都心VS田舎「住む場所」の最終結論…森永卓郎が「都心は人の住むところではない」と確信した理由
プレジデントオンライン / 2024年11月26日 15時15分
※本稿は、森永卓郎『身辺整理 死ぬまでにやること』(興陽館)の一部を再編集したものです。
■自分で家を買って地価上昇を証明するため「トカイナカ」へ
私は、28歳の時に、都心から電車を乗り継ぎ90分ほどかかる埼玉県所沢市の西部に2680万円で中古戸建住宅を購入した。
当時の年収は300万円で、住宅ローンの金利が7パーセントの時代だ。長男が生まれたばかりだったが思い切って踏み切ったのには理由がある。
当時、新卒で入った日本専売公社(現・JT)から出向を命じられ経済企画庁に勤めていた私は、「経済モデル」(方程式で作った経済の模型)を作るという仕事もしていた。
そんな中、近い将来、土地や株が大暴騰するというシミュレーション結果が出てきた。
そこで「バブルが来るぞ!」と役所の中で触れ回ったのだが、信用してくれる人は誰一人いなかった。
頭にきた私は「だったら自分で家を買って地価上昇を証明するから」と豪語して実践したのだ。当時、私は川崎市に住んでいたのだが、川崎の地価はすでに相当高くて、私には手が出なかった。
そこで、妻の実家に近いほうがいいだろうという考えから所沢の物件にたどり着いた。
我が家の家計は住宅ローンを差し引くと6万円しか残らないという極貧生活に陥ったが、それでも暮らしていけたのはトカイナカだったからだ。
なにしろ物価が安い。
肌感覚では、都心より物価が3割ほど安く、豊かな自然や動物とのふれあいもタダで楽しめる。
■生涯都心に住み続けるためのコストは大きい
このことは拙著『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)や『年収200万円でもたのしく暮らせます』(PHPビジネス新書)に詳しいが、給料が上がらない、あるいは年金暮らしなのに物価は上昇する一方の日本で生き抜くためには、暮らしを見直す必要がある。
稼ぎを増やすのではなく、生活コストを下げるのだ。
トカイナカに住めば、その暮らしは、ほぼ自動的に手に入れることができる。
テレビ収録などは早朝からということもあれば、深夜にまで及ぶということも少なくない。
そこで2007年に都心のワンルームマンションを事務所として買い、家に戻れない日は事務所で寝泊まりすることにした。
13年にわたって二拠点生活を続けてきた私は、「都心は人の住むところではない」という結論に達した。
確かに都会は便利かもしれない。
おしゃれな飲食店やエンターテインメントがたくさんある。
しかし、都心が魅力的なのは、お金がある人にとってだけだ。
年金生活に入ったら、とてもではないが、そんなコストは、負担しきれないのだ。
トカイナカで暮らしても仕事はできる。
パソコンがあればオンラインでの会議や打ち合わせが可能なのだし、ラジオ出演や原稿の執筆はいくらでもできる。
私が都会にこだわっていたら、約12万点のコレクションを展示する「B宝館」を開設したいという構想も、実現していなかっただろう。
■秋葉原の10分の1のコストで自身の「博物館」を開設
私が最初に買った家は予想通りバブル期には3倍の価格になったが、住むための家だったので、バブル期に売却することはできなかった。
ただ、その後、シンクタンクに転職した私の年収は、桁違いに増えた。
コレクションの部屋も作ったため、8LDKという巨大な家になったが、トカイナカなので、都心の狭小住宅の数分の一のコストで済んだ。
しかし、「おもちゃの部屋」もいっぱいになり、倉庫を2カ所に借りることになった。この頃になると何がどれくらいあるのか自分でも把握できなくなっていたが、もっとスペースが必要なことだけは確かだった。
かくなるうえは博物館を開設するしかないという思いが強まっていったのだ。
私のコレクション癖に理解を示していなかった妻は「集めるだけならまだしも、博物館はやりすぎだ」と猛反対だった。
しかし私は博物館構想に向かって貯金すべく、きた仕事は断らないという方針で走り続けた。
当初は秋葉原でと考えていたが、都内の土地が高騰して貯蓄が追いつかず断念した。所沢でもいいと妥協した。ただ結果的にはよかったと思っている。
所沢の中古ビルを丸ごと買い、「B宝館」を開設するのに1億8000万円もかかったのだが、秋葉原だったらその10倍近くかかるだろう。
しかも所沢に作ったおかげで膨大なスペースが確保できた。
B宝館の床面積は200坪、660平米もある。とても都会では確保できない面積なのだ。
■メキシコから来た男性が「世界唯一」と絶賛
オープンに先駆け、コレクター仲間の女性が2年間住み込みで展示をしてくれた。彼女がリストを制作してくれたおかげで自分のコレクションは60ジャンル、約12万点であると把握することもできた。
B宝館は比類なき博物館だという自負がある。
メキシコからわざわざ飛行機に乗って観に来たという男性は「日本で色々な博物館・美術館を回ったけれど、どこも展示されているモノは金で買い集めたものばかりだ。でもこのミュージアムは、金で買えるものがほとんどない。このミュージアムは世界唯一だ!」と絶賛して、自分が大切にしていたというメキシコプロレスラーのフィギュアを置いて国に帰っていった。
彼の見解は正しい。たとえば昭和を舞台にしたテレビドラマを作るという場合、初期の携帯電話を小道具として使いたいと考えたとする。
しかし、現物はなかなか残っていないのだ。
B宝館には、発売開始以来の携帯電話、ウォークマン、デジタルカメラ、カセットテープ、ラジカセなどの歴代モデルがずらりと並んでいる。もちろん完動品ではなく、見捨てられた中古品だ。
ただ見方を変えれば、B宝館はみんなが捨てたものが山積みになっているだけともいえる。
■ゴミ屋敷の100年後、世界遺産への道
テレビ番組で、B宝館の映像をみたタレントのヒロミさんが「ここは綺麗なゴミ屋敷だね」と言うのを聞いて言い得て妙だなと思った。
仮に私がコレクションを身辺整理の対象にしようと考えたとしたら、B宝館に展示されている大半のモノはゴミでしかないのだ。
何年か前にテレビ番組が鑑定士と弁護士を連れてきて、丸一日かけてB宝館の「全館鑑定」をしたことがある。最終的な鑑定結果は「ゼロ」だった。
さすがにそれはないだろうと食い下がったところ、鑑定士は「中には値のつくものもありますが、大部分の展示品に産業廃棄物の処理費用が掛かるので、全体で言うと実質価値はゼロになってしまうんですよ」と言った。
傍らにいた弁護士がすかさず「相続税がかからなくてよかったじゃないですか」と援護射撃を繰り出したが、私は納得がいかなかった。
ただ、実際に生前整理を進めていくなかで、鑑定士の言っていたことは正しかったのだと思うようになった。
現時点では、B宝館の展示物の全体価値はゼロなのだ。
ただ、「100年経てば、どんなゴミでも宝に変わる」という荒俣宏さんの名言のように、100年後にB宝館は世界遺産に登録されているだろうと私は本気で考えている。
■お宝グッズの継承者が決定した!
開館した当初の入場者は一日10人足らずで、年間1000万円近い赤字を垂れ流していたB宝館も、10年を経た今ではコンスタントに一日100人の人が来てくれるようになった。
さすがに人件費は捻出できていないが、直接経費は入場料と物販で賄えるようになっている。
また、B宝館の最大の収入源は、イベント向けのコレクション貸し出しだ。最近で言えば、2024年9月4日から髙島屋(大阪店)で6日間開催された日本の70~80年代ポップスの展覧会に、B宝館所蔵のウォークマンなどの音響機器が展示された。
今回は、展示のごく一部を担っただけなので、大きな収入にはならなかったが、少し大きなイベントだと、数百万円単位の貸出料が入ってくる。だから、B宝館を黒字化するのは、さほど困難ではないかもしれない。
問題は私の死後、誰が管理していくのかだったのだが、家族の中でただ一人私のコレクションに理解を示してくれていた次男が引き継ぐと名乗り出てくれた。
彼はIT技術者なので、ホームページを大改革することから始め、積極的に集客数の向上に取り組んでいる。
6月から開館日にはB宝館の店頭にも立つようになり、コレクションに関する知識も着々と積み重ねている。
かくして私がいつ死んでもB宝館の運営を続けられるという状況にもっていけた。これをもってコレクターのケジメはついたと安堵しているところだ。
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経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)
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