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1kcalの米を作るのに2.6kcalのエネルギーが必要…エコノミストが畑仕事で気づいた「自給自足についての絶望」

プレジデントオンライン / 2024年11月16日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sigemin

なぜ、日常品の物価高騰は止まらないのか。エコノミストの崔真淑さんは「石油など資源価格の上昇と円安の影響だが、今こそ政府に求めたいのは、食料安全保障とエネルギー安全保障が表裏一体であることを示す政策だ」という――。

■年金生活に備えての畑作への関心

最近のスケジュールに、「畑」という文字を打ち込むようになりました。秋から都内で畑を借りて、野菜作りを始めるようになったからです。

住宅街の駅から徒歩2分の企業運営の畑を借り、アドバイザーの指導を受けながら土を耕し、肥料を施し、種や苗を植えました。初心者向けに、育てやすいカブ、春菊、ブロッコリーを選び、春菊とカブは種から、ブロッコリーは苗から育てています。晴れた日に土をいじるのは本当に気持ちがよく、2歳の娘もジョウロで水やりを楽しんでいます。

そんな私の脳天を直撃したのが「石油がなければ、作物は育たない」という“そもそも論”でした。まさに畑作事始めによる気づきであり、おおげさに言えば、初体験から得た絶望からの学びです。

この絶望について、一つひとつ考えていきたいと思います。

当初は、将来の年金生活に備えての自給自足が、畑作への関心のきっかけでした。

「たとえ年金が少なくても、自給自足さえできれば、暮らしていけるだろう」

30坪の畑があれば、一家族分の野菜ぐらいはじゅうぶんまかなえるだろう、と。いわば、自分たち自身は自分で守ろうという守りの思考でした。

■「もはや、私たちは石油を食べているのだ」

しかし、それは“お花畑”の発想でした。畑を耕して、きちんと作物を育てようと思ったら、肥料が必要です。肥料は有機肥料だけでなく、化学肥料も使いますし、農薬も使います。

要するに、自給自足で生きていこうと思ったら、肥料や農薬を作る石油=エネルギーがないと不可能なことが明白でした。作物の種子ですら輸入品が多く、種を手に入れるための流通にも石油エネルギーは必要不可欠です。

結局、自給自足の道も、外側からの多大な影響に依拠している。国外から輸入する石油という存在があってこそ初めて、今晩の夕食がある。「そんなの当たり前ですよ」と言われるかもしれません。ですが、自給自足とエネルギーの両輪関係を、畑作の実作業が直球で教えてくれたのです。

数年来の「自給自足」への関心が実践へと移ったのは、一冊の本との出会いもありました。

農業研究者の篠原信氏の著書『そのとき、日本は何人養える? 食料安全保障から考える社会のしくみ』(家の光協会)です。

本書によれば、1kcalの米を生産するために必要なエネルギーは、2.6kcalです。つまり、米1kcalを作るのに2.6倍のエネルギーが要るのです。

アグリテックなどで農業の生産性を上げる論調も昨今は盛んですが、これも化学肥料、農薬、トラクターなどの機械が必要です。「もはや、私たちは石油を食べているのだ」とさえ思える現実に、私の自給自足思考は見事に打ち砕かれたのです。

■経済における世界平和は協業によって成り立つ

とはいえ石油エネルギーに頼らずに、肥料は「植物由来」のみ、エネルギーは「太陽光パネル」だけを使えばいいのではないか。

そう考え調べてみると、植物由来の肥料も、原料は輸入に頼っているという現状がありました。また、太陽光パネルのみでの農作業には限界がある。今、経済産業省が発表している「エネルギー基本計画」でも、グリーンエネルギーをどんどん増やしましょうというGX(グリーントランスフォーメーション)の動きがありますが、見通しは不透明です。

しかも、太陽光パネルを使うための送電網を整えるのは電力会社であり、実際にそれを網羅する財務体質もそがれつつあります。すでにアメリカでは、太陽光パネルやグリーンエネルギーに対するアンチの動きが出つつあります。

こうして考えると、自給自足を実現させるのも、石油という輸入品である。だからこそ「世界平和がないと、生き残れない」文字通りそう感じるようになりました。

経済における「世界平和」とは、世界的な分業や協業によって成り立つということです。

■石油価格の上昇は地政学リスクに由来する

コロナ禍以降、ウクライナとロシアの戦争や中東の戦争など、世界平和がおびやかされています。そして物価の上昇が各国で起きています。

コロナ禍前は、物価指数は比較的落ち着いていました。歴史的に見ても、あれだけ落ち着いていた時代はまれでした。それを裏付けるかのように、全米経済研究所(NBER)のワーキングペーパーには、世界が平和に協業できていることが物価の安定に大きく影響すると示した論文も紹介されています(*1)

全米経済研究所が入るビル
全米経済研究所が入るビル(写真=Astrophobe/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

今や、日常品に始まる物価高騰はとどまるところを知りません。政治家の方々には何よりもまずインフレ対策に着手してほしいですが、そもそも日本の物価は、なぜ上がっているのでしょうか。

ざっくり言えば、輸入品の物価上昇による影響が大きいからです。ではなぜ、輸入品の物価が上がっているのか。円安の影響と、石油などの資源価格が上昇しているからです。

円安にはさまざまな要因が絡んでいますが、石油価格上昇の主要因は、戦争と、それに伴う各国の摩擦の影響が大きい。要するに中国・ロシアと西側諸国、あるいは中東諸国の対立などの「地政学リスク」に由来しています。

(*1)Stock, J.H. and M.W. Watson, ‘Has the business cycle changed and why?’, in M. Gertler and K. Rogoff (eds), NBER Macroeconomics Annual 2002, Vol. 17, MIT Press, Cambridge, MA, 2002

■食料安全保障とエネルギー安全保障は表裏一体

そう考えると今後、戦争なりテロ行為なり世界的な対立がおさまらない限り、石油価格の高騰以前に、石油の需要と供給の安定した継続は保証できません。GXが謳われる時代であればあるほど、エネルギー問題が世界情勢の鏡であることを政府は政策に反映するべきでしょう。

そこから私は、先の衆議院総選挙でも、各政党の安全保障の政策を真っ先にチェックするようになりました。食料安全保障とエネルギー安全保障が表裏一体だとわかっている政党を選ぶ必要があると考えるからです。

先述の篠原氏の著書には、次のような記述がありました。

江戸時代は、農業技術が格段にアップした時代。けれど、人口が3000万人を超えたことはない、と。

つまり、国内の資源だけで国民を食べさせようとすると、3000万人がある程度の限界だというのです。もちろん、現代の農業生産技術は江戸時代よりもはるかに優れています。しかし、それでも1億2000万人なんて、とうてい無理な数字であることが試算されています。自給率が低く、自国での生産や供給が難しい「資源小国」としての日本を見る思いです。

■アグリエコノミクスから見た重大な過渡期

しかし仮に戦争が終わり、世界平和がもたらされて、石油資源を安定的に輸入できるようになったとしても、ゾッとする試算があります。

エネルギーの投資に対する回収率を表すのに、「EROI(Energy Return on Investment)」という指標があります。これは、1kcalの石油を採るのに、どれだけのエネルギーを費やすかを示す数値です。

篠原氏の著作には、昔は1kcalのエネルギーで、200kcalの石油が採れたとあります。

つまり、EROIは200だった。でも近年、アメリカのシェールオイルの場合、EROIが10を割り込むまでに低下しています。そう、石油はすでに供給の危機に瀕しているかもしれないのです。そして、最低でもEROIが3.3なければ採算が取れない状況だということです。

ですから今、世界的に資源争奪戦が起こったり、石油に頼らないでいこうとSDGsが叫ばれたりしていますが、それ以前に“石油のない”現実を想定しなければいけません。今は、まさにエネルギーの転換点。重大な過渡期であるわけです。

製油所工場とつながるネットワークのイメージ
写真=iStock.com/thitivong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/thitivong

繰り返しますが、1kcalの米を作るのに、2.6kcalの石油が必要。

ですからエネルギー安全保障も同時に考えなければ、食料安全保障は発揮できない。それが、畑が教えてくれたアグリエコノミクスの視点です。

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崔 真淑(さい・ますみ)
エコノミスト
2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。

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(エコノミスト 崔 真淑 構成=池田純子)

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