「プーチンからの月給31万円」は金正恩の懐に…ウクライナの戦場に駆り出された"北朝鮮の兵士たち"の末路
プレジデントオンライン / 2024年11月25日 7時15分
2024年6月19日、北朝鮮の平壌にある順安国際空港で行われたプーチン大統領の出国セレモニーで、ロシアのプーチン大統領(右)と北朝鮮の金正恩委員長 - 写真=EPA/SPUTNIK POOL/時事通信フォト
■混乱と脱走が相次ぐ北朝鮮「援軍」の実態
ウクライナ戦線に北朝鮮軍が姿を現した。戦力不足が常態化しているロシアへの援軍だ。ロイターは韓国情報機関のリポートを取り上げ、金正恩政権は「数千人規模」の部隊をロシアのクルスク地域に派遣したと報道。その数は最終的に10万人規模まで膨らむ可能性があるという。
だが、派遣部隊のお粗末な実態が明らかになりつつある。派遣兵らは北朝鮮最精鋭の第11軍団(ストーム軍団)所属の兵士たちだが、現場のロシア兵の間で混乱が広がっている。傍受された通信には、ロシア兵が北朝鮮兵を「クソったれ中国人」と呼び、指揮系統の不備に頭を抱える様子がありありと記録されていた。
さらに、北朝鮮による派兵は、金正恩体制そのものを揺るがしかねない皮肉な状況を生んでいる。すでに戦場からは18人の兵士が脱走したとされ、専門家は「外の世界の実態を知ることで、体制の嘘(北朝鮮が優れた国家だと吹聴する金正恩政権の虚構)を見抜く契機になる」と指摘する。
一方で、ロシアは北朝鮮兵1人あたり月額2000ドル(約31万円)を支払っているとされるが、その大半は金正恩政権の懐に入り、兵士の手元には「ほとんど、あるいはまったく渡らない」という歪んだ実態も明らかになってきた。
プーチン政権が抱える人的資源の不足と、外貨を獲得したい金正恩政権の思惑が交差する中、異例の軍事協力がウクライナ戦争に新たな局面をもたらしつつある。
■北朝鮮が踏み切った大規模派兵
ロイター通信によると、北朝鮮は「数千人の部隊をロシアのクルスク地域に派遣してウクライナとの戦争を支援している」という。
同記事は韓国情報機関の発表を取り上げ、「過去2週間で、ロシアに派遣された北朝鮮軍がクルスク地域に移動し、戦場への展開を完了して戦闘作戦に参加している」としている。ウクライナのゼレンスキー大統領は、北朝鮮軍がすでに戦闘で死傷者を出しており、この事態は「不安定性の新たなページを開く」と強い警戒感を示す。
北朝鮮は、ロシアとの防衛協力を強化する姿勢を鮮明にしている。北朝鮮国営メディアによれば6月、両国首脳が署名した相互防衛条約が批准された。いずれかの国家が武力攻撃を受けた場合、相互に支援することを定めている。
派兵の規模については当初、米国防総省が1万1000人規模と見積もっていた。だが、ブルームバーグは複数の情報筋の話として、最終的な派遣規模が最大10万人に上る可能性があると伝えている。北朝鮮あるいはロシアからの正式発表はない。
■精鋭部隊なのに機能不全…ロシア兵に広がる困惑
すでに北朝鮮軍の兵士らは、戦地で活動している。フランス24によると、ロシア西部のクルスク州とブリャンスク州のウクライナ国境から7キロメートルの地点に、数百人が配備されている。
英BBCによると、派遣された部隊の多くは、北朝鮮最精鋭の第11軍団(ストーム軍団)の出身だ。同部隊は、敵陣地への潜入、インフラ破壊、暗殺の訓練を受けているとされる。
ただし、戦闘に投入された北朝鮮軍には大きな課題もある。専門家らは、言語の壁やロシアのシステムに対する不慣れさが戦闘任務を複雑にする可能性を指摘している。その結果、北朝鮮軍は主に工学・建設能力を活用される可能性が高いとの見方もある。
ロシア兵らは援軍を歓迎するどころか、煙たがる傾向にあるようだ。ウクライナの防衛情報局が入手した盗聴音声からは、ロシア軍内部での混乱が浮き彫りになった。米CNNが取り上げたこの音声では、ロシア兵が北朝鮮兵らを「K大隊」との暗号名で呼び、さらには「クソったれ中国人」と侮蔑的に呼んでいたという。
不満の理由は、ずさんな人員配置計画だ。実戦経験の乏しい北朝鮮兵士をいかに指揮し、弾薬や軍事装備を供給するかについて、明確なプランが存在しない。
現場のロシア兵らの間に、困惑が広がる。CNNによると、ある兵士は、「(北朝鮮兵らは)目を見開いて全身全霊で立っているだけだ。クソッ、やつが来ても、こいつらをどうすればいいのか」と苛立った様子を傍受された通信のなかで見せたという。
人員配置についても問題が生じている。傍受された通信によると、北朝鮮兵30人に対して通訳1人と上級将校3人を配置する計画だった。しかし、あるロシア兵は、「30人に上級将校3人というのが理解できない。どこから連れてくるんだ?」と、人員不足の現場と計画との隔たりに不満を隠さない。
■水も食料も持たされず、“肉挽き機”の餌食に
北朝鮮は世界最大級の軍事力を持ち、現役兵力128万人を擁する。しかし、近年では実戦経験がないことが大きな弱点となっている。戦略国際問題研究所のマーク・キャンシアン氏はBBCの取材に対し、「北朝鮮軍は徹底的に教育されているが、即応性は低い」と指摘する。
経験不足の北朝鮮兵にあって、特段懸念されるのが、戦場での配置だ。国連制裁の専門家であり、北朝鮮に関する国連専門家パネルの元コーディネーターでもあるヒュー・グリフィス氏は、フランス24の取材に対し、ロシア軍が北朝鮮兵士たちを「ミートグラインダー(肉挽き機)」の餌食として戦場に送り込まれることになると述べている。満足な装備も持たせず、敵の兵器の囮として使われるとの見方だ。
さらにグリフィス氏は、彼らの生存や食料・水といった基本的なニーズに、ロシア軍はほとんど関心を示さないだろうと警告している。「彼らは良い待遇を受けず、消耗品として使われる」との見方を示した。
ただし、戦況が厳しさを増す中で、北朝鮮軍の存在感は否定できないものとなりつつある。退役した韓国陸軍中将のチョン・イン・ボム氏は、ウクライナでの戦争が3年目に入ろうかという現在、北朝鮮軍は「ロシアが動員可能な部隊の中で最も戦闘能力が高い」と分析している。
■金正恩の狙いは「金と技術」
金正恩氏は、自国の貴重な兵力をなぜウクライナ戦争に振り分けたのか。米コンサルのコリア・リスク・グループでディレクターを務めるアンドレイ・ランコフ氏は、BBCの取材に対し、「北朝鮮にとって(兵士の派遣は)金を稼ぐ良い方法だ」と指摘する。
韓国の情報機関によれば、北朝鮮は兵士1人当たり月額2000ドル(約31万円)を受け取っており、その大半は国庫に入るとされている。さらにランコフ氏は、北朝鮮がロシアの軍事技術にアクセスできる可能性も示唆した。通常であればロシアが移転を躊躇するような技術の入手も期待できるという。
一方でロシア側にとって、派兵要請の背景には、深刻な人的資源の不足がある。アメリカは2022年のウクライナ侵攻以降、60万人のロシア軍が死傷したと推算している。プーチン大統領は9月、開戦以来3度目となる軍の拡大令を発令した。
戦略国際問題研究所のマーク・キャンシアン氏は、BBCに対し、ロシアは志願兵に報奨金を提供したり、外国人に市民権を約束したりするなど、「国内の政治的影響を最小限に抑える」人員戦略を追求しているとの見方を示す。
米ハワイ州に立地するアジア太平洋安全保障研究センターのラミ・キム教授は、「ロシアは戦場で1000人以上の死傷者を出していると報告されており、(北朝鮮軍の派遣により)自国の損失を減らすことができれば、プーチン政権への圧力を軽減できる可能性がある」と分析している。
実際に、ロシアは北朝鮮からの軍事支援を着実に拡大している。英フィナンシャル・タイムズ紙によると、北朝鮮は2023年、ロシア軍に数百万発の砲弾を提供した。今年に入ってからは1万2000人以上の兵力を派遣するなど、関与の度合いを深めている。
カーネギー国際平和研究所のシニアフェローであるマイケル・コフマン氏は「弾薬や兵器を大量に送る段階から、この戦争に直接参加する段階へと進み、ロシア軍がクルスク地方を奪還するのを助ける可能性がある」と、関与のエスカレーションを指摘している。
■戦場が暴く、金正恩の嘘
だが、北朝鮮にとってウクライナ派兵は諸刃の剣だ。貴重な外貨収入を見込める反面、金正恩政権の独裁体制に深刻なダメージを及ぼす危険性をはらむ。
国連制裁に詳しいグリフィス氏は、「北朝鮮兵士たちは、光を見ることができる状況に置かれ、(金正恩の)嘘を見抜くことになる」と指摘する。
国外へ解き放たれたウクライナの戦地では、ロシア兵らと行動を共にする機会が生じる。ロシア兵が所持する携帯電話やテレグラムなどのソーシャルメディア、あるいは北朝鮮よりもはるかに高品質なタバコなどささいな体験を通じ、「北朝鮮の兵士たちは、これまで自分たちが享受したことも、存在すら知らなかった新しい種類の自由を経験することになるだろう」とグリフィス氏は分析している。
こうした状況について、チャタムハウスの朝鮮基金フェローのエドワード・ホーエル氏は、脱走は金正恩氏の最悪の悪夢の一つだと警告する。実際、「エリートか非エリートかを問わず、多くの北朝鮮人が脱北を決意したのは、北朝鮮政権が描く外の世界像が、率直に言って嘘だと知ったことがきっかけだった」と説明している。フランス24の報道によれば、すでに18人の兵士が戦場から脱走したという。
■月34億円の歳入で潤う金一族
それでも金正恩氏にとって、派兵はうまみのある“ビジネス”だ。ロシアから支払われる対価は、ほとんどが金一族のポケットに入るとの観測がある。
ロシアは北朝鮮の兵士を最大10万人動員するため、多額の資金を投じている。前述のように、ロシアは北朝鮮兵士1人あたり月額約2000ドルを支払っているとされる。現在は1万1000人規模の体制とみられることから、北朝鮮に毎月約2200万ドル(約34億円)が流れ込む計算だ。
しかし、この報酬が兵士たち自身の手に渡ることはほとんどないと見られている。ランド研究所の北朝鮮専門家であるブルース・ベネット氏は、米ビジネス・インサイダーの取材に対し、「ロシアから入る資金は、直接的に党に入り、さらに金一族に流れているのではないか」と指摘する。亡命者の証言によれば、北朝鮮の労働者や兵士の平均月収は1ドル(約150円)未満だという。
北朝鮮のGDPが推定400億ドル(約6兆円)にとどまる中、金正恩氏は贅沢品の輸入を続けている。韓国の尹相現議員によると、2024年1月から8月までの間に、化粧品や時計、酒類など約5200万ドル(約80億円)相当の贅沢品を輸入したという。こうした贅沢品は、エリート層の忠誠心を確保するためのギフトとして使用されることもある。
カーネギー国際平和財団アジアプログラムのシニアフェロー、チョン・ミンリー氏は、金正恩氏とその側近らが高級な時計や衣服、バッグを身につけて公の場に現れており、こうした贅沢品は徐々に北朝鮮のエリート層にも行き渡りつつあると分析している。一方で、このような状況から、兵士自身の手に入るのは雀の涙ほどか、あるいはまったく無い状態だ。
■クルスク地方の半分失い、窮地のウクライナ
このように問題だらけの北朝鮮の派兵だが、ウクライナにとっては脅威となるおそれもある。
フィナンシャル・タイムズは、北朝鮮の軍事支援がすでに戦況に大きな影響を与えていると報じている。同紙によると、ウクライナ軍はクルスク地方で奪還した約1100平方キロメートルの領土のうち、ほぼ半分を失った。
現在、ウクライナ軍は残りの約600平方キロメートルを確保しているものの、その維持は極めて困難な状況だ。背景に、ロシア軍による大がかりな軍事圧力がある。ロシア側は約5万人の兵力を集結させており、そこには北朝鮮兵約1万人が含まれている。
さらに、戦況は他の地域でも厳しさを増しつつある。キエフを拠点とする戦況追跡グループ「ディープ・ステート」の分析では、ロシアは最近の数カ月で1200平方キロメートル以上の領土を占領し、10月だけでも約500平方キロメートルを支配下に置いた。
特に東部ドネツク地方では、戦略的に重要なポクロフスクの街とクラホヴェ周辺で、ウクライナ軍の防衛線が崩壊の危機に瀕している。人員と火力で優位に立つロシア軍に対し、ウクライナ軍は疲弊が目立つ。
英国国防参謀総長のトニー・ラダキン提督は、ロシアの被害は甚大であり、10月だけで1日あたり約1500人の死傷者が出ていると指摘したが、それでもロシア軍の進撃は止まっていない。窮地のウクライナ軍に、北朝鮮兵による追撃が懸念される。
■深まる軍事同盟、交代制で10万人規模派遣も
派兵だけでなく、かねて行われている兵器支援も継続している。フィナンシャル・タイムズは、北朝鮮がロシアに長距離ロケットと砲兵システムを供給していると報じている。ウクライナ情報機関によれば、北朝鮮は最近、国産の170mm M1989自走砲50門と、通常ロケットと誘導ロケットを発射できる240mm多連装ロケットシステム20基を供給したという。
ブルームバーグによると、北朝鮮とロシアの同盟関係はさらに深まる可能性がある。G20加盟国の一部による評価として、北朝鮮軍の派遣は単一の派遣ではなく、時間をかけて部隊を交代させる形で行われる可能性が高いという。
韓国の駐在ウクライナ大使のドミトロ・ポノマレンコ氏は今月初め、VOAとのインタビューで、「ロシアのクルスク地域、そして場合によっては東ウクライナの占領地域で戦うため、最大1万5000人の北朝鮮軍が数カ月ごとに交代する」との見方を示した。
一方、北朝鮮でも軍の態勢強化に向けた動きが本格化している。ロイターによると、金正恩氏は平壌で開かれた大隊長・政治指導員会議で演説を行い、「実際の戦争に対する能力の向上に、実質的かつ根本的な改善をもたらすため、全力を尽くすよう」呼びかけたという。
こうした関与の深化に対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は強い警戒感を示している。ゼレンスキー氏は以前、「10月27日から28日にかけて、ロシアは最初の北朝鮮軍を戦闘地域に配備する予定だ」と指摘。カザンで開催されたBRICS首脳会議での「偽情報」と対比して、「これは明らかなロシアによるエスカレーションの一歩だ」と危機感を露わにしていた。
■「最悪の為政者コンビ」が仕掛けた危険な賭け
領土拡大のためにはウクライナ市民の虐殺を厭わないプーチン氏と、外貨獲得のために自国民を「肉挽き機」に差し向ける金正恩氏。“最悪”の為政者コンビが悲劇に拍車を掛けようとしている。
もっとも、この「同盟」の行方は不透明だ。北朝鮮兵の戦闘能力への疑問、おそらく生じているであろう言語の壁による現場での混乱、そして何より、北朝鮮以外の外部世界との接触が体制の安定性を揺るがすリスク――。金正恩政権にとって、無視できない課題だ。
すでに18人の兵士が脱走したという事実は、北朝鮮にとって深刻な事態の序章となる可能性がある。携帯電話やソーシャルメディア、あるいは高品質なタバコといった些細な体験が、「体制の嘘」を暴露する契機となりかねない。軍事支援の見返りとして得られる資金や技術移転の魅力と、体制の根幹を揺るがしかねないリスクの間で、北朝鮮はどのような選択を迫られるのか。
金正恩氏が打って出た危険な賭けは、ウクライナ戦争の行方を左右するに留まらず、北朝鮮の将来にも大きな影響を及ぼす可能性がある。金正恩政権の賭けの代償は、予想以上に重いものとなるかもしれない。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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