「高齢者が積極的に運転免許を返納する必要はない」…意外と知られていない"高齢のドライバー"をめぐる現実
プレジデントオンライン / 2024年11月28日 10時15分
■運転免許の自主返納を推進すべき科学的根拠はあるのか
2019年の当時87歳のドライバーによるいわゆる「池袋暴走事故」をきっかけに、高齢者による交通事故が社会問題化し、近年では高齢者の運転免許を自主返納すべきだ、という風潮が強まっている。
しかし、地方ではクルマに乗れなければ生活利便性が著しく低下する地域も多く、自主返納をためらっている高齢者も多い。
実は、高齢者の交通事故や運転能力に対する研究は進んでおり、認知症の高齢者に対する免許取り消しの制度なども整備されているため、高齢者が積極的に運転免許を自主返納する必要はないことが分かっている。
参議院の委員会等における議案審査など広く議員活動全般を調査面で補佐するために設置された参議院調査室が、参議院議員向けに発行している「経済のプリズム」という調査情報誌がある。そのNo187(2020年5月発行)には「高齢者の運転は危険なのか(執筆者:星正彦)」という報告が掲載されており、「高齢ドライバーの運転が他の年齢層に比べて特段危険だというわけではない」とされている。
■「衝突相手の死傷リスクは他の年齢層と同等」という研究結果
筑波大学が2023年10月に発表した「高齢運転者が事故を起こすリスクは若年者よりも低い」(研究代表者:市川政雄教授)でも、「死亡事故においては、運転者が高齢であるほど、単独事故により運転者自身が犠牲になることが多く、歩行者や自転車が犠牲になることが少ないことが分かりました」「高齢運転者は自身の事故で自らが犠牲になる場合が多いものの、事故リスクは若年運転者と比べ低く、衝突相手の死傷リスクは他の年齢層と同等であることが示唆されました」と指摘されている。
つまり、高齢者が自動車を運転することに特段大きな社会的リスクがあるとは言えず、高齢者の免許返納を積極的に推進する理由があるとは言えない、ということなのだ。
国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが運営している運転寿命延伸プロジェクト・コンソーシアムのホームページには、「単に高齢というのみで運転を中止すると、生活の自立を阻害したり、うつなどの疾病発症のリスクを高め、寿命の短縮にもつながることが多くの研究で確認されています」「運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になる危険性が約8倍に上昇する」「運転をしていた高齢者は運転をしていなかった高齢者に対して、認知症のリスクが約4割減少する」と記載されている。
■自主返納されなくても、運転リスクを抑制する枠組みがある
現在、71歳以上の免許有効期間は70歳以下より短く、70歳以上で運転免許を更新する際には、60分の実車を含む「高齢者講習」を受講することが更新の条件となっている。
2020年の道路交通法改正では、高齢者の運転免許更新制度が大きく変更された。75歳以上の場合、「高齢者講習」に加え「認知機能検査」で認知症のおそれがないことが確認されなければ免許更新ができず、更新前の3年間に一定の違反歴がある場合には「運転技能検査」に合格しなければ免許更新ができなくなったのだ。
さらに75歳以上の免許保有者が、信号無視や指定場所一時不停止等の違反を犯した場合には、「臨時認知機能検査」を受けることになっている。そこで認知機能の低下が見られた場合には、専門医による臨時適性検査の受検または医師の診断書の提出が必要となり、認知症と診断された場合には免許証の取り消し・停止が行われることになっている。
つまり免許の自主返納が行われなくても、認知症等による運転のリスクを抑制するための枠組みがかなりしっかりと整備されているのだ。
■東京は極端な「電車社会」である
筆者が企画、設計、分析を行っている「いい部屋ネット 街の住みここちランキング」の個票データから都道府県別の日常の交通手段を集計してみると、大きな違いがあることが分かる。
日常使っている交通機関がクルマである比率が70%を超えるのは、群馬県、福井県、富山県、山梨県、長野県、鳥取県、徳島県など15県あり、逆に50%以下なのは、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、京都府、大阪府、兵庫県の7都府県のみとなっている。特に、東京都は16.3%と極端に低い。
日常使っている交通機関が鉄道である比率を見ると、30%を超えるのは埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県の8都府県のみで、10%以下なのは、青森県(1.4%)、山形県(1.5%)、鳥取県(1.3%)、徳島県(0.9%)、高知県(1.3%)など33県と多い。
大雑把に言えば、クルマと電車が半々くらいの首都圏、近畿圏と、電車をほとんど使わないその他地域に分かれているということだが、札幌市、仙台市、名古屋市、広島市、福岡市という政令市は鉄道利用率がやや上がる。
■クルマ社会は飲みに行かず、電車社会はよく飲みに行く
こうした日常使っている交通機関の違いは生活スタイルに大きな違いをもたらす。
クルマで移動する生活では、商店街よりもロードサイドの量販店や、イオンなどの大型のショッピングモールに行くことが多いが、電車中心の生活では駅近くの商店街やターミナル駅周辺の繁華街に行くことが多くなる。
そして、最も違うのが飲みに行くかどうかの違いだ。
図表1は「いい部屋ネット 街の住みここちランキング」の個票データを使った市区町村別の「日常の交通手段にクルマを使っている率」と「よく飲みに行く率」の散布図で、東京23区とそれ以外の地域で全く違う傾向を示していることが分かる。
首都圏、特に東京23区では電車通勤が多く、飲みに行くからといって通勤手段を変える必要もなければ、家族との調整もあまり必要にはならない。そのため、予定していなくても、「ちょっと一杯やって帰ろうか」ということがよくある。
一方、地方でクルマ通勤の場合には、そういうわけにはいかない。クルマ通勤で飲みに行く場合は、事前に日程を決め、家族に送迎を頼んだり、代行の予約なども考えて、計画する必要がある。予定していない「ちょっと一杯やって帰ろうか」ということはほとんどない。
大都市中心部と郊外、地方では暮らし方自体が全く違うのだ。
※詳しくは宗健(2022)「テクノロジーを地域の暮らしに溶け込ませるために」人工知能学会誌,Vol.37 No.4(2022年7月1日)参照
■地方の駅周辺と中心市街地の衰退は止められない
都会で生まれ育った人には想像できないだろうが、地方ではどこにでもクルマで行くから駅にはほとんど行かないし、中心市街地にもあまり行かない。
そのため、駅からとても歩けないような場所に、家を建てたり、アパートがあったりするのは当たり前でなんら不自然なことではない。
たまに、地方の寂れた商店街を再生しよう、とか田んぼの真ん中にアパートを建てたりするのをけしからん、といった意見を聞くこともあるが、それは都会と地方のライフスタイルの違いを理解していないだけのことだ。
だから、地方では駅周辺と中心市街地が寂れるのを止めることは難しいのは自明だ。
そして、クルマでいつでも自由にどこにでも行ける(ただしアルコールは飲めない)、という暮らしは、慣れてしまえば、案外快適なのだ。
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麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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