なぜ金八先生より、ひろゆきの言葉が子供たちに響くのか…「論破したがる子供たち」が塾講師に漏らした本音
プレジデントオンライン / 2024年11月22日 17時15分
※本稿は、物江潤『「それってあなたの感想ですよね」:論破の功罪』(新潮社)の一部を再編集したものです。
■「ゼロ点を取らないため」の受験戦術
私自身、ひろゆき氏的な思想の強さを実感する毎日です。いや、「実感せざるを得ない」と表現した方が正しいかもしれません。
受験勉強には、残酷なまでの適性があります。誰でも頑張れば成績が上がるという考えは無責任な世迷いごとであるばかりか、著しく適性のない生徒に対する呪詛でさえあります。頑張ってもほとんど成績が上がらなかったとすれば、「誰でも」から外れた生徒が抱く劣等感は計り知れません。
そんな彼らに対し、頭ごなしに似たような「~べき」を熱っぽく訴えても、その効果を期待するのは無理な話です。適性があり、努力するほどに環境は変わるという実感がある生徒と、それが全くない生徒とでは、努力の意味はまるで違うからです。
受験勉強に全く適性のない中学生が定員割れした高校を目指すのであれば、私は英語の勉強を禁じます。一般的に記号問題が最も多い試験なので、適当に選んでもそれなりの点数になるからです。
その反対に、ほぼ記号問題のない数学は、最も基本的かつ出題されやすい部分に範囲を絞り、じっくり時間をかけて勉強をしてもらいます。一発不合格になりかねないゼロ点を回避しつつ、最低限の点数を取ることが目的です。
定員割れした学校の入試は、よりよい点数を競う選抜試験ではなくて、最低限の学力を示せれば合格できる資格試験と見なせます。学校の授業についてこられるだけの最低限の学力を示せればよいわけです。
換言すれば、数学で限りなくゼロ点に近い点を取ると、その最低限の学力がないと見なされかねず危険です。だから、ゼロ点を取らないための戦術が必要になってきます。
■受験は「非強者」にも勝ち目がある
こうした作戦は、一般的に入るのが難しいと見なされる国立大学を目指す生徒であっても同様です。
倍率がおおよそ2倍未満で、しかも筆記試験が高校2年までの数学と物理基礎だけであり、あとは志願理由書と簡単な面接等で選考が終わるという、嘘のような国立大学の推薦入試を複数確認できます(場合によっては、倍率が1倍を切ることさえあります)。
しかも、1年間に2回受験することも可能で、大学入学共通テストを加味した推薦入試(たとえば某大学の推薦入試は、共通テストの数学IA・IIB・英語・物理・化学で受験可)も含めれば、国立大の推薦入試だけで3回も受験できます。
一般入試では逆立ちしても合格できない生徒でも、この2回か3回の入試だけに絞り、3年生の初め頃からじっくり時間をかけて対策を練れば十分に合格可能です。
受験の世界において、自らが非強者故にリソースが限られていることを自覚できるのであれば、非強者でも勝負ができます。さらに適性のない生徒であれば、戦略的に商業・工業・農業高校に入ってしまうという手があります。こうした学校の生徒だけを対象とした、国立大学の推薦入試が存在しているので、そこで勝負するという作戦です。受験勉強に適性のある強者がほぼいないなかでの競争なので、これならば十二分に勝ち目があります。
■「ひろゆき氏的な指導が効果的」と実感してしまっていた
たとえば、一般的に中堅国立大と見なされる某大学にも、工業高校の生徒だけを対象とした試験があります。筆記試験はあるものの、2年生までの数学の基礎的な問題集を頭に詰め込んだ、英検準2級程度の学力を有した生徒であれば十分に対応できます。塾の生徒に至っては、高校入試よりも楽だったという迷言を残し、楽々と合格してしまいました。
中学生当時の彼は平均的な学力しか有しておらず、地域3番手グループの公立進学校でも合格圏外でしたが、戦略的に工業高校に進学することで中堅国立大学に合格してしまったことになります。
3番手グループどころか、1番手グループの地方公立高校の平均的な生徒でも合格は容易ではないはずなのに、彼にとっては「高校入試よりも楽だった」とくれば、いかにもひろゆき氏が推奨しそうな作戦でもあります。
要するに、こういうことです。私は知らず知らずのうちに生徒たちに対して、ひろゆき氏と同様のアドバイスをしていたのです。
金八先生が口にしそうな、熱っぽいアドバイスが生徒の胸を打ちにくい一方、努力をしても勝ち目がないならば非強者なりの戦略で勝負しようという、まさにひろゆき氏的な助言が効果的であることを実感してしまっているのです。
誤解なきよう付け加えると、とりわけ一定の資質に恵まれた生徒であれば、金八先生的なアプローチは今なお効力を失っていません。努力によって道がひらけることを実感できる彼らは、こちらが熱心に語り掛ければ、それに比例するようにきちんと応えてくれます。
■入試の複雑化で“戦術を練る必要性”が高まっている
この受験指導に関する具体例から、コスパが重要視されるもう一つの理由が見えてきます。キーワードは複雑さです。
各大学が用意する入試方式は、年々複雑化する一方です。しかも、ちょっと目を離したすきにコロッと形式が変わることも日常茶飯事であり、とてもではありませんが全容を把握するなんて無理な話です。
国立大学にしても、一般入試の前期/後期・学校推薦型選抜の共通テストあり/なし・総合型選抜の共通テストあり/なし・専門高校専用枠・帰国生徒/国際バカロレア入試などあり、しかもそれぞれの方式において入試科目が異なります。
なかには、入試を準備する大学側のマンパワーが不足しているためか、国立大学でさえ、こんなザル入試でよいのかと首をかしげてしまうような穴場もあります。国立大学だけで、こんな状況です。ここに、入試方式が更に複雑な私立大学を含めた数多(あまた)の大学が加わるので、もはやてんてこ舞いです。今や、入学に至るまでのルートは無数にあるため、自身の適性・将来の目標・経済力といった状況に応じた戦術を練る重要性が必然的に高まっています。
■複雑なほど、“自由を活用できるか”が重要になる
学校が示す規範の低下もまた、戦術の重要性を高めている一因です。仮に規範に手足を拘束されていれば、先生(規範)の指示に導かれるがままに勉強をし、そして受験校を選べばよかったのでしょうが、一部の学校を除き、もはやそうはいきません。
規範から解き放たれ自由になった生徒の前に、複雑怪奇な入試という攻略対象が姿を現せば、否が応でもコスパという名の合理性を構築する必要に迫られるわけです。または、その合理性を与えてくれる誰か(権威)を、自分の判断で見つけなくてはなりません。
こうなると、更なる格差の拡大は免れません。その適切な選択ができるだけの能力や経済力に恵まれた者と、そうではない者との間では、構築される合理性のレベルがまるで違ってくるからです。
無論、こうした現象は入試と受験生の間に限った話ではなく、あらゆる場面において姿を現します。規範にとらわれない自由が与えられるなか、社会や制度(≒入試)が複雑になっていけば、その自由を有効活用できる能力・環境を有しているか否かが、なお一層のこと重要になってしまいます。
ここで思い出されるのが、新自由主義経済とそれがもたらす副作用についてです。新自由主義経済に対する是非は人それぞれだと思いますし、それは本書のテーマ外の話なので評価は脇に置いておきます。
■「合理的に努力を重ねた強者」が勝つ
ただ、この経済のあり様が経済格差をもたらすこと、少なくともそのトリガーになりうることについて、然(さ)したる異論はないと思います。
様々な規制を緩和し、自由に競争ができる環境を整えた結果、富める者(強者)はより豊かになり、そうではない者はより貧しくなりがちだということは、経済が停滞するこの日本において多くの人々が実感してきたことでもあります。
強者からすれば、自由になることで卓抜した能力を制限なく発揮できるため、彼らが水を得た魚になるのは必然です。複雑な現代社会において合理的な策を練り、そして努力を重ねていった強者たちが、更に多くの富を蓄積するのは当然の帰結です。
封建制度・カースト制・世襲制のような極端な環境下であれば「自由の獲得=格差の是正」という逆の公式が成立しそうですが、現代の日本においては、それが特殊な環境下に限られることは論を俟まちません。
今起きていることは、この一連の流れと類似しています。制度と規範の違いはあれども、双方ともに緩和・撤廃により自由な環境が創出されるという点において同型なのです。「~べき」という規範をなくし、人々が自由と軽さを獲得した先には、強者がより強くなるという顛末が見えてきます。なお、この件については本書の第2章にて改めて記述します。
■先生を論破しても、いずれ自分に跳ね返ってくる
ここで、ちょっと言いにくいことも記しておきます。本書冒頭(「はじめに」)で登場した生徒に関する話です。
ひろゆき氏に感化され「それってあなたの感想ですよね」といった言葉を誰彼構わず投げかけていた彼は、私が真剣に叱った後、同種の言葉を一切口にしなくなり、真面目に勉強をするようになりました。
ただ、私が叱っている最中、ちょっと気になることを彼は口走っていました。
「先生に対し、ひろゆきの口真似をすればするほど、通知表の成績は下がることになる。何の得にもならないことをしてどうするんだ」といった旨を話したところ、彼は「どうせ勉強できないし……」と、伏し目がちに口にしたのです。それまで喜々として口答えしていたのが嘘のように、その表情が曇ったのは明らかでした。
叱りすぎたのかもしれませんし、私の考えすぎなのかもしれません。しかし、その表情の落差に、なにか鬱屈したルサンチマンのようなものを感じずにはおれませんでした。
考えてみれば、彼のような勉強が苦手な生徒が、ひろゆき氏に感化されたのも自然な流れなのかもしれません。
日ごろ、先生から発せられる「~べき」や「~しなさい」という規範を守るのが難しい生徒からすれば、そこから生まれる敵愾心(てきがいしん)により、先生にマウントを取ってやろうという気持ちになるのも分かるような気がします。
勉強に適性のない生徒にとって学校の授業はあまりにも難しく、そしてそれ故に、持つ必要のない劣等感を抱かせてしまう仕組みが、学校や学習塾には内在しています。
でも、そんな劣等感を与えていた権威(先生)に復讐するため、「それってあなたの感想ですよね」のような言葉や思想でマウントを取り返し権威や規範を否定しても、それはすべて自分に跳ね返ってきます。繰り返しになりますが、この思想は一部の強者が得をするものであり、おいそれと活用するものではないことを強調しておきたいと思います。
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著述家
1985年福島県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東北電力に入社。2011年退社。松下政経塾を経て、現在は地元で塾を経営する傍ら、執筆に取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』『デマ・陰謀論・カルト』など。
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(著述家 物江 潤)
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