「低学歴」「Fラン大学」とひたすらバカにするだけ…中高生が熱中するYouTube動画に塾講師が抱く強烈な違和感
プレジデントオンライン / 2024年11月21日 17時15分
※本稿は、物江潤『「それってあなたの感想ですよね」:論破の功罪』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■“誹謗中傷が正当化される”界隈
ネット上には、そんな反社会的な行動が常態化している界隈が多く存在しています。たとえば『好き嫌い.com』というサイトです。よく、SNSやYahoo!ニュースのコメント欄が誹謗(ひぼう)中傷をするユーザーの巣窟と見なされますが、このサイトは群を抜いてひどい。
読んで字のごとく、同サイトは特定の有名人に対し「好き」か「嫌い」のどちらかに投票したうえで、両陣営に分かれて放言する場です。「不人気ランキング」の上位になると、優に十万を超える投票と数万を超える書き込みがなされており、驚くほど多くの誹謗中傷で溢れています。
こんな界隈の住人になった人々が、反社会的な規範を内面化してしまった結果、SNS等で悪口雑言の限りを尽くすのは目に見えています。厄介なのが、その誹謗中傷をしている住人たちにまるで罪の意識が見られないことです。
本書で先に紹介した『首領への道』シリーズ(編集部注:極道がテーマのVシネマ)では、「わしらの世界では灰色は黒だ!」という頻出する言葉がありますが、ここの住人のモノサシはまさにこれです。
いや、灰色なのは相手の言動ではなくて、住人たちの目に形成されてしまったフィルターだと思えるほど、些細なことに疑いの目を向けることで誹謗中傷を正当化してしまいます。
「一枚もツーショット写真を確認できないから結婚は嘘で売名行為」「余命宣告されているのに明るすぎる。詐病で金もうけをしているに違いない」等々、枚挙にいとまがありません。
なかには、矛先を向ける有名人のブログが更新される度に書き込みという名の難癖をつける住人たちもおり、もはやライフワークというか生きがいになっているのではないかと思えるほどです。
■学歴をネタにした“YouTubeチャンネル“
これと似たようなケースは、中高生がよく足を踏み入れる界隈にも存在します。そして、意図せずともそんな反社会的な界隈の様子が不可避的に目に飛び込んでしまうため、実に多くの中高生が厄介な界隈の存在を知ってしまう現状があります。
暇つぶしがてら、動画サイトやSNSでショート動画を見ていると、その界隈に関する動画が流れてくるため、意思に反して目に入ってしまうのです。
たとえば、『wakatte.TV』というYouTubeチャンネルです。道行く人々に学歴を尋ねたうえで、その学歴を賞賛したり嘲笑したりするという、低俗極まりない動画が数多く確認できます。
同チャンネルの説明文によれば「この番組は全国の受験生、高校生のみんなに『絶対にこんな大人になるなよ!』という思いを込めて、あえて日本の学歴社会を皮肉る学歴第一主義のブラックキャラクター「高田ふーみん」と、お友達の「びーやま」による、教育痛快バラエティ番組です」とあります。が、これが建前であることは明白です。コンプライアンスに厳しく縛られているテレビでは決してできない、過激な企画が受けるというYouTubeの潮流に乗っているだけでしょう。
■アルゴリズムで「見たくないけど、見てしまう」
この動画チャンネルは、ちょっと驚くほど高校生からの認知度が高いのです。いや、高校生どころか、公立中学に通う生徒が知っているというケースさえよくあります。
聡明で真面目な生徒は、この動画チャンネルに対し不快感を示したうえで、高田ふーみん氏について「あの人、(やっていることが)二重人格ですよ!」と憤りをあらわにしていました。
他の動画チャンネルでは塾講師として真面目な応対を高校生にしつつ、その一方で大学生を小馬鹿にする態度が許し難かったのでしょう。そして何よりも「見たくないけど、気になって見てしまう」自分にいらだっていたようです。
「見たくないけど、気になって見てしまう」という言葉は、当事者の言だけあって問題の核心を突いていると思います。
受験を控えた中高生が、偏差値や大学・高校といったものに関心を持っていて、その関心を反映した振る舞いをネット上でしてしまうのは致し方がありません。その関心を敏感に察知したアルゴリズムの働きにより、ユーザーの関心を刺激する内容の投稿が視界に出現し、思わず足を踏み入れてしまうわけです。
■注目を集めるために“刺激的”になる
しかも、そんな界隈のコンテンツは往々にして過激であり、そこに存する規範もまた反社会性を帯びがちです。ここに、下劣な規範を有した界隈が発するコンテンツほど注目を集め人々を誘ってしまうという、全く歓迎できない関係性が見えてきます。
ネット上には星の数ほど情報が存在するため、誰かに見てもらうだけでも難儀なものです。だから、注目(アテンション)を集めクリックさせるだけでも大きな価値が発生します。
そんな状況は、昨今ではアテンションエコノミーとも呼ばれていて問題視されています。フェイクニュースやデマ、全く裏取りをしない情報の方が刺激的になりやすいのは明らかであり、それ故に誤った情報が拡散してしまうためです。
ただし、どうやらフェイクニュースやデマだけでなく、反社会性を帯びた規範までもが拡散しやすいようです。こうなると、煩わしい規範を壊した意味が問われるのはもちろんのこと、かつて有していた古臭い規範の方がマシだったのではないかという当然の疑問が浮かんできます。
■“ネットの界隈”が勉強に役立つ例もある
念のため、ネット上のコミュニティとしての界隈が悪いことずくめでは決してないことも付け加えておきます。界隈にいるネット上の友人のおかげでめげずに通学ができていた生徒が、進学した学校で友達ができ、学校生活を謳歌するようになったなんてケースは、ネット社会が恩恵をもたらした結果に他なりません。
SNS上で見られる「勉強垢」もまた、使いようによっては良き界隈を形成できます。勉強垢とは、勉強に特化した投稿をする副アカウントのことです。受験勉強のモチベーションを高めあったり有益な情報を交換したりする仲間たちと繋がることで、学力向上が期待されます。
とりわけ、周囲に難関大を目指す生徒がいない田舎の受験生からすれば、こうした界隈がもたらしうるメリットは計り知れません。聡明な受験生たちが猛勉強している姿を知ることで、「努力」の意味が変わってくるからです。
ほぼ難関大受験生がいない牧歌的な田舎の高校と、小学生の頃から競争に明け暮れていた中高一貫の超進学校とでは、「努力」や「頑張った」の意味がまるで違います。
片や休日八時間の勉強は「物凄い努力」である一方、後者であれば「最低限」または「全くはかどらなかった」といった具合です。この感覚のズレを修正することで勉強のあり様を変えることができれば、田舎の受験生にも活路が開けることでしょう。
■“いびつなモノサシ”が作られてしまう
その一方、綺麗なノートを投稿したり、頑張っている自分をアピールしたりすることが目的になってしまうと、意味がないどころかデメリットしか生じません。そんな彼らが悪目立ちした結果、勉強垢そのものに対し冷たい視線を投げかける高校生も少なくないようです。
ここでもまた、SNSを適切に活用できる優秀な生徒たちが集うことで、彼らがより優秀になる一方、勉強垢界隈を承認欲求の場と取り違えてしまい、より学力が低下する生徒たちが出現するという格差拡大の図式が見て取れます。
これら特定の界隈で身に付けた規範は、そっくりそのまま自分に刃が向けられます。先述した『wakatte.TV』では、一般的に難関大とされる学校でさえ馬鹿にされてしまいます。
事実上、日本人の大部分が嘲笑されているようなものです。こんな動画にどっぷりとはまった先には、相当にいびつなモノサシが形成されるのは目に見えています。パン屋の店員に学歴を聞いたうえで「高卒が作った単純なパンでした」と発してしまう無礼な姿や、学生たちに対する「しょぼい大学だな」「ガチのFラン(ボーダーフリーの大学)やないか」といった暴言を面白がること即ち、下劣な規範の内面化に直結してしまうのは論を俟ちません。
■嘲笑った本人が「馬鹿にされる対象」になることもある
動画を視聴している最中、このモノサシは赤の他人に対して適用されます。動画内の人物たちに同調するように、特定の大学を嘲笑うことも大いにあるでしょう。
ところが、このモノサシは自分や自分の周囲にいる人々に対しても、否応なしに適用されてしまいます。そして自分や周囲の人々だけが、「日本人の大部分」に入らないなどというご都合主義は滅多に起きません。
結果、自分自身に刃が向けられるのはもちろんのこと、周囲もまた嘲笑の対象となることで、その関係性にヒビが入ってしまいます。
塾の中にも、この『wakatte.TV』にはまってしまった中学生がいました。クラスで視聴している男子が沢山いて、彼らに薦められるまま視聴したことがキッカケだったようです。
大変にマズイと思った私は生徒に対し「あの動画では○○大学が馬鹿にされているけど、そこに入れるのはせいぜいクラスの上位10%くらい」だと告げました。その生徒は上位10%どころか20%にも入っていませんでしたので、君こそが馬鹿にされる対象だと言ったようなものです。
かなり際どい発言ではありましたが、大学受験期になってから現実に気付くよりマシだと思ったのです。そして案の定、こうした大学受験の実情について生徒は何も知りませんでした。
かつて動画を見ながら散々馬鹿にしていた大学が、自分の母校になってしまうという顛末は目も当てられません。そしてそれは、内面化した歪んだ規範が、自分にも適用されてしまった結果に他なりません。
■“落語家の不謹慎ネタ”とはまるで違う
蛇足ですが、このYouTubeチャンネルに登場するような過激なYouTuberに対し、以前から私は強い違和感を覚えていました。誤解を恐れずに言えば、そこに自分の行為に対する客観的な認識、すなわち不謹慎の倫理がないからです。
この件について、立川談志師匠の考えが示唆的です。その考えを私は、談志師匠の著作を踏まえ次のように解釈しています。
落語家は非常に身分の低い人間だ。世間から蔑まれる存在である。だから不謹慎なネタを発したとしても、世間の常識に生きる人々は「下らない落語家が馬鹿げたことを言っている」という認識の下、落語家と自分の間に線を引き、距離感をもって笑うことができる。
息苦しい規範という拘束に縛られた人々は、落語家の非常識な語りによってガス抜きをする。そして寄席から出れば、また常識の世界を生きていく。もちろん、相手は下賤(げせん)な落語家なので、その規範を内面化しようなど夢にも思わない、といった具合です。
これは、不謹慎なネタという禁忌を侵す自分に対し課した制約であり倫理でもあります。不謹慎の倫理とは語義矛盾そのものですが、この倫理が果たす役割は少なくないでしょう。が、この手のネタが、昨今では表に出せなくなっているのは周知のとおりです。
そして表に出すのが難しくなったネタは、不謹慎の倫理をまるで持たないYouTuberたちによって、ただ単に下劣に展開されてしまいます。こんなことであれば、以前の方がマシだった気がするのは私だけでしょうか。
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著述家
1985年福島県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東北電力に入社。2011年退社。松下政経塾を経て、現在は地元で塾を経営する傍ら、執筆に取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』『デマ・陰謀論・カルト』など。
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(著述家 物江 潤)
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