ついに失われた「40年」へ突入するのか…「トランプ再選」で日本のお家芸・自動車産業が大ピンチを迎える理由
プレジデントオンライン / 2024年11月18日 9時15分
■「またトラ」で世界はどうなってしまうのか
11月5日の米大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ氏が民主党のカマラ・ハリス現副大統領に勝利した。事前には接戦になると予想されたが、ふたを開けてみると激戦の7州すべてでトランプ氏が勝つなどほぼ圧勝だった。その翌日のアジア時間、トランプ氏勝利が伝わると、減税の延長期待などを背景に、米国株を含め世界的に株式市場は堅調な展開になった。
トランプ氏は、基本的に関税の引き上げを重視しているようだ。同氏は自らを“タリフ・マン(関税男)”と称している。特に、中国に高い関税を課す可能性は高い。農業機械メーカーの米ジョン・ディアーにも、海外生産を増やせば輸入品に高関税をかけると指摘した。
関税引き上げで、米国のインフレ懸念は再燃する可能性がある。日米金利差の拡大観測は増え、ドル高・円安が加速することも考えられる。エネルギー資源などの価格動向次第で、わが国の輸入物価が上昇し、個人消費の下振れ懸念が高まる展開も想定される。
■政策をディール=取引とみなしているが…
また、同氏の積極財政政策で米国の国債発行が増え、米連邦財政の悪化懸念も高まるだろう。今すぐではないが、いずれかの段階で金利上昇が進み、米国の個人消費に息切れ感が出る不安もある。トランプ氏の通商政策は、わが国をはじめ世界全体の経済環境を大きく変化させることが懸念される。
トランプ氏の前回の政策運営などから、同氏の言動は予測することが難しく、政策の先行きは読みにくくなるだろう。それは、企業や投資家のリスクテイクを抑圧する要因になることも考えられる。
また、トランプ氏は政策を“ディール=取引”としてみているようだ。政策とは、経済社会全体にかかわる問題を解決し、あるべき状態を目指す合理的な方策をいう。同氏は各国に圧力をかけ、米国の利益を最優先するよう譲歩を引き出そうとしている。そこに違和感を持つ経済専門家も多い。
■台湾侵攻があれば「関税200%」を示唆
取引の一手段として重視するのが関税だ。実現するかわからないが、トランプ氏は貿易相手国に10~20%の関税を一律でかける考えを示した。トランプ氏は関税のコストを払うのは輸出側の企業と考えているようだが、実際には、少なくとも一部の費用は米国の消費者が負担することになる。
関税引き上げで米国企業の資材調達コストは上昇し、価格転嫁から物価は上昇する可能性もある。米国の実質賃金が上昇し、減税で家計の支出意欲が高まっているのであればなおさらだ。
特に、トランプ氏は中国に対する関税を大幅に引き上げる考えを持っている。中国からの輸入に60%以上の関税を適用する意向という。中国が台湾を包囲した場合には200%に引き上げる考えも示した。
トランプ氏は、前回の政権で通商代表部(USTR)代表を務めたロバート・ライトハイザー氏に次期政権で同職への復帰を求めたようだ。過去、ライトハイザー氏は対中貿易赤字を減らすため、高関税や対中投資規制の厳格化が必要との考えを示した。半導体など先端分野で、米国が対中規制や制裁を発動し米中対立が先鋭化する恐れもある。
■グローバル化の「逆回転」が始まる?
今回の大統領選や議会選で、民主党の支持減少は鮮明だった。そのひとつの要因がインフレの高進だろう。バイデン政権下、2021年春から2022年6月にかけて米国のインフレは急伸した。低所得層などの生活の苦しさは高まった。それに伴い、経済格差も深刻化し、政権に対する不満が高まった。
不満を募らせた有権者は、米国第一を掲げるトランプ氏に期待を託した。トランプ次期政権は多国間の協調より、米国の利害を最優先に政策を運営するだろう。それにより、“アメリカ・ファースト”の姿勢は一段と鮮明化するはずだ。これまでの、世界経済のグローバル化は逆回転し始める可能性が高い。
1990年代以降、米国は自由貿易協定(FTA)や多国間の経済連携協定(EPA)などを推進した。国境をまたいだヒト、モノ、カネの再配分は増加した。米国の消費者は“世界の工場”の中国から安価な玩具、アパレル製品、ITデバイスなどを、わが国からは燃費性能の高い自動車などを輸入した。
■“自国第一主義”の行き着く先は
一方、米国では、IT先端分野のAIなどソフトウェア開発に取り組む企業が増えた。国際分業体制を整備することで、経済運営の効率性は高まった。米国で鉄鋼など在来分野の雇用は減少したが、飲食、宿泊、交通、物流などのサービス業が成長した。米国は経済、政治、安全保障の中心国家としての地位を活用し、グローバル化のベネフィットを享受したといえる。
トランプ氏はグローバル化で経済の効率性を高めるより、関税などを使って海外企業に米国での生産を増やすよう求める可能性が高い。同盟国の企業による対中投資に規制や制裁を発動する恐れもある。
そうした政策は、米国をはじめ世界経済の拡大均衡を阻害することも考えられる。グローバル化が支えた企業のコスト逓減、直接投資の増加による新興国経済の工業化の加速、比較優位性による自由貿易の推進などの停滞懸念は高まるだろう。
■自動車をめぐり日本との通商摩擦も
関税の引き上げによって、半導体や自動車などの分野で米国と中国、欧州諸国、わが国などの通商摩擦が拡大することも懸念される。状況によっては、米中で双方の企業の製品に対する不買運動が激化し、貿易戦争が勃発する恐れもある。
今後、わが国の経済運営の難しさは増す可能性がある。短期的には、わが国の個人消費に下押し圧力がかかりやすくなりそうだ。
トランプ政権が重視する関税引き上げは、米国の物価押し上げ要因になりうる。他方、減税の恒久化や規制緩和の期待から、一時的に米国の個人消費、設備投資は増え、政権交代後しばらくは米国経済が堅調な展開が続くだろう。その一方、景気の過熱とインフレ上昇の抑制に、連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和方針を微調整するとの観測も増えるだろう。それにより、米金利に上昇圧力がかかると予想される。
■自動車輸出、インバウンド需要が減少する恐れ
一方、わが国では実質賃金がマイナスの環境下、日銀は個人消費などに配慮して利下げを慎重に進めることになるだろう。その結果、日米の金利差は拡大し、円の下落圧力が高まることも考えられる。トランプ政権がイスラエルを重視し中東情勢が混迷すると、供給不安から原油価格が上昇するかもしれない。円安とエネルギー資源などの価格上昇でわが国の輸入物価は上昇し、個人消費は下押しされることも懸念される。
少し長い目で見ると、物価上昇、財政悪化などで米国の景気は減速し、わが国の自動車輸出、インバウンド需要が減少する展開も予想される。自動車生産の減少は、わが国の設備投資減少要因にもなる。
中長期的に、わが国の企業は米国の関税を回避するため、地産地消の体制を整備することになりそうだ。業績拡大を目指し、米国など成長期待の高い市場で得た収益を再投資する必要性も高まる。人口減少で縮小均衡が加速するわが国では、設備投資や研究開発は伸び悩むだろう。
■ついに“失われた40年”へ突入するのか
1990年代以降、バブル崩壊などによりわが国の経済は“失われた30年”と呼ばれる停滞に陥った。それでも、わが国がそれなりの経済規模を維持したのは、1997年のハイブリッド自動車が世界的にヒットしたことがある。
今後、企業が国内で設備投資を積み増しづらくなると、わが国の企業が、世界の消費者が欲しいと思う高付加価値の新商品を創出するのは難しくなることが懸念される。それが現実味を帯びると、わが国の経済が“失われた40年”に向かう恐れは上昇する。米大統領選直後、国内の株価は円安観測などを材料に上昇したが、日本経済の先行きは慎重に考えたほうがよいかもしれない。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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