「炎上する不倫」と「しない不倫」は何が違うのか…大バッシングを受けるか否かを分ける"決定的な要素"
プレジデントオンライン / 2024年11月16日 16時15分
※本稿は、鈴木涼美『不倫論』(平凡社)の一部を再編集したものです。
■「面白い不倫」と「面白くない不倫」
最近では文春砲の印象が圧倒的に強くなってしまった不倫報道といっても濃淡色々とあり、やや人権意識の低かった時代には現在よりさらにプライバシーに深く関わるものや、執拗な付き纏いなどもあった。
というわけで色々あるスキャンダル報道だが、少なくともこの世のゴシップ記事には2種類ある。面白いものと面白くないものだ。
たとえばヒロスエは明らかに面白い。どちらにせよ巻き込まれた家庭や当事者には、時に不当なほどのダメージや少なくとも傷ができるのだが、個人的には傷つきというのは必ずしも人生や人間関係において、回避し続けなければならないものとも思わないし、そもそも現代のカップル間に生じる歪みやトラブルというのは片方の非がどれだけ明らかでも、どれだけ明確に悪を指摘できても、自由恋愛と自由な尺度での見極めを重ねて選んだ歴史を感じるので、外野による代弁や糾弾には限界がある。
しかし、面白い/面白くないと感じるこちらの視点は、こちらが想像できるその傷の大きさやその不倫の潜在的な暴力性と無関係ではない。
■話題にならなかった五輪競泳選手の不倫
2020年、五輪内定中だった競泳選手の不倫が報道され、スポーツ界で波紋を呼んだことがあった。「スポーツ界で」とわざわざ書くのは当然、一般社会で特に話題にならなかったからで、話題になっていないのは当然、そんなに面白くないからだ。
しかし話題の小ささと、当事者たちの傷の大小は比例するわけではない。むしろ、話題としてつまらなく感じる不倫が、当事者たちのダメージだけが大きいことは往々にしてあり、そこにこそ、不倫の品格、不倫のセンスがあらわれる。
■「面白い不倫」は罪の重さが無害化しやすい
面白みを感じさせる要素はいくつかある。代表的なところでは、誰が不倫するのか、誰と不倫するのか、どこでどんな不倫をするのか、そしてどんな言い訳を放り出すのか、週刊誌がどんな見出しをつけるのか、といったところだろう。
「誰が」不倫するのか、は当事者にとっては自分のパートナーが、という事実が共通してあるだけで、クリアに外野向けの情報である。不倫報道の多くは、お茶の間のアイドルが、往年の人気女優が、「五体不満足」なあの作家が、というこの点に面白みを見つけるものだが、これは当該家族への傷にはあまり関係しないし、センスが問われるところでもない。むしろ週刊誌記者やハニートラップをしかける側のセンスが光るところでしかない。
どこでどんな不倫をしたか、にあらわれる面白みは、報道のテンションや大きさを変える。多目的トイレで不倫したグルメ芸人や、車内でスピード逢瀬を繰り返した二枚目俳優など、そこに焦点が当たる人は、本人にどのような罰が降るかに差こそあれ、人の噂話や識者のコメントの中で比較的明るいテンションで揶揄されたり、本人に直接的なツッコミがいったりする。それゆえに少なくとも世間的には罪の重さが無害化していきやすい。
ゴシップが売り物になる仕事をしている者が、秘密の私生活にも多少の人生を演じる意識を持てばその内容が退屈にはならないし、ゴシップを売る報道機関の側も、そのゴシップが悪人を決めつけるものではなく、消費されて楽しまれるものであるという意識があれば、その面白みは強調される。双方のセンスが光れば、散々消費されても本人が人生を失うほどの何かをなくすことはないはずなのだ。
■世間は「相手選びのセンス」に思いやりを見る
さて近年の不倫報道で、面白さが光っていたのは2019年、2回も不倫が報道された兄弟コンビの芸人さんだろうか。「誰が」という点では、やや粗野な印象の芸人という意味で特に意外性はない。コンビニ前でアイスにかぶりつく間抜けな姿を激写されるその内容も別に面白くない。
面白みが光ったのは妻をカレーライスに、愛人をハヤシライスに喩えた微妙な言い訳もさることながら、一度目は浜崎あゆみ似と報じられたド派手な名古屋ギャル、二度目は40代の元セクシー女優という、「誰と」不倫したかの一点だろう。
男性芸能人の不倫報道には当然、女性視聴者の批判的な意見が多く寄せられるが、「誰と」の部分で女性を完全に敵に回すか、苦笑を引き出す程度なのかは分かれがちだ。それは単なる野次馬精神にのみ訴えかけるものではない。視聴者もそこまで単純なわけではなく、相手選びのセンスに、一筋の思いやりを見るのである。
■「誰との不倫か」によって受ける傷は大きく変わる
長く素行不良なおじさまたちに、愛人や不倫相手選びについて聞くと、口が堅いとか結婚したがらないとか、そういった基本的なことの他に、もし明るみに出たときに、本妻のプライドを根こそぎ奪うような相手を選ばない、という規律を聞くことがある。
どんな浮気だって人を傷つける。美人と浮気されて劣等感にさいなまれることもあれば、ブスと浮気されて自尊心が傷つくこともある。しかし、正直なところ、誰と浮気されるかによって傷の数値レベルはだいぶ変わる。そして人の性格に凹凸があるように、そして人のプライドとコンプレックスの置き所が千差万別であるように、誰と浮気されると一番傷つくか、というのは人によって違う。
不倫をする上で最も問われるべき品格は、いかに人の傷を治癒できる程度のものに留めるか、だと考えられるが、その際にはこの「誰と不倫するか」が生命線となる。女同士で話していて、パートナーの浮気や元カノの話になると、必ずと言っていいほど、相手を特定し、SNSなどを見つけ出し、批評する。これは自分の傷の大きさを見極めたいからだ。
たとえば、元カノ、本妻の知人や同業者、夫婦共通の友人などと不倫すれば、それによって生じる傷や綻びが、修復不可能になる可能性が極めて高いのは容易に想像できる。その他に、たとえば過体重を気にしている女性に対してモデル体型の美女と不倫したときに起こる相手の気持ちのハレーション、子育てのために泣く泣く仕事を中断している女性に対してバリキャリの女と不倫したときに引き出される複雑な悲しみなどを想像すれば、少なくとも絶対に不倫してはいけない相手を割り出すことはできる。
■「自分がされたら嫌な不倫」は燃えやすい
兄弟芸人の不倫の例が、その比喩はどうあれ一般女性視聴者に比較的ゆるゆると受け入れられた理由の一つは、相手の女性に、女のコンプレックスをえぐる嫌悪感がなかったからだろう。むしろ、ドラマや小説によってできた、愛人というと若くて綺麗な人、というイメージからはだいぶ遠い、男性本人と年齢が近いようなややトウのたった女性、しかも元セクシー女優というある種の見くびりを引き出す肩書は、おそらく本妻へのダメージが、最悪レベルではないのだという無意識の想像を呼び起こす。
そこで初めてある程度の「面白い」が喚起される。面白いと感じるのは、単に読んでいて笑えるという問題ではなく、面白いと言ってよいか否かという、視聴者の良心の問題でもあるからだ。不倫に嫌悪感を抱くのは既婚者に限らないが、真っ直ぐ批判するのは自分は真面目にやっているという既婚者たちであって、彼らの想像力に自分がされたらすごく嫌だという信号を送ると火は広がっていく。
ちなみに愛人への扱いがあまりに雑だったり、女性ウケの悪いあざとい美人が相手だったりすると不倫相手になり得る未婚女性からの好感度は深層心理的な意味で下がるが、あまり愛人候補だと思って人は生きていないし、思っていたとしても声に出さないことが多いので直接批判されることは少ないかもしれない。
■不倫にも優劣がある
それはさておき「不倫はいけない」と一言で断じてしまう風潮が気になるのは、人がこれだけ繰り返してきた愚かな情事に、優劣があるという意識を消してしまう点である。実際には、許される情事と許されない情事がある。
妻への申し開きを想像して、外国人女性としか不倫しないという男性もいたし、水商売の女性に限定している人もいた。妻と似ている女性は絶対に選ばないという男性もいる。いずれにせよ、これだけはやってはいけない、という品格を持ち得るかどうかが、不倫のできる人と絶対にする資格のない人を分けるとも言える。
それは単純な法則性があるものではない。以前私の友人が恋人に浮気をされたとき、その相手があまりに醜かったことで議論になったことがある。話を聞いていた友人の一人は、こんなブス、脅威にならないからいいじゃん、という立場だった。
ただ当人にとっては顔の美醜より、浮気相手が彼と同じ業界であったことが怒りを増大させていた。自分だけ蚊帳の外のような気分になる、自分では仕事の悩みを聞いてあげられない、という言い分だった。
■離婚にまで至る不倫とそうでない不倫の差
自分が最も大切に思うパートナーが、何をされたら最も自尊心を揺さぶられるか、その知識と想像力が思いやりにつながり、同じ悪事の重みを変える。軽率な気分でした浮気で夫婦関係の解消にまで至るようなケースは、この意識が全くないことが多い。
はっきり意識しているかどうかにかかわらず、どんな相手を選ぶかには人としてのセンスがにじむ。競泳選手の不倫報道が面白みに欠けるのは、美人CAという、いかにも男性が好きそうと想像される相手を選んでしまう本人のセンスが一番大きいように思う。
高い外車で安いラブホテルに入り、車をわざわざ乗り換えて娘たちのお迎えに向かったという記述などは、多目的トイレ不倫のような滑稽さがあるものの、その「ツッコミどころ」が、家族に与える嫌悪感を上回らない限り、人は面白いとは思わない。よって当人に向けられる眼差しは、苦笑いやツッコミだけでなく、極めて冷笑的な批判に終始し、面白がって噂のタネになることもあまりなかった。
結果、五輪延期で大変な時期を迎えるアスリートの家庭を、大して話題性のない、当人たちのダメージだけが無駄に大きいゴシップで傷つけた報道側のイメージも損なわれたような気がする。
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作家
1983年生まれ。慶應義塾大学在学中にAVに出演。東京大学大学院社会情報修士課程を修了。修士論文が『「AV女優」の社会学』として書籍化。日本経済新聞社記者を経て、文筆家として活躍中。初の小説『ギフテッド』が第167回芥川賞候補になった。
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(作家 鈴木 涼美)
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