「もうダメだ=限界」ではない…両脚骨折でも160キロを完走した元海兵隊員が教える最強のメンタルを得る方法
プレジデントオンライン / 2024年11月16日 7時15分
■113キロで訪れた「限界」を知らせるサイン
69マイル(111キロ)を過ぎ、坂道に来た。住宅の私道ほどの、たった2メートルちょっとの坂道だ。ベテランのトレイルランナーなら笑ってすませるこの坂に、膝が崩れ、ギアをニュートラルに入れた軽トラみたいによろよろ後ずさりした。
ふらっとして転びそうになり、地面に指先をついた。このわずかな距離を進むのに10秒もかかった。1秒1秒がゴムひもみたいに伸びて、つま先から眼球の奥までの隅々にバチーンと痛みの衝撃波を送ってきた。激しく咳き込み、胃がひっくり返った。転倒するのも、もう時間の問題だ。転倒こそ、俺にふさわしい結末だ。
70マイル(113キロ)走ったところで、もう1歩も進めなくなった。ケイト(当時の妻)はスタート/フィニッシュラインに近い芝生にイスを置いていた。よろめきながら近づくと、3重に見えるケイトが6本の手を伸ばしてイスに座らせてくれた。カリウムと塩分が不足しているせいで、めまいと脱水症状に襲われた。
ケイトは看護師だ。俺も救急救命士の訓練を受けていたから、頭の中のチェックリストを点検した。血圧はたぶん、危険なまでに低そうだ。ケイトが靴を脱がしてくれた。足の爪がはがれマメがつぶれ、白い靴下が血にまみれていた。
■血尿を必死に隠したワケ
ジョン・メッツ(レースの主催者)のところに行って、鎮痛剤やその他何でも役に立ちそうなものをもらってきてくれと、ケイトに頼んだ。ケイトがいなくなるとさらに具合が悪くなった。お腹がギュルギュル鳴り、血尿が足を伝い、下痢がイスを汚した。そしてサイアクなことに、それを隠す必要があった。ケイトに知られたら、頼むからもうレースをやめてと言われるからな。
トレーニングゼロで70マイル(113キロ)を12時間で走ったご褒美(ほうび)が、このザマかよ。脇の芝生にマイオプレックス(ペースト上の栄養食)が4パック残っていた。あんなドロドロのドリンクで水分補給しようなんて考えるのは、俺みたいな脳筋野郎だけだ。その横にはリッツクラッカー半箱。残りの半箱は、腹の中でオレンジ色のヘドロになってかき回されていた。
頭を抱えて20分ほど座っていただろうか。ランナーたちが何も言わずに足を引きずり、よろめきながら通り過ぎていき、性急で軽率な俺の夢をかなえる時間はどんどん減っていった。
ケイトが戻ってきて、俺が靴を履き直すのを、ひざまずいて手伝ってくれた。俺がズタズタに壊れていることを知らないケイトは、まだあきらめちゃいなかった。そのことに俺は励まされた。
■両脚は疲労骨折していたのに
それに、ケイトが持ってきたものを見てホッとしたね。やっとマイオプレックスとクラッカーの地獄から逃れられるぜ! 俺は鎮痛剤とクッキー、ピーナツバターとジャムのサンドイッチを、ゲータレードで流し込んだ。そして、ケイトの手を借りて立ち上がった。
世界はブレて見えた。ケイトが2人、3人に分離したが、支えてもらう間に視界が安定した。俺はしっかり足を踏み出した。耐えがたい痛みが走った。その時は知らなかったが、両脚が疲労骨折で、ヒビが入りまくっていたんだ。
ウルトラレースでは、傲慢(ごうまん)のツケは高くつく。そのツケを払う時が来た。俺はもう1歩足を踏み出した。そしてもう1歩。顔が歪み、涙がにじんだ。さらに1歩。ケイトは手を離し、俺は歩き続けた。
ゆっくりと。ゆっくりすぎるくらいに。
70マイルで止まった時は100マイル24時間のペースを優に超えていたのに、今はどう頑張っても1マイル20分〔100マイル33.3時間〕のスピードしか出せない。日本人ランナー・イナガキさんが軽やかに俺を抜き去りながら、チラッとこっちを見た。その目にも苦痛がにじんでいたが、それでも彼女はアスリートらしく見えた。片や俺はゾンビと化して、貴重な時間の貯金が減っていくのをただ見ていた。
■この戦いは「自分との戦い」である
なぜだ? またいつもの疑問が頭をよぎる。なぜなんだ? なぜ俺は、自分で自分を苦しめる選択をまたしているんだ? 4時間後の朝2時頃に81マイル(130キロ)に到達すると、ケイトが爆弾を落とした。
「このペースじゃ間に合わないわ」と、伴走してマイオプレックスを渡してくれながら言った。遠回しじゃなく、ガツンと言ってきた。俺はあごから痰とマイオプレックスをしたたらせながら、死んだ目でケイトを見つめた。延々4時間も気力と集中力を振り絞り、地獄の苦しみを感じながら進み続けたのに、それでもまだ足りないっていうのかよ?
どこかからエネルギーを得なければ、寄付金集めの夢は終わってしまう。むせて咳き込みながら、もう一口マイオプレックスを飲んだ。
「了解」と、俺は静かに言った。ケイトの言う通りだ。ペースはどんどん落ちていた。
そしてその時、気がついたんだ。俺はレッド・ウィング作戦(著者ゴギンズが所属するシールズのかつての作戦。作戦が失敗し、亡くなった隊員の遺族のための基金集めのためレースに参加していた)の遺族のために戦っているんじゃない、と。
ある時点まではたしかにそうだった。でもそれじゃ、朝10時までにあと19マイル(31キロ)走る力は絶対生み出せない。いや、このレース、そして「体が壊れるギリギリまで自分を追い込みたい」という欲望そのものが、俺自身への挑戦状だったんだ。
俺はどれだけの苦しみに耐えられるのか? あとどれだけ頑張れるのか? やり抜くためには、この戦いを「自分との戦い」にしなくてはいけない。
脚を見下ろすと、乾いた血尿の筋が内腿に残っていた。そして考えた。このクソいまいましい戦いを続けようなんてのは、いったいどこのどいつだ? おまえだけだよ、ゴギンズ! おまえはトレーニングゼロで、脱水症状やパフォーマンス向上のことなんか何も知らない。知っているのは、おまえが絶対に「やめない」ってことだけだ。
なぜやめないんだ?
■自問自答がとまらない
おかしなことに、俺たち人間が、最大限の努力が求められるのに何の見返りも約束されない、一番厳しい目標や夢を「めざそう」と思い立つのは、快適ゾーンにいる時だ。
コストマン(今走っているレースの走破を「出場条件」に挙げた、さらに過酷なレースの主催者)にこの挑戦を突きつけられた時も、俺は軍の職場にいた。ぬるいシャワーを浴びたばかりで、食事も水も足りていた。快適だった。そして振り返ってみると、俺が困難な挑戦にとりつかれた時は、いつも生ぬるい環境にいたんだ。ソファでくつろいでレモネードやチョコレートシェイクを飲んでいる時は、何でもできそうな「万能感」がある。
快適ゾーンにいる時は、戦いの最中に必ず頭をよぎる素朴な疑問に答えられない。いや、そんな疑問がよぎることも想像できない。
でも、エアコンの効いた部屋にいない時、ふわふわの毛布にくるまっていない時は、こうした疑問に「答えられるかどうか」がカギを握る。ズタボロの体で猛烈な痛みに襲われながら、経験したことのない世界に足を踏み入れようとしていると、頭がクラクラして、疑問に押し潰されそうになる。
心の準備をしないまま、熾烈な状況に投げ込まれ(しかもそれは自分で選んだ状況なんだ)、思考をコントロールできない時に頭に浮かぶのは、苦しみをできるだけ早く止めようとする答えだ。
「わからねえよ!」
■「なぜまだ自分をこんなに痛めつけるんだ」
ヘルウィーク(編註 米海軍特殊部隊での地獄のように厳しい130時間連続で続く訓練)は俺のすべてを変えた。俺がこの24時間レースの直前に出場を決めたのも、ヘルウィークを乗り越えた自信があったからだ。ヘルウィークでは、それまでの人生のすべての感情とすべての浮き沈みを、たった6日間で追体験する。あの130時間で、数十年分の知恵が身につく。
ヘルウィークを3度(!)経験し、2度乗り越えた俺は、それを骨の髄まで理解していた。ヘルウィークは俺のふるさとだ。そこはこの世で一番フェアな場所だ。時間制限つきの強化訓練もなく、表彰式も、トロフィーもない。ヘルウィークは俺自身との全面戦争だった。そして、ホスピタリティ・ポイント(レース会場)でどん底に突き落とされた俺がいたのも、同じ「フェアな」場所だった。
なぜだ? なぜまだ自分をこんなに痛めつけるんだ、ゴギンズ⁉
「おまえがクソヤバいやつだからだよ‼」と俺は叫んだ。
■頭の中の「クッキージャー」とは
頭の声があまりにも強烈だから、負けじと絶叫した。俺は何かをつかみかけていた。すぐにエネルギーが湧き上がるのを感じた。そして、俺がまだ戦い続けているのは奇跡だと気がついた。いや、奇跡なんかじゃない。神の恵みでもない。これをやっているのは俺なんだ!
5時間前にやめるべきだったのに、それでも走り続けたのは俺だ。まだチャンスが残っているのは、俺が走り続けたからだ。このチャンスは、俺が自分でつくり出したんだ。そして、もう1つ思い出した。不可能に思えるタスクに取り組んだのは、これが初めてじゃない!
俺はペースを上げた。まだ走れないが、よろめいてはいない。生気が戻ってきた。そして俺は、自分の過去を、頭の中の「クッキージャー」を掘り起こし続けた。
子どもの頃どんなに生活が苦しくても、母さんはいつも瓶(ジャー)にクッキーを入れておいてくれた。ウエハースやオレオ、バタークッキーやチョコチップクッキーを買ってきて、1つのジャーにザザッと入れるんだ。
母さんのお許しが出ると、兄貴と俺は好きなクッキーを1、2枚選ばせてもらった。宝探しみたいだった。「何が出てくるかな?」とワクワクしながら手を突っ込んで取り出し、口に詰め込む前にしげしげと見た。
■そして、痛みがひきはじめた
とくに、ブラジル(アメリカ・インディアナ州)でその日暮らしをしていた時はうれしかったな。選んだクッキーを手の中で転がしながら、俺なりの感謝の祈りを捧げた。クッキーのような小さなご褒美を喜んでいた、子ども時代の気持ちがよみがえった。そしてその気持ちを腹の底から感じながら、俺は新しい「クッキージャー」を一杯にしたんだ。ジャーの中身は、俺のこれまでの「勝利」たちだ。
高校を卒業するためだけに、人の3倍努力した。これはクッキーだ。高校卒業前にASVAB(軍隊職業適正試験、ペーパーテスト)に合格して、BUD/S(基礎水中爆破訓練)の参加資格を得るためにもう一度合格した。これも2枚のクッキーだ。3カ月弱で48キロ減量した。水恐怖症を克服した。BUD/Sを首席で卒業した。陸軍レンジャースクールで名誉下士官の称号を与えられた。この1つひとつが、チョコチップ一杯のクッキーになった。
俺がこの時経験していたのは、ただのフラッシュバックじゃない。ただ昔の記憶をたどっていただけじゃないぜ。勝利の瞬間の感情をよみがえらせて、「交感神経反応」を起動させたんだ。
アドレナリンがほとばしり、痛みがいい具合に引き始めて、ペースが上がった。腕を振り、歩幅(ストライド)を広げた。両足はまだ血マメにまみれ、ほとんどの足爪がはがれていたが、それでも力強く進み続けた。そして、とうとう攻勢に出た。時間と戦い、苦痛に顔を歪めながら、ランナーたちを追い抜いていったんだ。
■人生は試練の連続だから
それ以来、「俺は何者なのか」「俺に何ができるのか」を思い出す必要がある時、いつも「クッキージャー」の戦術を使っている。
誰もが心の中にクッキージャーを持っている。なぜって、人生は試練の連続だからだ。たとえ君が今人生に打ちのめされていたとしても、困難を乗り越えて勝利を味わった経験を、1つ2つは思い出せるだろう? 大勝利でなくても、ちょっとした成功でいいんだ。
一気に勝利をつかみたい、と君は思うかもしれない。でも俺は読み書きをやり直していた時(高校生の時)、1つの段落の単語を全部理解できただけでうれしかったよ。小3レベルを高3レベルに上げるのは大変だったけれど、小さな勝利に励まされたからこそ、あきらめずに学び続け、自分の可能性を追求し続けることができたんだ。
3カ月で48キロ減量するのも、最初の1週間で2キロ落とさないことには始まらない。その「2キロ」はささいな成功で、すごいと思えないかもしれない。でもあの頃の俺にとってそれは、自分が減量「できる」ってこと、そしてこの目標がどんなにあり得なくても「不可能じゃない」ってことの証しになった。
■小さな火花がやがて森を焼き尽くす炎になる
ロケットのエンジンは、小さな火花を飛ばして点火するだろう? これと同じで、人生の大きな目標に「火」をつけるためには、小さな火花が、小さな勝利が必要なんだ。
君の小さな成功は、火をおこすための燃え種(くさ)になる。たき火をする時は、いきなり薪に火をつけても燃えない。でも、ひとつかみの藁(わら)や枯れ草を集めて火をつけ、それに小枝や大枝を足していけば、薪を燃やせるだけの大きな火ができる。小さな火花が小さな火になり、やがて森全体を焼き尽くすほどの「熱量」となる。
大きな成功がまだなくても大丈夫。小さな成功を君のクッキーにして、じっくり味わおう。俺は、鏡に向き合う時は自分を厳しく追い込んでいるが、小さい勝利をあげるたびに自分を褒めているよ。それは必要なことなんだ。
なのに、成功した自分を褒めない人がとても多い。その瞬間は喜んでも、あとで振り返って、何度も勝利をかみしめているだろうか? そんなのはナルシシストだ、って思うかもしれない。でもそれは過去の栄光に浸ることとは違う。「すごかった自分」を自画自賛して、まわりをうんざりさせるってことじゃないよ。そんな自慢は誰も聞きたくない。
俺が言っているのは、「過去の成功を起爆剤にして、新しい大きな成功を追い求める」ってことなんだ。ピンチになったら、疲労と鬱、苦痛、惨めさを乗り越えるための励みが必要になる。小さな火をいくつかおこして、燃えさかる炎に変えよう。
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米軍でシール訓練、陸軍レンジャースクール、空軍戦術航空管制官訓練を完了した、たった一人の人物である。これまでに60以上のウルトラマラソン、トライアスロン、ウルトラトライアスロンを完走し、何度もコース記録を塗り替え、トップ5の常連となっている。17時間で4,030回の懸垂を行い、ギネス世界記録を更新した。講演者としても引っ張りだこであり、全米の大企業の社員やプロスポーツチームのメンバー、数十万人の学生に、自らの人生の物語を語っている。
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(退役海軍特殊部隊員(ネイビーシール) デイビッド・ゴギンズ)
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