「慰謝料は少なく、弁護士費用に消えていく…」誰も知らない、一生の傷を負った性被害者が味わう無力感
プレジデントオンライン / 2024年11月24日 17時15分
■カルト問題も子どもの性被害も根っこは同じ
オウム真理教など、カルト宗教裁判の弁護などで知られる紀藤正樹弁護士は、塚原たえさん(52歳・以下たえさん)を「ジャンヌ・ダルク」と呼び、性被害問題のサポートを行なっている。二人は同じ山口県宇部市の出身という共通項はあるが、カルトと性被害では、あまり関連性がないように思える。
なぜ紀藤さんはたえさんのサポートを行っているのだろう。
「カルト宗教と子どもへの性加害というのは非常に親和性があるんです。カルトでも会社組織でも学校でも、そして家庭でも、集団では力学が働きます。つまり上位にいる者が、立場の弱い者や子どもに対して性的・精神的肉体的虐待を起こすことがある。実際にカルトでは女性や子どもへの性加害、会社や学校でもセクハラやパワハラが起こっています。これらは別の次元のことではなく、すべてつながっているのです。だから私は、これらの問題に対する法整備に尽力しているのです」
と紀藤さんは説明する。
■慰謝料が安すぎて、裁判に持ち込めない
そんな中「ジャニーズ問題」で大人から子どもへの性加害があることが、世間に周知された。時効(前編参照)の枠を超え、被害を申し出た男性たちに、旧ジャニーズ事務所は慰謝料を支払い、一応解決したかのようにみえた。
しかし、紀藤さんは子どもへの性加害には、時効撤廃以外にも問題があると言う。
「ジャニーズ問題の被害者さんたちは、大体数百万の慰謝料で和解していますが、金額が安すぎます。性被害は“いくら損害を受けたか”が算定しづらいというのが主な理由です。でも、被害を受けた人が一生心の傷を背負って生きていかねばならないほど、苛烈な体験なんです。名誉毀損でさえ百万単位の慰謝料が支払われることがあるのに、性被害がこの額ではバランスが悪い。たとえ、数百万円取れたとしても、裁判をすれば多額の弁護士費用や裁判費用が必要ですし、何年も裁判で戦うことになる。裁判所に出廷する度に仕事を休んでいれば、そこでも経済的損失が大きくなる。だから裁判を諦めてしまう人が多いんです。つまり泣き寝入りせざるをえないんです」
■30年苦しんだ人のほうが1年で訴えた人より慰謝料が安い
たえさんの場合、父親を訴えようにも、時効の壁とともに多額の裁判費用に怯んでしまった。
「私の被害の場合、事件の大きさからいって弁護団を組まないといけないので、その弁護士費用や裁判費用だけでも数百万円はかかる可能性があるそうです。そして裁判は何年もかかると紀藤さんに言われました。でも父親は70代なので、裁判をしている間に死んでしまう可能性もあります。そうなるとすべてが闇の中に葬られてしまうかもしれません」(たえさん)
もし仮に裁判で勝てたとしても、父が持っている財産は持ち家ぐらい。家の立地などを考えると取れる慰謝料は1000万円ほどが限度だと紀藤さんは算定する。
ちなみにアメリカの場合は「懲罰的損害賠償請求」という法制度がある。
「日本の場合だと、性被害を受けてからすぐに訴えた人より、30年後に訴えた人のほうが慰謝料が安いことが多いんです。時間の経過とともに証拠が散逸、不十分ということもあるのでしょうが、30年間苦しんだ人のほうが安いとはどう考えてもおかしい。懲罰的損害賠償請求は、加害者側の過失なのか故意なのか、悪質な行為かそうでないかを鑑みて、慰謝料の額を変えていくのです。日本の司法では懲罰的損害賠償請求ができないとされています。司法側も猛省するべきでしょう」と紀藤さんは語る。
■被害者同士、必ずしも一致団結できるわけではない
たえさんは、裁判をあきらめ、社会的な活動家となり、世論を巻き込み時効撤廃や慰謝料の額を上げる動きを喚起することも考えている。個人の活動では限界があるので、例えば一般社団法人(一社)を立ち上げて、彼女が代表となり会員を募るというものも一つの手だ。
しかし、これとても簡単ではない。一社でも少なからぬ資金が必要だ。現在、夫は病気で働けず、彼女自身も複雑性PTSDによりフルタイムで働けないので、生活は苦しい。
「それ以外に問題があります。一社を起ち上げて会員を募ったとしましょう。同じような被害を受けた人が集まると、結束は固いように思われますよね? でも実際はそうでもないのです。私は同じ性被害者の方にこう言われることもあります。『あなたはいいわよ、旦那さんとお姑さん、かわいいお子さんや孫にも恵まれたんだから』と。子どもの頃性被害を受けた人は、配偶者とうまくいかないなど不幸せな人生を辿っている人が少なくないんです。だから結束力を強くしていくことが難しく、結局最後は一人で活動していたり、一社を乗っ取られたりすることもあるそうです」
しかし、悲観していては物事は進まない。現在強力なサポートを得て、一社の立ち上げが進んでいるそうだ。
■ヘルプカードを配るも、校長からクレームが
そんな中、コツコツと行なっている小さな活動がある。
「ヘルプカード」(写真)の配布だ。もし、子どもが大人(親族も含む)に気持ちの悪いこと、痛いことをされたら、このカードを周囲の信頼できる大人に見せて、支援団体に連絡してもらうのだ。
「自分では団体に電話できない小さな子どもを救う一つの方法になればと思い、このカードをつくり、幼稚園や小学校に配っています。さらにはスーパーやデパートにも置けたらなと。なぜなら親がこのカードを見たら、表沙汰になるのを恐れて破り捨てることもあるのです。その場合はスーパーやデパートでこのカードを取って、近くの大人に見せれば、『助けてほしい』という意思表示ができます」
たえさんが、このヘルプカードを孫が通う小学校に持って行った時のこと。女性校長であり、理解もあるかと思ったが、「こんなカードを置くと、子どもが大人を信用できなくなるかもしれない」と難色を示されたそうだ。
■息子にセクハラした養護教諭は素知らぬ顔で転任した
子どもたちを教え導く教師でさえ卑劣な行為をする輩もいる。
「私の息子も、学校の養護教諭にセクハラを受けたことがあるんです。実際に性行為があったかどうかは定かではないのですが、息子を言葉巧みに手なずけ、セクハラを何度も行なっていたようなのです。そのことがわかって、養護教諭に問いただしたところ『付き合っている彼氏とうまくいっておらず、むしゃくしゃしてやった』と言い訳していました。呆れてモノも言えませんが、彼女は免職になるどころか、シレッとほかの学校に転任して行ったのです。その学校で同じことを繰り返しているのではないかと思うとゾッとします」と、息子が受けたセクハラを振り返る。
■子どもの人権をまるで無視。遅れた日本の現在地は
筆者が小学生だった1970年代、実家が旧弊な田舎にあったこともあるが、教師による体罰以外にセクハラが行われていたのを思い出す。発育がいい女子の体を堂々と触る教師がいたのだ。触られていた女子生徒も、教師にかわいがられていると思ってか、笑ってかわしていたが、傍で見ていた私はそれを鮮明に覚えているほどショックだった。もしかしたら、陰ではもっと過激なハラスメントが行われていたかもしれない。言語道断の行為だが、昭和の真っ只中の時期、それは容認されていたのだ。
2022年、「教員による性暴力防止法」が施行され、性暴力を行なって教員免許が失効した教師をデータベースで確認できる仕組みが導入された。しかし、これは事業者側が事前にデータベースを確認することが前提なので、見落としもありうる。さらには、罪を犯しても教員免許を失効していなければスルーされてしまうザル法だ。
そんな中、2024年に「日本版DBS」の導入が成立。学校、認定子ども園、保育所などの学校教育法や児童福祉法で認可を受けている事業者は、教師・養護施設の職員・子どもに接する仕事に就く人間の性犯罪歴を確認することを義務づけるものなので、一歩前進ではあるのだろうか。
そして、たえさんは学校や家庭での性教育の徹底も力説する。
「ヘルプカードが普及するのはもちろんですが、小学校のうちからきちんとした性教育を行い、性被害があることを子どもたちに知らしめてほしい。子どもに猥褻な行為をする、性行為をする人間は犯罪者であること、そしてそういう目に遭ったら、迷わず信頼できる大人に相談することを小さな頃から徹底して教育してほしい。教育は性被害の抑止力になるはずです」
また、紀藤弁護士は、人権教育の重要性を説く。
「日本では子どもの人権が疎かにされすぎています。日本は父母が離婚したら単独親権であり、いまだに共同親権の問題が議論されています。欧米に比べて遅すぎるし、弁護士の中にも共同親権に反対している者がいるくらいです。でも、共同親権のほうが片親の虐待を監視しやすい。そもそも、親権を持たない片親に会わせないとか、子どもに『親のどちらかを選べ』だなんて酷な話で、子どもの人権を無視しています」
■権利と義務は表裏一体。子どもを守る義務の観念が薄い日本
そして権利と義務は“表裏一体”であり、権利を主張するだけではない義務の重要性を説く教育も薄いと、紀藤弁護士は続ける。
「親は子どもを監督する権利はありますが、塚原さんの父親のように『しつけの一環』だとか言って娘に性虐待をしていいわけではない。子どもを安全に生活させる義務があるので、虐待はその義務を無視した行為といえます。カルト宗教もそうです。信仰の自由があるからといって、自分の信仰を子どもや他者に押し付けていいわけではありません。自分以外の人間の幸せな生活を守る義務があるんです。逆にいえば、義務を守るからこそ権利を行使できるんです。世の中にはびこるセクハラ、パワハラ、虐待などは、すべて義務の意識が抜け落ちているから起きていると言ってもいいでしょう」
と紀藤さんは解説する。
たえさんの父の場合、娘や息子の人権を尊重するという義務をまったく無視。自分の所有物とみなし、歪んだ支配欲を性虐待として具現化した。
もちろん、こんな親はごく少数派だし、多くの親はわが子を愛し慈しんでいる。
しかし、その事実もまた、たえさんを傷つける一因に。
「どうして自分は一般の親のように愛されなかったのか、どうしてこんなに酷い仕打ちを受けねばならなかったのか? どうして弟は自分の命を断たなくてはならなかったのか……。その思いが年々強くなります。それに鬼畜の親から性虐待を受けた自分の体を、汚いとも思ってしまうんです。ただの“親ガチャ”で済まされない、自分たちの運命を呪いたくなります。でも、こんな思いをするのは私で終わりにしたいんです」
酷い中傷コメントを投げられるとしても、自分の意見をXに投稿し続けたり、講演会にも積極的に出たり、自民党議員の前でも性加害の実態を語ったりする。
話すうちに、当時の恐ろしい虐待のシーンがフラッシュバックすることも。そんなツラい思いをしてでも、告発や啓蒙活動を続けたいと語る。
「取材を受けて記事が出ることも、落ち込みがちな自分を奮いたたせることにつながります」(たえさん)
取材時も、おしゃれな服を身につけ、ヒールを履いて、きちんとメイクをして現れたたえさん。
「これは戦闘服なんです。『被害者は被害者らしく地味にしてろ』なんて言われますが、そんなのナンセンス。私は着たい服を着るだけです」ときっぱり。
紀藤さんが、たえさんを「ジャンヌ・ダルク」と呼ぶわけがわかった気がした。
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ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。
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(フリーランスライター・エディター 東野 りか)
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