「靴下の重ね履き」に医学的な意味はない…「冷え症」に悩む人に産婦人科医が伝えている根拠のある3つの対策
プレジデントオンライン / 2024年11月29日 7時15分
■重ね履きを推奨する「冷えとりソックス」
さまざまな下着メーカーやソックスメーカーが商品化している「冷えとりソックス」または「冷えとり靴下」。インターネットで検索すると、驚くほどたくさんの商品が出てくるため、「本当に効果があるのかな」などと思ったことのある人も多いだろう。
冷えとりソックスとは、「冷え(毒素とも表現される)」を取り去ることで、足または全身の冷えを緩和して温めるとされている靴下のこと。多くは絹の5本指ソックス、綿の普通のソックスを4~5枚重ね履きすることが推奨されていて、セット売りされていることも多いのが特徴。靴下を何枚も重ね履きするため、ワンサイズ上の靴を用意する必要がある。けっこう大変だが、「冷え」をとる効果があるという科学的根拠はあるのだろうか。産婦人科医の宋美玄さんに聞いてみた。
「もちろん重ね履きをしてもいいのですが、とくに科学的根拠はないでしょう。足が冷たく感じられるなら温めたらいいのですが、温かい素材の厚手のソックスを履けばいいのであって、重ね履きをする必要はありません。絹はともかく、綿は通気性が悪いので足にかいた汗が蒸発せずムレたり、それが冷えると却って冷たく感じることもあり得ます」(宋美玄さん)
■「冷え性」は医学用語ではない
そもそも「冷え」というのはなんだろうか。じつは冷え性というのは医学用語ではない。単純に手足の先や体が冷えているように感じたり、そのせいで痛みを感じたりする体質、または状態を表す言葉として使われている。
とりわけ女性には、冷え性の人が多い。その理由は、男女ともに体質や感じ方に個人差はあるものの、一般的に女性は男性に比べて筋肉量が少ないからだという。
「私たちの体は、肝臓などの内臓や筋肉で熱を生み出し、その熱で温められた血液を全身にめぐらせているから温かいのです。そして脳の指令により、気温の高いときは末梢の血管を拡張させて熱が逃げやすいようにしたり、反対に気温が低いときは末梢の血管を収縮させて熱が奪われないようにしたりして、常に37℃程度の体温を維持しています」(宋さん)
そのため、季節やエアコンなどによって周囲の気温が下がると、特に手足の先などへ血流が行き渡りにくくなり、冷たく感じるようになってしまうのだ。
■人間は恒温動物、恒温動物の内臓は冷えない
こうして体が冷えると、寒かったり痛かったりして不快なだけでなく、なんとなく健康状態にまで不安を感じがちになる。それは昔から「冷えは万病のもと」「子宮が冷えると不妊症や婦人科系の病気になりやすい」「妊婦さんが冷えると難産になる」などといわれているから。けれども、こうした説にも根拠はない。
「おなかが痛くなったり、体調が悪くなったりするほど体を冷やすのは当然よくありませんが、ただちに健康上の重大な問題が生じることはないでしょう。それに冷えというのは中医学の考え方ですが、その教科書には冷えると不妊や難産、婦人科系の病気になるとは書かれていません」(宋さん)
しかも、たとえ手足の先が冷えていても、先に述べたように私たち人間は恒温動物なので、体の中にある内臓が冷えるということは考えにくい。とくに子宮は、体内の深い位置にあるため、冷えることはないという。では、月経痛がひどいときに温めるというのは効果があるのだろうか。
「月経痛がひどいときにお風呂に入ったり、カイロを貼ったり、腹巻きなどを使って温めたりすると痛みを感じにくくなり、緩和されたと感じることは多いでしょう。これは肩こりや腰痛、筋肉痛などでも同じだと思います」(宋さん)
■「冷えを解消しなければ健康になれない」という「呪い」
それでも人に「冷えている」「病気になりやすくなる」などと指摘されると、不安に感じる人も少なくないはずだ。実際、婦人科の診察室には、冬はもちろん、夏でさえ厚着をした妊婦さんがたくさん訪れるという。
「体を温めすぎている妊婦さんは本当に多いですね。下着を何枚も重ねて、腹巻きをして、カイロをたくさん貼って、タイツを履いて……それでご本人が快適ならいいのですが、暑くてのぼせるほど温めるのはよくありません。大体、妊娠中はむしろ血流量が増えるので冷えにくいはずです。冬はまだしも、夏は特に熱中症が心配になります」(宋さん)
産婦人科医である宋さんでさえ、自身の妊娠中に足首を出していたら「陣痛が弱くなるよ」と助産師さんに言われた経験があるという。妊婦さんに「体を温めるように」と伝える人がいかに多いかがよくわかるエピソードだ。
「冷えって、呪いのようなところがありますよね。冷えを解消しないと健康になれない、きれいになれない、太りやすくなる……などと脅すことで何らかの商品やサービスを買わせようとする企業さえあります。だから話半分に聞いたほうがいいでしょう」と宋さん。
■「自分が快適に感じる服装」を選べば問題ない
では、どのくらい温かい服装をすればいいのだろうか。それは簡単。「自分が快適に感じる服装を選べば問題ありません」と宋さん。気温が低くても、さほど寒く感じられなかったら厚着しなくても問題ない。足が冷たいと感じないのに、普段より分厚い靴下をはく必要はない。これは普段でも妊娠中でも同じことだ。
「なぜか他人に『そんな服装だと体が冷えるよ』などと指摘する人がいますが、寒いかどうか、体が冷えているかどうかは、他人ではなく自分が一番よくわかるはずです。だから、そんなことを言われても適当に聞き流せばいいと思います」(宋さん)
よく首、手首、足首を出していると温めたほうがいいと言われるが、これはどうしてか。「たぶん首や手首、足首には大きな血管が通っているので、冷えやすい部分だからですね。寒く感じるなら温めておくといいでしょう。でも寒くないのなら、やはりとくに温める必要はありません」(宋さん)
また冷えるからといって、タイトな下着や服を何枚も重ね着したり、きついタイツを履いたりなどして体を締め付けると、血流が悪くなることで、むしろより寒さを感じやすくなることもあるという。なるべく締め付けのない服装がよさそうだ。
■冷え性の改善には筋トレと温かい服、そして漢方薬が有用
一方、体が冷えて痛いほどになるという「冷え性」に悩まされている場合は、どうしたらいいのだろう。よく冷えの改善には運動がいいといわれるが、何をすると効果的なのか。
「腹筋運動や背筋運動、スクワットなどの筋トレをするといいと思います。あまりハードな運動ができないようならウォーキングなどの有酸素運動でも構いません。筋肉量が増えれば、体内で熱が発生しやすくなるためです」(宋さん)
じつは自身も冷え性だという宋さん。どんな対策をしているかというと、とにかく冬は温かい服を着るようにしているそう。
「冬はダウンコートにムートンブーツ、ウールなどの温かい服を着ています。ウールは他の素材に比べて保温性と放湿性に優れているので、登山用品にも採用されているほど。寒さに弱い人は、一度、登山用の服を着てみるといいかもしれません」(宋さん)
近年は、さまざまなハイテク素材もどんどん開発されているので、変に重ね着をするよりも、そうした「あたたか素材」を試してみるのもいいかもしれない。さらに体が冷えてつらいようなら、病院で相談するのも手だ。
「私のクリニックでも行っているような漢方外来、または漢方薬を出している内科や婦人科などで相談するのもいいと思います。患者さんの症状や体質、担当する医師にもよりますが、一例として『当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)』や『当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)』などの漢方薬を処方することも可能です。ぜひ相談してみてくださいね」(宋さん)
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産婦人科医、医学博士
大阪大学医学部卒業後、同大学産婦人科に入局。周産期医療を中心に産婦人科医療に携わる。2007年、川崎医科大学講師に就任。ロンドンに留学し胎児超音波を学ぶ。12年に第1子、15年に第2子を出産。2017年に丸の内の森レディースクリニック開院、一般社団法人ウィメンズリテラシー協会代表理事就任。『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』『産婦人科医宋美玄先生が娘に伝えたい 性の話』『医者が教える 女体大全』『産婦人科医が伝えたいコロナ時代の妊娠と出産』など著書多数。
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(産婦人科医、医学博士 宋 美玄 聞き手・構成=大西まお)
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