「斎藤元彦氏の圧勝」は選挙制度の"欠陥"である…「2人に1人が投票所にたどり着けない」高齢世代の深刻な格差
プレジデントオンライン / 2024年11月21日 15時15分
■今の日本は「シルバー民主主義」なのか?
総選挙が終わって1カ月がたった。自公連立政権は過半数を割り込み、かわりに少数野党のなかには、大幅に議席を伸ばした政党もあった。とくに、先月〈玉木雄一郎代表の「尊厳死の法制化」発言に恐怖で震えた…現場医師が訴える「終末期の患者は管だらけ」の大誤解〉で取り上げた、高齢者と現役世代との世代間対立を煽(あお)った国民民主党は、その思惑どおり若者や現役世代の支持を集めて大躍進となった。
世代間対立と選挙について考えていると、ふと「シルバー民主主義」という言葉が頭に浮かぶ。これは「少子高齢化によって、政治家が高齢者の意向を忖度し、高齢者の利益を優先する高齢者優遇の政治をおこなうようになること」を指すようだ。
選挙権がありながらも投票所に足を運ばない若者たちが多い一方で、高齢者はしっかり投票所に行ってその権利を行使する。それゆえ民意の多くを占める高齢者の意向に沿った「高齢者優遇政策」が、ときの政権によっておこなわれやすいというロジックだが、これは今の日本に実在しているといえるのだろうか。
そもそも高齢者の投票率は高いのだろうか。高齢者の民意は本当に反映されているのだろうか。そう疑問に思ったのは、ごく身近な事例を今回の総選挙で経験したからに他ならない。
それはまたしても、私の両親の事例だ。
■政治への関心が高い親が「棄権」を選んだ
これまで記事にも拙著にも何度となく登場させてきた91歳になる2人だが、このほどの総選挙で生まれて初めて「棄権」したのである。
父は、心肺機能には問題はないものの軽度の腎機能障害がある。短期記憶障害もあることから、同じことを何度も尋ねることが増えてはいるが、ニュースは理解できるし言語コミュニケーションは良好だ。ただ、下肢の筋力低下が著しく、室内では伝い歩きがやっと。数メートル離れたゴミ集積所に行くのも今や困難となってしまっている。
母は、もともと間質性肺炎を患っており歩行での息切れはあったものの、今夏の入院前までは車で買い物にも行けていた。だが入院を契機に呼吸状態が不安定となり在宅酸素療法を開始。移動手段としていた車も手放した。室内でも動くと息が切れ、ふとした拍子に咳が出始めると止まらなくなる。退院してからの4カ月ですっかりサルコペニアが進行し、以後一歩も外には出られない状態だ。
だが認知機能に問題はなく、新聞もよく読むし、テレビの政治討論を見ては政権与党の失政に憤るとともにわが国の未来を憂い、私がFacebookに書き込む政治ネタにも逐一コメントしてくるくらい、時事・政治問題への関心は高い。
■そもそも車がないと投票所まで行けない
そんな要介護3、そして2の両親に「衆院選、投票所にはどうやって行くつもりか?」と私から声をかけたのは、石破茂首相が前代未聞の解散総選挙に打って出ると表明した数日後だったと記憶している。彼らの住む地域の投票所は、とてもこの2人が独力で移動できる距離にはないからである。
話を進める前に、母が今夏の入院前まで車で買い物に行っていたとの事実に驚かれた方もいるだろう。「お前は医者なのに、90歳超の高齢者に運転させていたのか」と批判されるかもしれない。
昨今、ニュースで高齢ドライバーの事故が大きく取り上げられることはもちろん私も承知している。母の運転する車に同乗してもなんらその技能に問題は感じなかったが、そうした世の中の雰囲気に流され、私も何度となく母にそろそろ運転は止めてはどうかと意見してきた。ときには口論にもなった。
一方、高齢者から車を取り上げることは、移動手段を奪うことになるという事実についても、当事者を取り巻く者たちは自覚せねばならない。運転を止めさせるからには、移動にかかる代替手段を提示し用意する必要があるのだ。
■移動の支援+現地での支援も必要に
だが「高齢ドライバーは危険」という報道において、高齢者から移動手段を奪うこと、それが高齢者を自宅に引きこもらせること、それが要介護者を増やす結果を導きかねないこと、そしてその対策にまで言及されたのを、私は寡聞にして知らない。
今回、母が運転を断念したのは、認知機能や運転技能が入院生活によって著しく低下したことが原因ではない。かりに車を運転してスーパーに行くことができても、その目的地で買い物をすることが、呼吸機能的にも下肢筋力的にもきわめて困難となったことを、自身で自覚したからである。
つまり、なんらかの移動手段で目的地に到達できても、その現場での移動に困難をかかえている人には、さらなる支援が必要ということなのである。
それは移動に困難をかかえている当事者こそが、もっとも自覚しているといえよう。じっさい私の問いに両親は「生まれて初めての棄権」を選んだ。いや、投票所に出向いて投票することを「断念」したのである。
当然私も、タクシーで投票所まで一緒に行き、そこから歩行が困難であれば車椅子を借りれば投票は可能ではないか、と何度も提案してみた。両親も今回の総選挙がいつにも増して重要なものであることは、私からあえて言うまでもなく理解している。その選挙区には「どうしても落選させたい候補者」もいた。
■郵便投票もできなければ、投票所にも行けない
だが2人の意思は変わらなかった。いわゆる「寝たきり」ではないものの、なにしろ「動くことがしんどい」というのである。こうした高齢者はけっしてこの2人にかぎったことではないはずだ。そしてこのような人たちは、選挙の際にいかなる投票行動をとっているのであろうか。
2017年に総務省がまとめた報告書がある。2015年度に要介護認定を受けた人のうち要介護4の96%、要介護3の80%が寝たきりやそれに近い状態であったという。
現在、郵便投票をするには「身体障害者手帳」か「戦傷病者手帳」を持っている人のうち移動機能障害1級または2級など障害の程度が重い人や、要介護5という条件を満たす必要があるが、つまりこの条件を満たさなくとも投票所に行くことがきわめて困難な人たちが、数多く存在するということだ。
総務省は報告書で、これら要介護4と3の人にも郵便投票ができるよう対象を広げることが適当とし、電子投票などそのほかの手段の選択肢を広げることにも言及しているが、条件緩和や選択肢拡大の議論は、遅々として国会では進んでいないのが現状である。
■SNSの扇動が大きな影響を与えた兵庫県知事選
もちろんこれらの「投票難民」は高齢者にかぎったものではない。しかし総務省がまとめた2017年の衆院選の全国投票率は、20代前半の30.74%から年齢層が上がるごとに上昇し、70代前半が74.16%と最高に。それが、70代後半になると70.26%にやや低下し、80代以上は46.83%に急落してしまうとのことである。
80代以上になると急速に政治から興味がなくなるとは考えられないゆえ、少なくない高齢者が、投票する意思を持ちながら投票所に到達できないという状況が放置されたままであるという事実は、これらのデータが裏づけていると言ってよかろう。
すべての有権者に公平であるべき選挙権、投票の機会が事実上制約されているこの状況は、民主主義、基本的人権の保障の根幹にかかわる問題である。しかもこの制約の影響をもっとも受けやすいのは、社会的・経済的・身体的にもハンディキャップのある高齢者や難病・障がいをかかえる人たちであり、これは政治がもっとも耳を傾け、声を聞くべき人たちとも言えるだろう。投票にかかる移動支援はもちろんのこと、郵便投票の条件緩和と投票手段の多様化は喫緊だ。
先日の兵庫県知事選挙では、SNSやネットでの扇動が投票結果に大きな影響をおよぼすこととなった。そしてこれらの扇動に乗っかったのは若年層が中心とされる。じっさい共同通信社が実施した出口調査を年代別に見ると、斎藤元彦氏は60代以下の全年代で他の候補を上回ったという。
■「ネット型選挙」を前に、高齢者はなす術もない
もちろん80代以上の人でも、90歳を超えた私の母のように、ネットやSNSを駆使するように今やなってきたが、そんなご時世でも、これらによる扇動がもたらす「劇場型選挙」の中心に位置する有権者は、やはり60代以下といえるだろう。
こういう「ネット扇動型選挙」の際に、ネットによる影響や扇動を受けにくい年代の有権者の民意が、自らの意思ではなく、行政の不作為による投票機会の制約という形で封印されている現状は、あまりにも歪んだ民主国家の姿とは言えまいか。
そもそも現在の日本で高齢者優遇政策がおこなわれていると言えるだろうか。じっさいには、高齢者の医療費自己負担割合が引き上げられ、介護保険制度も改悪され、高齢者の貧困率は増加傾向、生活保護捕捉率も低く抑えられ……けっして高齢者優遇政策などおこなわれているとは言えない現状ではないのか。
その状況にもかかわらず、『楢山節考』や『PLAN 75』といった映画を彷彿とさせる“姥捨山政策”を打ち出す政党が大躍進。「シルバー民主主義」など現実には存在していないと言わざるを得ないだろう。
もちろん現役世代や若者に余裕があるなどと言うつもりもない。高齢者にも現役世代にも若者にも、生活苦に喘いでいる人たちがいるという現実を見ることなく、世代間対立という一見同調してしまいやすい言説に乗せられてはいけないということを、私は述べたいだけである。熱狂や扇動に踊らされ、真の“敵”を見誤ってはいけないのだ。
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医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
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(医師 木村 知)
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