今の学校は「感想文」を書かせすぎている…「子どもが自分で考える力」を養える"たった200字の訓練"
プレジデントオンライン / 2024年11月23日 9時15分
※本稿は、鳥羽和久『「学び」がわからなくなったときに読む本』(あさま社)の一部を再編集したものです。
■「感想禁止」で日記を書く
【鳥羽】古賀さんの文章における最大の特徴は、その徹底されたメタ視点です。自分に起こった出来事なんだけど、それを俯瞰で観察して書いている。
古賀さんは日記の書き方について、「感想禁止」とおっしゃいますね。古賀さんは「楽しかった」「美味しかった」といった感想をあえて書かずに、自分が見たり聞いたりした出来事をそのまま書くということを徹底している。そうやって出来事を淡々と描写していくなかで、自分にありあわせの感想を求めてしまう思考から脱却して、自分の知りえないところにすでに浮かんでいる思いをメタに観察できるようになる、と。これは、日記に限らず文章の書き方の肝に触れていると感じるし、観察というのは戦略的にそれほどの効果があるのかと驚かされました。
【古賀】私としては戦略的に観察しているというよりは、「感想を持つこと」を避けた結果、この書き方になった感じなんです。
【鳥羽】どういうことですか。
【古賀】何かを「思う」ことに、あんまり興味がないんです。自分の内側から湧き起こる感想に興奮しないんですよね。私が思うとか、思わない、にかかわらず、目の前にすでに何かがあること自体に興奮を覚えると言いますか。
■学校ではやたらと感想文を書かされる
【鳥羽】おもしろいなぁ。ちなみに、精神分析では感情というものをそもそも信用しません。
【古賀】感情は信用のおけないものとして扱われているんですか。
【鳥羽】そうなんです。精神分析では、感情というのは心の表面であり、むしろより深い真実性に接近しないための擬制だという認識があると思います。だから、古賀さんが感情を書かない、感想を禁止する、というそのスタンスに共感するんですよね。しかも古賀さんの「感想禁止」は現代社会のなかでは反動的です。子どもたちって学校でやたらと感想文を書かされるでしょう。
【古賀】確かに! 跳び箱を跳んでも書かされました。
【鳥羽】そうそう。感想文を書くとき、子どもたちは「苦しかった」「大変だった」「悔しかった」「でも学びがあった」みたいな文章を、無理やり絞り出させられる。この訓練が、実は観察から人を遠ざけているんです。観察をしないと、本当の「思い」にはたどり着けないのに。それをせずにありあわせの言葉で済ませることばかりやらされている。
【古賀】私も感想文は全然書けなかったなぁ。「感想なんてないよ!」と苦しんでました。
【鳥羽】そう、ないんですよ。だから、子どもたちは大人が求める正解をキャッチして、それに追従できる子が賢いということになってしまう。
【古賀】そうやって書いても、自分の本質には全然リーチしないですよね。自分の思いというのは内側からひねり出すんじゃなくて、外の世界をつぶさに観察していくことでつかんでいくんですね。だから、見たままを書いたほうがいい。「思う」と「気づく」は違うんですよ。思っちゃだめ。気づかないといけない。
■「思う」と「気づく」とは何が違うのか
【鳥羽】そこはもうちょっと聞きたいな。「思う」と「気づく」は、どのように違いますか?
【古賀】うーん……。感覚的なことなので、言語化するのはとても難しいのですが……。「思う」というのは感情の世界なんだと思うんです。要するに「嬉しい」「悲しい」「怒る」の、どれかに自分を当てはめるだけ。それはすでに誰かに用意された言葉ですよね。それに対してリアクションしているだけ。でも観察をすると、リアクションに至るまでの道筋がわかるようになります。
「気づく」のとき、人は比喩的になりますよね。「この感じ○○みたいだな」と。言葉に奥行きと広がりが出て、そうして豊かになる。人の考えていることはもっともっとユニークなのに、感想に押し込めちゃうなんてもったいない。感想文はやめて、「観察文」を書くことをオススメしたいです。
■自分の感想を「一旦かっこに入れる」
【鳥羽】自分軸の感想を禁止して、観察によって新しい回路を生み出していくこと。それが学びなんですよね。本を読むときも先生の授業を聴くときも、自分の感想は一旦かっこに入れて「こういうものなんだ」と愚直に読み取っていくことが大切です。いきなり感想を言おうとすると、「楽しかった」「つまらなかった」で終わっちゃいますから。そこは一旦我慢が必要なんです。
【古賀】感想をかっこに入れて文章や言説を受け取ることは大切だし、それは意識しないと身につかないよなって思います。私の書いた文章も、すぐに我がこととして感想を言う人がいて、それも感想をカッコに入れないで読まれたからなのかな、と感じることはよくあって。
【鳥羽】SNSに氾濫する言葉のほとんどは自分語りですね。何を読んでも自分の話をしてしまう。一種の現代病と言える。
【古賀】すべての言葉が自分に向けられていると勘違いしちゃってる人はいて、極端な場合は、本当に精神的にマズい方向にもいきかねなくて、それは心配ですね。
【鳥羽】そうなんですよ。だから「感想禁止が学びの秘訣」ということは広めていったほうがいい。それは子どもと接するときのヒントになるだけではなくて、自分自身を見つめるときの助けにもなります。
■「5分の出来事を200字で書く」でメタ視点を身につける
【鳥羽】ちなみに古賀さんのメタ視点は、子どもの頃から備わっていましたか。
【古賀】大人になって、仕事で文章を書くようになってからですね。20代前半までは客観視ができていなかったです。だからその頃のことを書こうとすると、出来事に対してメタ的な距離が取れてなくて、やや感情的な文章になるきらいがあります。訓練しないと克服できないのかもしれない。
【鳥羽】逆に言えば、訓練さえすれば、ある程度はメタ認知を会得できるということでもある。それは希望ですね。もちろん古賀さんほど熟達するには、相当な鍛錬が必要でしょうが。
【古賀】やっぱり日記がいいトレーニングになったなと思います。日記は観察文学なので。
【鳥羽】なるほど。そういえば古賀さんは武田百合子の『富士日記』がお好きだと言っていますが、あの作品の描写もかなりメタ化されてますね。良質な日記文学を読んできた経験も生きてるのかな。
【古賀】『富士日記』は本当に好きで何度も読み返しました。あの本に、日記観を規定された部分はあります。武田百合子も、あった出来事を徹底的にそのまま書く。
【鳥羽】「5分の出来事を200字で書こう」のように具体的なアドバイスもされていますね。
【古賀】1日のすべてを高濃度で書くなんていきなりできることじゃないから、フォーカスをしぼって、一瞬の出来事を描写するというのは訓練になります。印象的だったことだけをつぶさに観察して書くのは、ラクだから書き続けられますし。
■1日5分でも子どもを集中して見ればわかることがある
【鳥羽】ちょっと広げて考えてみると、「子どもを見る」ときも、すべてを見ようとしなくていいってことですよね。1日5分だけでも集中して見れば、わかることはいっぱいある。子どもの一挙手一投足を見逃さないなんて不可能だし、そんなことをされたら子どもだって窮屈でしょうがない。
【古賀】私は自宅で仕事をすることも多いので、集中していると子どもたちがわあわあ話をしてきても、内容が全然頭に入ってこないんですね。生返事をして、ハッと気づくと娘はソファでマンガを読んでいたというように。でも、「もう一度聞かせて」と頼むと快く話してくれます。子どもたちのほうが私の性質を理解して、付き合ってくれている。
【鳥羽】付き合ってくれる関係というのはいいですね。まさに現場で関係性が生まれる話で、先の政治の話ともつながります。親と子は、もう少しちゃんと政治をしたほうがいい。子どもを正しく育てるためには、親の継続した真面目さが必要と考える人も多いのですが、それがむしろ子どもの自由な発達を妨げることになりかねない。親はもっと適当でよくて、子どもだって親は自分勝手に生きてる一人の人間なんだと体得することで、子どもも自分勝手に生きられるようになるんです。最近は「寄り添う」が大事だと言われますけど、寄り添いは距離が近すぎて息が詰まることでもあるわけで。
■学びのすべては日記に通ずる
【古賀】わかります。私も勝手に生きてる人の様を見るのが好きです。そういう勝手さを、他人の書いた日記で読むのも楽しい。
【鳥羽】僕は古賀さんの本のおかげで日記の可能性に気づかされました。学びのすべては日記に通ずるといっても過言ではない。見たことをそのまま書くトレーニングが、生き方を全面的に変えていきますね。日記は、継続的な革命といっていい。
【古賀】よく「日記を書くコツはなんですか?」と聞かれるんですが、自分の生活のユニークネスを、使い古した言葉を使わずに自分で見つけた言葉で書く。これに尽きると思っています。
自分の文章はおもしろくないという人がいますけど、私たちは一人ひとり絶対にユニークな存在なんです。だからそれをそのまま書くだけ。ワークショップをやっても、みなさん本当におもしろい文章を書かれるので、訓練さえすれば誰でも書けるようになります。毎日書くのはラクじゃないけれど、書いてみると絶対におもしろいんです。興味がある人には、最近は「無理してください」ってよく言っています(笑)。根性でやる、その価値はあると思います。
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寺子屋ネット福岡代表・作家
1976年、福岡県生まれ。専門は日本文学・精神分析。大学院在学中に中学生40名を集めて学習塾を開業。現在寺子屋ネット福岡代表取締役、唐人町寺子屋塾長、航空高校唐人町校校長、オルタナティブスクールTERA代表。教室で150名超の小中高の生徒を指導する傍ら、とらきつね(本と文具・食品)の運営や各種イベントの企画、独自商品の開発などに携わる。著書に『君は君の人生の主役になれ』(筑摩書房)、『親子の手帖 増補版』(鳥影社)、『おやときどきこども』(ナナロク社)、『「推し」の文化論』(晶文社)など。連載に大和書房「僕らはこうして大人になった」、西日本新聞「こども歳時記」、筑摩書房「十代を生き延びる 安心な僕らのレジスタンス」、晶文社「旅をしても僕はそのまま」など。教育や現代カルチャーに関する講座、講演も多数(NHKカルチャー「推しの文化論」など)。
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エッセイスト
著書に『おくれ毛で風を切れ』『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)、『気づいたこと、気づかないままのこと』(シカク出版)。2024年12月に『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)を刊行予定。
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(寺子屋ネット福岡代表・作家 鳥羽 和久、エッセイスト 古賀 及子)
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