大谷翔平すらできなかった「偉業」を成し遂げるか…45本塁打、最速153キロ高校生が「12球団入り」を拒否した理由
プレジデントオンライン / 2024年11月27日 15時15分
■12球団から指名されなかった二刀流選手
10月24日。プロを夢見るアマチュア選手にとって一大イベントとも言えるドラフト会議が行われた。今年は高校生159人、大学生162人の計321人がプロ志望届を提出。全支配下指名選手の内訳は高校生22人、大学生27人、プロ志望届を必要としない社会人13人、独立他7人の計69人。育成は高校生33人、大学生9人、社会人0人、独立他12人の54人と合計123人が狭き門を突破した。
ただ、上位候補の実力がありながら、名前を呼ばれなかった選手がいる。桐朋高(西東京)の森井翔太郎内野手は、9月2日にプロ志望届を提出後、進路をメジャー一本に絞り、マイナー契約を目指すことを決断。NPB12球団へ意思表明の文書を提出し、ドラフト当日に指名されることはなかった。
森井は桐朋学園小時代、武蔵府中リトル、住吉ビクトリーに在籍し、6年時にはライオンズジュニアに選出。桐朋中で練馬北シニアに在籍後、1年夏から同校の軟式野球部でプレー。偏差値71を誇る桐朋高に内部進学し、1年夏から三塁のレギュラーを獲得すると、投手としてマウンドにも上がるなど、投打で非凡な才能を見せていた。
2年秋から遊撃も兼任しながら、3年間で183センチ、88キロと堂々たる体格に成長。通算45本塁打を積み上げ、投げては最速153キロをマークする注目選手となった。
■NPB入りは「将来を考えると迷います」
3年夏の西東京大会、都富士森との初戦で敗退し、高校野球生活は幕を閉じたが、公式戦で主だった実績のない二刀流の逸材に、日米14球団のスカウトが集結し、熱視線を送った。
森井は当初、NPB球団入りや米大学への進学を模索していたが、9月上旬に家族で渡米し、現地でメジャーやマイナーの試合を観戦したことで、米球界挑戦の決断に至ったという。
今ドラフトでは、NPB球団から支配下指名されても、態度を保留する選手がいた。ロッテから6位指名を受けた立松由宇内野手(日本生命)は、「昇給が近いというのもあるし、日本生命という会社は、凄いいい施設。プロと場所は違えど、好きな野球は続けられる。将来を考えると迷います」と悩める胸中を語った。
立松は来年2月で26歳。先々の保証が何もないNPBと、給与、施設面、そして引退後の会社員生活も安定している社会人を天秤にかける気持ちも理解できる。
熟考を重ねた末、11月18日にロッテと入団交渉に臨み、契約金4000万円、年俸1000万円(金額は推定)で合意。千葉県松戸市出身で、小さい頃から大好きな球団だったことが入団の決め手となった。
森井のように、NPBを経ずに米球界挑戦もギャンブルだが、メジャーに昇格し、活躍した時の年俸は日本とは桁違いの額になる。いつケガで競技生命が終わるかわからない野球選手にとって、NPBよりも、社会人残留やメジャー挑戦のほうが魅了的に映るケースもあるだろう。
■過去には「永久追放」されたアマ選手も
森井はすでにドジャースやアスレチックスなど複数球団と面談済み。中でも、大谷翔平選手や山本由伸投手が在籍しているドジャースは、佐々木朗希投手(ロッテ)の獲得に向けて、フリードマン編成本部長が来日するなど、日本人選手の獲得に本腰を上げている。2010年には明大左腕の西嶋一記、文徳(熊本)右腕の高野一哉とマイナー契約を交わすなど、西海岸の名門は原石の発掘にも余念がない。
米国のドラフトは米国、カナダ、プエルトリコの選手が対象のため、日本、韓国、台湾などに在住する16歳以上のアマチュア選手はインターナショナルFA扱いとなり、MLB各球団は、当該選手の身分照会をMLBスカウト局に提出した上で、自由に交渉して契約できる。ただ、獲得する全選手の契約金総額を、球団ごとに毎年定められる金額(ボーナス・プール)以内に納めなければならず、超過は許されない。
なお、日本でプレーする学生や社会人選手は、その身分のままインターナショナルFAとしてMLB球団と契約することはできない。2018年、吉川峻平投手がパナソニックに在籍中にもかかわらず、ダイヤモンドバックスとマイナー契約を交わし、社会人野球を統括する日本野球連盟から登録資格剝奪の処分を受け、事実上の「永久追放」となった。
■NPB未経験→メジャー昇格した選手は3人だけ
同じ2018年には、結城海斗投手が史上最年少(16歳2カ月)でメジャーに挑戦した。「ネクスト・ダルビッシュになれる」と期待された逸材は中学を卒業後、日本の高校には進学せず、インターナショナルFAの適応年齢を待ち、ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。
森井は今後、最終合意に向けた絞り込み作業に入り、早ければ来年1月中旬以降にも正式契約となる運び。ルーキーリーグ、マイナーリーグと一歩ずつ階段を上りながら、メジャー昇格を目指していく。
ただ、吉川も結城も、メジャーに昇格することなく、すでに現役を退いている。NPBを経ずに海を渡り、米球界の最高峰まで登り詰めた日本人選手は、わずか3人しかいない。
パイオニアはマック鈴木(本名・鈴木誠)投手だ。滝川二(兵庫)を中退後、16歳で単身渡米すると、1996年、マリナーズで村上雅則、野茂英雄に次ぐ日本人3人目となるメジャーデビュー。NPB未経験者としては初の快挙だった。
メジャーでは117試合に登板して通算16勝を挙げた後、NPB入りの意向を表明し、2002年ドラフト2巡目でオリックスに入団。3年間で5勝に終わり、その後、メキシコや台湾、ドミニカ共和国などでもプレーした。
■有望選手の流出を懸念したNPBは…
多田野数人投手は立大で通算20勝を挙げた後、渡米して2003年にインディアンスとマイナー契約。2004年4月にメジャー初昇格を果たすと、7月2日のレッズ戦で初先発初勝利を挙げた。
超スローボールを駆使してヤンキースの主砲だったアレックス・ロドリゲス内野手を三塁ゴロに討ち取るなど、主に中継ぎで通算15試合に登板。2007年に日本ハムからドラフト1巡目指名を受け、NPBに活躍の舞台を移すと、7年間で通算18勝をマークした。
田澤純一投手はメジャーで一時代を築いた日本人選手の一人だろう。新日本石油ENEOS(現ENEOS)時代、2008年の都市対抗で全5試合中4勝を挙げ、大会MVPに当たる橋戸賞を受賞。この年のドラフト目玉として注目されたが、メジャー挑戦の意思を表明し、NPB12球団にドラフト指名の見送りを要求する文書を送付。指名を回避し、レッドソックスとメジャー契約を結んだ。
この結果、NPBは国内の有望なアマチュア選手の海外流出を懸念。日本球団からのドラフト上位指名が確実視されている選手が日本球界入りを拒否し、海外のプロ野球球団と契約した場合、日本に戻りプレーする際に一定期間(大卒・社会人は2年間。高卒選手は3年間)の復帰制限措置が設けられた(2020年に撤廃)。もしこの「田澤ルール」が続いていたら、森井の進路も少なからず影響を受けたかもしれない。
■球界が揺れた菊池雄星の「渡米宣言」
田澤は翌2009年にメジャーデビューすると、2013年には71試合に登板。上原浩治投手らとブルペン陣を支え、6年ぶりのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。長谷川滋利投手、上原に次ぐ日本人歴代3位の388登板を果たした後、BCリーグの埼玉や台湾、メキシコを渡り歩き、2022年に古巣のENEOSへ復帰。今夏の都市対抗で16年ぶりに登板するなど、38歳となった今も懸命に右腕を振っている。
過去には森井と同じく、日本の高校から直接メジャー挑戦を夢見た有望選手が岩手県にいた。
菊池雄星投手は、花巻東3年時の2009年選抜で準優勝、夏の甲子園も4強入りに貢献。最速154キロを投じる左腕の進路は、これまでとは違った形で世間の注目を集めることになる。
それは、高卒後すぐに米国へ渡り、メジャーリーガーを目指すというものだった。ドラフト1位候補の高校生が、直接米球界入りとなれば史上初のケースとなる。前年の田澤に次ぐアマトップクラス選手の表明に球界は揺れた。
■大谷翔平もメジャー挑戦を表明していたが…
ただ、日米20球団と面談した後、熟考を重ねた結果、憧れだったメジャーへの挑戦を一時封印。会見では「日本一の投手になってから挑戦したい」と大粒の涙を流した。周囲の重圧や一部の批判とともに、前年に設けられた「田澤ルール」も、挑戦の足枷になった。
ドラフトでは6球団競合の末、西武に入団。2017年に16勝で最多勝、2018年も14勝でチームの10年ぶりリーグ優勝を置き土産に、2019年、マリナーズへと入団した。涙の決断から10年。日本一の投手になるという約束を果たし、その後、ブルージェイズから今季途中にアストロズへと移籍。チームの地区優勝に大きく貢献した。
菊池騒動から3年後の2012年。同じ花巻東に大谷翔平という怪物が現れた。投げては160キロ、打っては高校通算56本塁打の二刀流は、ドラフト会議の4日前にメジャー挑戦を表明。多くのNPB球団が指名を回避する中、日本ハムがドラフト1位で指名を強行した。
大谷は驚きながらも、「アメリカでやりたいという気持ちは変わらない」と、入団拒否の姿勢を崩さなかったが、栗山英樹監督(当時)が「大谷翔平君 夢への道しるべ」と題した全27ページの資料を持参。1時間半にも及ぶプレゼンテーションに心を動かされ、メジャー挑戦を翻意し、日本ハムへと入団することになる。
■大谷すらできなかった偉業を成し遂げるか?
ルーキーイヤーから投打二刀流で活躍。2016年には日本一を経験し、2018年にメジャー挑戦の夢を叶えた。昨年はエンゼルス、そして今年はドジャースで2年連続本塁打王に輝き、ワールドシリーズ制覇に大きく貢献。名実ともに世界一の選手となった。右肘手術からの復帰が見込まれる来季、再び二刀流で活躍する姿をファンも待ち望んでいる。
森井も大谷に憧れ、二刀流を志した一人だ。菊池も大谷も、高卒でメジャー挑戦を熱望しながらも、日本のプロ野球で技術を磨き、海を渡った。もし2人が18歳から米国へ行っていれば、どのような成長曲線を描いていたのか。今となっては知る由もない。
大谷の活躍もあり、若いうちからメジャーを志す選手も今後は増えるだろう。ただ、高校卒業後に即米球界へ挑戦し、メジャー昇格を勝ち取った日本人選手はこれまでいない。森井の挑戦は、後に続く選手たちの道標となる。
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スポーツライター
1979年9月10日、福岡県生まれ。東筑高校で96年夏の甲子園出場。立教大学では00年秋の東京六大学野球リーグ打撃ランク3位。スポーツニッポン新聞社ではプロ野球担当記者(横浜、西武など)や整理記者を務めたのち独立。株式会社ウィンヒットを設立し、執筆業やスポーツビジネス全般を行う。
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(スポーツライター 内田 勝治)
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