セブンが外資に買収されれば「買い物難民」が続出する…「9兆円対抗策」を経済界が固唾をのんで見守るワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月25日 9時15分
■セブンが外資に買収されたらどうなる?
11月13日、セブン&アイ・ホールディングス(セブン)は、同社の創業家である伊藤家から法的な拘束力のない買収提案を受領したと発表した。創業家出身の伊藤順朗氏は、現在、同社の代表取締役副社長を務めている。経営陣が参加する買収=MBO(マネジメント・バイアウト)で、カナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタール社による買収を阻止したいというのが主な狙いとみられる。
コンビニやスーパーは重要な物流拠点であり、一般庶民にとってなくてはならない社会インフラの一つだ。その重要インフラが海外企業によって経営され、将来、効率性の観点から店舗数が大きく減らされることになると、私たちの生活にもマイナスの影響が出ることが懸念される。その必要不可欠な社会インフラを、セブン経営陣は日本企業として提供し続ける意志を示したと言えるかもしれない。
■日本企業、金融機関、買収仲介業者も注目
ただ、今回、創業家から提案されたMBOが、うまく実行できるかは不透明な部分がある。MBO規模は出資と銀行融資を合わせ、9兆円に達するといわれている。金額が大きくなるため、出資する企業や融資を依頼される金融機関はかなり慎重な対応になるだろう。また、コンビニ業界の寡占化などの問題もありそうだ。公正取引委員会がMBOに待ったをかける可能性もある。
今後、MBO提案がどう進むかは、わが国企業のM&A戦略にかなりの影響を与えることも想定される。米国では、トランプ大統領が規制緩和を進めるとみられ、企業の買収が増えるとの観測が浮上しているようだ。内外問わず、買収案件は増えるだろう。今回の事例は、わが国の企業、金融機関、買収の仲介などを行う企業にとって重要な参考事例になるはずだ。
■買収提案に“ノー”を示した創業家
セブン創業家によるMBO提案の主な狙いは、カナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタールによる買収を阻止する事だろう。
今年8月、クシュタールはセブンを5.7兆円程度で買収する友好的な提案を行った。それに対して、セブンは自力での成長を目指す方針を掲げた。10月末、世界30兆円規模の売上高を目指すと発表した。海外企業の傘下には入りたくない。セブンの創業家は、あくまでも日本の企業として消費者に安心できる買い物環境を提供し続けることを目指して、今回のMBO提案を行ったのだろう。
報道によると、MBOの実現に向けて創業家の資産を管理する伊藤興業(伊藤家)と、伊藤忠商事が3兆円程度を出資する方針といわれている。11月15日時点で、伊藤興業の保有比率は約8.1%で、セブンの筆頭株主である。大手メガバンク3行は6兆円程度を融資し、合計9兆円規模でセブンの発行済の全株式を買い取り非上場化する。9兆円規模の買収金額は、クシュタールが引き上げた買収金額(7兆円程度)を上回った。
■実現すれば歴史上最大の巨額買収か
わが国企業による買収の歴史を振り返ると、9兆円という巨額案件は見当たらない。これまで、日本企業のM&A(合併と買収)で最大規模は、武田薬品工業によるアイルランドの製薬大手シャイアーの買収(7兆円規模)だった。経営陣が参加した買収(MBO)に関しては、2024年に成立した大正製薬ホールディングス(約7000億円)が今のところの最大だ。
セブンは、大手の金融機関などとM&Aのアドバイザリー契約を結び、法律面のリスク対応のためリーガル・アドバイザーを選定したという。現在、セブンは大手金融機関、総合商社などわが国の主要企業の協力をとりつけ、9兆円規模のMBOの実現に準備を進めているとみられる。
海外企業にセブンが買収されると、リストラによって店舗が閉鎖され買い物難民が増えるリスクが高まることも懸念される。セブンは海外企業による買収を阻止し、国民の日常生活を支える小売業の社会的責任を十分に果たす目的もあり、MBOという選択肢を本格的に検討している。
■メガ3行は6兆円もの融資ができるのか
わが国企業の手で重要インフラを維持・運営することは、経済安全保障体制の安定感を高めることになるだろう。それは単に経済上の問題だけではなく、わが国の政治にとっても重要な問題といえるかもしれない。
ただ、今回のMBO案件がすんなりと進むかは不透明な部分もある。メガバンク3行が6兆円もの融資を、スムーズに実行できるか否か予測が難しいところだ。わが国では、人口の減少が進むことは避けられない。それは企業収益の減少要因になるはずだ。セブンが効率的な成長戦略を迅速に立案し、実行する体制をメガバンクに納得させることが重要なポイントだ。
メガバンクのリスク負担を軽減するため、わが国の政府系金融機関がMBOの一部資金を提供する可能性もあるだろう。融資実行に向けコンビニ、スーパー以外のセブンの非中核事業の分離、売却など構造改革が加速することも予想される。
■コンビニの寡占化、海外事業の分離…
また、独占禁止法への抵触を理由に、当局がMBOに慎重な判断を示すこともあるだろう。出資候補企業の一つに浮上した伊藤忠商事は、傘下にコンビニ大手ファミリーマートを持つ。もしMBOが成立した場合、ファミリーマートとセブン‐イレブンは伊藤忠商事の参加で重要な影響を受けることになる。
公正取引委員会が、大手企業の協業深化で業界の寡占化が進むと判断することもあるかもしれない。その場合、MBOに待ったをかけることも予想される。国内の独占禁止法への懸念を払拭するために、他の総合商社やローソンとKDDIの提携にあったように通信企業がセブンのMBO買収に参画するシナリオもあるかもしれない。
セブンが国内の事業に集中するためには、米国など海外でのコンビニ事業の運営を分離することも考えられる。セブンが米国企業と資本業務提携を締結し、米コンビニ事業の効率性を高める。それは、銀行、商社などの利害関係者のリスク負担を支え、MBOの実現可能性を高める要素になるだろう。そうした取り組みが進まないと、利害関係者の納得を得ることが難しくMBOの協議は進みづらくなるかもしれない。
■「巨額MBO」は日本企業を変えるのか
米大統領選挙でトランプ氏が圧勝し、トランプ政権では規制緩和などによって企業買収が増えるとの見方が高まっている。
米国企業が特定分野でのシェア拡大のため、わが国の企業を買収のターゲットにするケースや、米国の企業がわが国の企業と合弁企業を設立することで、米国内での製造技術向上を目指す事例も増えるとみられる。
アクティビストと呼ばれる投資家は、株価が割安に放置されている企業に敵対的買収を仕掛けたり、他の企業との経営統合を求めたりするだろう。AIなど先端分野の成長期待の高まりから、新興企業による買収、あるいはIT先端分野などで非中核事業を分離する(スピンオフ)企業も増えるだろう。
その結果、物言う株主との対立解消、構造改革の加速などを目的にMBOを実行し、非上場化を選択する日本企業も増えるかもしれない。わが国の企業にとり、経営者の高齢化などを背景とした後継者問題も深刻だ。
■経済全体が活性化するチャンスである
日本企業が意思決定の独立性・迅速性を高め、社会の公器として長期存続を目指すためM&A戦略の重要性は高まるはずだ。持ち合い株の売却が進み株式市場の流動性が増し、多様な見解が株価に反映されることもM&Aの増加につながるだろう。
今回、セブンが9兆円規模のMBOを、多くの利害関係者の協力をとりつけて実現できるかは注目に値する。そのプロセスは、買収の当事者や資金調達などを支える金融機関、法的な助言を行う弁護士事務所など、多くの関係者にとって重要な事例になるからだ。
今回の発表を機に、MBOを実行して持続的に収益を獲得する日本企業が増えるかもしれない。その結果、経済全体の効率性向上につながることを期待したい。今回のMBO案件には注目すべきだ。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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