ベンツにはねられ、顔の下半分がグジャグジャに…自転車乗りの息子の命を救った「ヘルメットの奇跡」
プレジデントオンライン / 2024年11月19日 16時15分
■ヘルメットのおかげで息子の命が助かった
まず最初にこの写真を見ていただきたい。これは高1の長男あきが手術後に私に書いたメッセージだ。
手術後、彼ののどからは気道チューブが出ていて口がきけないので筆談で。「PP」とは「パパ」のこと。
「パパは、ヘルメットの重要性を(みんなに)伝えなさい」と言っている。
あきは10月30日の朝、いつものように自転車で高校に通学する途中だった。その道すがら交通事故に遭った。相手はクルマ。ひとつでも何かが間違えば死ぬほどの大事故だったが、後述するようにヘルメットのおかげで助かったといえる。
救急車で搬送され、気道確保、止血、応急手当ほかの後に、緊急手術となった。手術は午前1時までかかった。
頭蓋骨のCT写真を見ると、上半分は無事だが、下半分は前歯が吹っ飛び、顎が4つのピースに砕けているのが分かると思う。当初は舌が裂けて大量出血し、食道・気道が詰まり、要するにそのまま放っておいたら死んでいた。
■駐車場からバックしてきたベンツと衝突
なぜこんなにひどい事故になったのか。事故の構図は信じがたいものだった。
現場は片側1車線のバス通り。
あきはいつも通り車道の左端をまっすぐに進んでいった。すると、逆車線側の駐車場から、いきなり中型のベンツがバックで出てきたという。後方確認もなく。
加害車両が後方確認をしておらず、自転車の存在を認識していなかったことは、後にドライブレコーダーで確認した際に明らかになっている。衝突の際、ドライバーはさも「意外」であるように驚きの声をあげているのだ。
■「品行方正ライダー」がなぜ被害に…
天気は雨だった。
クルマはセンターラインを越えて逆車線に侵入。そこにあきの自転車が突っ込んだ形となった。
許し難いのは、当初、加害者ドライバーは「止まっていたところに自転車が突っ込んできた」と警察にウソを言っていたことだ。そんなのドラレコ見ればすぐに分かるのに。
対してこちらは「ヘルメット装着」「傘ではなくカッパ着用」「スマホはズボンのポケットの中」「イヤホンなども一切着けていない」「車道左端走行」「時速20~25キロ」と、品行方正ライダーを絵に描いたような状態だった。
なんの落ち度もない。それなのに不意に目の前から現れたクルマのせいで、顔の下半分グジャグジャという苦しみを味わわなくてはならなくなった。
加害者本人とは、たった一度だけ電話で話した。こちらからかけた電話に対して、彼は「保険会社に任せてあります。失礼しまっす、失礼しまっす」というばかり。それ以前も以後もなんのアクションもない。心証は最悪だ。
■廉価なヘルメットでも頭を守ってくれる
今後、刑事・民事の両面で、加害者ドライバーを追い詰めていくことになるが(上記以外にも「自転車がスマホながら運転をしていた」という、さらに許しがたいウソをついていたことも後日判明した)、それは本稿の書きたいことからいささかズレるので、ここでは言うまい。
驚くべきは自転車ヘルメットの効用のことだ。PP(私)は自転車の専門家だから、常日頃から「とにかくヘルメットをかぶるんだ」ということをあきに口酸っぱく言ってきた。
だから、彼は常にかぶっていた。白い野球帽の上にOGK KABUTO社の白い「CANVAS-URBAN」。これが彼のオーディナリーなスタイルだった。この「CANVAS-URBAN」は決して高級なヘルメットでも何でもない。数千円の街乗り用・廉価品だ。
しかし、頭蓋骨の上下を較べてみればよく分かる。頭蓋骨の下半分の被害は甚大なのに、上半分はほぼ無傷なのだ。このことがどんなに彼の「今後のクオリティ・オブ・ライフ」に貢献することになるか。
■息子の脳が受けるはずだった衝撃を吸収
確かに前歯は吹っ飛び、舌先は千切れ、顎は複雑に割れ、口の中は傷だらけになった。しかし、脳は無事だった。
思考力はもちろんのこと、手足の機能にも、視覚、聴覚ほか感覚にも、なんらの障害は(いまのところ)ない。
警察は自転車とヘルメットを証拠物件として確保したが、後日、その自転車とヘルメットを見て私は絶句した。自転車はカーボンフレームの2カ所がポッキリ折れ、ヘルメットはベコベコになっていた。これらの衝撃吸収がなければ息子は死んでいた。
■国際学会でもヘルメットの効用を説く
天の配剤というべきか、あきの入院中、私は今治で開かれた国際交通安全学会(IATSS)に出席していた。日本では初開催である。テーマは自転車の交通安全で、私の発表内容はまさに「自転車ヘルメットの着用率サーベイ」だった。
だから私は急ごしらえの段ボールフリップを作り、その場で「自転車ヘルメットの有効性」を追加して述べた。
あきが筆談で述べた「ヘルメットの重要性を伝えなさい」を、実現させようとしているのである(じつはこの記事もそのひとつ)。
自転車ヘルメットには「ヘルメットが必要なほど危険な道路は、インフラにこそ問題がある」とか「ヘルメットを強制すると(主に女性の)自転車ユーザー自体が減ってしまう」などの意見がある。
オランダ(自転車最先進国)や、オーストラリア(ヘルメット完全義務)などの実情を見てきた私は、両方とも頷ける意見だと思ってきた。いや、今でもそこに反対はしない。
しかし、あきの事故は「インフラ」で避けられたかどうか。いろいろあるけれど、私の今の思いはここにある。
「つべこべ言わず、とりあえずかぶろうぜ、自転車ヘルメット」
今治で会った訪日外国人研究者たちも神妙な面持ちでそれを聞いてくれた。
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自転車評論家
1966年生まれ。東京大学工学系大学院(都市工学)修了、博士(Ph.D.環境情報学)。学習院大学、東京都市大学、東京サイクルデザイン専門学校等非常勤講師。毎日12kmの通勤に自転車を使う「自転車ツーキニスト」として、環境、健康に良く、経済的な自転車を社会に真に活かす施策を論じる。NPO法人自転車活用推進研究会理事。著書に『ものぐさ自転車の悦楽』(マガジンハウス)、『自転車の安全鉄則』(朝日新聞出版)など多数。
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(自転車評論家 疋田 智)
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