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だから兵庫県民は「斎藤元彦知事」を選んだ…どのマスコミも報じない「60日間の戦い」で起きていた変化

プレジデントオンライン / 2024年11月21日 10時15分

兵庫県庁での就任式を終え、職員から拍手を受ける斎藤元彦知事=2024年11月19日午前 - 写真提供=共同通信社

■2カ月前には予想できなかった「斎藤氏の圧勝」

11月17日に投開票された兵庫県知事選挙は、斎藤元彦氏の圧勝に終わった。ちょうど2カ月前、パワハラ疑惑などが文書で告発された問題を発端に、県議会で不信任決議が全会一致で可決された。それから約60日後の、この結果を誰が予想しただろうか。

斎藤氏は、111万3911票を獲得し、前回から約25万票も上積みした。投票率は、前回41.1%から55.65%と大きく上昇しており、県民の関心の高さがうかがえよう。

私は、辞職直前、9月12日に配信した記事〈だから「辞職コール」でも絶対に辞めない…斎藤元彦氏のような「お殿様知事」を大量輩出する地方の根深い問題〉で、斎藤氏には「自分は県民に支持されているはずだとの確信があるのだろう」とした上で、「その確信こそが、勘違いなのではないか」と書いた。当時は、「辞職コール」が県議会やマスメディア、さらには、県民のあいだにも巻き起こっている、そう私には見えていた。

県民が斎藤氏に期待した分だけ、失望が深く、県民の堪忍袋の緒が切れた以上、その怒りは、辞職によっても「もう、収まりはしないだろう」と記事を結んでいる。

■勘違いしていたのは、筆者のほうだった

しかし、今回の選挙で斎藤氏は県民からの大きな支持を受けた。県民の怒りは、斎藤氏ではなく、斎藤氏を批判する対立候補や、マスメディアに向けられたのではないか。この流れを見誤った点で、斎藤氏ではなく、私のほうが勘違いをしていた。そう懺悔しなければならない。

この2カ月のあいだに、いったい何が起きたのだろうか。

斎藤氏の主張は辞職前から一貫しており、自身の態度への反省を除いては、変わっていない。内部告発への対応をはじめとして、百条委員会や記者会見で述べた考えを、選挙期間中に変えることはなかった。

変わったのは、県民のほうなのだろうか。なぜ、どのように、県民は、斎藤氏への見方を変えたのか。この点を考える上で、まず見なければならないのは、「マスメディアの敗北」という議論である。

■「マスメディアの敗北」とは、何に対する勝ち負けなのか

産経新聞は、「斎藤氏の再選はマスコミの敗北、SNSの勝利か 兵庫県知事選 米トランプ氏報道との符合も」と題した記事を18日に配信している。NHKも、「再選への原動力になったとも言われているのが、SNSでの発信です」と報じている。

NHKの出口調査によれば、「投票する際に何を最も参考にしたか」との問いに対して「SNSや動画サイト」と答えた人が30%と、テレビや新聞(ともに24%ずつ)を上回っているから、兵庫県民が、「マスメディアよりもSNSを重視した」という変化はあったのかもしれない。

斎藤氏自身は、当選から一夜明けた記者会見で次のように述べている。

私は県民の皆さんも、自分でいろんなことを調べたりされて、メディアの報道について、色んな媒体で、新聞以外にもテレビやネット、雑誌も含めて色々調べて自分自身で判断していくという風な形がすごく多いんだと思いますね。

ほとんどの人が、この斎藤氏の発言の通りなのではないか。新聞だけでも、テレビだけでも、あるいは、ネットだけでもない。もとより、「ネット」のなかには、新聞社発の記事も、テレビ局発の動画も、山のようにある。

それなのに、わざわざ「マスメディアの敗北」と、それも、マスメディア自身が表現するのは、なぜなのか。もとより、「敗北」とか「勝利」というのは、何に対する勝ち負けなのだろうか。

■米国大統領選・東京都知事選との共通点

産経新聞の記事の見出しにあるように、先ごろ行われた米国大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の立場を、斎藤氏は彷彿とさせる。どちらも、マスメディアからのバッシングとも思える強い批判を受けながら、選挙では圧勝したからである。

2024年1月21日、ニューハンプシャー州ロチェスターのオペラハウスで選挙集会を開くドナルド・トランプ前大統領
2024年1月21日、ニューハンプシャー州ロチェスターのオペラハウスで選挙集会を開くドナルド・トランプ氏(写真=Liam Enea/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

マスメディアの論調では、斎藤氏もトランプ氏も、どちらも当選させてはいけないかのように報じられた。にもかかわらず、ネット世論では、両氏はともに熱狂的とも言える支持を集め、対立候補を寄せ付けなかった。

東京都知事選にも通じている、との見方もできよう。

7月7日に投開票された都知事選では当初、蓮舫氏が小池百合子氏に迫ると思われていた。ふたを開けてみると、選挙戦序盤は泡沫候補扱いすらされていた石丸伸二氏が得票数で上回った。石丸氏も、マスメディアには黙殺というか無視に近い冷遇を受けたのに、ネット上での支持が躍進に寄与したと言われている。

こう考えると、今回の斎藤氏の再選は、世論をつかみきれなかったという意味で「マスメディアの敗北」であり、「SNSの勝利」と言えるのかもしれない。

けれども、それだけでは、県民が斎藤氏を強く支持するようになった理由をつかみ損ねるのではないか。

■マスメディアとネットは対立関係ではない

「マスメディアの敗北」と「SNSの勝利」という二項対立は、前者=正統派vs.後者=邪道、という図式に基づいている。もっと乱暴に言えば、前者=思慮深さvs.後者=浅はかさ、との見方と同じである。マスメディア側による、世論をつかみ損ねた悔しまぎれの負け惜しみにすぎない。

「本来なら、マスメディアのほうが、SNSよりも優れているはずなのに、なぜ、できなかったのか」
「それは、得体の知れないSNSに県民が騙されているからではないか」

そう言わんばかりの感情が、「マスメディアの敗北」という表現に込められている。

インターネットが普及して30年近くがたつ2024年になってなお、マスメディアとネット(SNS)が対立する、と考えている。それこそが、世論に対する「マスメディアの敗北」にほかならない。世論をとらえられず、いまだにネット(SNS)を見下している。それこそが「マスメディアの敗北」ではないか。

だから県民による斎藤氏への支持の背景を、どのマスメディアも解き明かせていない。どの新聞を読んでも、どのテレビ番組を見ても、なぜ、この2カ月で、民意が大きく動いたのか、わからない。

いや、そもそも、2カ月前ですら、兵庫県の人たちは斎藤氏を支持していたのかもしれないのだが、マスメディアは検証も分析もしてくれない。

それこそが「マスメディアの敗北」なのである。

記者会見にずらりと並ぶカメラ
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

■何が兵庫県民を動かしたのか

そして、この意味での「マスメディアの敗北」が、兵庫県民を斎藤氏支持へと、大きく駆り立てたのではないか。

いわゆる「内部告発文書」の発覚以降、半年近くにわたって、特に関西の新聞とテレビ番組は、斎藤氏を糾弾してきた。斎藤氏の「パワハラ疑惑」を大きく取り上げ、彼の姿勢を強く非難してきた。

もちろん、権力の監視はマスメディアの重要な役割だとされている以上、適切な批判は必要だろう。実際、斎藤氏は、当選から一夜明けた11月18日の記者会見で「私自身はメディアの皆さんとはこれまで通り、しっかり、もちろん県政の内容を発信していただける大切な連携しなきゃいけない皆さんですから、これからも一緒になってやっていきたいなと思っています」と発言している。

こうした斎藤氏のスタンスに比べて、マスメディアは、どうか。

斎藤氏の街頭演説に、この2カ月の間に、徐々に聴衆が増えていく様子を目の当たりにしていたはずなのに、その要因を「SNSの勝利」としか受け止められないのは、なぜなのか。その姿勢こそ、つまり、彼を見ていない、見ようとしていない態度こそ、兵庫県民を動かしたのではないか。

■支持の拡大は、単なる「判官びいき」ではない

斎藤氏が支持を拡大した土壌は、弱かったころから阪神タイガースを応援し続けている風土と通じるのではないか。

兵庫県民には阪神ファンが多い。その気質とされる「判官びいき」が根付いているから、斎藤氏の味方をした、と(だけ)言いたいわけではない。そうではなく、斎藤氏が、関西の、というよりも、大阪のマスメディアにいじめられているように兵庫県民に映ったから、これだけの盛り返しを見せた、と考えているのである。

阪神甲子園球場
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

メディア論で言われる「アンダードッグ効果」=負け犬になりそうな候補者を応援したくなる有権者心理、で片付けられるものではない。もっと構造的なものだろう。

私は先に「関西の新聞とテレビ番組」と書いたが、そのほとんどは大阪でつくられている。大阪府は、兵庫県と比べて、経済の規模は大きく上回り、文化の面では関西の中心である。他方で、その面積は1:4の開きがある。兵庫県は、その広さゆえに、本来なら、多様な文化や風土をきめ細かく報じられてしかるべきなのに、大阪目線のマスメディアは、それをすくい取れていない。

■「在阪メディア」という巨大な権力

こうした、兵庫県の広さと多様性をカバーできないマスメディアは、斎藤氏批判で染め上げられ、それを目にする県民は、ますます斎藤氏への同情=「斎藤さん、かわいそう」を膨らませたのではないか。

大阪発のマスメディアから斎藤氏がいじめられているように映ったし、そればかりか、地元紙の神戸新聞や、地元テレビ局のサンテレビは、その尻馬に乗っているように見えた。

大阪という巨大な権力から、自分たちが3年前の知事選で支持した人物をないがしろにされている。この構造そのものに、県民は同情にとどまらず、怒りを抱いたのではないか。斎藤氏に向けられ(かけ)ていた怒りは、大阪目線のマスメディアや、対立候補へと矛先を変えたのである。

こうした民意の変化が今回の斎藤氏を完勝に導いたのだとしたら、「マスメディアの敗北」から立ち直る道は、ほとんど見えない。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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