「休むのは年末年始くらい」もうすぐ90歳の世界最高齢プログラマーが現役世代より忙しく働く深い理由
プレジデントオンライン / 2024年11月24日 8時15分
※前編から続く
■89歳の現在、週に2~3回の講演を精力的にこなし、全国に出張
Apple社のCEO、ティム・クック氏から「世界最高齢のアプリ開発者」と紹介された、ICTエバンジェリストの若宮正子さん(89歳)。70歳を過ぎて表計算ソフト・エクセルを使って色鮮やかな図案を描く「エクセルアート」を考案。81歳の時にはスマートフォン向けアプリを開発し、世界中から注目されるようになると、講演会の仕事が殺到するようになった。
「講演会は1週間に2回か3回。パソコンとスマホと全部連動させ、ポケットWi-Fiを持ち歩いて、出先でスケジュールも確認しています。マネージャーさんみたいな方がいればいいんですけど、全部自分でやっているんですよ。例えば、今日東京で取材を受けて、明日は福岡に日帰りで、次はまた東京でテレビ局の取材。次の日は北海道で1泊して、戻った次の日が岩手県の一戸で、次は滋賀県の近江。あんまり家にいないんです(笑)」
実際にスケジュールを見せていただくと、予定がびっしり。働き盛りの超多忙なビジネスマンよりも出張が多いのではないかと思うほどだ。しかも、代理店が入っていない講演は、交通のチケットや宿泊の手配も全て自分で行っている。年間で休日といえば年末年始くらいだが、「家で休んでいると、風邪をひいたりお腹の調子が悪くなったりして、仕事していないほうが調子を崩すんです」と言うほど。
■和田秀樹氏との対談直前、骨折するようなハプニングが発生
多忙を極める若宮さんだが、1度だけ仕事をキャンセルしたことがある。それは、とある出版社内でのこと。エスカレーターで高齢男性が上から落ちてきて、その事故に巻き込まれ、怪我をした。その日は精神科医・和田秀樹氏と対談の予定があったため、急きょ医務室で処置してもらい、そのまま対談を行った。
落ちてきた男性は、脳梗塞の影響で手すりをつかむ力が弱くなっていたそうで、その男性が翌朝に大学病院の予約を入れ、若宮さんは検査を受けることに。
「その日も群馬県の前橋市で講演会があり、行かなければいけないと言ったんですが、骨折しているかもしれないから、とにかくレントゲン検査をしないといけないということで。仕方なく、前橋の会場にいらっしゃった方、六十数人に私がサインした本をお詫びに差し上げ、回復後の講演をやる際には最優先枠にするということでご勘弁いただいたんです」
■パソコン通信を始めたときは、シニアの女性が…とからかわれた
高校を卒業し、銀行に入社した当初は、そろばんやお札を数えるなどの“手作業”が苦手で、「会社のお荷物」「給料泥棒」とまで自身を卑下し、体調を崩して会社を休むことすらあった若宮さん。しかし、機械という味方を手に入れ、自信を持てるようになり、人に必要とされるようになった。さらに世界最高齢のアプリ開発者として知られるようになると、各地から講演に呼ばれるようになり、80代からの今が最も多忙で、最も輝いているときなのだろう。
だが、電話回線を使ったパソコン通信時代には、パソコンでインターネットを利用していたのは男性ばかりで、なかには、女性で高齢の若宮さんをからかう者もいたと振り返る。
「私には専門知識がないから、パソコンなんか自己流でやっているだけ。でも、別に習得なんかしなくていいし、学問なんかしなくても、使えばいいじゃないですか。何年か経って『若宮さんは、よくあのいじめに耐えていた』なんて言われることもあるけど、別にいじめじゃない。私は常識がないから、とんでもないことをするわけですよ。あの頃は今みたいにアプリの完成度が高くなかったから、例えばアップしてから全部文字化けしちゃっていたとかで、注意されるわけですよ。そうすると、みんなアップしなくなるけど、叱られるからこそ、正しいやり方を覚えるんじゃない? 私は鈍感力がありますから、からかわれたり、いろいろ言われたりしても『気を付けよう』『お月謝も払わないのに、教えてくださってありがたい』と思えるの」
■ChatGPTやGoogleのAI「Gemini」と会話して遊ぶ
自己流で進めてきた若宮さんが、今気に入っている仕事兼遊びは、ChatGPTやGoogleのAIチャット「Gemini」だ。学生がレポートで、あるいはビジネスマンが仕事で活用するケースは増えているが、必要に迫られないと、どんな場面で使ったら良いかわからないという人もいるだろう。
このインタビューを行ったのは、衆議院議員選挙の翌日。若宮さんは目の前で、まず「次の総理は誰ですか」と聞き、「私はできるだけ正確に回答するようにトレーニングされています。間違えることがあります」といった答えが出ると、「言い訳していますよ、情けない(笑)」とすかさずツッコんだ。
さらに、若宮さんは独身だが「私の3番目の亭主だった男は今どうしていますか?」と打ち込み、「『個人情報だからアクセスできないです』って」と、キレのあるユーモアを繰り出す。
「AIはお絵かきもできるし、人と会話しているような感覚もありますよ」と、まるで一緒に遊んでいた親しい友人を紹介してくれるようなスタンスだ。
■収入は社会貢献をするNPOに寄付、お金より時間がほしい
講演などの仕事が増え続け、お金が貯まっていく一方、多忙でそれを使っている暇がなく、40代からの趣味である海外旅行にもなかなか行けないのが現状だ。
「自分で使わないお金は、NPOなど、いつも資金が足りなくて困っているところに寄付し、使っていただいています。私が今ほしいのは、時間。午後になると眠くなるんですね。夜は11時頃に寝て朝は5時とかに起きているけど、寝足りないわよ」
若宮さんの原動力は好奇心だが、やりたいこと、興味のあることは90歳間近となった今も増えるばかり。1日24時間、1年365日では足りない時間を目いっぱい使いつつ、自分で使う暇のないお金を寄付する。それは、自身と同じように明確に「やりたいこと」を持つ誰かを応援する思いであり、社会貢献なのだろう。
そんな若宮さんの講演に訪れるのは、50~70代が中心だが、なかには若い男性などもいると言う。「人生100年時代」が現実となり、深刻な少子高齢化で、経済も社会も上向く気配が見えない今は、若者が夢を持ちにくい時代と言われる。
■一番大切なのは「自分の頭で考えること、自立すること」
そんな中、80代から世界に羽ばたいていった若宮さんに若者が憧れ、話を聞いてみたいと思うこと自体、希望を感じられる話かもしれない。そうした講演の中で、一番大切なこととして若宮さんが挙げるのは「自分の頭で考えること、自立すること」だ。
「特に脳みそが自立していることが一番大事だと思うんですよ。今の世の中、振り込め詐欺とか、高齢者を狙った犯罪も多いですよね。でも、自分の頭で考えたら、明らかにおかしいじゃないですか。どうしてそんなおかしいことに気がつかないの? と思うんです。自立して、自分の頭で考えて、自分で行動する。人に引きずられないことが大切です」
中高年には「孤独」への不安を訴える人も多い。そうした中高年に対し、若宮さんは地域ボランティアなどを勧めている。
「高齢の人に何かをやってあげると、ありがとうと言いますよね。でも、高齢の人は、本当は自分が『ありがとう』と言われたいんです。だから、若い人は、できれば高齢の人がありがとうと言われる場を作ってあげてください。例えば老人ホームなどで、手間暇かけた手作りのものを作っているスキルの高い人がいます。でも、たいていつまらない顔をして作っているんですよ。だったら、それを例えばバザーなどで売って、そのお金を子ども食堂に寄付などしたら、ありがとうと言われるし、気分が全然違ってくるはず」
■経済不振の原因は、日本企業の意識が変わらないから
80代から新しいことをどんどん手掛け、自身のフィールドを世界規模で広げていった若宮さんに「元気をもらった」と言う人は多い。しかし、「元気を人からもらうなんていうのは、自立していない証拠。元気は人にもらうものじゃなくて、自分で作り出すもの」というのは、おそらく若宮さんの若い頃からの一貫したスタンスだ。
と同時に、これから社会に出る若者や社会人の現役世代、親世代に向けて、意識の改革を勧める。
「もうこれからは会社に入る時代じゃない。自分が一番いいと思ったことを、自分が一番いいと思う方法でやる時代だと思う。日本の企業はもうダメです。今、日本経済が振るわないのは、日本の企業が変われないから。古い体質の組織を変えようと思ったら、重役も職員も、自分たちが変わらなければダメですよ。今は人工知能でできる作業がたくさんあるわけですよね。例えば、市役所のHPに出すリリースを300字以内にまとめるなんて仕事は、人工知能さんだったら、5秒ぐらいでやってくれる。逆に、今まで自分がそれをやって給料もらっていたのが申し訳ないと思うような時代になってくる。意識を変えなきゃダメですね」
■スーパーウーマンではなく「たまたまヒットが打てただけ」
新しいモノに対する不安や、「失敗が怖い・恥ずかしい」という思いが、実は自分を小さな世界に閉じ込める最大の壁かもしれない。
若宮さんは81歳でプログラミングを始め、本を出版したり、講演したりと、人生が激変した。そんなスーパーウーマンだが、今の状況をこんなふうに例える。
「老人会の野球大会があって、打席がまわってきたからバッターボックスに立った。で、バットを持っていたら、球が偶然バットに当たっちゃった。そうしたら、ふらふらっとフライが上がって、あれよあれよというまに追い風が吹いてきて、それがヒットになった。そこにさらに追い風が吹いて、いつのまにか場外ホームランに。最終的にはアメリカまで飛んでいっちゃった」
■「人生100年時代の子どもたちを勉強嫌いにしないで」という願い
失敗や挫折もそれなりに経験し、いろいろ手放したり諦めたりしてきた中高年こそ、ダメでもともとという気持ちで、肩の力を抜いて気軽にバットを振れるかもしれない。若い頃に比べて期待も注目もされない今は、ある意味、最強とも言える。若宮さんは言う。
「人生100年時代で、これからは生涯学習の時代になりますよ。一番大事なことは、お子さんやお孫さんを勉強嫌いにしないこと。一生勉強していかなきゃいけないのに、勉強嫌いだったら、本当に悲劇だから。それには、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんが勉強は楽しいこと、素晴らしいだって思うこと。自分自身がずっと勉強を楽しいと思ってやっていないと、子どもなんてやらないですから」
「人生は何歳からでも変わる可能性がある」ということを実証し続ける若宮さんを見ていると、下の世代である私たち自身の伸びしろが、無限の可能性に思えてくるのだ。
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ライター
1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーライターに。ドラマコラム執筆や著名人インタビュー多数。エンタメ、医療、教育の取材も。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など
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(ライター 田幸 和歌子)
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