血液と尿の検査だけで本当に「がん」を見つけられるのか…現役医師が指摘「複数がん早期発見検査」の落とし穴
プレジデントオンライン / 2024年11月19日 10時15分
■複数がん早期発見検査とは
日本人の死因でもっとも多いのは「悪性新生物」――つまり「がん」です。日本におけるがんによる死亡者数は年々増加しており、近年では全死亡者に占める割合は25%ほど。一部のがんについては検診によって死亡率を減らせることがわかっており、日本では胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頸がん、乳がんの検診が推奨されています。また、自覚症状が出てからでも速やかに検査を受け適切な治療を受けることで、がんで死ぬ確率を下げられます。
ただし、がん検査には、上部消化管内視鏡(いわゆる胃カメラ)やバリウム検査などのように一定の苦痛や不快感を伴うもの、CT検査のように放射線被ばくを伴うものも少なくありません。ですから、がんの検査を受けるのが憂うつだという人も多いでしょう。
また、上部消化管内視鏡では胃と食道、下部消化管内視鏡なら大腸と、一つの検査でみることができる臓器は限られます。いくつも検査を受けるのは大変ですから、採血や尿検査だけで一度に複数のがんを発見できれば、どれだけ便利でしょうか。誰だって、苦痛や不快感なく、いっぺんにがん検査ができるなら安心ですよね。私も、そんな手軽で負担の少ない検査があればいいのにと思います。
実際、そのような検査は「複数がん早期発見検査(MCED:Multi-cancer early deteciton)」と呼ばれ、いくつかの種類があり、その一部は臨床試験が進行中です。もしかすると、複数のがん検診が採血一つで済んでしまう時代が来るかもしれません。
■cfDNA(循環遊離DNA)検査
現在、臨床試験が進行中の「cfDNA(循環遊離DNA)」を用いた研究の一つをご紹介しましょう(※1)。cfDNAとは、体の細胞が死んだときに放出されるDNAの断片で、血液中に含まれているもの。「がん細胞から放出されるcfDNA」は、「正常な細胞由来のcfDNA」とは異なるパターンなので、採血してcfDNAのパターンを解析することで、がんが発生した臓器や組織型も予測することができます。
この研究では、がんの兆候や症状のない50歳以上の成人6000人以上を対象に、cfDNAの採血検査が行われました。解析可能な結果が得られた6621人のうち、がんのシグナルが検出されたのは92人。cfDNAのパターンから予測されるがんの種類に基づいて診断評価したところ、そのうちの35人ががんと診断され、残り57人が偽陽性とみなされました。陽性的中率は、35÷92=38%です。
陽性的中率とは、特定の検査で陽性判定された人のうち、実際に病気がある人の割合を指す指標のこと。陽性的中率が高ければ高いほど、検査の精度が高いといえます。ですから、この研究結果には期待が持てますし、将来の大規模な臨床試験の基礎となるでしょう。
一方、この研究だけではcfDNAを使った検診が有効だとはいえません。有効性を確立するためには、検診ががんによる死亡率を減らすことを示す必要があります。
※1 The Lancet Journal “Blood-based tests for multicancer early detection (PATHFINDER): a prospective cohort study”
■どれも有効性が証明されていない
ちなみに、日本でも「複数がん早期発見検査」の研究が行われています。その一つが、国立がん研究センターが中心となって行っている、血液中の「マイクロRNA」を用いた大規模臨床試験です(※2)。マイクロRNAとは、20~25塩基ほどの小さなRNAのこと。体内にがんがあると、そのがんの種類によって、マイクロRNAのタイプや量が変化することから、がん診断に役立つかもしれないと期待されているのです。
「がん患者群」と「健常者群」を別個に集めた研究では、マイクロRNAが13種類のがんを精度よく区別することが示されましたが、実際にがん検診の対象となる集団においての検査性能の検証はこれからです。まずは、乳がん検診を受ける3000人を対象に研究が始まりました。
こう聞くと、複数がん早期発見検査を受けてみたいと思うかもしれません。でも、現時点では検診として有効であることが証明された検査はありません。有効性が証明されていなくてもいいというなら、いくつかの企業が「少量の血液や尿からがんリスクを判定できると称する検査」を提供しており、自費で受けることができます。
ただし、私はおすすめしません。利益がはっきりしない一方で、偽陽性などの害が明確だからです。がんによる死を減らす効果があるどころか、がん検診の対象となる集団においての検査性能にすら疑問があります。
※2 国立研究開発法人 国立がん研究センター「血液中マイクロRNAがんマーカー 初の大規模臨床試験」
■「真の」陽性的中率のおかしさ
そうした検査の一つ「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」は、がん患者の尿に線虫が反応することを利用したものです。テレビCMを見たことのある人も多いでしょう。尿検査だけで15種類のがんがわかり、「従来の検査と比べて非常に高精度である」と企業側は主張しています(※3)。しかし、その主張は科学的だとはいえません。企業側は線虫検査による実社会における「『真の』陽性的中率」は11.7%だ」と主張していますが、じつは実測値ではなく、仮定に基づいた数値に過ぎないのです。
『臨床核医学』2024年9月号の「PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査」という報告によれば、線虫検査で高リスクだと判定された1053人のうち、PET/CTによるがん発見例は22例で、陽性的中率は2.09%でした(※4)。こちらは実測値です。企業の主張する11.7%とは、ずいぶん差がありますね。
企業側の言い分によると、PET/CT検査ではがんの見落としが発生するため、「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」の「真の」陽性的中率は実測値よりも高いというものでした。確かに「前立腺がん」や「肝細胞がん」など、PET/CT検査で陰性になりやすいものがあるのは事実です。ただし、それだけでは「従来の検査と比べて非常に高精度」とも「『真の』陽性的中率は11.7%」ともいえません。
※3 HIROTSUバイオサイエンス「「N-NOSE®」の有効性、実社会データで確定、論争に終止符」
※4『臨床核医学』2024年9月号「PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査」
■あくまでも仮定に基づいた数値
「N-NOSE(エヌ・ノーズ)」の「真の」陽性的中率は、PET検査の感度が17.83%だったという過去の研究(※5)を参照して計算されています。感度とは、実際に病気のある人のうち陽性と判定された人の割合です。感度が17.83%だと、がん患者のうち80%強が見落とされることになります。PET検査によるがん発見例が22例、見落としが約101例だとすると、「真の」がん患者数は約123例で、「真の」陽性的中率は123÷1053≒11.7%という計算です。
これは、あくまでも仮定に基づいた数値です。PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査チームからも、「『真の』陽性的中率を11.7%と試算されていますが、我々のデータからこの数値を求めることはできず、我々の論文にもその数値はありません。実測したものではなく仮想の数値と考えます」と指摘されています(※6)。
しかも、PET検査の感度が17.83%だとする過去の研究は、3000人弱を対象に、PET検査だけではなく、胃や大腸の検査、低線量CT、腹部超音波、PSA、マンモグラフィ、子宮頸部細胞診、骨盤MRIといった全身の検査を徹底的に行い、多くのがんが発見されたというものです。さらに、現在の主流であるCT検査を併用したPET/CT検査ではなく、PET単独が主流であった時代の研究であることにも注目する必要があります。
陽性的中率は対象集団の有病割合など、諸々の条件によって変わるため、線虫検査の陽性的中率が高いと主張したいのであれば、過去の研究を参照するのではなく、線虫検査で高リスクだと判定された人を対象にした新たな研究を行わなければなりません。しかし、がん線虫検査を提供する企業はそうした研究を行っていません。なぜでしょうか。
※5 国立研究開発法人 国立がん研究センター「多臓器を対象としたPETによるがん検診の精度評価に関する研究」
※6 PET&PET/日本核医学会PET核医学分科会「PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査」
■子宮頸がん検診の感度がおかしい
また、この企業の提示した他のがん検査の感度、特異度、陽性的中率についての記述にも疑問があります。
さまざまな条件によって変わる指標を、条件を統一せずに比較するときには注意が必要ですが、それ以前に挙げられている数字に疑問があるのです。とくに、9月27日付のプレスリリースで挙げられていた子宮頸がん検査の感度が2.5%というのは、いくらなんでも低すぎます。「国立がん研究がん情報サービスの『がん登録・統計』より算出」とありますが、感度や特異度を算出した具体的な方法は示されていません。報告によっても差はありますが、たとえば、がん情報サービスのサイトには「子宮頸部擦過細胞診」の総合感度は65.8%とされています(※7)。
その後、10月7日付のプレスリリースでは、なぜか子宮頸がん検査の感度が6.7%に修正されています。しかし修正に関する説明や、以前の2.5%という数字が間違っていた理由については一切触れられていません。「【要精検率、陽性的中率】を参照し算出」ともありますが、やはり感度や特異度を算出した具体的な方法は示されていません。要精検率と陽性的中率だけからは感度や特異度は計算できないので、何らかの仮定が用いられているはずですが、それも明らかにされていません。
もしも子宮頸がん検査の感度が2.5%あるいは6.7%といった低い数字であれば、病変のほとんどを見落とすことになり、検査としての意義が疑われます。「実社会データ」で本当にそのような数字が算出されたのであれば、これまでの常識が覆される大発見です。ぜひとも他の専門家が検証できるように算出方法を公開していただきたいものです。現段階では、感度の算出において何か重大な誤りが生じていると考えざるを得ません。
※7 国立研究開発法人 国立がん研究センターウェブサイト がん情報サービス 医療関係者の方へ「子宮頸がん検診」
■公的機関の見解をチェック
線虫がん検査以外も、日本ではすでに「アミノインデックス」や「サリバチェッカー」といった、全身のがんリスクがわかると称する複数がん早期発見検査が有料で提供されています。
アミノインデックスは血液中のアミノ酸濃度バランスから、サリバチェッカーは唾液中のさまざまな代謝産物から、がんのリスクがわかるとうたっています。それぞれ個別にみると興味深い検査方法ではあり、研究を進めてほしいのですが、やはりまだ検診としての有効性が証明されたものは一つもありません。がん検診の対象となるような症状のない人たちを対象にした検診性能を評価する大規模な研究も行われていません。
すでにお金という対価を取って検査を提供している企業にしてみたら、「自社の検査の性能に否定的な結果が出るかもしれない研究」を行わない方向へインセンティブが働きます。わざわざ手間や資金をかけて何千人もを対象にした研究を行わなくても利益が出るのですから、必要ありません。
こうした事情によって、実社会における検査性能、がん死亡率を低減する効果について十分な裏付けがないまま、漫然と検査が続けられてしまう状況が生まれます。たとえ第三者が否定的な研究を行っても、企業側はそれを無視したり、否定的な見解を提示するだけで済ませることができるわけです。こうした企業の動きが、採血一つで済むがん検診の未来を遠ざけているともいえます。がん検診は、企業の謳い文句に惑わされず、公的機関の見解を確認したうえで受けるのが賢明だといえるでしょう。
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内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)
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