「抑止力を高める=戦争に巻き込まれる」は間違っている…今こそ改めて学ぶべき「80年前の日本の失敗」
プレジデントオンライン / 2024年11月26日 8時15分
■冷戦時代と同じ考えでは東アジアの安定は保てない
――防衛費の増額や戦略三文書の改訂など、厳しい安全保障環境に対応するための取り組みが進んでいます。一方で、「日本はかつて強大な軍事力をもって失敗したから、軍事力を持たない方がいい」といった発想はいまなお一部に残っています。
【千々和】終戦直後、日本自身が国際社会や周辺地域に脅威を与えないことを理解してもらうことが、国際社会に復帰するにあたって重要だった時期が、確かにありました。「日本は脅威ではない」ことを理解してもらうことが、サンフランシスコ講和を結んだ戦後日本の出発点だったからです。
しかしそれから70年以上たち、状況は変わってきています。日本が国際的な秩序の形成に、防衛力を含む様々な形で貢献していくことが、国際社会が求めることであり、評価していることでもあるからです。
日本はより積極的に、地域秩序に働きかけて、平和を確保していかなければならない状況に変わってきている。しかもその平和の確保を多国間連携などの枠組みによって図っていく。自主防衛ではなく、安全保障を国際的枠組みの中で図っていくことは、第二次世界大戦後の国際社会の潮流でもあります。
そのために、アジア太平洋地域においても、日本だけでなく韓国、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドがアメリカと同盟関係を結んできました。
この形をハブ・アンド・スポークスと呼びますが、各国はアメリカを介す形で地域の安全保障を図っています。
こうした情勢においては、アメリカと同盟を組む日本も、各国と連携して地域の安定と日本の安全を図るのが最も自然な形です。
■極東アジアの安定に不可欠なこと
【千々和】著書『日米同盟の地政学』にも書きましたが、特に日米同盟と米韓同盟は東アジアの安定を保つために必要な、双子のような存在です。
そもそも米軍がなぜ、国連軍という形で朝鮮戦争に参戦・介入したかといえば、日本の安全を守るためでした。韓国が共産勢力の支配するところとなれば、日本が危うくなる。それを防ぐために韓国を防衛したのが始まりで、朝鮮戦争休戦後は、アメリカは韓国と米韓相互防衛条約を結びました。
そして、日米安保条約第6条では在日米軍の使用の目的を日本防衛に加え「極東における国際の平和と安全の維持」と定めています(いわゆる極東条項)。つまり、日本の安全のためには韓国の防衛が必要であり、韓国の防衛のためには日本に基地を置く必要があるということです。
日本と、日本にとって地政学上重要な朝鮮半島、加えて台湾が同じ陣営にグリップされてこそ、日本の安全が確保できるのであり、極東に力の空白地帯が生じるのを防ぐことが地域秩序の安定に資する。こうした考えの源流は明治時代にさかのぼります。
私はこれを「極東1905年体制」と呼んでいますが、1905年とはロシアとのあいだでポーツマス条約が結ばれた年です。同年にアメリカやイギリスも様々な協定や条約で認めたように、実はこの秩序観は現在のものとは少し異なるものの、当時の国際的な承認の中で作られたものです。日本による植民地化を正当化するものではありませんが、こうした秩序が存在したことは歴史的事実といえます。
そして戦前は日本の覇権でこの地域が同じ陣営に属することを担保していました。日本の敗戦によっていったんは流動化するものの、さきほど述べた経緯によって戦後はアメリカによって地域秩序の維持が実態的に引き継がれた、と見ることができるのです。
■台湾有事は日本の安全に直結
――日本も参加する枠組みがあることで、地域の安定が図れている。にもかかわらず、「台湾有事は日本とは関係ない」「真っ先に米軍基地が狙われるからなくした方がいい」という意見が出るのはなぜでしょうか。
【千々和】そのような意見があるとすれば、「日本的視点」、一国平和主義的な考えに基づくもので、周辺の安全保障状況と日本が切り離されてしまっています。しかし日本のシーレーンの安定を保つこと一つ考えても、台湾が武力によって日本にとって敵対的な勢力の手に落ちることは避けなければなりません。
また現在では、日本は自由と民主主義を重んじる台湾を戦略三文書内でも「かけがえのない友人」と位置付けています。
その台湾が「どうなっても関係ない」「有事になるなら、むしろ米軍基地がない方が巻き込まれなくて済む」という話になれば、これは台湾を見捨てるのとほとんど同義であり、果たして正しいといえるのか。
しかも見捨てれば日本が安全になるものでもなく、結果的には日本の安全も脅かされることになります。
■中国を脅かすようなことはあり得ない
――「有事に狙われるから米軍基地はない方がいい」と言って米軍基地をなくせば、侵攻したい方はやりやすくなり、かえって有事を呼び込んでしまうかもしれませんね。
【千々和】戦争の始まり方にはいろいろなパターンがありますが、例えば第一次世界大戦のケースでは、ドイツ、ロシア、フランスなどがお互いに疑心暗鬼になり「先に手を出さないとやられてしまう」と思い込んだために世界大戦に至ったという国際情勢がありました。
一方、第二次大戦のケースではヒトラーに「周辺国を併合したい」という野心があったにもかかわらず、イギリスとフランスがミュンヘン会議のような宥和的な態度を取ったことで、まさにヒトラーのポーランド侵攻の背中を押すことになってしまいました。
では今、東アジアで起きているのはどういった状況かといえば、第二次世界大戦前のように現状を変更しようと考える勢力があり、ロシアは実際にウクライナへ侵攻し、中国は海洋進出を図っています。
これに対して抑止力を持とう、備えようと言っているのは、何も日米が中国を屈服させたいがためではなく、中国も含む各国が安定した国際秩序の中で、自由に活動し、繁栄できる状況を保とうとするものです。「法の支配に基づく、自由で開かれたインド太平洋構想」も、まさにそのことを指しています。
その枠組みにおいては、日本の防衛力はあくまでも秩序維持に資するために存在するのであり、中国を脅かすようなことはあり得ません。一方、日米がひるんで抑止力を低下させれば、現状変更側が押し出してくることになります。
■今を知るために歴史を学ぶ必要がある
――有事に備えた議論を求めると、一部からは「危機を煽るな」「台湾は日本とは無関係」「中国は台湾に侵攻などするはずがない」などの批判が飛んできます。中には「抑止力名目で、実際には軍拡を推し進めている!」と批判するものまであります。
【千々和】戦争の始まりには様々なパターンがあり、戦前の日本の経験だけがすべてではありません。
もしおっしゃるような批判があるとすれば、戦前のイメージが強烈すぎて、「戦争=日本がしかけるもの」という認識が固定されてしまっている可能性があります。
また、抑止というのは言葉だけではなく、しっかりとした裏付けがあってはじめて成り立つものです。万が一、抑止が破綻した際には抑止失敗となりますが、その先の事態にも対処することができる。翻って、「だから抑止できる(相手は結局日本側に対処されてしまうのでそもそも攻撃を躊躇する)」という話でもあります。
過去の歴史や、軍事に対するリテラシーを高めることによって、今置かれている日本の状況を客観的に見ていくことが必要です。これこそが「歴史に学ぶ」ことなのではないでしょうか。
■なぜ日本は失敗したのか
――『日米同盟の地政学』でも、日本的視点と第三者的視点の違いを説明されています。第三者的に俯瞰する目を持たず、日本的視点のみに拘泥していると、状況を客観視できなくなり、希望的観測や自分たちの都合による選択を排除できなくなってしまう、と。
【千々和】これも「歴史に学ぶ」ことにつながりますが、日本は過去に、日本的視点しか持てなかったことで失敗しています。終戦直前の日本は本土決戦を決意しつつも、ポツダム宣言の内容を少しでも有利な条件にすべく、ソ連の仲介に頼ろうとしました。日本は日ソ中立条約を結んでいたので、まさかソ連が対日参戦するとは思いもよらなかったのです。
しかし現実は全く逆で、1945年2月のヤルタ会談の時点で米ソのあいだでソ連の対日参戦は約束されたものであり、実際に1945年8月9日にソ連は満州に攻め込みました。ソ連の動きや狙いを把握し、本国に警鐘を鳴らしていた外交官もいましたが、当時の日本政府は現実を直視せず「そうあってほしい」という願望に縋り付いてしまったのです。
■みんなが賛成してくれる案でなければ前に進めない
もう一つの誤りは国内政治的な都合にあり、明治憲法の定める統治システム上、米英との直接和平に反対していた陸軍を含めて「みんなが賛成してくれる案でなければ前に進めない」という事情がありました。
しかしそれはあくまでも国内事情であって、国際社会の動きとは全く関係ありません。こうした、日本側の願望や事情を国際社会にそのまま持ち出してしまった結果が、ソ連仲介策の失敗だったと私は捉えています。
あの戦争の失敗には様々な面があります。日本人は失敗から学び続けなければならないと思いますが、それは単に「軍国主義化して破綻した」ことだけではありません。
――「日本さえ軍事力を持たずにおとなしくしていれば、戦争は起きない」と閉じこもる姿こそ、客観的に見れば「日本的視点にのみこだわった一国平和主義的なもの」「ある種の楽観主義」だと言えそうです。
【千々和】ソ連仲介策に縋り付いてしまった「戦争の出口における失敗」や、「日本一国の事情に囚われた結果、生じた失敗」にも目を向ける必要があるのではないかと思います。
■日米同盟のあるべき姿
――日米同盟についての日本国民の意識を見ていくと、アメリカの戦争に巻き込まれるのではないかという「巻き込まれ論」と、いざという時にアメリカは助けてくれないという「見捨てられ論」、あるいは盲目的に「助けてくれるだろう」と考えるような立場が混在しています。
【千々和】さきほども申しました通り、近代以降の日本は朝鮮半島と台湾を自国にとって重要な地域とみなし、パワーの裏付けによって同一陣営にグリップすることにしてきたといえます。それにより、日本の安全を確保することができたわけです。
日米安保条約に極東条項が存在することで、アメリカの戦争への「巻き込まれ」につながるとの批判が戦後長らくなされてきましたが、アメリカによる「巻き込まれ」を恐れるのではなく、日米共通の脅威を抑止するためにお互いに何ができるのか、という前向きな議論が必要とされると思います。
「見捨てられ」論にしても、日米間で日頃から認識を共有し、共通の目的の中で日本が不可欠の役割を果たしていくことで、そうした事態には至らないようにすることができるでしょう。
――自分の国を自分たちで守るという姿勢を見せて初めて、協力を得られる(=見捨てられない)。まさにウクライナはそうですね。
【千々和】「もう敗北で構いません」という姿勢であれば、当然、西側諸国も支援しません。
仮に日本が侵攻を受けたとして、日本自身がまったく抵抗の意志を示さないのであれば、アメリカであれどの国であれ、日本に支援の手を差し伸べないでしょう。
■イデオロギー対立は過去のもの
【千々和】その場合、侵攻を考える側からすれば、日本を攻めても、日本もアメリカも反撃してこないので怖くない。となれば、いわば相手はやり放題になり、日本の危険は高まり、地域も不安定化します。
こうした事態を避けるためにも抑止を掲げ、何かあればまずは自分たちが第一に責任を担うという姿勢を持つことが必要で、これが同盟国との連携強化にもつながり、結果的に抑止力を高めることにもつながっていくでしょう。
――日米関係一つとっても、評価が入り乱れて複雑化してしまうのはなぜでしょうか。
【千々和】冷戦期の日本の安全保障議論は、東西冷戦を反映したイデオロギー対立になってしまっていました。
日本社会では安全保障の議論そのものがタブー視されてきた経緯があります。また、日本の取りうる対応にしても、集団的自衛権の行使をまったく認めない、すなわち自衛隊が武力を行使できるタイミングを過度に厳しく設定することや、米軍の行動を事前協議でいかに厳しく制約するか、などが議論の中心でした。
しかしそうした時期はもう過ぎていますから、適切な安全保障体制をいかに構築していくかを、国民レベルで考えていかなければなりません。
■日米同盟と米韓同盟・NATOの違い
――一部には例えば「日米の軍事的一体化」に対する批判も根強くあります。戦時には米軍の司令官が指揮権を持つ韓国やNATO諸国には、そうした批判はないのでしょうか。
【千々和】まず事実関係を確認すると、日米同盟においては、自衛隊と米軍の指揮権は明確に分けられています。
一方、米韓間では有事における連合司令部トップの米韓連合軍司令官を米軍から出しますし、NATOの場合も、連合軍司令部体制における最高司令官を米軍から出しています(副司令官はイギリス軍、ナンバースリーの参謀長はドイツ軍から出るのが慣例)。
日米同盟と米韓同盟、NATOはそもそもの成り立ちからして異なります。
米韓同盟の場合、1950年に朝鮮戦争が起きましたが、あまりに当時の韓国軍が弱体だったために、李承晩大統領が国連軍司令官だったマッカーサー元帥に指揮権を移譲した経緯があります。
■本質的な国益の一致
【千々和】NATOの場合も、始まりは第二次世界大戦下の米英の協力にあります。さらにさかのぼれば第一次大戦時もアメリカの参戦があったからこそ、何とか戦争を終わらせることができた。
そのため、ヨーロッパではアメリカの関与が死活的に重要だととらえられたのでしょう。
もちろん個別の事情があり、最近出版された鶴岡路人さんの『模索するNATO 米欧同盟の実像』(千倉書房)によれば、米欧双方に「巻き込まれ不安」はあったようです。
韓国はベトナム戦争に兵を出していますが、欧州各国はベトナム戦争には巻き込まれたくなかったし、アメリカも欧州各国の旧植民地での戦争等々にはかかわりたくなかった。
ただし、一番重要な欧州の領域防衛では一致していました。
韓国でも「軍事的一体化への批判」というより、むしろ「見捨てられ」への懸念が強く、米カーター政権が在韓米軍撤退を検討したこともありましたが、韓国側から猛反発が起きました。
日米間の国益も、本質的なところでは一致しています。
一方、日米は戦争から始まった同盟ではなく、終戦後のフェーズで作られた同盟です。あくまでも指揮権は別々で、米韓同盟やNATOとは歴史的な経緯が違うために指揮権のあり方についても違うのです。
■自衛隊とアメリカ軍の指揮権は統一されない
――日米の連携強化に否定的な意見の奥底には「占領の延長線上で、アメリカの戦略上、いいように使われている!」という反米ナショナリズム的発想があるように思います。
【千々和】1978年のガイドライン(「日米防衛協力のための指針」)で指揮権並列型体制が明確化されています。その後の1997年、2015年のガイドラインでも「各々の指揮系統を通じて行動する」との規定は踏襲されてしていますから、有事においても自衛隊とアメリカ軍の指揮権は統一されません。そのうえで今後、どのように日米の連携を強化していくかについては、まさに調整が進んでいるところです。
2024年7月の2プラス2(日米安全保障協議委員会)でも指揮統制枠組みの向上について話し合われており、在日米軍をインド太平洋軍司令官の指揮下の「統合軍司令部」として再構成する考えがアメリカ側から示され、カウンターパートとなる日本の統合作戦司令部の重要性が指摘されました。
統合作戦司令部は、戦略三文書にうたわれ、同年5月に設置が決まりました。これは陸海空の自衛隊の統合運用を強化する目的もありますが、日米の連携においても大きな意義があるのではないかと思います。
■日本の安全は地域の安全と不可分
――アメリカが言うがまま、無理やり一体化させられている事実はないし、日本も自ら進んで、地域の安定に力を尽くす、との意識が必要ですね。
【千々和】日本に米軍が存在していて、日米の協力体制ができていることが、韓国防衛、台湾防衛の前提になっています。
もしアメリカ抜きで、日韓台が地域の安定を図ろうとしても、なかなか足並みがそろわなかったでしょう。さらにはフィリピン、オーストラリアともアメリカを介して連携し、太平洋地域の安定を図っています。
日本の安全保障を考えるうえでは、国家間の相互作用を前提に、現状を歴史的背景や地域全体の中に置いて第三者的に俯瞰して見ていくことが大切です。
※本インタビューは個人の見解であり、所属組織とは無関係です。
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防衛省防衛研究所主任研究官
広島大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査などを経て現職。専攻は防衛政策史、戦争終結論。著書『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房)で日本防衛学会猪木正道賞正賞、『戦争はいかに終結したか』(中公新書)で石橋湛山賞受賞。『日米同盟の地政学』(中公新書)が日経・毎日新聞などで紹介。「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日)、「ニュースウォッチ9」(NHK)などメディア出演。国際安全保障学会理事。
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ライター・編集者
1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。
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(防衛省防衛研究所主任研究官 千々和 泰明、ライター・編集者 梶原 麻衣子)
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