仕事はデキるのになぜか部下全員から嫌われている…今年、相談件数が一気に増えた「新タイプのヤバい上司」
プレジデントオンライン / 2024年11月17日 18時15分
※本稿は舟木彩乃『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■「上司がグレーゾーンかも」と感じる部下たち
『発達障害グレーゾーンの部下たち』の企画段階では、グレーゾーンの部下への対応法をメインテーマとしていました。それは、筆者が受ける相談に、グレーゾーンの社員に対して、上司としてどう対応すれば良いか分からない、などと思い悩んでいるケースが多かったからです。
ですが、最近は「上司がグレーゾーンかもしれない」という相談も増えてきました。その多くは、パワーハラスメントをしている上司が、発達障害やグレーゾーンではないかと疑う内容です。このような相談は前々からありましたが、今年に入ってから一気に増加しています。
今年に入ってから行政機関や民間企業でのパワーハラスメントの話題が相当増えており、連日のようにメディアで取り上げられていることも、相談が増えたことに影響しているのかもしれません。
パワーハラスメントを働いている人には、議員や首長など選挙で選ばれた人も含まれています。公職にある権力者のパワーハラスメントは、当然マスコミの取り上げるところとなり、報道をきっかけに類似する案件などが、行政、民間を問わず噴出することになります。このようなハラスメントの背景には、実際に、上司の発達障害やグレーゾーンが関係していると思われることも多々あるのです。
■仕事の能力と部下の管理能力は別物
グレーゾーンの中には突出したスキルやアイディアを持っていたり、ずば抜けた集中力で結果を出してきたりした人たちがいます。それらの能力を活かせるような職場環境にいて、大きな成果をあげた結果、出世して部下を持つようになるケースも少なくありません。
しかし、仕事で素晴らしい業績を出すことと、部下への対応や管理能力は基本的には別物であるといえます。特に、グレーゾーンの特性が管理職としての仕事と相性が良くないこともあります。ここでも事例を紹介しながら、グレーゾーンの上司への対応方法について解説します。
グレーゾーンの上司への対応法を知ることは、次のような面でも役に立ちます。
・グレーゾーンの自覚に乏しい上司について理解を深めることは、自分自身も他の人に似たようなことをしているかもしれないという気づきにつながる。
・部下が困ったり、悩んだりしてしまう上司の言動はどのようなものなのか、具体的に分かる。
・知識として対処法を知っていることで、困っている同僚や後輩の相談に乗ったり、然るべき人につないだりすることができる。
・組織として早々に把握することで、セミナーの企画や然るべき部署への配置換えなどを検討することができる。
■事例:ASD特性のグレーゾーンの上司
Sさん(男性40代)は、某メーカーのマーケティング部の管理職です。彼は、緻密なデータ分析を得意としており、自社製品の売り上げだけでなく、経理部門にも貢献してきました。また、異動などの際には、自身が蓄積してきたデータ分析の手法をマニュアル化するなどして、後任への引継業務も完璧にこなしてきました。このようなSさんのスキルや仕事ぶりを尊敬する社員がいる一方で、Sさんと一緒に仕事をしたことがある人たちからは、「完璧主義」や「彼はいったい何様?」という声があったのも事実です。
■コミュニケーションに苦労する部下
実は、Sさんの実績からいえば、もっと早くに管理職に就いていたはずでした。昇進が遅れたのは、Sさんと一緒に働いたことがある上司や同僚から、人事部門に「同じチームにSさんがいると仕事がしにくい」という相談が寄せられたことが大きな要因です。また、本人も管理職になって部下を持つことを望まなかったという経緯があります。
現在、Sさんには数人の部下がいます。部下たちはSさんの仕事ぶりや実績を尊敬しながらも、「こだわりが強い」「冷たい」「パワハラ系」などと陰口をたたいていることが社内にも広まっているようです。筆者は、Sさんの部下数名からヒアリングし、Sさん本人、また人事部門とも話す機会がありました。
部下たちから聞いたところによると、次のようなことがあったそうです。
指示された仕事をSさんに提出したとき「○時間かけてこの程度ね」とか「なに言っているのか分からない。結論から言って」などと言われた。「これ以上のことは求めないから、せめてここまでやって」などと見下すような発言があった。また、どんな事情があったとしても、マニュアル通りに仕事をしないと激昂することが多い。できないと思った部下に、指導するのではなく、部下の仕事を奪って「あとはこちらでやるのでもう結構」と吐き捨てるように言った。
Sさんの態度に耐えかねて、「異動したい」と人事部に泣きながら申し出た部下もいたということです。さまざまな場面でSさんとのコミュニケーションに悩んでいる部下たちは、なにか共通の話題で円滑なコミュニケーションがとれないかと模索していたところ、Sさんは歴史が好きだということが分かりました。以降、部下たちはSさんに歴史の話題を振ったりしながら、少しずつ分かり合おうとしたそうです。
■「マニュアル通り」は譲れない
Sさんは、自分の好きなテーマでみんなが話しているときは、楽しそうに雑談に加わることもあるようです。ただ、Sさんの知識が深すぎて、マニアックな部分にフォーカスすることが多く、部下たちは顔を引きつらせて聞いていることもあるという話でした。
話し出すと止まらないところがあり、機嫌が良いときは打ち合わせをしているときでも、戦国武将や戦術などの話を引き合いに出して、長々と仕事の進め方や今後の展開などを話すこともあります。これは、ごく一部の歴史好きな部下には好評ですが、対応に困っている部下のほうが多いようです。
筆者は、人事からの依頼でSさんからも話を聞きました。管理職として、部下とのコミュニケーションなどで困りごとはないかと問うと、「とくに問題はないと思う」とのことでした。
続いて、部下の教育や指導、キャリアなどについて考えを聞いたところ、「部下に任せてみて、能力的に難しそうな仕事だったときは、自分が引き取ってやっている(お互いにとって時間の節約になるし、できないことをするのは部下もストレスになる)」、「歴史好きな部下が多いので、仕事の指導をするときや打ち合わせのときなど、戦国時代の話などを引き合いに出して喜ばれている(自分が気を遣われていることに気づいていない)」、「マニュアル通りに仕事を進められないことはおかしい(ここは譲れない部分である)」という回答でした。
■「管理職になってから仕事が面白くない」
筆者は、管理職としての役割に部下への仕事の指導も含まれていること、部下からの話を自分の「こうあるべき」というマイルールを横に置いて聞くこと、指示の仕方に気をつけること、マニュアル通りにいかないこともあることなどを伝えました。すると、「管理職になってから仕事に面白みを感じない」という話が出てきました。そして、部下であったとしても、自分の仕事のペースややり方を乱されることは非常に不快に感じる、ということでした。
Sさんには、ASD特性が出ており、グレーゾーンの可能性があるかもしれません。筆者は、仕事のスキルがもともと高いSさんには、部下の気持ちを慮(おもんぱか)るような声がけも難しいように思いました。Sさんと年次が近い中堅社員を部下とのやり取りの際に間に入れるような提案をしたところ、そのほうが助かるとも言っていました。
■専門家がアドバイスした部下側の対応法
部下の方々にはSさんへの対応法について次のようなことを伝えました。
・SさんのASD特性について理解をしましょう。
→ これによりSさんが部下を傷つけようとしたり、見下して発言しているわけではないことが分かり、部下自身のストレスマネジメントにつながります。
・Sさんに報告などをするときは、結論から述べるようにしましょう。
→ 背景や理由などから説明しているうちに、混乱させたり、苛立たせたりする場合があります。
・どこまでやれば仕事は完成したといえるのか、事前にすり合わせをしておきましょう。
→ 求められている部分や時間などについて、お互いの認識のギャップが大きい場合が少なくないため、それを埋める必要があります。
・Sさんの言い方に傷ついた場合は、「私は、Sさんの○○という言葉に傷つきました」と伝えましょう。
→ Sさんは悪気なく言っている場合がほとんどですが、I(アイ)メッセージなどの技法を使って相手に自分の気持ちを伝えることは、自分の心を守るうえで重要です(自分を主語にして気持ちを伝える技法をIメッセージといいます)。
・Sさんとのコミュニケーションが比較的とりやすいポジションにいる中堅社員に、やり取りの間に入ってもらったり、一緒に話してもらったりします。
→ Sさんとポジションが近い人に介入してもらえば、緊張が薄れる、証人ができるなどのメリットがあります。
以上のようなことをSさんの部下たちに伝えたところ、Sさんに悪気はないことも分かり、コミュニケーションがとりやすくなったということでした。
■最終的には「部下を持たなくていい仕事」への異動で解決
しかし、それでもSさんとしては、今のポジションにストレスを感じていることに変わりはありません。彼の依頼もあって人事担当者に状況を伝えたところ、人事とSさんとの面談が設定されることになりました。
そして、Sさんは次の異動のタイミングで、管理職というポジションではあるものの、実質上は部下がつかない部門でデータサイエンティストとして、新しいキャリアをスタートさせることになりました。異動後は、本人もストレスフリーで働き、実績も出しているということでした。
本件は、人事が介入したこと、規模が大きい企業であったことなどが幸いして、上手くいった事例です。しかし、そのような条件を満たしていない場合であっても、人事や専門家が公平な立場で介入して、各々の事情を把握し、部下に対応法をレクチャーしたり、両者の間に社員を介入させたりするステップが重要になります。
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公認心理師、メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長
一般企業の人事部で働きながらカウンセラーに転身、その後、病院(精神科・心療内科)などの勤務と並行して筑波大学大学院に入学し、2020年に博士課程を修了。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに関する研究」。これまで一般企業や中央官庁、自治体などのメンタルヘルス対策や研修に携わり、カウンセラーとしての相談人数は、のべ約1万人以上。ストレスフルな職業とされる議員秘書のストレスに関する研究で知った「首尾一貫感覚(別名:ストレス対処力)」に有用性を感じ、カウンセリングにとり入れている。Yahoo!ニュース エキスパート オーサ-として「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ「首尾一貫感覚」で逆境に強い自分をつくる方法 』(河出書房新社)がある。
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(公認心理師、メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長 舟木 彩乃)
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