ポテチ界の巨人・カルビーにはない"あの味"がある…「シェア0.3%」の菊水堂が60年間も生き残れている理由
プレジデントオンライン / 2024年11月27日 8時15分
■湖池屋の次に古い老舗ポテトチップスメーカー
2024年の今年、ポテトチップス製造60周年を迎えた老舗メーカーがある。埼玉県八潮市に本社と工場がある「菊水堂」だ。看板商品は「できたてポテトチップ」。2015年3月に『マツコの知らない世界』(TBS系)で紹介され、爆発的にヒットしたことでも知られている。
「できたてポテトチップ」の誕生は2012年。同社が数十年にわたってホテル、レストラン、喫茶店などに納め続けてきた業務用ポテトチップスを小分けにして、一般消費者向けのネット通販商品としたものだ。
1953年に創業した菊水堂がポテトチップスの製造をはじめたのは、前の東京オリンピックが開催された1964年のこと。これは、国内に現存するポテトチップスメーカーの中でもっとも古くからポテトチップスを製造している湖池屋(1962年)の次に古い。
■国内ポテチメーカー10社の中でシェアは0.3%
菊水堂がポテトチップスを作りはじめて間もない1960年代後半、国内にポテトチップスメーカーは100社前後も存在した。しかし1975年に巨人・カルビーが参入すると、その徹底した宣伝・流通・価格施策によって、小さなメーカーが次々と潰れていったのだ。
そして2024年現在、ポテトチップスを一定規模以上で通年製造する国内メーカーは10社程度しかない。トップ3社はカルビー、湖池屋、山芳製菓だ。この3社で9割以上のシェアがあるとされている。
菊水堂も10社のうちの1社だが、そのシェアは、売上ベース、数量ベースともに、たったの0.3%だ。
しかし、不思議だ。なぜこんな中小……というより極小メーカーが、いまだに生き残っていられるのか?
そのもっとも大きな理由が、「できたてポテトチップ」の唯一無二性だ。
■50年間同じフライヤーで揚げているから「懐かしい」
「できたてポテトチップ」の原料はジャガイモ、塩、油のみ。大手ポテトチップスメーカーの「塩味」が、「塩味」と謳っていながら、塩以外のアミノ酸系調味料などを味付けに使用していることとは、一線を画す。しかも食塩相当量(塩分重量比)は、他社製の一般的なポテトチップスより低い。有り体に言うなら、非常にヘルシーなポテトチップスだ。
しかし、もっと重要なことがある。「できたてポテトチップ」には、年配者から「昔食べたポテトチップスのようだ」という感想がたびたび寄せられるというのだ。それも当然。その人が何十年も前に食べたポテトチップスと同じ製法で作られているからだ。
菊水堂は、なんと50年もの間、同じフライヤー(揚げ機)でポテトチップスを作っている。
現在、世界中の大半のポテトチップスメーカーに採用されているフライヤーは、「還流型」もしくは「循環型」と呼ばれるものだ。これは、フライヤーの外部で揚げ油を温め、それをフライヤーに循環させてスライスしたジャガイモを揚げる仕組みのこと。細かい説明は省くが、油の温度がフライヤー内のどの場所でも一定、かつ温度変化を少なくできるので、油の劣化を抑えられるという利点がある。
しかし菊水堂が使っているフライヤーは、1990年代に業界からほぼ姿を消した「直火(じかび)型」と呼ばれるタイプ。フライヤー下部に太い鋳鉄製のパイプが通っており、その中にバーナーで着火した炎が燃え盛っている。鍋を火にかけているのと同じような状態で油をグツグツ煮るイメージだ。
■低温で揚げるからジャガイモ本来の味が出る
還流型と直火型の大きな違いは何か。それは、還流型は高温で揚げるためジャガイモの香りが飛んでしまうが、直火型は還流型に比べて低温で揚げられるので、ジャガイモの香りを比較的温存できるということだ。
なぜ、還流型は高温で揚げなければならないのか。
ジャガイモの表面には水がついている。したがって、スライスしたジャガイモを油に投入すると、油より重い水はフライヤーの下に溜まって熱され、沸き返しが発生する。
還流型はフライヤーが覆われている構造上、沸いた水を排出することが難しい。排出できない水は高温の水蒸気圧をもたらし、フライヤー内に大きな負担をかける。それゆえ、高温の油で水を一気に飛ばす必要がある。
一方の直火型はフライヤーが覆われていないので、沸いた水を排出しやすい。つまり高温で揚げる必要がない。
また、ジャガイモの表面にはでんぷん質がついている。これは「ジャガイモの本来の味」を構成する要素だが、焦げやすいという性質もある。だから高温フライの場合はよく洗い流さなければならないが、低温フライならその心配がない。
つまり直火型フライヤーで作ったポテトチップスは、還流型フライヤーで作ったポテトチップスに比べて、よりジャガイモの本来の味や香りが“残っている”というわけだ。「できたてポテトチップ」が味付けに塩しか使っていない点も、ジャガイモの本来の味をより感じさせることに一役買っている。
あえて筆者の主観を交えるなら、「できたてポテトチップ」は“イモ臭い”。やや大げさに言うなら、生のジャガイモの“土臭さ”すら感じる。素朴さ、田舎臭さとも形容できる。これを良しとする人が、「できたてポテトチップ」のファンになる。
■現役なのは「世界でもこの2台だけかもしれない」
1970年代までは、大手メーカーも直火型のフライヤーを使っていたが、油の劣化対策として徐々に還流型に置き換わっていき、1990年代に直火型はほぼ消滅した。
2024年現在、国内で直火型を稼働させているのは、菊水堂のほかは北海道のポテトチップスメーカーである深川油脂工業だけ。菊水堂の岩井菊之社長によれば、「世界でもこの2台だけかもしれない」という。
しかも驚くべきことに、菊水堂は1975年製の直火型フライヤーをいまだに改良しながら使用している。菊水堂は、日本で一番古い、否、おそらく世界で一番古いフライヤーでポテトチップスを作っているのだ。
■「1970年代のアメ車」並みに手がかかる
直火型フライヤーは下から火で加熱されるので、油はまず下のほうが熱くなり、上のほうの温度が上がるまでに時間差が生じる。還流型のように油の温度が均一にならない。この熱ムラが独特の「懐かしい味わい」を出しているのではないか――と岩井社長は推測する。年配者が「昔食べたポテトチップスのようだ」と口にするわけだ。
であれば、直火型フライヤーを復活させさえすれば、他のメーカーにも懐かしい風合いのポテトチップスが作れるのではないか? 実は、そんな簡単なことではない。直火型フライヤーは取り扱いが難しいのだ。
岩井社長は菊水堂の直火型フライヤーを「1970年代のアメ車」にたとえる。曰く、「公道でまともに走らせるのは至難の業。古い機械なのでエンジン以外の部品は全取っ替え」。
この直火型フライヤーを導入したのは、岩井社長の父親にして菊水堂の創業者である岩井清吉氏(2022年没)だ。清吉氏は、面倒で手がかかるこのじゃじゃ馬のような機械を、気が遠くなるほどの試行錯誤を重ねて我が物にしてきた。歩留まりに悩まされ、何度も改良し、データを取り、最適な揚げ方を模索した。
■「お前にこのフライヤーは扱えない」と先代は言い放った
菊之氏が1984年に入社してからは親子で取り組んだが、当初、清吉氏は菊之氏に「お前にこのフライヤーは扱えない」と言い放ったそうだ。それでも長い年月をかけて、菊之氏はフライヤーの扱いを習得した。とはいえ手間がかかかることに変わりはない。生産規模は追求できない。
効率を求め、歩留まりを極限まで上げることでコストを削減することを目指す大手メーカーに、こんな真似はできない。あまりにコスパが悪すぎる。優劣ではなく、思想が根本的に違うのだ。
筆者がかつて菊水堂を訪問した際、同席した広報担当者は言った。「カルビーがヤマザキパン(山崎製パン)だとすると、菊水堂は街のベーカリー」。そこに菊之氏が言葉を継いだ。
「手間はかかる。けれど味がある」
■賞味期限はたった2週間、購入するには直接注文
一般的なポテトチップスの賞味期限が6カ月であるところ、「できたてポテトチップ」の賞味期限は製造日からたった2週間。しかも菊水堂の推奨は1週間だ。油は時間がたてば必然的に劣化する。少しでも味が落ちたものを食べてほしくないという製造者の強い意志の表れだ。
賞味期限が短いだけに、問屋を介して全国の売り場に流通させるような時間はない。他の大手メーカーがそうであるように、製造してから売り場に並ぶまでに最低1週間はかかってしまうからだ。
それゆえ菊水堂は直販体制を敷く。ネットで注文を受け付けて製造日に即日配送し、最速で製造の翌日、遅くとも2日後に届ける。ただ、それで鮮度は保たれる一方、食べたくなった瞬間に近所のコンビニで買える、といった利便性は犠牲になっている。
「できたてポテトチップ」のネット通販価格は120g×6袋で税込1980円。ここに送料がかかる。ことさら高いわけではないが、送料分を考慮すると、大手メーカーのポテトチップスに比べてやや“割高”と捉える人もいるだろう。
■規模と効率を追求しないからこそ得られるベネフィット
手に入れにくく、割高。実に不親切な商品である。しかし2024年7月現在、「できたてポテトチップ」は1日に約1万袋出荷されており、常に工場の生産限度ギリギリ。「昔ながらの町工場が作り続ける、昔ながらのポテトチップス」といった綺麗事やノスタルジーだけで、このような売り上げの継続は不可能だ。
「規模こそ正義、効率こそ正義」を是とする資本主義社会の企業間競争において、シェア0.3%の極小企業が生き残っている理由。それは、むしろ規模と効率を追求しないことで得られるベネフィット――「できたてポテトチップ」の唯一無二性――に一定数のファンが価値を見出しているからだ。
規模と効率を追求しないことが、ある消費者にとっては余計にカネを出してもよいと思える価値となりうる。だからこそ菊水堂は、生き馬の目を抜く菓子業界で、創業から70年以上も〈零細企業のまま〉生き残り続けているのだ。
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編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経てフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『このドキュメンタリーはフィクションです』(光文社)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)ほか多数。
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(編集者/ライター 稲田 豊史)
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