Sciences 63/2 (2008), pp.139-177; R. Chowdhury et al., “Association of dietary, circulating, and supplement fatty acids with coronary risk: a systematic review and meta-analysis,” Annals of Internal Medicine 160/6 (2014), pp.398-406; R. J. De Souza et al., “Intake of saturated and trans unsaturated fatty acids and risk of all cause mortality, cardiovascular disease, and type 2 diabetes: systematic review and meta-analysis of observational studies,” British Medical Journal (2015); M. Dehghan et al., “Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study,” The Lancet 390/10107 (2017), pp.2050-2062; American Heart Association, “Dietary cholesterol and cardiovascular risk: A science advisory from the American Heart Association,” Circulation 141 (2020), e39-e53.
12:1950~2020年の5年平均の寿命は、あらゆる国と地域ごとに、以下で閲覧可能。United Nations, World Population Prospects 2019, https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/.
13:日本の詳細な歴史的統計が、この傾向を記録している。Statistics Bureau, Japan, Historical Statistics of Japan (Tokyo: Statistics Bureau, 1996).
14:H. Toshima et al., eds., Lessons for Science from the Seven Countries Study: A 35-Year Collaborative Experience in Cardiovascular Disease Epidemiology (Berlin: Springer, 1994).
15:アメリカと日本における全糖類と添加糖類の消費についてさらに詳しくは、以下を参照のこと。S. A. Bowman et al., Added Sugars Intake of Americans: What We Eat in America, NHANES 2013-2014 (May 2017); A. Fujiwara et al., “Estimation of starch and sugar intake in a Japanese population based on a newly developed food composition database,” Nutrients 10 (2018), p.1474.
16:優れた入門書は、以下のとおり。M. Ashkenazi and J. Jacob, The Essence of Japanese Cuisine (Philadelphia: University of Philadelphia Press, 2000); K. J. Cwiertka, Modern Japanese Cuisine (London: Reaktion Books, 2006); E. C. Rath and S. Assmann, eds., Japanese Foodways: Past & Present (Urbana, IL: University of Illinois Press, 2010).
17:スペインにおける見かけの消費率は、以下より。Fundacion Foessa, Estudios sociologicos sobre la situacion social de Espana, 1975 (Madrid: Editorial Euramerica, 1976), p.513; Ministerio de Agricultura, Pesca y Alimentacion, Informe del Consume Alimentario en Espana 2018 (Madrid: Ministerio de Agricultura, Pesca y Alimentacion, 2019).
18:比較は、以下に基づく。FAO, “Food Balances” (accessed 2020), http://www.fao.org/faostat/en/#data/FBS.
19:心血管系疾患の死亡率については、以下を参照のこと。L. Serramajem et al., “How could changes in diet explain changes in coronary heart disease mortality in Spain――The Spanish Paradox,” American Journal of Clinical Nutrition 61 (1995), S1351-S1359; OECD, Cardiovascular Disease and Diabetes: Policies for Better Health and Quality of Care (June 2015). 平均寿命については、以下を参照のこと。United Nations, World Population Prospects 2019[邦訳『世界人口予測1960→2060』(原書房編集部訳、原書房、2019年)]
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マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授
エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。2010年、『フォーリン・ポリシー』誌により「世界の思想家トップ100」の1人に選出。2013年、カナダ勲章を受勲。2015年、そのエネルギー研究に対してOPEC研究賞が授与される。日本政府主導で技術イノベーションによる気候変動対策を協議する「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」運営委員会メンバー。
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(マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授 バーツラフ・シュミル)
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