「900万円の高級トラック」もイーロン・マスクなら売れる…EV逆風の中、テスラが「一人勝ち」できた理由
プレジデントオンライン / 2024年11月18日 7時15分
■2年半ぶりに「時価総額1兆ドル(約153兆円)」を突破
米テスラの株価が急騰している。
イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)がドナルド・トランプ氏を支持し活動を支援してきたこともあり、大統領選後に前週末比11.6%高の358.64ドルまで高騰した。同社の時価総額は11月8日の米株式市場で約2年7カ月ぶりに1兆ドル(約153兆円)を突破。欧州はじめ各国のEV支援策が縮小して業界に逆風が吹く中、テスラ1社が気炎を上げている格好だ。
テスラ株が「政治銘柄」になったせいばかりではない。
10月23日発表の2024年7~9月期の決算が、市場予想を上回ったことも大きい。
7~9月期の納車台数は、前年同期比約6.4%増の46万2890台。今年初めて前年同期を超えた。売り上げは251億8200万ドル(約3兆8400億円)と前年同期比7.8%増、最終利益は21億6700万ドル(約3300億円)で約16.9%増となっている。3四半期ぶりに増益に転じた。
増益の主な要因は、政府の補助金による販売促進策をとる中国でEV販売が好調だったことがあげられる。このほか、発電や蓄電などエネルギー関連事業による収入も大幅に増えている。
さらにマスク氏は「2025年の世界販売台数は最大20~30%伸びる」との見通しを示した。株価は翌24日に22%高で終え、約11年ぶりの大幅上昇となった。
テスラの業績と株価を押し上げた要因はいくつかあるが、ここでは「サイバートラック(Cybertruck)」と「ロボタクシー(Robotaxi)」の2つに着目して解説していきたい。
■驚異のスピードで黒字化を達成した「サイバートラック」
電動ピックアップトラックの「サイバートラック」は、2019年11月に発表された。出荷は予定より2年ほど遅れ、2023年11月に始まっている。今回、このサイバートラックが初めて黒字化を達成したことが明らかにされた。出荷が始まって1年以内の黒字化は驚異的なスピードであり、テスラにとって重要な収益源になると期待されている。
サイバートラックは、どのような点が評価されているのか。一見してわかるように、デザインやコンセプトには未来志向のビジョンが込められている。角張った直線基調の車体は、ボディパネルに「スペースX」のロケットにも採用されたステンレス合金、超強力ガラスとポリマーレイヤーの複合材による「テスラ アーマーガラス」を使用するなど、耐久性がセールスポイントのひとつになっている。プロモーション動画には、マシンガンでボディや窓ガラスを撃つシーンがあるほどだ。
ピックアップ市場は「ビッグスリー」と呼ばれたゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、クライスラー(現ステランティス傘下)が強いといわれてきた。しかしサイバートラックは、2024年7~9月期に生産を本格化し、順調に販売台数を伸ばしてEVピックアップ市場で圧倒的な存在感を示すようになる。出荷開始から1年とたたないうちに、米国EV市場での販売台数が、同じテスラのモデルY、モデル3に次ぐ第3位まで急上昇したのも驚きだ。
ただし、サイバートラックにはいくつかの課題がある。
まず、販売価格が約6万ドル(約900万円)以上と、約4万ドルからある他のEVトラックに比べて高額な点だ。
また、これまで6度にわたってリコール(無料の回収・修理)対象になっている。今後の大量生産で品質を保ちつつコストを抑えることが収益性に大きく影響するだろう。
■「工場はマシン(製品)をつくるマシンである」
サイバートラックは、テキサス州の「ギガファクトリー5」で製造されている。「ギガファクトリー」とはイーロン・マスク氏の造語で、超大量生産が可能な工場を意味する。現在はネバダ、ニューヨーク、上海、ベルリン、テキサスの5工場が稼働し、メキシコに建設が計画されている。
マスク氏は製品のアイディアが優れているだけでなく、生産の考え方にも独特な発想がある。「工場はマシン(製品)をつくるマシンである」という発言が象徴するように、彼は工場全体がひとつのプロダクトと考えている。
マスク氏には「自動車を進化させるより、自動車をつくるマシンである工場を進化させたほうが、効率は10倍高い」という発想がある。過去の株主総会では、「アウトプット(Output)=ボリューム(Volume)×密度(Density)×速度(Velocity)」と説明している。ここでいう「ボリューム」「密度」「速度」とは、次のような内容を指すと考えられる。
投入するインプットや時間
【密度】
工場全体での集積度(必要な部品の向上も集積)
【速度】
つくる速度(集中度、稼働率、効率性、同期化、持続可能性)
■伝統的な自動車メーカーとは違う「常識破りの生産方式」
例えばギガファクトリーでは、製造途中の車両はベルトコンベアで運ばれるのでなく、無人搬送車にのせられてラインを流れてくる。コンベア方式が、どこかに不具合が生じると製造ライン全体がストップするのに対して、ギガファクトリーでは不具合が起きた無人搬送車だけが脇によければよい。機動性、柔軟性、スケーラビリティー(拡張性)、そしてスピードを重視したシステムとなっている。
テスラが昨年3月に発表した生産方式「アンボックストプロセス(Unboxed Process)」も、従来の自動車業界になかった発想からできている。
これまで自動車の製造ラインでは、フレームとボディが一体となった「モノコックボディ」にエンジンやトランスミッション、タイヤなどのパワートレインを取りつけるのが主流だった。アンボックストプロセスでは、箱型のモノコックボディはつくらず、車両を6つのモジュール(フロントボディー、フロア、リアボディー、左アッパーボディー、右アッパーボディー、ドアやフードなど)に分割して別々に製造して、最後に一体化して完成となる。パソコンの製造工程に近いといわれ、マスク氏らしい常識破りの生産方式だといえる。
筆者はかつて、イーロン・マスク氏とは「宇宙レベルの壮大さで考え、物理学的ミクロのレベルで突き詰める」ような人物だと評したことがある。スペースXのロケット開発は、まさに彼の壮大さと緻密さを示すものであり、常識にとらわれず新機軸を打ちだすところはテスラのギガファクトリーに通じるだろう。
■天才経営者は「完全自動運転のタクシー」を実現させるか
10月の決算発表後に株価を押し上げたもうひとつの要因が新型ロボタクシー「サイバーキャブ(Cybercab)」だ。
サイバーキャブはハンドルやペダルがなく、完全自動運転によるタクシーサービスの実現を目指している。完全自動運転のタクシーは、エネルギー効率が高く、人件費削減への期待も大きい。
テスラは、2026年にサイバーキャブの大量生産に入り、少なくとも200万台、最終的には400万台を目指す方針を示した。実現すれば、テスラは車両販売に次ぐ新たな収益モデルを構築する可能性が広がる。
しかし、テスラの自動運転後術は現在でもレベル2であり、一定条件下で運転手がハンドルから手を離す「ハンズオフ」が可能という段階だ。グーグル系の「ウェイモ(Waymo)」やゼネラル・モーターズ(GM)傘下の「GMクルーズ(Cruise)」など、競合会社が運用している完全自動運転に追いつくには時間がかかると予想されている。
テスラの自動運転システムは、カメラとニューラルネットワークに依存し、ウェイモなどが使用しているLIDAR(light detection and ranging=光による検知と測距)の技術は採用していない。技術的な差異が今後の競争力にどう影響するか注目が集まっている。
ただし、サイバートラックを出荷開始から1年未満で黒字化させたマスク氏の経営手腕は人並み外れたものがある。「イーロン・マスクはサイバーキャブも実現させるのではないか」という期待は株価の急騰にも効いているだろう。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)
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