ハマグリに近い旨味で最高507歳まで生きる……スシローが「超長生きする無名の貝」を新メニューに加えた理由
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 16時15分
■スシローに登場した海外産の貝の正体
本マグロやイクラ、エビ、カニなど、人気の寿司ネタは数多いが、フード&ライフカンパニーズ(F&LC)が運営する回転寿司チェーン最大手のスシローでは今秋、他店にはない海外産の貝をグランドメニューとして握りのネタに起用。順調な売れ行きで、寿司業界でもちょっとした話題となっている。
この貝とは、カナダ産のアイスランドガイという二枚貝。名前にアイスランドと付いているが、同国沖では商業的な漁獲は行われておらず、「カナダ東部のセーブル島の沖合で、ホッキガイ漁などと合わせて操業が行われている」と、同国漁業に詳しい水産会社グルメグローバル社(東京都中央区築地)のアレックス社長は言う。
アイスランドガイの見た目は、ホンビノスガイや黒ハマグリなどと少し似ており、丸みを帯びて貝の殻は黒っぽい。ホンビノスなどよりも深い「潮下帯」と呼ばれる水域に生息しているため、大型漁船から海底の砂地に圧力をかけて貝を浮かせながら漁獲する。
カナダでは、海底を一掃するように漁獲するトロール(底引き網)漁が、タラなど底魚資源への悪影響を懸念して規制されているため、海洋環境にやさしい漁法が推奨されているようだ。
■原産国でも名前まで知っている人はほとんどいない
現地でアイスランドガイは主に缶詰などとして流通しており、ホッキガイなどと一緒にクラムチャウダーの材料に使われることが多い。このほか、米国・ロードアイランド州などでは、アイスランドガイを白ワイン蒸しにするほか、ほかの具材とともに細かく刻んでパン粉焼きにする「Stuffies」(スタッフィーズ)なる料理が一般的という。
いずれにせよ、アイスランドガイは食材のひとつであるものの「カナダでも貝の一種という程度の認識で、貝の名前を知らずにクラムチャウダーを食べている人がほとんどではないか」とアレックス社長。それなら当然、日本でアイスランドガイの存在を知る人は限られているだろう。
実はこの貝、驚くほどすごい一面がある。信じられないくらい長生きする貝なのだ。かつて英国の大学の研究チームが、アイスランド沖で捕獲されたアイスランドガイの年齢分析を行ったところ、推定507歳という個体を発見。動物の中では最高齢ではないかとみられている。アイスランドガイすべてが数百年生きるわけではないようだが、記録的な長寿貝として話題性は大いにある。しかもそれが食用となればなおさらだ。
だが、この発見から10年以上経過した今でも、食用としてのアイスランドガイの知名度は極めて低い。そうした中で、この貝の潜在的な魅力を引き出そうと動いたのが、カナダの漁業会社・クリアウォーター社と、前出のグルメグローバル社だった。
■寿司ネタにするには漁船上での速やかな加工処理が必要
両社が、アイスランドガイを日本の寿司ネタに格上げしようと動きだしたのは4~5年前。きっかけは「セーブル島沖で比較的たくさん獲れるものの、いまひとつ有効利用されていないため、クラムチャウダーだけではもったいない。なんとか寿司ネタにできないものか、という思いが強かった」(アレックス社長)という。
ただ、寿司ネタへの道のりは易しくはなかった。アレックス社長もクリアウォーター社の担当者も、当初は「もう無理。諦めよう」と断念したことが幾度となくあったという。そのわけは、帰港するまでに漁船上でかなりの作業が必要だったからだ。
アレックス社長によれば、「アイスランドガイを獲っても、漁船からそのまま陸揚げしたのでは、次第に鮮度が落ちてくる。寿司ネタにするには、漁船上である程度の段階まで加工処理しなければならなかった」と説明する。
漁船上で何をすべきなのか。簡単にいうと、殻を取ってむき身にし、異物を除去し、内臓を除去して洗浄してから軽く湯通しして、凍結処理する。漁獲後、この工程を速やかにこなさなければ、安全・安心な寿司ネタとして、アイスランドガイを遠い日本で提供できない。
こうした工程をクリアし、アイスランドガイの寿司ネタとしてのデビューに見通しがたったのは今年の春。日本のほか、中国やEU(欧州連合)などにも輸出可能という。
■新種の養殖魚も積極的に採り入れてきたスシロー
新種の貝を日本の寿司店で披露できる条件が揃ったため、生産社であるクリアウォーター社は、出荷に向けた契約をグルメグローバル社と日本の水産大手との間で結び、両社を通じて、かねてから魚介類の取引があった回転寿司チェーン最大手・スシローでのお披露目に向けた準備が動き出した。
回転寿司業界の競争は激化の一途。日々新商品などでしのぎを削る中、スシローではこれまで、国産・天然魚介類はもちろん、ハタ科の大型魚・タマカイと、高級魚・クエを掛け合わせたハイブリット養殖魚「タマクエ」や、ブリとヒラマサの交雑魚「ブリヒラ」を扱うなど、養殖魚についても積極的に寿司ネタに採り入れてきた。
内外とも天然物の水産資源が減少している中で、海外産・天然貝を新商品としてデビューさせることができたのは、画期的なことと言えよう。
■年間50種の新メニューに無名の貝が入るのは快挙
F&LCの杉村昌彦商品部仕入課長は、スシローでアイスランドガイを商品化したいと思った要因について、「そこそこ弾力があって食感も良く、魚臭さもない。塩味が酢飯と合い、日本のハマグリに近いうま味を感じたから」と説明する。ただ、「おいしく加工できるようになったとしても、安く大量に供給することはできるのだろうか、といった疑問がぬぐい切れなかった」というが、最終調整の上、今年9月中旬に全国約640店舗で2個120~150円(税抜き)で期間限定での販売を行った。
同社によると、「お客様からは『初めて食べたけど、すごくおいしかった』といった声を多くいただきました」(広報)としており、順調な売れ行きだったことから、10月上旬よりグランドメニューとして登場。定番商品として少なくとも2月末まで継続して提供することにしており、その後は軍艦巻きなどでの提供を検討している。
消費者ニーズをとらえながら、同社では、「新たなネタとして候補に挙がるのは年間1200種ほどで、このうち、実際に販売されるのは約50種。無名の水産物で、外国産の貝となれば、ほとんど例がないのではないか」(広報)という。
■寿司職人は「無名の貝を寿司ネタにするなんて普通考えられない」
杉村仕入課長は「国産魚の多くが不漁の中、世界の水産物需要が高まり、円安傾向も相まって、海外産の魚も仕入れにくくなっている。そうした中で、アイスランドガイは貴重な存在。デビューから一定の人気で、貝の中では今年の“新人王”と言っても過言ではない」と手応えを感じている。
スシローでは今後、むき身で年間500トンほどのアイスランドガイを、日本を中心に香港やタイなどの店でも提供していく方向で検討しているほか、「握りのほか一品料理も考案中」という。一方、グルメグローバルでは、スシローのほか日本のスーパーなどへ、寿司ネタや海鮮丼用、総菜用としての販売に向けて、商談を進めている。
これまで日本で無名だったカナダ産アイスランドガイ。関係者に尋ねてみると、豊洲市場の有名寿司店の職人は「外国産の、しかも知らない貝を寿司ネタにすることなど、まったく考えられない。もし新種のおいしい貝があるとわかっても、握って客に出すには早くても数年を要するだろう」と話した。
北の海の水産資源に詳しい政府関係者も、この貝をほとんど知らなかった。筆者からの情報を基に、「ぜひスシローに食べに行きたい」と言っていた。グランドメニュー化されたこの秋、きっと味わったのではないかと思う。
関係者の熱意によって日本で提供されるようになったアイスランドガイ。今後にわかに、握り寿司などとして日本や海外で浸透していくことになりそうだ。
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時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)
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