日本人の「カキ離れ」が進行中…それでも広島の48歳起業家が「カキ養殖は成長産業」と断言するワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月24日 7時15分
■漁業大国なのに担い手がいない
3K(きつい・汚い・危険)、担い手不足、衰退産業、環境破壊──。漁業にはネガティブなイメージが付きまとう。
漁業・養殖業の現状を見れば仕方がない。生産量は400万トンを割り込み、ピーク時から7割も減少しているのだ。日本は海に囲まれた漁業大国であるにもかかわらず。
漁村では若い人材が流出し、漁業就業者の4割が65歳以上だ。後継者が見当たらず、「もう体も動かなくなってきた。自分の代でもうおしまいにするしかない」といった声も聞こえてくる。
それだけに、瀬戸内海に浮かぶ大崎上島に足を踏み入れると、別世界にやって来たような気分にさせられる。そこは人口7000人足らずの離島であるというのに、未来型水産業を創出するイノベーションの拠点になっている。
■まるでカリフォルニアのビーチハウス
フェリーでなければ渡れない大崎上島。ここに本社を構えているのは、日本で唯一の「クレールオイスター(塩田熟成カキ)」を養殖するファームスズキ(本社・広島県豊田郡)だ。
本社オフィスの前に立つと「ここは海辺のリゾート?」と思わずにいられない。
真っ白にカラーリングされた外壁、錨(いかり)をモチーフにしたロゴマーク、東京ドーム2個分の養殖池を前にして広がるオープンテラス──。オフィスはまるでカリフォルニアかハワイのビーチハウスのようだ。
その中から姿を現したのは創業者兼社長の鈴木隆(48)だ。笑みを浮かべて「こんにちは! どうぞ中へ」と手招きしている。短髪、白いTシャツ、短パン。ほんのり日焼けしており、気さくで健康的だ。
■「1~2人いればほとんどの仕事ができる」
外観に加えてオフィス内もおしゃれだ。養殖場直営のオイスターバーとしても機能するようにデザインされているからだろう。
ほかには誰も見当たらない。鈴木は「社員は漁場へ行っています。ここでは1~2人いれば、ほとんどの仕事ができちゃうので」と言いながら、カウンターの中に入った。われわれ取材班のためにアイスコーヒーを用意するために。
正社員は社長も含めて30~40代の5人で、多くは広島市内のオフィス「上幟(かみのぼり)ベース」に常駐している。忙しい時期には、同じ大崎上島にある広島商船高専の学生もアルバイトとして戦力になる。
職場環境はカッコいいうえに若々しい。3Kや衰退産業といったイメージとは正反対だ。
それもそのはず、ファームスズキはカキ養殖で技術的なイノベーションを起こし、世界で勝負しようとしているスタートアップなのだ。
■水産業が目指す「新3K」のお手本
ファームスズキは「新3K」のお手本だ。新3Kは「カッコいい・稼げる・革新的」を意味しており、若者が水産業に憧れるような環境づくりを目指すムーブメントのことだ。
ムーブメントの牽引役は「フィッシャーマン・ジャパン」。東日本大震災をきっかけに誕生した一般社団法人で、東北を拠点にして新しい水産業の在り方を提案している。発起人の長谷川琢也はこう語る。
「大震災で三陸地方の水産業は大打撃を受けました。水産業を成長産業へ脱皮させるためには若者の力が欠かせず、若者を呼び込むためには新3Kが欠かせない──こう思いました」
鈴木も「カキ養殖は成長産業」と断じてはばからない。海外の養殖現場を飛び回り、彼我の差を目の当たりにしてきたからだ。
2008年に脱サラしてケーエス商会を設立。当初からグローバル展開を視野に入れていたため、伝統ある「ボストン・シーフード・ショー」をはじめ世界各地の水産見本市に積極的に出展してネットワークを広げていった。
■海外の若者にとってカキ養殖は魅力的
見本市では決まって同じ顔ぶれが集まることから、回数を重ねていくうちに自然と海外の養殖業者と仲良くなっていった。次のようなやり取りを通じて。
「今は冷凍カキの輸出をやっているのだけれども、これからはカキ養殖を始めようと思っていて」
「だったらうちに来てみない? 卵を孵化させてカキの赤ちゃんを作るところから始めないといけないから、いろいろ教えてあげるよ」
そんな好意に甘んじて、鈴木はアメリカやフランス、オーストラリアの養殖業者を次々と訪問し、最先端の養殖技術を貪欲に吸収していった。
当時を次のように振り返る。
「大いに刺激を受けました。日本のようにいかだで養殖する業者はいないうえ、20~30代の若者が担い手の中心になるんですよ。カキ養殖は若者にとって魅力的なんですね」
そのうえでこう付け加える。
「あちらではみんなが『これは成長産業』と言って目を輝かせます。びっくりでした。なぜ日本と真逆なんだろう──こう思わずにいられなかったです」
■生態系への影響を抑えたエコな産業
確かに水産養殖は成長産業だ。乱獲や気候変動によって生態系のバランスが崩れ、将来的には水産資源の枯渇が懸念されているなか、サステナビリティ(持続可能性)という点で優れているのだ。
水産養殖は人間が管理する閉鎖システムであり、生態系への影響を最小限に抑えられる。同時に、技術的なイノベーションによって、少ない資源で収穫を増やすなど生産効率の向上も狙える。
日本でもサステナビリティに注目した「養殖革命」の動きがある。代表例は2016年設立のベンチャー企業ウミトロンだ。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を駆使して養殖業の効率化を目指している。
カキ養殖が成長産業であることはデータで裏付けられている。
米調査会社IMRACグループによれば、2023年の市場規模は中国を中心に全世界で730万トンに達しており、2000年と比べて3割以上増加。今後も成長は続き、2032年には870万トンを記録する見通しだ。
主な要因としては、①世界的なシーフード需要の高まり②環境への負荷が少ない養殖手法の普及③ビタミンやミネラルを豊富に含む健康食としての人気④遠隔管理システムや自動選別機などのイノベーション──などが挙げられる。
■一大産地・瀬戸内海でも逆風が吹いている
対照的に日本国内では成長産業という言葉はほとんど聞かれない。
無理もない。農林水産省のデータによれば、2023年の養殖カキの収穫量は14万6300トンであり、2000年と比べて3割以上減少。波が穏やかでカキ養殖に理想的といわれる瀬戸内海があるにもかかわらず、世界と真逆の動きをしているのだ。
ちなみに、都道府県別でみると広島県が圧倒的1位であることが分かる。そのため、広島県の収穫量によってその年の収穫量は大きく左右される。
収穫量が減っている理由はさまざまだ。家庭でカキフライやカキ鍋を食べる機会が減り、消費が大きく落ち込んでいる。食生活の変化が影響しているわけだ。
生産面も見逃せない。一大産地である瀬戸内海を見ると、①水質改善に伴ってカキの餌となる植物プランクトンが減少②気候変動の影響で海水温が上昇するなど環境が変化③現場作業員の確保が難しいなど労働力不足が深刻化──といった問題が出ている。
■重労働で「熟練の技」が必要だが…
このうち労働力不足は3Kと絡んでいる。日本で一般的な垂下式養殖は重労働を伴うからだ。
海に浮かぶいかだからロープを吊るしてカキを育てるのが垂下式だ。この場合、養殖業者は育成中のカキに付着した生物を定期的に除去しなければならないし、収穫時には船上にクレーンを建てて重いロープを巻き上げなければならない。
むき身での販売を前提にしているため、「かき打ち」と呼ばれる加工作業も伴う。何人もの熟練作業員が1粒ずつカキを手に取り、専用ナイフを使って殻をこじ開けて身を取り出すのだ。
ファームスズキは垂下式に手を出さず、設立当初から独自路線を貫いてきた。目標は大きく三つある。
第1に、海外から最新技術を導入し、フランス語で「クレール」と呼ばれる塩田跡を利用した陸上養殖のパイオニアになる。
第2に、海外で競争力のある生食用カキであるクレールオイスターを開発し、高級市場向けにグローバルに事業展開する。
第3に、種苗生産から養殖、輸出販売、レストラン経営まで一貫して行うビジネスモデルを築き、「6次産業化」を達成する。
■官民ファンドが1500万円を出資した理由
6次産業化とは、第1次産業のビジネスモデル改革のことだ。農林漁業者(1次産業)が生産に加えて加工(2次産業)と販売・サービス(3次産業)まで行うことで、付加価値を高める意味合いを持つ。
三つの事業が掛け合わされると、「1(1次産業)×2(2次産業)×3(3次産業)=6(6次産業)」となる。ここから「6次産業」という言葉が生まれた。
ちなみに、瀬戸内は「6次産業発祥の地」である。広島県の世羅高原を舞台にして1999年に「世羅高原6次産業ネットワーク」が発足し、生産のみだった地場産業に加工や販売、レストランも加わって好循環が生まれた。
もともとファームスズキは6次産業化と深く関わってきた。2015年の設立時に6次産業化推進を担う政府系ファンドから出資を受けていたのだ。
資本金3000万円のうち、農林水産省所管のファンド「A-FIVE(農林漁業成長産業化支援機構)」が1500万円、ケーエス商会が残りの1500万円を拠出している(ケーエス商会は冷凍カキの輸出業者で、鈴木が2008年に事業パートナーと共同で設立)。
■なぜ地元でもない広島の離島なのか
ファームスズキ社長は漁師の家族に生まれたわけでもないし、カキ養殖日本一の広島で育ったわけでもない。東京生まれの埼玉育ちで、Jリーグ「浦和レッズ」の熱烈なファンである。大学卒業後は商社マンとして海外を飛び回っていた。
では、なぜ広島でカキ養殖を手掛けているのか?
根っからの起業家であるからだ。自分の事業プランを実現するうえで最適の場所を探していたら、大崎上島に行き着いたのだ。
起業家コミュニティーからも一目置かれている。2021年に世界的な起業家ネットワーク「EO(起業家機構)」の瀬戸内支部が発足した際には、大崎上島で視察団の訪問を受けている。
小さな離島に拠点を置きながらどのようにしてカキ養殖業で成長をつかめるのか。
若いころから世界を見てきた元商社マンにしてみれば答えは自明だった。日本で生産して海外で売るのである。
そのための戦略商品がクレールオイスターだ。生食用の殻付きカキであり、一口でツルっと食べられる小粒の品種。日本で好まれる大粒のむき身とは全然違う。
ファームスズキは世界で勝負するため、生産性をアップして競争力を高めないといけないと考えている。次回で詳しく報告する。(文中敬称略)
(中編に続く)
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ジャーナリスト兼翻訳家
慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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