脳腫瘍で旅立った友人に何もしてあげられなかった…「高校3年文系」から小児科医になった医師の奮闘
プレジデントオンライン / 2024年11月20日 10時15分
※本稿は、『医学部進学大百科2025完全保存版』(プレジデントムック)の一部を再編集したものです。
■赤ちゃんだけじゃなく家族にも寄り添う
早産や低出生体重児、生まれながらに重い病気を抱えた赤ちゃんとその家族を描いたドラマ『コウノドリ』(原作は青年漫画誌『モーニング』に連載された鈴ノ木ユウ氏による漫画)の医療監修、撮影協力をしたのが、神奈川県立こども医療センター周産期医療センター長兼新生児科部長の豊島勝昭さんだ。
同センターのNICU(新生児集中治療室)に入院していた赤ちゃんも、ドラマに出演していた。
豊島さんのブログ「がんばれ! 小さき生命たちよ Ver.2」には、そのときの赤ちゃんたちが大きくなって、今も通院している様子などが記されている。
ブログには、子供に病気や障がいがあっても笑顔で暮らす家族の話もたくさん出てくる。先輩家族の“NICUの先にある未来”を伝えることで、今現在、悩みや不安を感じている患者家族を支えたい、という願いを込めて。
「生きてほしい、そう願う気持ちと、この先どうなるのか、という不安や心配と、ご家族の思いは千々に揺れ動きます。私たちは、赤ちゃんの命を救いたいし、赤ちゃんと一緒に生きていく家族の想いにも心を寄せたいのです」(豊島さん、以下同)
さまざまな機器と小さな保育器が並ぶNICUのフロアにはモニター音が鳴り続く。
保育器の中で、チューブやコードが装着されたまま眠る赤ちゃんは、その小さな体で、懸命に病と闘っているのだ。
緊張感あふれるNICUだが、毎月、月誕生日を祝う家族とスタッフの風景もある。クリスマスのピアノのミニコンサートや四季を大切にするイベントも行われている。
「ここにいる赤ちゃんたちの中には、NICUで一生を終えることになる子もいます。だからこそ、生まれてきたこと、日々を重ねていることを祝ってあげたいし、赤ちゃんと家族が一緒に過ごせるかけがえのない日々を大切にしてあげたい」
この病院では、両親は24時間いつでも赤ちゃんと面会できるし、祖父母やきょうだいの面会も可能だ。27床の保育器のうち6床は「かるがもルーム」と呼ばれる半個室で、産後のお母さんが横になって面会できる成人用ベッドを設置している。
「周産期とは、妊娠22週から出生後7日未満までを指します。妊婦さんも赤ちゃんも、命に関わるような危険に陥ることがあるのがこの期間です。赤ちゃんの33人に1人がNICUに入院するというデータもあります。生まれた直後に、どのような医療を受けたかでその赤ちゃんの一生が変わることもある。障がいなどをなるべく残さずに命を救いたいと思っています」
■小児科医がいなくなればこの国の未来はない
豊島さんが、医師という職業に関心を持ったのは、中学のときに同級生が脳腫瘍で亡くなったことがきっかけだという。
「当然ですが、当時の僕には何もできませんでした。誰かが困ったときに何かをできる人になりたい、医学部に進みたい、そう思ったんです」
しかし、家族や身近に医療者はおらず、なかなか言い出せなかったという。高校でも文系に進んだ。
「諦めきれずに医学部に行きたいと周囲に意思表示をしたのは高3になってから。理系の勉強を始めて、1浪して医学部に進みました」
新潟大学医学部に入学後、医学を学ぶ中で、中学のときに亡くなった同級生への思いもあり、将来は小児科に進みたいと思っていた。
しかし、「小児科医になりたい」と言うと、先輩医師たちから「小児科はやめたほうがいい」と言われた。少子化が進み、小児科は斜陽領域だと当時から思われていたのだ。
「でも、子供たちはこの国の未来を担う大切な存在。小児科医がいなくなったら、この国の未来はない。ならば自分が小児科医になろうと」
そう考えたのだという。
大学時代の夏休み、神奈川県立こども医療センターで学生実習をした。
同センターは「子供専門の病院」というだけでなく、肢体不自由児施設や重症心身障害児施設、特別支援学校を併設。病棟の学習室やプレールームでは院内学級も開設されている「子供たちのための医療・福祉・教育を提供する総合施設」だった。
「病気を治すだけでなく、子供たちの成長も応援していました。病気を持った赤ちゃんや子供は、治療のためだけに生きているわけじゃない。未来に向けて日々成長しているし、日々学んでいる。こんな場所で働きたい、そう思いました」
大学卒業後、希望がかなって同センターの研修医となった。NICUでも研修したが、当時のNICUはまだまだ未開の医療で、スタッフも少なく過酷な現場だった。
「自分の実力不足や無力感で精神的にしんどく感じる毎日でした。そもそも病院は、困りごとを抱えた人が集まる場所。明るくて楽しいだけの職場ではありません。悩みや怒りを患者家族からぶつけられることもありました」
■懸命に努力してもどうにもできない命
しかも、NICUには特有のジレンマがある。命を救うことができても、赤ちゃんは重い障がいと共に生きることになることもあるからだ。患者家族に「NICUで命を助けたから家族が不幸になった」と言われたこともある。自分たちの努力は正しいのかという本質的な悩みから、職場を去るスタッフもいた。
さらに、お産や赤ちゃんの病気は24時間待ったなし。土日や夜も誰かが働く必要がある。NICUで働きたいという人自体なかなか現れない時期もあった。
「20年前は、『周産期医療の危機』とさえいわれていました。とにかく小児科医や産科医のなり手がいないんです。何とかしなければ、そう考える中で、『みんな、妊娠・出産を支えている周産期医療を知らないだけなんじゃないのか。子供のうちにその存在を知ったら、なりたいと志してくれる子供達もいるのではないか』と考えるようになりました」
2007年、ある講演会で豊島さんのNICUでの取り組みについての話を聞いて感銘を受けた1人の薬剤師が、「赤ちゃんが無事に生まれてくることや、私たちの命が守られていることは、決して当たり前のことではないことを、子供たちにこそ伝えたい」と、息子の中学校での講演を依頼してきた。
その講演がきっかけで始まったのが「NICU命の授業」だ。神奈川県内の小中学校、高校、看護学校などで、不定期に実施している。
「命の授業」では、どんな赤ちゃんがNICUにいるのか、家族はどんな思いでその赤ちゃんに接しているのか、NICUを「卒業」した赤ちゃんたちが、その後どんな人生を歩んでいるのかを紹介する。障がいと共に生きる子供と家族のことや、残念ながら亡くなってしまった赤ちゃんのことも話す。その学校にNICUの「卒業生」やその家族などがいる場合には、その人たちにも話をしてもらう。
スタッフたちも、大変なこともあるけれど、その中に楽しさややりがいを感じて働き続けていることを伝える。豊島さんが生徒たちの前でよく話すのが、山登りの話だ。
「高い山と長生きは似ている気がします。山に登るとき、誰もが高い山の頂上からの景色を眺めたいと思います。でも、頂上だけ見ていると足元の花や途中のきれいな景色に気づかないかもしれません。足元の花を踏みつけているかもしれない。長生きすることばかりを考えていると、今日生きていることの奇跡、今日気づける楽しさや喜びに気づけないかもしれません。生きている毎日を赤ちゃん、家族、スタッフで大切に過ごしたい。『日々を生きる喜び』を感じられるようなNICUを目指しています」
これまでに90回行われてきた「NICU命の授業」。最近では「あの授業を受けて、医療の道に進む決心をしました」という若い医療関係者や新生児医療に関心を持つ医師や看護師も増えてきたという。
NICUにこもって働き続けた医師人生だったけど、いい出会いもたくさんあった。NICUの卒業生の父・元プロ野球選手の村田修一さんをはじめ、毎年、クリスマスコンサートを開いてくれる歌手の相川七瀬さん、ピアニストの斎藤守也さん、「命の授業」を通して知り合った学校の先生や保護者たち。ボランティアや寄付でNICUを応援してで支えてくれるたくさんの人たち。
「しんどいのは今も変わりません。やめたくなったことも何度もありました。でも、やめなくてよかったと思える大きな喜びを感じる場面もたくさんありました。これから医師を目指す人には、命に向き合う大変さを覚悟て飛び込んできてほしいです。大変さのそばに喜びや楽しさを見つけられる日がくると信じて」
1987年 東京都立戸山高校卒業 1994年 新潟大学医学部卒業後、神奈川県立こども医療センター小児科で臨床研修
1996年 同センター新生児科で臨床研修
1998年 東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所循環器小児科で臨床研修と基礎研究
2000年 神奈川県立こども医療センター新生児科医員
2002年 日本未熟児新生児学会賞受賞
2004年 同センター新生児科医長
2005年 日本小児循環器学会YIA賞受賞
2006年 アジアPediatric Research学会YIA賞(新生児学部門)受賞
2007年 アジアPediatric Research学会YIA賞(小児循環器学部門)受賞
2008年 神奈川県内の小中高などで「NICU命の授業」スタート
2014年 同センター新生児科部長
2015年 ドラマ『コウノドリ』で医療監修担当(2017年も)
2019年 同センター周産期医療センター長を兼務
2020年 日本心臓病学会優秀研究論文賞受賞
2022年 同センター臨床研究所副所長を兼務 2024年 日本新生児成育医学会理事(診療委員会委員長)
『NICU命の授業』『新生児の心エコー入門』ほか著書多数
(プレジデントFamily編集部 文=金子聡一 撮影=市来朋久 一部写真は本人提供)
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