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高2の息子はいじめで命を絶った…「もう犠牲者を出したくない」と願った両親が直面した"私立という壁"

プレジデントオンライン / 2024年11月26日 18時15分

厚生労働省「令和6年版自殺対策白書」より

2017年、長崎県の私立高校に通う男子生徒が自ら命を絶った。遺書などからいじめの存在を知った両親は再発防止を訴えるも、学校はいじめ自殺であることを認めない。このような状況で、両親はどうしたのか。当時、現地で取材し、『いじめの聖域』(文藝春秋)を上梓したジャーナリストの石川陽一さんに話を聞いた――。(聞き手・構成=ノンフィクションライター・三宅玲子)

■絶望する子ども、もがき苦しむ遺族

「小中高生の自殺率、高止まり」

2023年の自殺者数を時事通信(2024年10月29日)はこう報じた。

10月末に公表された2024年版自殺白書によると、自殺者総数は2万1837人(前年比44人減)。総数は減少傾向にある一方、小中高生の自殺者数は過去最多となった前年(514人)と同水準の513人と高止まりしたというのだ(内訳は、高校生347人、中学生153人、小学生13人)。

石川 陽一『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)
石川 陽一『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)

自ら命を絶った本人の孤独と絶望はいたましいばかりだ。そして、遺された家族の苦しみもはかりしれない。遺族は子の悩みに気づくことのできなかった自責を抱えながら、せめて自殺にいたった理由を知りたいともがく。

『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)は、自殺した息子に何があったのかを明らかにするべく遺族が学校や行政と対峙した過程に並走したノンフィクションだ。著者はジャーナリストの石川陽一さん。共同通信長崎支局に勤務していた2019年にこの事件と出会った。

■三者委の報告書が拒否される異例の事態

事件は2017年4月に起きた。その日、長崎市の私立海星高校に通う男子生徒が一晩中帰宅せず、翌早朝、自宅近くの公園で桜の若木の枝にロープをかけて首を吊っている姿が発見された。遺書や手記により、複数の生徒からからかいやいじめを受けていたことがわかった。

事実を知りたいと望む遺族の要望を受けて、学校側は外部有識者による第三者調査委員会(以下、三者委)を設置した。しかし、いじめの事実があったと結論づけた検証報告書に対し、学校は不服を表明。検証報告書の受け入れを拒否するという前代未聞の事態に陥った。

『いじめの聖域』の2022年11月の公刊から2年を迎えた。その間に、いじめ件数は約73万件、不登校の子どもの数は34万6482人といずれも過去最多を記録(2023年度、文部科学省公表)。子どもの心の安全をめぐる状況は悪化している。

本稿では事件を徹底取材した石川さんに、私立学校の閉鎖性を許してしまっている制度の欠陥、地方におけるメディアの機能不全、そして、私たちにできることについて話を聞いた。

■行政に助けを求めても「法律の壁」が

――自殺によって子どもを喪うという非常事態ですが、にもかかわらず、遺族が知りたいことを知ることができない非情な現実が、この本でつまびらかになりました。

【石川】事件が起きた直後から、学校は自殺の事実を「突然死」「転校」に替える提案をしました。これは文部科学省の定めた「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に反しています。また、全校保護者会の開催、息子のクラスでの命に関する話し合い、加害者への指導など、再発を防ぐために願った遺族の申し入れを拒否し、不誠実な対応を取り続けていました。

――学校と遺族の対立に行政が介入することができないという事態が、私学を定義づけている法律の構造的な問題に起因することが詳細に書かれています。

【石川】遺族は行政に助けを求めても力になってもらえず、さらに傷を深めることになりました。それには法律の壁がありました。私立学校法です。あまり知られていないことかもしれませんが、私立学校は実は教育委員会の管轄ではありません。なので、自殺をはじめ、学校の中で問題が起きたときに、第三者が関与するという機能が働きにくいのです。

1994年生まれ。早稲田大学卒業後、2017年に共同通信へ入社。2023年8月から東洋経済の経済記者として勤務
編集部撮影
1994年生まれ。早稲田大学卒業後、2017年に共同通信へ入社。2023年8月から東洋経済の記者として勤務 - 編集部撮影

■学校教育法の規定が私立には適用されない

――私立学校法とは?

【石川】私立学校の自主・独立を保障する法律で、公立学校との最も大きな違いは、学校教育法の一部について、私立学校には適用しないと定められていることです。

学校教育法第14条には〈学校が、設備、授業その他の事項について、法令の規定又は都道府県の教育委員会若しくは都道府県知事の定める規程に違反したときは、その変更を命ずることができる〉と規定されています。しかし、これを私立学校には適用しないと私立学校法に定められているのです。

私立中高一貫校の場合、都道府県の知事部局の所管となります。私学は教育委員会の管理下には組み込まれません。知事部局の学事振興課が私学を担当してはいるのですが、実質的には県の指導には強制力がありません。

■いじめ防止対策推進法の重大な欠陥

――学校の姿勢に不信感を抱いて相談した遺族に対し、行政が学校の側に立った対応をしたとの描写がありました。しかし、遺族の心情を察して学校に働きかけた職員もいたとも書かれています。もし、近い状況に陥ったときに、私たちはいったい、誰を頼ったらいいのかという気持ちになります。

【石川】行政の対応に個人の属人性によって違いが生じていたのは事実です。行政のできることには限界があった、それはやはり法律の構造的な問題に起因していたと思います。構造に影響したのは、私学法と、もうひとつ、いじめ防止対策推進法です。僕はこちらが機能しないことの問題のほうが大きいと考えています。

これは2011年に滋賀県大津市で起きたいじめ自殺事件で、学校や教育委員会が隠蔽を図り責任から逃れようとしたことをきっかけに、議員立法により2013年に施行された法律です。

子どもが自殺して背景にいじめが疑われる場合、学校または学校の設置者には真相の究明と再発防止が義務付けられています。しかし、この法律は教員や学校に対する罰則を定めていません。学校の対応に明らかに問題があったとしても、学校を処罰することはできないのです。

■税金の入った私学が閉じたままでいいのか

公立学校でもいじめの問題は深刻ですが、公立の場合は学校の上に教育委員会があります。しかし、私学の場合は誰も苦言を呈する人がいません。そのため、私学で生徒の人権に関わるような問題が起きたとき、学校と生徒や家族の間に第三者が介入して問題の根本を検証する機能がありません。この制度の欠陥は改めなくてはならないと思います。

――一方で、私学運営には多額の公金が補助金として投じられているとも指摘しています。

【石川】この高校には2019年には約4億6000万円の補助金が支出されています。税金が運営資金として使われているわけで、私学であっても公共の存在であるということは重要な側面だと思います。

私学に通う子どもたちにとっての健全な環境とは何かを考えれば、私学の壁となっている閉鎖性は改善する必要があると思います。

■2年後、同じ高校でまた生徒が命を絶った

――この事件を報じることになったきっかけを教えてください。

【石川】自殺から1年10カ月後の2019年2月、遺族が会見を開きました。それまでは学校も行政も、自殺者が出た事実を2年近く伏せていたのです。

その間、遺族の要望により学校は三者委を設置しました。弁護士、臨床心理士、他校の元校長ら5名の委員が調査し、複数の生徒が自殺した生徒に対するいじめが日常的に行われていたことを証言しました。それらの調査を踏まえて三者委は検証報告書でいじめがあった事実を認めました。

ところが、学校は報告書の受け入れを拒否し、膠着状態が続いたため、遺族が自ら会見を開くに至りました。遺族はお子さんが自殺したことと、学校や県の対応への不信などを話しました。ただ、僕はその会見には他の取材のため参加することができず、同僚が取材しました。

東洋経済記者の石川 陽一さん
編集部撮影

■行政も動かず、マスコミに頼った結果

――その後、2年近くご遺族に併走して取材を続けました。

【石川】遺族による会見に出られなかったものの、事件の行方は気になっていました。そこへ、同じ海星高校で、今度は校内で自殺者が出たというので、学校に駆けつけました。ところが記者に囲まれた学校の対応には違和感を持ちました。「遺族の意向で」の一点張りで何も話さない姿勢はおかしいと思いました。ここから僕は取材を始めることになります。

一方で、2017年に自殺した生徒の遺族は学校の対応への不信を募らせ、行政に問い合わせても助けを得られなくて、会見を開くほどに追い込まれている。覚悟をもって記者会見を開いたご遺族の必死さと孤立無援の状態に対し、報道する仕事の役割として応えなくてはならないと思いました。

――本では報道の責任についても触れています。

【石川】実は、校内で自殺者が出た際の学校での取材のあと、地元紙の記者と同じタクシーに乗った際、学校の対応の問題を口にしたところ、「うちは書けないから、お宅が頑張ってよ」と言われました。結局、地元紙は遺族の訴えについてはほとんど触れない報道をしました。

■「こういう問題は地元メディアは取材しない」

――石川さんは著書で、地元の媒体が書かない理由について、行政と私学が各媒体にとって、広告を出稿してくれるクライアントだからではないかと推測しています。

【石川】僕は長崎県知事の定例会見で、この事件に対する県の対応について知事に質問しました。そのときに県の総務部長から抗議を受けた顛末を本にも書いているのですが、地元紙のベテラン記者が部長と僕の間に割って入り、県側に付いて僕を諌めました。

その場で言い合いになったのですが、今振り返っても、地元紙がこの事件について県を擁護するような書き方をしたことは、クライアントだから忖度をしたのだと思います。

でも、こういうことは各地方で起きているのだろうと思いました。というのも、取材を始めてからある教育評論家に「こういう問題は地元メディアは取材しない。あなたが一人でがんばりなさい」と言われたことがあります。残念ですが、その通りになりました。

長崎の街並み
写真=iStock.com/t_kimura
長崎の街並み ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/t_kimura

■「コスパの悪い取材」は継続しにくいが…

――両親の記者会見で一度は報道が盛り上がったものの、他社が徐々に関心を失っていったことはどのように感じましたか。

【石川】どの社も十分ではない人員配置のもと、日々、新しいニュースに追われています。他方、この事件では学校は一切取材に応じず、膠着状態に陥ってなかなか生の動きがありません。その中で続報を書こうと思えば、ほじくり返したり遺族のアクションを待つことになる、労力のかかる取材です。そこまでやる話なのかというと、もう終わったことだろうと判断されることもままあります。

加えて、この件では学校の対応について違法だと断ずる材料はありませんでした。どちらかといえば道義的、道徳的な責任を問う話なので、及び腰になるのも想像できることです。

でも、この事件はひとりの高校生が命を絶つという極めて深刻な事態だったにもかかわらず、学校は口を閉ざし、やり過ごそうとしました。僕らが取材して報道するという仕事をしなければ、報道の役割を自ら否定するようなことではないかと思いました。

海星高校で起きたことは、この学校に憧れる子どもたちやその保護者をはじめ、地域の人にとっても知るべき重要な情報だと思います。事件への行政の情報開示の姿勢や学校への監督責任のありようは、長崎市民の民主主義に関わる問題ではないでしょうか。しかも、その後の取材で、同じ学校で4年間に4人の生徒が亡くなっていたことがわかりました。

■遺族が身を挺して事実と向き合った理由

――尋常ではいられない精神状態の中で、遺族が行政に対して複数回の情報公開請求をしたり、学校や行政との話し合いを記録するなどして、事実を少しずつ積み上げていく過程も記録されました。

【石川】ご両親が耐えた精神的な苦痛は想像を超えるものだと思います。では、なぜそこまでしてご両親が事実を明らかにする作業に挑んだかといえば、それは息子さんへの愛だと思います。彼の生きた証しを残したい、それは何かということをご両親はものすごく考えたんでしょう。

ご両親にも、息子さんの悩みに気づかなかったことへの自責があります。自分たちに非がないとは思っていない、だから、いじめたとされる生徒たちや学校側の対応について、複雑な感情があると思いますが、僕らの前では彼らを批判する言葉は一切出てきません。

ご両親は、同じようなことを繰り返してほしくないという一心で、せめて彼の死を無駄にせず、ほかの子どもたちが自死に追い込まれないようにするにはどうしたらいいかを考えました。そして、祈るような気持ちで事実を明らかにしようとしてこられたと思います。

■いじめは決して「ひとごと」ではない

――遺族は学校の不誠実な対応について民事裁判を起こし、現在も係争中です。一方で、私学法やいじめ防止対策推進法といった制度の欠陥が早々に変わることは難しいのではないかと、暗澹とした気持ちにもなりました。私たちにできることがあるのでしょうか。

【石川】いじめは私たちのすぐ隣にある問題です。私学に通うわが子がいじめの対象になったり、集団でいじめる側に巻き込まれる可能性は誰にでもあることです。

学校、行政、報道、そして生活者としての僕らが、それぞれの立場で当事者として関わることが大事だと思います。ひとごとではなく、自分たちの問題として捉えることで違って見えてくるものがあるし、そういうことの積み重ねからしか自分たちの社会をよくしていくことはできないと僕は思います。

それと、記録を残すべきだと思います。自殺した子どもたちが無駄死ににならないようにしなくてはいけません。せめて、自殺で亡くなったケースについて一つひとつを記録し、データとして集積する。そして、今後の子どもたちが自殺しないで済むようにするにはどうしたらいいか、考える材料に生かしていくべきです。

――遺族が署名活動を始めました。

ご両親はいじめ防止対策推進法の改正を求めるオンライン署名活動に取り組みました。この法律に罰則規定を設けることを要望するものです。約3万筆が集まったそうです。

子どもを中心に考えたときに、子どもをどう守ることができるかは、学校や行政はもちろん、僕たちが当事者としてどのような行動をとっていくかにかかっていると強く思います。

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三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。

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(ノンフィクションライター 三宅 玲子)

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