国内唯一の「塩田熟成カキ」で世界に勝負…瀬戸内海の離島で起きている「オイスター革命」の中身
プレジデントオンライン / 2024年11月24日 7時16分
■カキ養殖とは「サイエンス」?
(前編からつづく)
「柑橘の島」として知られる大崎上島でファームスズキが養殖しているのは「クレールオイスター(塩田熟成カキ)」。海で育ったカキに比べて小粒で、甘くて濃厚だ。加熱して食べることが多い日本では肉厚で大粒なカキが主流だが、つるりと喉越しが良い生ガキが海外では好まれる。
社長の鈴木隆(48)は養殖場所として、島を取り囲む海ではなく陸上の塩田跡を選んだ。その広さは東京ドーム2個分。
漁師にとっては経験値が重要だ。では養殖業者にとっては何が重要なのか? 鈴木は「経験以上に理論が大事」と強調する。
「カキ養殖というのはサイエンスの仕事。理論をきちんと勉強していかなければ発展性は望めない」
■「肉体労働に頼っていては世界で勝てない」
大崎上島にある同社本社を訪ねると、さまざまな機械が目に飛び込んでくる。それぞれが理論に基づいて造られた特別仕様だ。
その中の一つは完全自家製の塩製造機。「塩田跡が養殖池のみに使われているのではもったいない」との発想から生まれたサイドビジネス用であり、「クレールソルト」と呼ばれる独自ブランドの製造に使われている。
設計図を描いたのは、鈴木にとって大学時代の恩師であり、理論を熟知している水産学者の横田源弘だ。「地下海水製塩法」というタイトルの設計図には、図面と共に複雑な数式もびっしり書き込まれている。
言うまでもなく機械を使いこなすのは人間だ。そのために鈴木は社員に対して「養殖=サイエンス」という思考を持つよう促している。
「どんなに汗水流したところで、肉体労働に頼っている限りは世界で勝てない。社員一人一人が数字を理解して機械を動かし、付加価値を生み出す必要があります」
■社員一人一人が経営を把握する
フランスやオーストラリアの養殖場は億単位の資金を調達して最新鋭の設備を導入し、日ごろから銀行やファンドと二人三脚で事業計画の進捗(しんちょく)状況をチェックしているという。
「経営者は基本的に毎朝1回だけ現場に顔を出すだけで、あとは数字とにらめっこしているだけなんですよ」
ファームスズキでは、個々の社員は定期ミーティングでカキの成長スピードや出荷量などのデータを共有し、経営状態を把握するよう求められている。もちろん理論を理解して効率向上に役立てるためだ。
日本唯一の「クレールオイスター」を開発し、世界で勝負しようとしているファームスズキ。クレールオイスターが狙う高級市場で勝つためには最新技術を取り入れ、イノベーションを起こさなければならない。
となると、機械化投資が最優先課題となる。
■出荷目標は「年30万~60万個」
同社にとって手本となる養殖場は二つある。一つはフランス、もう一つはオーストラリアの養殖場だ。どちらも積極的な機械化投資をテコにして生産性を大きく高めている。
ざっくりと言えば次のようになる。
・オーストラリアの養殖場 社員7~8人で年400万個を出荷する。社員1人当たりで年50万~57万個
社員1人当たりで年30万~60万個になるわけだ。ファームスズキ社長は「これが一つの目安です。そうでなければ世界で通用しない」と語る。
クレールオイスターは高級市場向けであり、単価はむき身と比べて3~4割高くて80~90円だ。30万個が1粒90円で売れたとすると、社員1人当たりの売り上げは年2700万円になる。
ちなみに、シンガポールの人気オイスターバー「オイスターバンク」では、生カキは1粒4~5ドル(600~750円)で売られている。
■切り札は最新鋭のバスケット養殖機
機械化の切り札が最新鋭のバスケット(かご)養殖機だ。日本で普及している垂下式養殖と違い、いかだやロープは不要だ。
クレールオイスターを育てるためには、カキを一粒ずつばらして養殖する「シングルシード(一粒の種)式」を採用する必要がある。そうすることによって形やサイズが均一の高級市場向けの生食用カキを生産できる。
垂下式であると、ロープに吊るしたホタテ貝の殻1枚に数十個の幼生(カキの赤ちゃん)が付着するため、成長するにつれてカキ同士がせめぎ合って均一にならない。
シングルシード式に最適なのがバスケット養殖。カキはバスケットの中で個別に管理され、お互いに密着することなく育つ。
ただ、バスケット養殖もそれなりに肉体労働を伴う。その意味では垂下式養殖とあまり変わらない。厳格な品質管理が求められる高級市場向けとなれば、なおさらである。
海面にバスケットを設置している養殖場があるとしよう。この場合、現場のスタッフは定期的に海の中に入り、無数のバスケットを手作業で管理しなければならない。歩留まりを上げ、品質を保つために。
■フランス流「オイスター革命」を導入
そこでファームスズキが導入したのが「ロールオイスター」だ。フランスのベンチャー企業SEADUCER(シーデューサー)が開発したバスケット養殖用マシンである。
SEADUCERが設立されたのは2019年。同社は養殖だけでなく機械工学やコンサルティングに強い人材を集め、カキ養殖業界でイノベーションを起こそうとしている。
2022年春にはSEADUCERはアイルランドの養殖専門サイト「フィッシュサイト」で特集されている。そこには「フランス流オイスター革命」との大見出しが躍っていた。
SEADUCERという社名はフランスらしくおしゃれだ。「sea(海)」と「seduce(誘惑する)」を組み合わせてある(欧米には古くから「カキには媚薬効果がある」との言い伝えがある)。
ファームスズキでロールオイスターの導入が始まったのは昨年10月。半年足らずで合計256個のかごが稼働し、それぞれが養殖池内で10キログラム前後のカキを育成する体制になった。
■機械の力で干潮・満潮を完全再現
カキはもともと干潟を好む生物だ。干潮・満潮が繰り返される環境下で刺激を受けながら育つ。
人間が管理する養殖池の中でも同様の環境下でカキを育てられないものか──こんな疑問から生まれた製品がロールオイスターだ。
仕組みは非常にシンプルだ。養殖池に設置された無数のバスケットが、一定間隔で水面上に出たり水面下に沈んだりする。人間ではなく機械の力によって。バスケットの中で育つカキにしてみたら、天然の干潟の中で生息しているようなものだ。
カキ養殖を天職にする48歳は次のように説明する。
「干潮時に太陽光にさらされると、カキは防衛本能を発揮して殻で自分を守ろうとする。直射日光を防ぐために殻を厚くし、殻を固く閉じるために貝柱を太くするのです。結果として商品としてのクオリティーは上がります」
殻付きのままで長時間流通する海外市場では、殻の厚みと貝柱の太さは高級品の証。それでは、満潮時はどうなのか。
「食べられなかったストレスの反動でカキは餌を一気に食べます。地下海水を引き入れた養殖池には餌となる植物プランクトンが豊富にありますからね」
■力士のように1日に何度も食べて急成長
ロールオイスターのセールスポイントはそれだけではない。干潮・満潮の頻度が天然の干潟をはるかに上回るのだ。
具体的には、天然の干潟であれば頻度は1日2回にとどまるのに対し、ロールオイスターであれば最大で1日50回に達する。
頻度が多いほどカキの成長スピードは高まる。鈴木はフランスの養殖場を訪ねたときに、「相撲取りと同じ」との説明を受けて腑に落ちたという。
「力士は稽古中にストレスをためますよね。食べられないから。でも、稽古後には目いっぱい食べます。そして寝ます。これによって短期間で体を大きくするのです」
実際、ファームスズキではロールオイスター導入後にカキの成長スピードは顕著に上昇。出荷までの養殖期間は平均すれば半年、環境の良い時期は3~4カ月なのだ。同じ養殖池を使って年2~3回の収穫が可能という計算になる。
カキ養殖業全体の平均(1~2年)と比べるとまさに「オイスター革命」だ。
■養殖の効率化を実現する「三種の神器」
実は、ロールオイスターだけでは最先端の養殖システムは完成しない。特別な装置があと二つ必要だ。
一つは「フラプシー」と呼ばれる中間育成機。ロールオイスターの前段階で使われ、人工的に水流を作り出すことで稚貝の成長を早める役割を担う。
ファームスズキでは養殖池のすぐ横で、コンクリート製の大型フラプシー2基が稼働中だ。鈴木がオーストラリアの養殖場から技術を学び、独自に設計・建設したマシンであり、昨年に完成したばかり。
もう一つはサイズ選別機。フランスの老舗メーカーであるミュロの製品で、鈴木は「振動を使って稚貝やカキをサイズごとに自動選別できるから、肉体労働を大幅に減らせるんです。ミュロのスタッフはエンジニアなのにカキ養殖のうんちくがすごい。びっくりしました」と話す。
ロールオイスター、フラプシー、サイズ選別機──。養殖池でのカキ養殖に欠かせない「三種の神器」だという。
結果としてファームスズキの生産性は大幅にアップ。今年の年間出荷量は最大150万個に達し、2年前と比べてざっと3倍の水準になる見込みだ。正社員に限ると社員数は社長も含めて5人という体制は変わっていないのに、である。
これで海外勢との差が縮まった。単純計算で1人当たりの出荷量は最大年30万個になり、目安となる30万~60万個にぎりぎり届く。
■「肉体労働者」から「知識労働者」へ
生産性アップに関してはインターネットの活用による省力化も見逃せない。SEADUCERのシステムは常にネットとつながっており、パソコンやスマートフォンで操作可能だ。
だから社員は養殖現場にいなくてもさまざまな作業を行える。遠隔操作でバスケットを動かして干潮・満潮を再現したり、養殖池の水温や酸素を測定したり。事前に日々の工程を入力しておけば、システム全体をオートパイロット(自動操縦)状態にもできる。
生産性がアップすれば会社が社員への利益配分を増やす余地も出てくる。
この点ではファームスズキは「社員の年収500万円」を目指して着実に前進している。機械化投資に加えて人的投資にも力を入れているということだ。
ファームスズキを支える人材は「単純作業をこなす肉体労働者」ではなく「数字を理解する知識労働者」だ。だとすれば年収500万円でも足りないのかもしれない。海外の養殖場では年収600万~800万円を稼ぐ社員は珍しくないという。
そもそも起業家・鈴木はどのようにして水産業に興味を抱き、クレールオイスターに行き着いたのか。最終回で報告する。(文中敬称略)
(後編に続く)
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ジャーナリスト兼翻訳家
慶應義塾大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(河出文庫)、訳書に『トラブルメーカーズ(TROUBLE MAKERS)』(レスリー・バーリン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マインドハッキング』(クリストファー・ワイリー著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト兼翻訳家 牧野 洋)
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