夫の長生きで高齢主婦の家事負担が終わらない地獄…元気なうちは全然わからない80代以降の家事の現実
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 17時15分
※本稿は、春日キスヨ『長寿期リスク 「元気高齢者」の未来』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■老いても「妻に介護してもらえる」と信じて疑わない夫たち
ケア役割を妻が担う「性別役割分担」で生きてきた夫婦が圧倒的に多い、現在の超高齢世代の場合、夫が先に弱っても、妻が元気であれば、従来通りの生活を維持することも可能だろう。男性のなかには、「要介護になったら妻に介護してもらえる」と信じて疑わない人も多いくらいだ。
しかし、妻が夫より先に弱り、家事能力、ケア能力に支障をきたすようになった場合、どうなるか。自分ひとりの食事をつくるだけでも大変だが、夫婦2人分となると、もっと大変である。
妻が衰え弱っていくなか、そうした役割を、夫婦のどちらが、どのような形で、どの時点まで、担い続けるのか。その力を妻がいよいよ失ったとき、離れて住む子どもや支援機関に夫婦のどちらが支援を求めるのか。
どちらにもその力がなくなったとき、誰が夫婦を支援につなぐのか。それは要介護・要支援認定を申請し要介護認定を受け、「老老介護世帯」という社会的認知を受ける以前の、超高齢夫婦の生活問題だといえよう。
■「老老介護」で夫が妻の世話をする場合、どうなるのか
しかし、現在まだ70代で、「元気だから大丈夫」「夫婦そろっているから大丈夫」と、親も子も、そして世間も思っているうちに、「最期まで自宅で暮らす」ことを望む人も多い団塊世代が、あっという間に超高齢期に達してしまう。
だとすると、在宅ひとり暮らしが増大する問題と同様、こうした超高齢期在宅夫婦2人暮らしの増大も、もっと関心を持たれてもいいのではないか。
そこで、こうした問題をさらに考えるために、生活維持に関わる食事づくりや家事、外部との関係づくりといった女性のケア能力は、加齢とともに超高齢期にどう変化していくのか。それに応じて夫婦の役割関係は組み直されるのか、されないのか。組み直されない場合、どのような事態になっていくのか。これらについて、ひとり暮らし女性の場合と比較し考えながら見ていこう。
■一家の主婦として家族を支えてきた妻の役割はいつまで?
生きるために必要な毎日の食事づくりや家事、外部との関係を維持する営みを、超高齢期のひとり暮らしの人が、自分ひとりのために続けることだけでも大変だが、夫婦2人暮らしの場合、自分の分だけでなく、夫の分までもがある。
私が話を聞いたひとりの女性支援者は、次のように語っていた。
「妻として母として生きてこられた女性の場合、家事を担い、ご主人や子ども、家族がうまくいくようにといろいろな気遣いをし、みんなのケアをする立ち位置でやってこられて。みんなから頼られているといえば頼られているのだけど、その頼られていることをいつまで続けるのか……というのは、問題ですよね。
その辺のところが、大変ですねえ。こんな人は一生、どんな立ち位置になっても、ずっとずっと自分は殺しておいて、人のためにばっかり、生きなきゃいけないのか。そう思うことがあります」
■一世代前までは、妻より先に亡くなる男性が多かった
だが、この女性支援者が語るような、超高齢期の女性が夫や子どもなど、他の家族員のためのケア役割を担い続ける暮らしが、昔からあったわけではない。
なぜなら、いまの高齢者の親世代までは、平均寿命も短く、妻より先に亡くなる男性が多かったからだ。
それに、かつては子ども家族との同居が一般的で、高齢になると、子世代の女性(多くの場合、息子の妻=「嫁」)に食事づくりを委(ゆだ)ねることが可能な人の方が多かった。
戦前の「家」制度のもとでは、息子が跡継ぎとして「家」を相続するのと同様に、嫁(息子の妻)に「しゃもじ渡し」「ヘラ渡し」という形で、それまで姑(しゅうとめ)(息子の母親)が担ってきた家事の一切を、譲り渡す民俗慣行が広く見られたという。
また、家族のための食事づくりには、普段(「ケ(褻)」の日)の食事以外に、盆や正月、家族の年中行事など非日常(「ハレ(晴)」の日)の食事づくりがあるが、それも、同居する息子の妻が「嫁」扱いされる旧弊が残っていた1980年頃までは、「嫁」が担う家も多かった。
それが、親子が別々に暮らす慣行が一般化するなか、子どもたちが実家に里帰りして「母親の手料理」を食べる形に変わっていったのだ。
■歴史上、高齢女性が倒れるまで食事をつくり続けた先例はない
こうして見ると、80歳を過ぎた女性たちが、日常(「ケ」の日)の食事も、「ハレ」の日の食事もつくり続けるという現象は、「専業主婦」として多くの女性が生きることが可能になった現在の高齢世代になって初めて見られるようになったものにすぎない。
そういう意味では、現在の高齢女性が経験している食事づくりの困難は、歴史上初めてのもので、この先起こる事態は、他の国に先駆けて長寿化が進んだ日本での「人類未踏」の事態だといえないだろうか。
そうしたなか、超高齢夫婦二人暮らしが、今後さらに大量に増えていった場合、女性たちは倒れるまで食事をつくり続けるのだろうか。それとも、老いが進むなか、夫婦で協力し合い、力を合わせていくのか。そしてそれができない場合には、誰がその食事づくりを担うのだろうか。
現在でさえ、深刻なヘルパー不足の状況だといわれるのに、十数年後、ヘルパーは確保できるのだろうか。
■超高齢化によるシニアライフの持続可能性を直視する必要
「おまえ、百までわしゃ九十九まで、ともに白髪の生えるまで」という昔の唄がある。歌詞を読むと、おまえは夫を指し、わしは妻を指すとのことで、女性の側が夫に100歳まで生きてほしい、夫婦そろって長生きしたいと願う内容のようだ。
だが、子ども家族と同居し、子や孫に守られて暮らしたかつての時代ならともかく、現代の高齢女性は、夫婦2人の在宅暮らしを、100歳まで続けたいと願うのだろうか。
食事づくりをはじめ、命と健康に関わるケア役割は、生きている限り、毎日、誰かが担い続けねばならない。超高齢で在宅で暮らす人たちの生活で、そうした役割は、誰が、どう担っているのか。子どもや地域の人をはじめ一般の人は、そうしたことについてどう考えているのだろうか。
超高齢で在宅暮らしを続ける高齢者、その家族の話を聞いていくと、一般には70代前半までの高齢者のイメージのままで見られることが多いが、それと連なる面はあるものの、それとは異なる状況、超高齢ならではのリスクをはらむ事実も見えてきた。
そこで、「介護問題」として語られることが多い超高齢者の問題を、「生活問題」の視点、特に在宅生活を支える女性の、食事づくりをはじめとする家事能力の陰りに焦点を置いて見ていくことにしよう。
■75歳以上は「買い物に行くのも料理するのも面倒」に
親・子両世代が別々に暮らす家族が増えるなか、命と暮らしを守るための家事、なかでも食事づくりを、長寿期になっても自分たちでするしかないひとり暮らし、夫婦2人暮らしが増え続けている。
そして、加齢とともに、足腰もまだ丈夫で、車の運転もできた60代や70代前半までには考えてもみなかった食事づくりの困りごとが増えてくる。
70代半ば過ぎから80代半ばまでの女性たちの集まりで、「70代前半ぐらいまでの元気なときには考えてもみなかった、食事をつくるときの困りごとがありますか。それはどんなことですか」と聞いてみた。
「買い物に行っても、必要なものを買い忘れることがときどきある」
「食事をつくるのが面倒と感じるようになった」
「食品パック、飲料のふたを開けるのに苦労する」
「立ち続けるのがしんどくなって、途中で座って休むことがある」
「料理の味付けがうまくいかないなあと思うことがある」
「コンロの火の消し忘れが不安で、気になるようになった」
「調理中にやけどをしたことがある。こんなこと一度もなかったのに」
「火をうっかり消し忘れて鍋を焦がしたことがある」
「レンジから料理を出し忘れる」
■車の免許を返納し、「買い物難民」になってしまう高齢者たち
深刻さの度合いはそれぞれ違うが、たった10人ほどの集まりでも、これだけの困りごとが語られる。
「食事をつくる」とは、単に調理だけをすればいい、というものではない。80代にもなると、60~70代の高齢者に比べ、歩行能力や体力が大きく低下する。
車の免許証を返上した高齢者にとって、まず関門となるのは、食材調達のための「買い物」である。「買い物難民」といわれるように、地域によっては、馴染みの商店街や小規模スーパーが閉店し、遠くの大型スーパーまでどうやって行くかがひと苦労。
やっと店にたどり着いて商品を手に精算しようとレジに行けば、キャッシュレス対応でどうすればいいかわからず、右往左往。
無事購入できたとしても、調味料などの重い荷物をどうやって家まで運ぶか。自宅にたどり着くまでには坂道も階段もある。昨今は運転手不足で、タクシーも簡単にはつかまらない、などなど。買い物ひとつにも、いくつもの「面倒」が押し寄せる。
■台所で日々の食事を作る立ち仕事がしんどくなる
体力があって車を運転し、スマホ操作も難なくこなす若い人たちには、こうした高齢者の苦労など、想像もつかないことだろう。
「買い物なんか、生協やスーパーなどの宅配サービスを利用すればいい」。そう考える人がいるかもしれない。だが、そうしたとして、何を注文したかを忘れ、同じものを何度も注文してしまうこともある。
さらに届いた食材を調理し終えるまでが、またひと苦労。筋力が衰え、調理する短い間でさえ、腰の痛みや膝の痛みで立ち仕事がしんどくなる。手はこわばり、フライパンの重ささえ持てあます。火の消し忘れが怖く、揚げ物料理をするのが怖くなる。……などなど、ここでもさまざまな「面倒」が待ち受ける。
このような難題を抱えながら、80歳を過ぎ、90歳に至っても、食事づくりをはじめとする毎日の家事を担う暮らしの女性たちが多数いる、そうした事実を国の調査も報告している。
■80代前半までは買い物も料理も自力で頑張る人が多いが…
まず、「高齢者の健康に関する調査」(内閣府、2022年)で、「食品・日用品の買い物」に関する女性の回答を年齢別に見てみよう。
「食品・日用品の買い物」を「自分でしている」割合は、75~79歳で87.6%と、ほぼ9割を占める。それが、80~84歳では71.4%、85~89歳で37.4%、90~94歳で20.0%と、80歳を境に減少するが、とはいえ80代後半で4割弱、90代前半でも約2割の人が、自分で担い続けている。
さらに、「食事の用意」を「自分でしている」割合を見ると、その割合は「食品.日用品の買い物」よりも多く、75~79歳で89.6%、80~84歳で80.5%と、80代前半までは8割を超える人が担っている。
80代後半になると大きく減少するが、それでも85~89歳では49.6%で約5割、90~94歳では34.0%と約3割の人たちが、「食事の用意」を自分でしている。
■「調理の仕方がわからなくなる」という認知機能の低下も
また、国立健康・栄養研究所による高齢者を対象にした調査(「地域高齢者の食生活支援の質及び体制に関する調査研究事業」平成25年3月)は、80歳を境に「食事づくりの困りごと」の内容が、70代までと比べて変化する事実を報告する。
「料理で困っている内容」の選択肢として、「体力的に大変(無理)である」「調理の仕方がわからない」「献立を考えるのが大変(面倒)である」「レパートリーが少ない」「火を使うことに不安がある」を挙げ、「困りごとの有無」を質問するが、介護保険の利用に至っていない二次予防事業の対象者(*要支援・要介護状態となるおそれの高い状態にあると認められる65歳以上の人)の女性の回答結果から見てみよう。
「困っている内容」で、70代までの方が80歳以上より多いのは、「献立を考えるのが大変(面倒)である」「レパートリーが少ない」である。
それに対し、80歳以上で増えるのは、「体力的に大変(無理)である)」「調理の仕方がわからない」「火を使うことに不安がある」の3つである。
こうした背景には、体力と認知機能の低下が大きく進む80歳以上の長寿期高齢者人口の増大が大きく関わっている。
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社会学者
1943年熊本県生まれ。九州大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。京都精華大学教授、安田女子大学教授などを経て、2012年まで松山大学人文学部社会学科教授。専門は社会学(家族社会学、福祉社会学)。父子家庭、不登校、ひきこもり、障害者・高齢者介護の問題などについて、一貫して現場の支援者たちと協働するかたちで研究を続けてきた。著書に『百まで生きる覚悟 超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)、『介護とジェンダー 男が看とる 女が看とる』(家族社、1998年度山川菊栄賞受賞)、『介護問題の社会学』『家族の条件 豊かさのなかの孤独』(以上、岩波書店)、『父子家庭を生きる 男と親の間』(勁草書房)、『介護にんげん模様 少子高齢社会の「家族」を生きる』(朝日新聞社)、『変わる家族と介護』(講談社現代新書)、『長寿期リスク 「元気高齢者」の未来』(光文社新書)など多数。
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(社会学者 春日 キスヨ)
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