「松本人志をTVに出すな」が半日で10万超え…「活動再開は決まり次第」とした吉本興業と世間の大きすぎる温度差
プレジデントオンライン / 2024年11月12日 17時15分
■松本人志が文春相手の訴訟取り下げ、「勝ち目なし」と悟ったか
松本人志が復帰に向けて動きだしたが、反対の声が広がっている。2024年11月10日、X(旧ツイッター)では「#松本人志をテレビに出すな」というハッシュタグが約半日で10万件を超えて投稿され、トレンド入りした。
吉本興業から11月8日に出たプレスリリースは、一見、何事もなかったかのような体裁を装っている。しかし、少し気をつけて読めばその意味するところはわかるはずだ。
「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました」
「女性らが参加する会合に出席しておりました」これはつまり、
・女性たちが(呼ばれて)参加する会合があった
・(その会合であった性行為の)強制性の有無は、間接的にはわかっている
・(性行為の)物的証拠はないが、証言などはある
ということだろう。
■新喜劇さながら「これぐらいにしといたるわ」
吉本のプレスリリースでは、冒頭に「松本人志の代理人弁護士より(中略)裁判を終結した旨の連絡を受けました」と書き、あたかも、裁判が無事に終わったかのようなイメージを演出している。
しかし、そのあとに「訴えを取り下げることといたしました」とあるので、実は、判決が出る前にやめにしました、ということだ。
『週刊文春』で性加害が告発されたときは、みずからのXで「事実無根なので闘いまーす!」(2024年1月8日)といきり立ち、清廉潔白であることを明らかにすべく裁判に集中するといって芸能活動を休止し、『週刊文春』を名誉毀損(きそん)で訴えたのは他ならぬ松本人志である。自分で訴訟を起こしておきながら、自分でやめるのはなぜか。おそらく勝ち目のないことがわかったからではないか。
吉本新喜劇ではないが、イチャモンをつけておいて「フン! 今日はこれぐらいにしといたるわ!」と肩をいからせて帰っていくアレである。そういうことは、なんばグランド花月でおやりになればよろしい。
■誤読を誘うリリースで「無実」と勘違いする人が続出
つまり松本人志は、一連の文春報道は「事実無根」などではなく、名誉毀損でもない、と認めたのだ。
プレスリリースには「被告らと協議等を重ね、訴訟を終結させることといたしました」とあるが、自分で起こした裁判なのだから、やめるもやめないも松本人志の一存である。最後まで続ければよいのに、日和(ひよ)ってやめてしまった。おそらく、このまま裁判の日を迎え、「敗訴」のニュースが出ることを避けたのだろう。
それを「終結」と表現するあさましさ。
著書に『遺書』と銘打った潔さは、もはやそこにはない。
松本は、この吉本興業のプレスリリース画面をスクリーンショットでXに投稿しており、それには2024年11月11日時点で33万「いいね」がついている。
彼を信じて待っていたファンは、喜びのあまりか、おそらく冒頭の単語をいくつか拾って早合点したのであろう、和解だ、文春に勝った、などと次々に投稿した。そのような投稿が増えることで、文春が負けたとか、被害女性と和解したとかいったデマが独り歩きする。だが決して「和解」などなされていない(裁判における「和解」は法律用語である)。
■おぞましい性加害は事実だったのか?
性加害で告発されたお笑いタレントが、事実無根だといって週刊誌を提訴し、判決が下る前に訴えを取り下げた。つまり松本は、一連の文春報道をもはや否定していないのだ。
その内容をかいつまんでふりかえってみよう。
松本は、「飲み会」と称して、スピードワゴン小沢一敬ら後輩芸人たちに一般女性を集めさせ、直前に場所をホテルに変更し、部屋から出られないようにし、性的行為を強要した、それも一度ならず常習的にやっていた、「飲み会」では後輩芸人が事前に女性たちのスマホを取り上げていた――これらが『週刊文春』に報じられはじめたのが2023年末のことだ。
2023年12月27日、吉本興業は即座に「当該事実は一切なく(中略)名誉を毀損するものです」とプレスリリースを出すが、のちにこれは誤りだとわかる。
松本は報道後も年末年始の正月特番等に出演を続けたが、年明けに状況が一転。
2024年1月8日、Xに「事実無根なので闘いまーす。それも含めワイドナショー出まーす」と投稿したまま、宣言した「ワイドナショー」には出演することなく、同日に吉本興業からプレスリリースが出て、活動休止に突入する。
■ユニクロ、スタバ、教師…と属性を指定して女性を集めたか
文春によれば彼は、「ユニクロやスタバで働いていそうな女性」「弁護士や教職などの知的なイメージのある女性」「子どものいない既婚女性」などの属性を指定して、後輩芸人に集めさせていたそうだ。なお、茶髪やギャルはNGらしい。
性加害は主に性欲によってなされると勘違いされやすいが、手段が性的な行為であるというだけで、実はその主たる目的は「相手を支配・屈服させる」ことにある場合が多いといわれている。歪んだ願望を、自分より弱い相手にぶつけるのだ。
■万博、政府、NHKにも重宝される吉本のガバナンス体制
さて、松本人志の突然の活動休止からは、彼自身の問題のみならず、吉本興業という巨大なエンタメ企業のゆがみや異常さも明らかになった。
ご存知のように、吉本興業は2025年大阪万博と深く関わっており、政府のクールジャパン機構からは100億円以上(2014年に10億円、2018年に12億円、2019年に最大100億円まで投入)を出資されている。NHKとも番組制作を通して関係が深い。さまざまな公的な機関と昵懇(じっこん)の関係にあり、パブリックな多額の資金が流入する企業のコンプライアンスが、このようにずさんでよいのだろうか。
不祥事に際して本人や関係者に聞き取りも行わず、誤った広報を打つ吉本興業の危機管理、また所属タレントの一存でテレビ番組に「出る/出ない」を決められるかのようなガバナンス体制は非常に問題だと思えるが、その後、特に改善されたという話は聞かない。
2024年11月8日の松本の裁判終結(あくまでも裁判を途中でやめただけ。和解ではない)を報告したX投稿を受けて、さまぁ〜ずの三村マサカズは「松本人志復活! ですなぁ。いいねーーーー!」、オズワルド伊藤が「松本さん‼ ダウンタウンが戻ってくる‼ やっと‼ 嬉しすぎ‼」、くまだまさしは「松本人志芸能活動再開 ただただ嬉しい」などと、芸人たちは祝福した。プレスリリースには、活動を再開するとは書かれてはいないのだが、内々では決まっているのだろうか。
■芸人仲間や後輩は「和解」と言い換え、松本の復帰を歓迎
実質、性加害疑惑を認めた以上、イメージが最重要のタレント活動は無理筋では、と思うのだが、吉本芸人は諸手を挙げて歓迎ムードである。「裁判終結」という謎の新語をつくり出し、事実を塗りかえようとしているかのようだ。事実、芸人のほんこんはテレビ番組で「和解では」と語っている。和解など成立していないにもかかわらず。
これらはあたかも性加害などなかったかのように、もしくはすっかり問題が解消したかのようにイメージ操作する、被害者への二次加害である。こんなやり方がまかり通っては、今後、著名人による性被害が生じた際に、申し出ることをためらう人が増えるのではないかと懸念される。
松本人志は、実は、被害女性に対してプレスリリース内で謝罪をしていない。
吉本興業のリリースには、「ファンの皆様、関係者の皆様、多くの後輩芸人の皆さんに(中略)お詫び」とある。つまり自分の仲間うちに向かってのみ、頭を下げているのだ。
「(会合に)参加された女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます」とも書いてあるが、このようなif構文は謝罪とはいわない。被害者を「それはあなたの『お気持ち』でしょう」と軽んじているようにさえ見える。
松本が「事実無根」と言い張り、文春を提訴したことにより、被害女性が苛烈なバッシングに遭ってきたことについては、当然、言及すらしていない。
それどころか、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士によると、「裁判が始まると、松本氏側は『告発女性の身元を明かせ』と繰り返し要求した」。氏名はもちろん、LINEアカウントまで聞き出そうとし、文春側が拒否すると、女性の個人情報がネットで暴露された投稿まで、証拠として出してきたという。
【参考記事】ENCOUNT「松本人志が文春裁判で“常識”を超えて「失ったもの」…記録を閲覧してきた弁護士が指摘」
■松本人志の不在で、逆に若手芸人が活躍できた2024年
もし松本が、性加害疑惑を抱えたままでも芸能界復帰を望むなら、少なくとも吉本興業の責任者とともに記者会見を開き、事実を説明することが求められるだろうし、一定期間の謹慎(活動休止ではなく)、番組の降板、また被害女性らに対する謝罪と償いは、必須ではないか。
2024年はテレビで多数のレギュラー番組を持っていた松本人志のいない1年だったが、ファンたちによる「まっちゃんがいなくなったら日本のお笑いは終わり」の大合唱は、完全に杞憂(きゆう)だったことが証明された。
不祥事発覚後も、出稿済みだったためか、Amazonは2024年に入ってもしばらく松本を交通広告等に出しつづけたが、その番組もいまやプライムビデオのトップ画面からは消え、代わりに千鳥がMCを務める大型番組が始まった。「顔」が取って代わられたのである。
■松本を番組復帰させるならば、テレビ局のガバナンスも問われる
宮迫博之が引退して「アメトーーク!」がホトちゃん一人になり、かえって風通しがよくなったように、パワハラ体質のMCがいないほうが安心して観ていられる、という視聴者も少なくはない(それはそれとして、闇営業の宮迫は引退、性加害疑惑の松本は復帰というのは理解しがたいが)。
同様に、松本人志やダウンタウンの得意としてきた「イジる」笑い、他人が困惑する様子を観察して喜ぶ笑いは、おそらく視聴者から受け入れられにくくなってきている。価値観が変わってきているのだ。
しかし、吉本興業のリリースは、「松本人志の活動再開につきましては、関係各所と相談の上、決まり次第、お知らせさせていただきます。」という一文で締めくくられている。
企業体質が問われているのは、吉本興業だけではない。「活動再開」に向けて、テレビ局が「人志松本のすべらない話」などの冠番組を復活させる、または「M-1グランプリ」の審査員に例年どおり松本を起用するならば、公共性のある認可事業のメディアとして、独自に調査を行い、「出演に問題なし」と判断した根拠を示す必要があるだろう。
■性加害疑惑を抱えた人が万博アンバサダーでよいのか
このタイミングでの松本の裁判取り下げは、年末に生放送する「M-1グランプリ」出演に間に合わせるため、また2025年の大阪万博アンバサダーを続けるため、と推測する向きもある。
だが、松本は性加害報道を否定できてはおらず、問題が消えたわけではない。ふりだしに戻っただけだ。事実説明の会見も、謹慎も、和解も、謝罪も、慰謝料の支払いも、一切なされていない。
日本は海外に比べ、性犯罪の扱いが軽い。欧米であれば、松本のような性加害疑惑があるタレントはすぐに職を失うだろう。
『週刊文春』によれば、上下関係を利用し、後輩芸人に女性を集めさせ、飲み会と称してホテルの部屋に入れて、スマホを取り上げて証拠を残せないようにし、屈強な男性が怒鳴ったりおどかしたりして被害者の退路を断つ「エントラップメント型」性加害をくりかえしていたという松本が、芸能界に復帰し、大阪万博の公式アンバサダーとなる。出展する各国政府が報道の詳細を知ったら、どう考えるだろう。
いのち輝く大阪万博は、日本の「性加害への寛容さ」のまたとないアピールの機会となるかもしれない。
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ライター・コラムニスト
東京大学文学部卒業、出版大手を経てフリーに。企業広報やブランディングを行うかたわら、執筆活動を行う。芸能記事の執筆は今回が初めて。集英社のWEB「よみタイ」でDV避難エッセイ『逃げる技術!』を連載中。保有資格に、保育士、学芸員、日本語教師、幼保英検1級、小学校英語指導資格、ファイナンシャルプランナーなど。趣味は絵本の読み聞かせ、ヨガ。
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(ライター・コラムニスト 藤井 セイラ)
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