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「拝め拝め拝め拝め」宗教にのめりこむ毒母が放つ絶望感…笑顔消えた中学生の娘がヤンキーとつるみ再生した訳

プレジデントオンライン / 2024年11月16日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Erdark

現在30代の女性の幼少時はがんじがらめの日々だった。宗教にのめりこむ母親から「拝む」ことを強要され、集会にも参加させられる。やがて子供らしい無垢な笑顔や生きる気力を失っていく。心が荒み中学時代にはヤンキーグループとつるむように。だが、これをきっかけに女性は再生し始める――。(前編/全2回)

ある家庭では、ひきこもりの子どもを「いない存在」として扱う。ある家庭では、夫の暴力支配が近所に知られないように、家族全員がひた隠しにする。限られた人間しか出入りしない「家庭」という密室では、しばしばタブーが生まれ、誰にも触れられないまま長い年月が過ぎるケースも少なくない。

そんな「家庭のタブー」はなぜ生じるのか。どんな家庭にタブーができるのか。具体的事例からその成り立ちを探り、発生を防ぐ方法や生じたタブーを破る術を模索したい。

今回は、宗教を信仰する家庭で母親から宗教を強制され、過干渉を受けながら成長し、授かり婚をした相手がモラハラ夫だったという現在30代の女性の家庭のタブーを取り上げる。

■宗教のために生きている母親

関西地方在住の如月杏さん(仮名・30代)は、祖父の代から続く建築系の工場を継いだ父親と、公務員の母親のもとに、第2子として生まれた。父親は30歳手前、母親は20代半ばのときにお見合い後、すぐに婚姻。

「結婚後、公務員の仕事を辞めた母は、父の工場で事務の仕事やお茶出しなどを手伝っていたらしく、よく『私は仕事があるから、あなたのことは何もできない』と言われて育ちました。しかし、祖母に聞いた話では、母はほとんど仕事をせず、宗教関連の新聞や本を読んだり、仏壇に向かって拝んだり、仏壇のある部屋を掃除したり、昼寝をしたりしていたそうです」

父親の家は宗教を信仰していた。そのため母親は結婚前、自分の両親から結婚を反対されたという。それでも一緒になりたかった母親は、強硬な反対を振り切って入信し、結婚。その後、両親から絶縁を言い渡された。

母親は、誰よりも熱心に宗教活動に打ち込んだ。朝5時に起きて1時間ほど仏壇に向かって拝み、夜も1〜2時間ほど拝む。夕食の際にご飯を炊いたら、必ず最初に仏壇に供える。週に一度は座談会のような集会を自宅で開き、30人ほどが集まって、全員で仏壇に向かって拝み、ビデオを見るなどの活動を行っていた。

如月さんは、4歳上の兄とともに、幼い頃から母親から口うるさく「拝みなさい、拝みなさい、拝みなさい」と言われて育ち、嫌々従った。集会場に連れて行かれて長々と話を聞かされたたが、ほとんど聞いておらず、記憶に残らなかった。父親や同居していた父方の祖父母は、宗教を強制しなかった。

「父親と母親の仲はいいと思ったことはありませんが、離婚のような空気を感じることもなかったです。父は母の言いなりでした。母に逆らえず、お小遣いも月5000円しかもらっていなくて、何もできないように縛り付けられていました。父は祖父の工場を大きくしたそうですが、家の中では1人では何もできないような人でした。世間体を気にして別れないのか、政略結婚だからと諦めているような……そんな夫婦だったと思います」

父親も祖父母も、母親には何も言わなかった。如月さん曰く、「1言うと100言い返されるのがわかっていたからだと思います」とのこと。母親はたびたびパニックのような症状を起こしたり、平気で嘘をついたりするため、父親も祖父母もあまり関わらないようにしていたようだ。

この母親の存在が、その後の如月さんや他の家族の人生にも大きな影を落とすことになるのだが、それでも如月さんは明るい子に成長した。

とはいえ、やっかいだったのは母親の過干渉の激しさと、篤い信仰心で日々拝み続け心の平穏を獲得しているはずも、しばしば感情を爆発させて家族に対して攻撃するヒステリックさだった。

「母は宗教のために生きている人でした。私の友達の家にまで電話をかけ、選挙や新聞購読をすすめるなど啓蒙活動に必死。そのせいで『あの家の子とは遊ぶな』と言われていたと思います。また、ゲームやテレビは1日1時間と決められ、『お菓子を食べるな』『コーラは飲むな』と行動を厳しく制限され、『拝みなさい。信心しないと不幸になる』と何度も何度も。脅されていたような感覚でした」

仏前ろうそくとごはん
写真=iStock.com/User2547783c_812
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/User2547783c_812

救いは、同居する父方の祖父母だった。母親に厳しく叱られた時はたっぷりと慰めてもらった。

「祖父母の温かさには救われました。特に祖母は、いつ、どんな時でも怒ることはなく、私が食べたいものを作ってくれました。夜中だろうが早朝だろうが、どんな時でもわがままを聞いてくれる祖父母でした」

■不登校に

小学校中学年になった如月さんは、本名が個性的な名前だったせいで、名前に汚物のような言葉をつけて、クラスメイトの男子にからかわれるのが嫌で、不登校になってしまった。

最初は、如月さんを半ば強引に車に乗せて学校へ行かせていた母親も、翌年には諦めたようだ。学校へ行かなかった彼女は家でテレビを見たり、本を読んだりして過ごした。母親は図書館へは連れて行ってくれた。

父親と祖父母は、不登校について何か言うことはなかった。

小5になると、新担任になった30代前半の女性教師が足しげく如月さんの家に通い、話に耳を傾けてくれた。次第に心を開いた如月さんは、まず遠足に参加し、徐々に学校行事に参加する頻度を増やしていくと、2学期には月に一度くらい休む程度で学校に行けるようになっていた。

■笑わない思春期

しかし、不登校を経験した後の如月さんの顔からはすっかり笑顔が消えた。中学生になるとヤンキーグループと交わったり出会い系サイトを漁ったりするように。

「ネットで出会った人と付き合ったり、友達になったりして夜遊びしまくりました。実は小学校、中学校の時はとくに自殺願望を強く抱いていて、本当に実行に移そうと考えたこともありました。自宅を自分の居場所だと感じられなかったんです」

夜遊びに出かけるときは、最初こそ自分の部屋からこっそりと家を抜け出ていたが、親も馬鹿ではない。母親には何度か見つかってはこっぴどく怒られたり止められたりしたが、何度も繰り返すうちになぜか母親は根負けしたのか、約1年後には放置状態だったという。

乱れた生活の如月さんの行く末が心配されたが、高校生になると、環境が一変。通学に電車で1時間ほどかかる都会の高校に入学したことが功を奏して、自ら更生した。

「学力に合った高校に入ったので、授業についていけたことや、田舎にはないショッピングモールやアミューズメントパークなどの施設で遊べるという喜びで、ただ楽しかったです。学校までの距離が遠いため、母が牛耳る家で過ごす時間が自動的に減ったのも良かったのではないかと思っています」

しかし、如月さんは笑顔を見せないまま。仲の良い友達はできたが、「なんで笑わないの」「空気が読めないよね」「常識がないよね」などと言われると、その度に「なぜ笑えないんだろう?」と自分でもわからず落ち込み、友達との距離感に悩んだ。

グループの人影
写真=iStock.com/CribbVisuals
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CribbVisuals

■20歳近くも年上の彼

高2の夏、如月さんが友達たちと海に遊びに行ったところ、男性グループに声をかけられる。それをきっかけに何度か一緒に遊ぶようになると、友達たちからの後押しもあり、そのうちの1人と交際が始まった。20歳近くも年上の建設現場の仕事をする男性だった。

交際をきっかけに彼氏の家に入り浸るようになると、相変わらず宗教にのめりこむ母親は「別れなさい」と言ってきたが、如月さんはそれを無視した。

なぜなら社会人の彼氏ができたことは悪いことではなかったからだ。彼氏や彼氏の友人たちと関わるようになって、人との距離感を学び、自分の居場所ができたようで安心し、笑顔を取り戻すことができた。

高校を卒業した如月さんは、県外の福祉系の会社に就職。家を出た後は実家に寄り付かないばかりか、連絡もしなかった。彼氏とは遠距離になってしまったため、会う頻度が減り、最終的には彼氏の浮気が発覚し、自らの決断で別れた。

ところが、この件以降の如月さんの人生はまさに茨の道というべきものだったのだ。(以下、後編へ続く)

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。

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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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