自転車に乗った数十万人の大群が50km先を目指して爆走…習近平が頭を抱える中国の若者たちの「無言の抗議」
プレジデントオンライン / 2024年11月20日 18時15分
■「セール」でも物を買わない中国人
中国の消費が冷え込んでいる。
中国のデータシンクタンク「星図データ」の推計によると、2024年10月14日から11月11日の独身の日までのネットセールは、前年のセール期間比26.6%増の1兆4418億元(約30兆円)となった。
好調だったと早合点してはいけない。セール期間は2023年の10月31日~11月11日までの12日間から、2024年は29日間へと長期化し、1日当たりではほぼ半減している。しかも、現地報道によれば、一定額以上の購入を条件としたキャッシュバックを利用した後の返品の多さが問題になるなど、売上データは相当割り引いてみる必要がある。
独身の日の売上は2022年以降、停滞が続いているとの見方が妥当であろう。
■「爆買い」はもはや見る影もない
ちなみに、今年のセール期間の長期化(前倒し)は、9月以降本格化した家電の買い替え促進補助金政策の恩恵を早期に享受することが要因のひとつであり、期間中の家電販売は好調であったという。しかし、これは特殊要因によるものであり、全体として消費者の財布のひもは固いままだ。
コロナ禍以前の中国では11月11日の独身の日と、eコマース業界最大手のJD.comの創業記念日である6月18日の2大ネットセール期間中に、日用品や嗜好品を爆買いすることが風物詩となっていた。
当時、筆者は「大安売りが行われるネットセールでの購入が増えれば増えるほど、期間以外の購入が抑制され、消費全体の下押し要因になりかねない」などと分析をしていたが、これは杞憂だったかもしれない。かつての消費の勢いは完全に失われている。
■相次ぐ住宅ローン金利引き下げも…
ネットセールの不振に代表される消費低迷の主因は、不動産不況による家計のバランスシート調整である。さらに、高失業率に喘ぐ若年層を中心に節約志向が高まっていることもある。
この辺りの解説は前回の記事(なぜ中国人の「爆買い」は消滅したのか…経済をボロボロにした習近平指導部が手を出した“劇薬”の正体)に譲るが、この2つの問題が改善に向かえば、中国の消費は安定した拡大局面を迎えることが可能となろう。しかし、そのハードルは高い。
2024年9月下旬以降、中国政府は住宅市場テコ入れ策を矢継ぎ早に発表・実施している。このうち、住宅需要を刺激しうるのは、住宅ローン金利のさらなる引き下げと、2軒目の住宅ローンの頭金割合の一段の引き下げだ。
各地方政府が決定する住宅ローン金利については、2024年5月に下限が撤廃され、大幅に引き下げられた。さらに、7月の政策金利(LPR5年物)の0.1%pt引き下げ、10月の0.25%pt引き下げに伴い、住宅ローン金利は同じ幅だけ引き下げられている。2024年に入ってからだけで都合3回の引き下げだ。
例えば、上海市の1軒目の住宅ローン金利は、従来の3.85%→3.50%(5月)→3.40%(7月)→3.15%(10月)に、同様に2軒目(市内)は、4.25%→3.90%→3.80%→3.55%に引き下げられている。
■住宅価格の上向きがまるで見通せない
住宅ローンの頭金割合については、従来は1軒目20%以上、2軒目30%以上であったが、2024年5月にそれぞれ15%以上、25%以上に引き下げられた。さらに今回は2軒目も15%以上に引き下げられている。実需だけでなく、投資・投機需要をも刺激しようとしているのであろう。
デベロッパーへの金融面の支援を含め、これだけ矢継ぎ早の政策が打たれれば、住宅購入者のセンチメントが好転し、過去3年にわたり抑制されてきた住宅実需が回復するとの期待は持てる。
例えば、2軒目の住宅ローンの頭金の割合引き下げに関連して、狭くて古い物件に住んでいる家庭が、より快適な住宅に買い替えたいというニーズはある程度存在しよう。一方で、投資目的で住宅を購入する人々にとっては、住宅価格の中長期的な先高観が台頭することが重要となろう。
しかし、直近2024年10月の新築住宅価格は前年同月比マイナス6.2%、中古住宅価格は同マイナス8.9%と、それぞれ31カ月、33カ月連続の下落となった。住宅価格が中長期的に上昇するとの期待が高まるということは並大抵の話ではない。
■不動産開発では経済発展は望めない
さらに、長期的に中国の住宅市場には強い向かい風が吹く。今後、中国の住宅実需は大きく減少する。
国連の“World Population Prospects 2024”によると、中国最大の実需層を形成する30~34歳の人口は2021年に直近のピークである1億2257万人となった。しかし、同推計ではこの人口層はその後の10年間で33.5%減少し、2031年には8151万人に減るとしている。実需の減少に見合いで供給を減らす必要があるということだ。もはや不動産開発を牽引役とした経済発展パターンの再現は極めて困難であるといわざるをえない。
不動産不況は一連のテコ入れ策によって、短期的には安定化する可能性はある。しかし、中長期的には厳しい状況が続くことになろう。
■若者の「深夜のチャリ爆走」が示すもの
中国の若年層は引き続き高失業率に喘いでいる。直近2024年10月の若年層(16~24歳)の失業率は17.1%(全体の失業率は5.0%)と極めて高い。
読者は、開封灌湯包(スープ入り小籠包)をご存じだろうか? 筆者が若手の頃には北京市の前門大街に「第一楼」(本店は河南省開封市)の支店があり、安くて美味しい庶民的な店として人気を博していた。
2024年6月、河南省鄭州市の大学生がこの小籠包を食べるために、50km離れた開封市まで一晩かけて自転車で走行した。これがSNSに投稿されると大きな話題となり、11月8日には数十万人とされる人々が夜間に同じルートをたどり、4車線道路を埋め尽くしたのだという。この映像はテレビなどでご覧になった方も多いだろう。
そこに将来の不安に怯え、節約志向を高めながらも夜間に自転車で疾走して、鬱憤を晴らす若者の姿を見るのは深読みだろうか。
■補助金は「需要の先食い」でしかない
こうした中、中国政府は消費をテコ入れしようと必死だ。2024年7月に、自動車と家電の買い替え補助金政策をパワーアップし、その効果は9月以降、データでも確認ができる。
2024年10月の小売売上は前年同月比4.8%増となり、9月の同3.2%増から伸びが加速した。家電・音響映像機材の販売金額は、8月の同3.4%増から、9月は同20.5%増、10月は同39.2%増に急増した。また、9月の自動車販売金額は同0.4%増と、7カ月ぶりに増加に転じた後、10月は同3.7%増と伸び率が高まった。
これは、2024年7月25日に発表された「大規模設備更新と消費財買い替えへの支援強化に関する若干の措置」が成果を上げ始めたものだ。自動車や家電買い替えへの補助金政策については、2024年4月、5月にも打ち出されたが、家電の補助金は価格の10%(1台当たり1000元、約2.1万円まで)が上限とされていた。それが、7月の措置では、価格の15%(同1500元)か20%(同2000元)が上限とされるなど、政策はよりパワーアップされた。
自動車も同様で、ガソリン車の補助金は従来の7000元から1万5000元に、EV(電気自動車)については1万元から2万元に増額された。補助金は2024年8月末までに資金の配分を終え、12月末までに使い切るとされている。9月に政策が本格的に始動した可能性が高い。
しかし、これは需要の先食いであり、2025年にはこの反動減が懸念される。補助金による消費刺激策は対症療法にすぎないことは明らかだ。
■「国進民退」からの脱却が不可欠
若年層の高失業率問題の改善と併せて、今本当に必要なのは「国進民退」(政策の恩恵が国有企業に集中し、民営企業にはマイナスの影響が及ぶこと)からの脱却、すなわち民営企業を大いに活性化させることである。GDPの6割、雇用の8割を占めるとされる民営企業が活性化すれば、雇用が改善し、所得の増加が期待できる。
間もなく公表されるであろう「民営経済促進法」は公平な市場参入と競争、生産要素の公平な使用などを謳う。肝は本当にこれがしっかりと運用されるかどうかだ。社会主義的な思考が強い習近平氏が民営企業を本当に重視できるのか。これができなければ、中国の消費の安定的な拡大は望むべくもない。中国経済はまさに正念場、あるいは分水嶺を迎えようとしている。
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大和総研経済調査部長・主席研究員
1998年大和総研入社。2003年から2010年北京駐在。2015年より主任研究員・主席研究員を経て、2023年4月より経済調査部長。主な研究分野は中国マクロ経済。2017年より財務省財務総合政策研究所中国研究会委員、2018年より金融庁中国金融研究会委員を務める。
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(大和総研経済調査部長・主席研究員 齋藤 尚登)
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