男性が必死になる昇進試験に高卒女性が準備1週間で挑んだ結果…「89歳・現役プログラマー」のメガバンク時代
プレジデントオンライン / 2024年11月23日 8時15分
■Appleで「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介され、人生が一変
「来年のお誕生日がくると、90歳になるんですね。ますます仕事が増えちゃう」
そう笑うのは、ICTエバンジェリストの若宮正子さん(89歳)。銀行勤めをしながら定年前にパソコンを購入、退職後にその面白さに目覚めると、70歳過ぎて表計算ソフト・エクセルを使って色鮮やかな図案を描く「エクセルアート」を考案。81歳の時にはスマートフォン向けアプリを開発し、Worldwide Developers Conference(WWDC)に招待され、AppleのCEO、ティム・クック氏から「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介されると、メディアから引っ張りだこになり、日本政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員にもなった。
1935年生まれ。89歳にして世界中が注目する若宮さんが語る「時代の変化を生き抜く力」とは?
「こういうことになるとは思ってもいなかった。今、講演に呼ばれることが多いんですが、人生100年時代をどうやって生きたらいいかわからないから、教えてくれとおっしゃるんです。私だってまだ100年生きてない、90年も生きていないんですけどね(笑)」
■戦中生まれ、「お上の言うこと」は信用できないと学んだ
「世界最高齢のプログラマー」若宮さんの最初の一歩は、58歳の頃。パソコンを買ったのがきっかけだが、ウィンドウズ95の登場前、当時のパソコンはまだ「ガラクタっぽいもの」で、そんなガラクタが自分の人生後半をこんなに変えるとは思ってもみなかったと振り返る。
「当時は今でいうSNSのようなもので、電話回線を使って文字だけを送るパソコン通信というのがあったんです。私はものすごく好奇心が強いから、それにロマンを感じちゃって。家にいて北海道の人とも沖縄の人ともお友達になれるって、素晴らしいと思ったんです。40代から海外旅行を趣味としていましたが、それにも似た感覚ですね」
「世界最高齢のアプリ開発者・プログラマー」と聞くと、さぞ昔からメカに強い人だったのだと思うだろう。しかし、1935年生まれの若宮さんが子どもの頃は当然、機械などは身近になかった。それどころか、第2次世界大戦で小学校は機能しておらず、ほとんど授業も行われず、勉強する時代ではなかった。
「戦争が始まったら軍国主義になって、敗戦後はアメリカの占領軍の時代になって、日本が独立したら今度は旧体制の教育に戻り、次は経団連などが主導する時代に入っていってという具合ですから、いちいちそのときの体制に付き合っていられないですよ」
■新しいものが好きで、58歳のときパソコンもいち早く購入したが…
そんな中、大切にしてきたのは、自身の好奇心と「自分の頭で考えること」だ。
若宮さんがパソコンを購入した当時は、一般に普及する前、周辺機器を含めて40万円ほどだった時代。会社で操作したこともない完全な素人からのスタートで、パソコンのセットアップやパソコン通信の接続設定の準備もやってくれる人がいたわけでも、教本を読むわけでもなく、自分でいじくりまわして3カ月、苦労の末にようやく接続した。
そこから必要に応じてパソコンを使ううち、シニア向けのパソコン教室を開くことになり、コンピュータを理解してもらうためにエクセルを使うことを選択。しかし、エクセルには難しいイメージがある上、「家計簿をつける」「自分の血圧の数値を入力してグラフにする」といった作業は楽しくないと思い、エクセルのセルに色を付けたり、罫線を強調したりする機能を主役に図案を描いて遊んでみることを考えた。それを「エクセルアート」と名付け、手芸やデザイン感覚で繰り返しの模様を作り、今ではその図案を布にプリントしてシャツを仕立ててもいる。
■何事も自己流、シニアの楽しめるゲームアプリを作りたくて…
何もかも独学かつ自己流の若宮さんがプログラマーになったのも、「プログラマーという職業に就きたい」と思ったからではない。
お雛さまを並べるゲーム「hinadan」を開発したのは、若者が得意な素早い動きのものばかりで、シニアでも楽しめるようなゲームアプリがなかったため。しかも、最初は自作する気などなく、プログラマーの知人に作ってほしいと頼んだところ、自分で作った方が話題になると勧められ、リモートでアドバイスをもらいながら作り上げたのだと言う。
「子どもの頃から好奇心が強かった。でも、当時は全部手作業の時代で、私が三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社したころは、まだお札を1枚1枚数え、お客様の通帳にお名前を手書きして、計算はそろばんという時代でしょう? 私は手作業が苦手だったから、なかなかついていけなくて、当時は自分が役立たずで、会社のお荷物で月給泥棒だと思って、少しいじけちゃっていたんです。人間、いじけると体調を崩すんですね。それで、会社を休んだりしたこともあります。だから、銀行に自動紙幣計算機が導入されたときは、私の苦手な部分を代わりにやってくれると思いました。機械は私にとって救世主だったんです」
■高卒で三菱銀行に就職し、学歴社会や女性差別を痛感
ちなみに、入社当時は「女性差別」などという言葉はなく、出世レースは男性同士の中で「高卒組と大卒組が机の下で蹴り合いをやっていた」という状況だった。女性社員の採用は高卒のみで、表向きの理由は「女性は24歳くらいで結婚し、仕事を辞めるから、大卒だと仕事を覚えている時間がない」というもの。
「でも、ぶっちゃけた話、女が学問すると生意気になるからということなんです。私も高校3年ぐらいのとき、母親と衝突しました。母親は農村の大きな家の出身で、世間が狭かったから、娘が自分の考えていたことと違う道に進んでいくのが不安だったんだと思います。あの時代の母親としては当然だったんだろうと思いますが」
母親の反対はあったものの、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、銀行に入社した若宮さん。しかし、銀行では当時、高卒組が夜間部や通信教育で大卒資格を得る・修士論文を書くなどしても「高卒」扱いで、逆に大卒組は遊んでいても「大卒」扱い。学力と学歴は別モノと痛感せざるを得ない格差があったと言う。
しかし、時代の変化に合わせて銀行の業務も徐々に多角化。機械の力を得て仕事が面白くなってきた若宮さんは、大卒の中でもエリートが行く業務部企画部門に所属。理解ある上司のもと新商品開発などに携わり、40代くらいには仕事にどんどんのめりこんでいった。
■寿退社が当たり前の時代に、試験を受けて管理職になった
さらに管理職への昇進試験があると聞いた若宮さんは、好奇心からチャレンジする。
「人事部に行って『昇進試験があると聞いたけど女性も受けていいんですか』と聞いたら、課長代理が真面目な人で、一生懸命調べてくれて、試験まであと1週間しかないと言うんですね。男性社員には、子どもが家にいると集中できないからということで、奥さんと田舎に行ってもらって試験勉強する人もいる中、私は何の準備もなく、参考書も持っていない。でも、人事部の課長は面白いと思ったらしく、受けなさいと言ってくれ、参考書も自分の使ったものを貸してくれて」
その結果、見事合格。しかし、ご本人は「私は要領が良いから」「男性たちは失敗するわけにはいかない背水の陣だけど、私は冷やかしだから、肩に力が入っていなくて、良い成績をとれてしまった」と、どこまでも自然体だ。
メガバンクという大組織の中で、男女雇用機会均等法施行前の女性は一般職にしか就けない時代、実力のみでキャリアを切り開いていった若宮さん。しかし、キャリアウーマンの先駆者であるという気負いはなく、会社への忠誠心(ロイヤリティ)も感じさせない。常に「自分の頭で考え」自分の足で立っている人なのだ。
■メガバンクという大組織に勤めても、会社には依存せず生きる
管理職になってからは、最初は銀行で監査役という名で仕事をし、後に関係会社に出向という形に。そこで部下を持つことになる。なかには優秀な子会社社員もいて、なんと転職を勧めてしまったという逸話も。
「『こんな会社にいちゃダメよ。ここは大企業の子会社だから、どんなにできても、部長とかにはなれない。せっかく仕事ができるのだから、他の会社に行った方がいい』と言うと、うれしそうにして、『実は僕、有名なソフトウェア開発会社の2次試験を通過しているんです』なんて言うわけですよ。
親会社で飼い殺ろしにされていても、暮らしてはいけるけど、自分の力を発揮できる場所に行った方が良いから、と。それで彼は転職していきました。子会社の社長には優秀な部下は引き止めるものだと言われたけど、何年か経って、その会社が上場して彼は社長になっちゃって。からし明太子を送ってきて『あのとき、若宮さんが背中押してくれたから』と感謝されています」
■パソコンの操作を間違って壊したとしても、怖くはない
それにしても、デジタルネイティブ世代と違い、現役世代でもPCやスマホ操作に戸惑いや不安を感じる人は多数いる。それどころか全てが手作業だった高齢世代には、「機械を壊してしまうのではないか」「システムがおかしくなってしまうのでは」と怖さを感じてしまう人が多いだろう。
「実際やってみて、おかしくなっちゃったとかはいくらでもありますよ。パソコンでもスマートフォンでも、機械っていうのは予期しないことになるものですから。ハードディスクの中に『マーちゃん(若宮さんのハンドルネーム)を困らせる会』があって、その会員みんなが力を合わせて、大変なことをするんですよ(笑)。でも、ソフトウェアがおかしくなっても、お金を払えばサポートしてくれるし、パソコンの1つや2つおかしくなってもたいしたことじゃないですよ」
実は2017年にApple社の招待を受けたときも、Apple日本支社を名乗る見知らぬメールがきっかけで、迷惑メールかと怪しみつつ、思い切って「パソコンの1つや2つおかしくなっても良いから」と開けてみたら、電話番号が書いてあり、電話してみると、なんとシリコンバレーへのお誘いだったのだと笑う。
そんな若宮さんは人生の後半戦を振り返り、こんな信条を語ってくれた。
「私は決断も努力も何もしていないの。もともと面白がりで、危険があっても、それよりも好奇心の方が勝っちゃうだけ。例えばパソコンを買ってくると、真面目な人は入門書みたいな感じで、マニュアルを第1章第1項から読み始めるけど、私はそういうのが苦手で、自分の知りたいことだけ知ればいいんですね。目標を立てるのも苦手。目標を立ててきちんとやろうとしても、世の中は次から次と変わっていくんだから、だったら目標なんて立てないで、今日やりたい、今日やらなきゃいけないことからやるのが一番大事かなと思います」
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ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など
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(ライター 田幸 和歌子)
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