早大卒、一流企業勤務の30代男性が「転職地獄」に陥った理由…公認心理師が「1日に3つ」ノートに書かせた内容
プレジデントオンライン / 2024年11月27日 9時15分
■カウンセリングに訪れた「30代エリート男性」
私のカウンセリングルームを訪れるクライアントさんの多くが、「会社がつらい」「やめたい」という悩みを抱えています。いわゆるブラック企業のこともありますが、誰もが名前を知る大手企業であることも非常に多いです。
30代男性Aさんがカウンセリングに訪れたのは、3社目に転職したばかりのときでした。Aさんは早稲田大学卒業後、大手旅行代理店に就職。希望していた業界で職場の人間関係もよく、不満を感じることはなかったといいます。
「30代になって2人の部下ができてからは一生懸命指導しました。部下たちは、悩みも相談もしてくれて、彼らの成長が自分の喜びになっていきました。でも20代の頃に比べて自分自身は成長できていない、このままでいいのかと不安を感じるようになったんです」
■異業種の大手企業から届いた「スカウト」
活躍している同年代と比べて劣っているのではないか。Aさんは、そんな焦りから自分の市場価値を知りたいと考え、転職サイトに登録。それがきっかけで異業種の大手企業からスカウトを受けたといいます。
「給与などの条件もよく、業種はまったく違うものの前職のキャリアを活かせる仕事内容でした。大学の同級生がその会社にいた安心感も大きかったですし、スカウトの方や先方の採用担当者の熱意にもほだされて転職を決意したんです。コロナ禍に旅行業界の不安定さを痛感したこともあって、リスクの少ない業界だったことにも背中を押されました」
退職を告げると会社からは強く引き止められ、上司からは「もし転職先でうまくいかなかったら戻ってこい」という言葉までもらったそうです。
「かわいがっていた部下たちが気がかりではありましたが、成長を感じられる環境で仕事したいという気持ちのほうが強かったです」(Aさん)
ところが半年もたたないうちにAさんは転職を後悔するようになります。
■年収アップでも満足できなかったワケ
Aさんは自身の心境の変化について、次のように話してくれました。
「社内の方針変更などもあり、入社前に聞いていなかった業務の比重が大きくなってしまいました。前職の経験を活かして活躍してほしいという話でしたが、正直、物足りなかったですね」
年収もアップしたため、それに見合う働きをしていないという思いもあったそうです。また、社風の違いも大きく「自分に見る目がなかった」「転職先の不満を言ってしまうのが情けない」と自身を責める気持ちが強くなっていきました。
結局、後悔と不安で不眠などの症状も出始め、1年足らずで再び転職。それが3社目となる現在の勤務先です。今度も大手企業ですが、結局、1社目の満足度を超えることはないといいます。
「今の会社は社会貢献意識も低く、最近は何のために働いているのかわからなくなってきました。以前のようにまわりから信頼されて、会社や社会に貢献できる自分になりたいです」
■公認心理師がAさんに伝えたこと
カウンセリングではクライアントさんの思いや要望を聞き、信頼関係が構築できるまでは、私自身の意見などを伝えることはあまりしません。カウンセリングの回数を重ねてからAさんに伝えたのは「もっと自分のやりたいことを大切にしたほうがいいですよ」ということでした。
なぜなら、Aさんは「~の役に立ちたい」「(相手に)喜んでほしい」「やりたくないけれど、自分ががんばらなくては」など、自分よりも相手のためにという思考が非常に強かったからです。仕事などに悩むクライアントさんには、このように他者を優先する人が少なくありません。それは悪いことではありませんが、自分に対する思いやり(セルフコンパッション)が足りないと、心を疲弊させてしまいます。
例えばAさんは2社目に転職後、「旅行代理店に戻りたい」という気持ちに従うことも可能な状況でした。でも、一度決めたことを撤回するなんて迷惑がかかる、上司に動いてもらうのは申し訳ない、一度やめた人が戻ったらどう思われるか……など、自分の気持ちよりも相手の負担や人目を優先してしまいました。Aさんは思い悩む自分を嫌悪していますが、悩まない人というのはある意味、他者よりも自分の気持ちに正直に行動しているともいえます。
■「穏やかな気持ち」は、まわりの人にも伝染する
仕事で悩むクライアントさんには「まず、自分のやりたいことを大切にした上で、やらなければいけないこと、社会貢献の3つでバランスをとりましょう」と伝えています。これは心理学とインド哲学などの学びを私が独自にアレンジした考え方です。
自分が穏やかな気持ちでいると、その感情状態は「ミラーニューロン」(神経細胞)を通じて周囲の人々にも伝わりやすくなり、他者の感情も穏やかになる可能性が高まります。逆に怒りや苛立ちの感情を抱いていると、周囲の人も模倣しやすくなります。また、ある人の感情や態度が無意識に他の人に伝わり、周囲の人々も同じような感情を共有する「感情伝染」という現象もあります。
社会貢献というと特別なことに思えますが、このように自分が変わるだけで関わっている社会をよくできると知ることも大切だといえます。
■「ポジティブシンキング」の危険な側面
また、「最終的に自分はどうなりたいか」カウンセリングの目標を聞きます。Aさんは「くよくよ悩むことが多いので、ポジティブ思考になりたい」とおっしゃいました。これはポジティブシンキングと呼ばれるものです。
一見、前向きですばらしい目標に思えますし、実際に同様の目標を持つクライアントさんもたくさんいます。でも、実はこれこそがAさんを苦しめている原因なのです。なぜなら、「ポジティブでありたい」と願うポジティブシンキングは、ネガティブな自分を否定する自己卑下につながるからです。
大切なのは、失敗や困難に対して「ネガティブになることは誰にでもある普遍的なものである」と知ること。そして、いつでもポジティブでいることを目指すのではなく、ネガティブもあっていいと許容することです。逆説的ですが「ネガティブはダメだ!」と追い出すのではなく受け入れると、心に余裕が生まれ自然に前向きになれるのです。自信をもつことができるのは、マイナスに思える部分も含めた自分を受け入れる「自己受容」ができた時だからです。
Aさんは前職への未練を取り除けないからうまくいかない、ネガティブな自分でなくなれば元気になれると考えています。しかし、「これがなくなれば」と思えば思うほど、そこに意識がいってしまい、思考は大きくなっていきます。
ポジティブシンキングはよい思考のように思われがちですが、ネガティブな自分へのダメ出しが元になっているのなら、とても危険だと思います。
こうしたダメ出しは、理想と実際の自分とのギャップが元になっていることが多いですが、その理想像は心から望んでいる姿なのか。親などの影響で作られたものではないか考えてみることも大切です。
心が疲弊してカウンセリングに訪れるクライアントさんの中には、若い時は高い理想に近づくためにがんばれていたが、年齢を重ねて無理が出てしまう人が少なくありません。
■「風が気持ちよかった」でOK
カウンセリングではクライアントさんにさまざまな「宿題」を出します。ポジティブでならなければいけない、成長していなければいけないという思い込みによって不安を感じているAさんへの宿題は「1日の中で3つ、よかったことを探して書く」というもの。意識の向きやすい「自分に足りないもの」ではなく、「今あるもの、持っているもの」に目を向けることで心を安定させるワークです。よかった出来事だけでなく、なぜよかったのか、その理由も書いてもらいます。
最初は「よかったことなんてひとつもない」というクライアントさんが多いですが、五感を使って「心地よさ」にフォーカスすると見つかりやすいとアドバイスします。「散歩していたら風が気持ちよかった(理由は散歩に行くという行動に移せたし、五感を使って気持ちよさに気づけたから)」「いただいたお菓子がおいしかった(理由はくださった方の優しい心遣いに幸せを感じたから)」といった具合です。Aさんも1カ月ほどで「よかったことって、意外にたくさんあるんですね」と話していました。
■米国心理学の権威が行った実験の結果
2005年に米国の心理学者、マーティン・セリグマン博士が行った研究では、このワークを就寝前に1週間続けて行ったところ、幸福度の上昇と抑鬱状態の改善が見られたことが報告されています。しかも、その状態は6カ月間続いたそうです。セリグマン博士は、心理学の目的を「病気を治す」視点から「人々がどのようにすればよりよい人生を送れるか?」という視点に転換し、ポジティブ心理学を創設。その発展に寄与した人物です。
Aさんもそうですが、クライアントさんは「自分だけがネガティブだ」という思考に陥りがちです。でも、気持ちをうまく切り替えられる人は、そもそもカウンセリングには来ません。「人間は危険を察知するための防衛本能として、今この瞬間よりも過去の嫌なことや未来の不安にフォーカスしやすい。落ち込むのもネガティブなのもあなただけではない」と伝えると、安心する人は多いです。だからこそ五感を使って、今ここに意識を集中するマインドフルネスが大切なのだと伝えています。
■来客にお茶を入れることで、何が得られるのか
また、転職をくり返しても満足できないAさんに対して行ったのが、自分の内面にある本当の価値観を知るワークです。例えば会社で来客にお茶を入れる役割をバカらしいと感じている人に対して、「そのことで何を得られるのか」と深掘りしていきます。すると「社内の人がほっとできる時間を作っている。それを見て自分もほっとできる」といった、それまでは気づかなかった答えが出てきます。
価値観は何気ない行動にも関係しているので、「今、持っているバッグは、なぜ持っているのか。それを持つことで何を得られるのか」といった簡単な問いでもよいでしょう。実際、このワークで自分は何を幸せと感じるのかが出てきて、ハッとするクライアントさんは非常に多いです。
内面にある価値観を知るワークは「1日の中で3つ、よかったことを探して書く」ワーク同様、今やっていることに満足感を得ること、そして自分の内面を整えることにつながっていきます。特にAさんは「人のために」という気持ちが強かったので、自分がやっていること自体を楽しむ気持ちや、内部からわき起こるモチベーションを見つけることにもつながりました。
その後、少しずつ気持ちが安定していったAさん。「ずっと人に認められたいという承認欲求が強かったことに気づきました。本当に自分がやりたいこと、好きなことはなんだろうと考えるようになりましたし、自己肯定感も少し高くなった気がします」と話していました。
現在の会社で仕事を続けていくのか、それとも4社目に転職するのかはまだ決めていないそうです。先述したワークなどを通して、そこで働くことは自分の内面にどのような満足感を得られるのか、どうしたら自分が喜ぶのか、楽しいのか、ぜひ考えてみてくださいと伝えてカウンセリングは終了しました。
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公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。
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(公認心理師 柳川 由美子)
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