男児の遺族は「ひどい病院と見抜けなかった」と後悔した…神奈川県立病院で「救えた命」が失われるまで
プレジデントオンライン / 2024年11月28日 16時15分
■父親は「私の責任です」と自分を責めた
2021年10月、神奈川県立こども医療センターで、入院していた男児が術後5日目に死亡する事故が起きた。
以下は、ご遺族・父親の言葉である。
「報告書等でいろいろと公表されましたが、子供の容態が悪くなってきた時の看護師さんの対応や事故後の遺族対応についての実際はもっとひどかったです。でも子供が亡くなったのは付き添っていながらこのようなひどい病院と見抜けず、助けてあげられなかった私の責任です。天国にいる子供に会えるなら許してもらえるまで謝りたい。
苦しんでいる家族に手を差し伸べてくれた小川議員をはじめ県議会の方々、黒岩知事、首藤副知事、県医療局の方々には本当に感謝をしております。今後、私たちのように苦しむ人が出ないよう病院改革をお願いいたします」
息子さんに術後付き添っていた父親の悔しい、悲しい気持ちが痛いほど迫ってくる。
私が2024年3月の県議会の厚生常任委員会で読み上げた、このコメントは、病院側との示談が成立する前だったので、県とこども医療センターの運営主体である神奈川県立病院機構(以下、機構)に対する遺族の配慮が感じられる。本当の気持ちはこの数十倍の悔しさと私は推測している。
■隠蔽体質と医療ガバナンスの欠如が明るみに
この死亡事故を巡っては、術後に発症した発熱や下痢、嘔吐などの症状に対して適切な対応を行わず、心肺蘇生を始めるタイミングを逸したこと、さらに経験の乏しい医師に患者管理を任せていて院内のコミュニケーションが不十分だった、といった問題点が指摘されている。
また、院内で調査報告書を作成していたにもかかわらず、私が県議会で指摘するまでその存在を明らかにしなかった。この報告書全文を情報公開請求した新聞社と私に対し、機構が大部分を黒塗りで開示したのだ。
2023年度の1年間、私が県議会でこのような隠蔽体質や医療ガバナンスの欠如を追及し続けた結果、こども医療センターの病院長は降格、懲戒処分になり、機構理事長の交代を含む機構人事の刷新もなされた。このような大規模な人事交代は、2010年4月に地方独立行政法人に移行して以降、初めてのことだろう。
しかし、こども医療センターや機構が抱える問題はこの死亡事故に始まったことではない。そして、現在も改善されたかと問われると疑問符が付く。本稿における私の指摘を「県立病院というだけで、頭から信用してはいけない!」という警告として受け取ってほしい。
■小児医療の要だからこそ、立て直しが必要
こども医療センターは機構が運営する5つの県立病院(※)のうちのひとつで、1970年に国内2番目の小児総合医療施設として設立された。小児がんセンターも擁し、神奈川県の小児救急の3次医療機関として重篤な患者の受け入れを担っている。
※足柄上病院、こども医療センター、精神医療センター、がんセンター、循環器呼吸器病センター
私がこの問題を追及している間、「こども医療センターで救われる命もあるのだから、あまり厳しく追及すると医師のやる気がそがれるのでは」という医療・行政関係者、議会関係からのアドバイスがあった。要するに「適当にしておけよ」という声である。
こういう声に対して、私は「ご自分のお子さんが同じ目に遭ったらどうしますか?」と問い、「これまで優秀な医療者は嫌気がさしてこども医療センターから去ってしまった。残った良心的な医師や看護師の個人的な努力によって、命が救われているだけなんですよ。組織としての信頼性は失われているんです」と厳しい言葉を返してきた。
私は、こども医療センターのガバナンスを立て直したい、という強い気持ちを持ち、取り組んできた。組織としての医療安全対策が確立できたと外部から評価されるまで、新規患者を診ることは中止するべきと訴えたいほどだ。
■崩壊の予兆「N95マスクの備蓄がない」
こども医療センターのガバナンス崩壊の予兆は、コロナ禍が始まったばかりの2020年春だった。「衛生用品~マスク・手指消毒品・使い捨てエプロンなどが不足しているので寄付してほしい」というお願い文がこども医療センターの医師であるT氏のブログに掲載されていた。こども医療センターの患者家族がよく見るサイトである。
これを知り、私が早速こども医療センターへ視察に行くと、確かに看護師がノーマスクで働いていた。驚いて、在庫などの調査依頼をしたところ、他県のこども病院に比べて衛生用品の備蓄があまりにも少ないことが分かった。
衛生環境を最大限に守らなければならない難病の小児が入院する病院なのに、N95マスクの在庫がほとんどない。しかも、ネット上で衛生用品の寄付をお願いしている。このことが、この病院の危機管理体制はどうなっているのか?と疑い始めるきっかけとなった。
運営主体である機構の会議で、理事に「機構本部としても衛生用品の確保に努力してほしい」と発言してもらったが、「各病院対応になっているから」という理事長の一言で片付けられてしまった。
■温泉などで発生するレジオネラ菌が発生
そこで、県の医療部門担当の副知事に対し、こども医療センターの医師らが衛生用品不足を何とかしてもらいたいと直訴する機会を設けた。その結果、副知事の努力もあり、少しずつ在庫も増えて「ノーマスク、ノーエプロン、ノー消毒液」という状態は避けることができた。
こういった基礎的衛生用品の在庫管理などに代表される衛生管理能力の欠如が、直後に発生した院内レジオネラ肺炎(※1)やCRE(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌)伝播の遠因になったと指摘せざるを得ない。
※レジオネラ菌で汚染された水しぶき、噴射水、散布霧からエアロゾルを吸い込むことで感染する。高齢者や小児が感染すると死に至ることがある。レジオネラ菌は給水・給湯設備、冷却塔水、循環式浴槽、加湿器などに検出される。
この時点でまず、こども医療センターの危機管理体制の不十分さと機構本部の統治能力の欠如が問題視されるべきだった。しかし、社会全体が衛生用品の不足に悩まされていた時期と重なったので、県からは見過ごされてしまった。
■保健所に報告すべきところ、院内で“隠蔽”
2020年8月、こども医療センターで、業者の定期検査によりレジオネラ菌が検出された。レジオネラ菌が検出された場合、直ちに保健所に報告することが求められているのだが、病院内部の会議で届け出もせず事実を隠蔽することが決定された。なんという不誠実な態度だろう。
その結果、翌2021年2月にレジオネラ肺炎が発生し、生後6カ月の幼児が呼吸障害で生死の境をさまよう事態に陥った。この時はさすがに保険所に届け出たが、機構本部に詳細を報告せず、県議会にも報告しなかった。
こども医療センター内だけで解決しようと、看護師や職員が招集され、水道管に熱湯を流し入れるレジオネラ菌対策が指示され、看護師たちが手指に熱傷を負うことになった。あまりに幼稚な対応が行われていることを把握した私は、当時の機構理事長に直接連絡をした。
詳細を全く知らなかった理事長は、早速こども医療センターに乗り込み、ハード対策に熱心に取り組み始めた。しかし、ソフト対策は後回しにされた。
つまり、こういう状況を引き起こした当時のこども医療センター総長・病院長をはじめとする幹部たちの責任は何ら問わず、建物の老朽化や建て増ししたための複雑な給湯経路などを原因にあげつらい、給湯設備の改修に予算を捻出しただけだったのだ。
■組織改革に手つかずのまま、医療事故が…
そして、レジオネラ対策を開始したばかりのころ、今度はCRE保菌患者が見つかり、一時は16人も保菌者が確認された。
CREは薬剤に耐性が強いため、感染症を引き起こすと治療が困難になる可能性が高い。こども医療センターに入院しているのは基礎疾患を持つ子供ばかりであり、CRE保菌は命取りになりかねない。大腸菌の一種なので、ひどい衛生環境により伝播する可能性が高い。
このように衛生管理に問題があるこども医療センターが、神奈川県の小児医療の最後の砦なのだから、非常に恐ろしい。
そして2021年10月、男児患者死亡事故が発生した。
コロナ対策、レジオネラ肺炎、CRE伝播――。これらの対応に追われ、肝心のこども医療センター内の医療安全体制の改善は手つかずの状態であった。この危機管理対策を怠った一番の責任者は、当時のこども医療センター総長M氏である。
レジオネラ肺炎発生時に、私はこの総長を処分するべきだと機構関係者に提言した。レジオネラ菌が検出された2020年に隠蔽せず、しっかり対策していれば、レジオネラ肺炎は発生しなかったはずだ。その患者は命こそとりとめたが、後遺症が心配される。
この「隠蔽」を何ら問題にしなかったことが、M総長退職後の10月に起きた、男児患者死亡事件の遠因になっている。ずさんな衛生管理はずさんな医療安全管理と表裏一体であるからだ。
■病院トップは「救えた命だった」と会見
この死亡事故を巡り、院内調査委員会が報告書を公表したのは、2年近くが経過した2023年9月だった。調査委は事故直後に設置されていたが、その後の動きは全く表に出ていなかった。
私が県議会で厳しく追及した結果、ようやく報告書を公表した記者会見の席上、4月に就任したこども医療センターの新総長は、この男児患者について「救えた命だった」と述べた。
実は、男児患者のご遺族関係者から、私は手紙をもらっていた。レジオネラ菌・CRE問題について、私が医療ガバナンス学会のサイト「MRIC」に投稿した記事の中の「私のこどもだったら、こども医療には決して受診させない」という強い警告を読まれたそうだ。
手紙には、二度と自分たちと同じ悲しみを味わせないようにしたい、というご遺族の気持ちが丁寧に記されていた。手紙を読みながら、私は身が凍るような思いがした。本当に取り返しのつかない事故を起こしながら、こども医療センターのご遺族への対応が非常に冷たく、不誠実なものだったからだ。
■保身のための隠蔽、嘘、口裏合わせ…
院内調査委の報告書には、幼い男児患者が、術後の発熱や下痢で苦しんでいても、何の処置もしない状況がつぶさに報告されていた。
下痢や発熱により大量に水分が失われているのに点滴指示が出されていなかったこと、高カリウム血症であることの情報共有がされていなかったこと、心停止45分後にやっと蘇生処置が開始されたこと、そして付き添うご家族が容体の悪化を心配する言葉が完全に無視された様子など、基礎的医療処置がなされなかったために失われた命だったことが明確に記載されている。神奈川県小児医療の最後の砦として、全くふさわしくない医療対応だ。
そして、こども医療センター病院長や幹部職員、機構コンプライアンス室長たちはこの報告書を公表したくないために存在を隠蔽し、握りつぶそうとし、報告書を公表する記者会見の場でも、保身のために口裏を合わせて嘘を重ねた。反省のない、卑怯な対応である。
こういう人たちを幹部職員として責任ある立場に置く機構本部の医療倫理とはどんなものなのか? 私は非常に強い憤りを感じ、その後も追及を続けた。
その結果、2023年12月には、病院長らの降格処分と懲戒処分などが公表された。年明けて2024年2月、こども医療センターと機構本部は「医療安全推進体制に係る外部調査委員会」からの厳しい指摘を受けた。基本的な医療安全対策がなされていないとして、42もの提言を受けたのだ。
■新理事長による「大改革」に期待
火中の栗を拾う形で24年4月、新理事長に就任したのは、神奈川県のコロナ対策を主導してきた阿南英明医師である。阿南医師は、救急医療・災害医療の専門家だ。現状の機構とこども医療センターにはふさわしいリーダーなのかもしれない。
こども医療センターでは2024年2月にも、10代の患者が死亡する医療事故が発生した。この事故では5月に記者会見を開き、調査委員会の調査終了後に結果を公表するとした。隠蔽体質が批判された前回の死亡事故と比べると、情報公開は進んでいるようにみえる。
現在、機構は医療安全推進体制の見直しを進めるため、これらの提言を基にアクションプラン(行動計画)を策定し、取り組んでいる。
■「患者や家族に寄り添った病院運営を目指す」
今回、機構に対して情報公開と組織改革の現状について質問したところ、11月21日付で以下のような回答があった(以下、回答書から抜粋)
【情報公開】
・ヒヤリ・ハット事例などの区分について、これまであった裁量の余地をなくし、迅速かつ統一的な基準により、客観的に事実に即して判断するようにした
・個別事案の公表について、患者や家族の同意を前提に、原則として病院独自の判断ではなく区分に応じて決定するよう改正した
・医療事故と疑われる死亡事案が発生した場合、初期対応や家族への対応を適切に行えるよう、基本的な手順を示したフローチャートを作成して共有した
【組織改革】
・こども医療センターに新たに医療安全専従の副院長を配置
・機構本部事務局に新たに医療安全担当部長(看護師)と改革担当局長を配置
・機構本部が主導し、各病院の医療安全に関する議論や情報交換をより頻繁に実施
機構は「患者やその家族に寄り添った病院運営を目指していく」としている。阿南理事長がこども医療センターのみならず、県立病院全体の大改革に剛腕を振るうことを期待したい。
■黒岩知事の当時の勢いはどこへ行ったのか
2024年9月の神奈川県議会で、2023年度の機構への評価書が県に提出された。さぞ、改革を期待した厳しい評価が下されているものと期待しながら、評価書を手にした。ところが、その評価は全く素気ないものであった。私が批判してきたこども医療センターの体制についてはほとんど触れられていない。
この評価書は、県が病院機構に対して行った評価について、医療関係者や公認会計士らで構成される評価委員会が建議した結果提出されたものであり、評価委員会委員の姿勢に、私は疑問を持った。しかし、それ以上に県事体がこども医療センターに対して行った評価の高さが気になる。
黒岩祐治知事が2023年度の県議会答弁で「こども医療センターの大改革を行う」と明言したのに、改革の「か」の字も評価書には記載されていない。厳しい指摘や批判も、終わってしまえば、それまでなのだ。全く何事もなかったかのような姿勢である。これでは、新理事長が孤軍奮闘で終わってしまう。
■県が一体とならないと改革は実現しない
このような県の姿勢を見ると、2018年に機構内で起きた理事長解任騒動が想起される。県立がんセンターで医師の集団退職問題が発生する中、機構を改革しようとした当時の土屋了介理事長が県と対立し、解任処分を受けたのだ。この処分は不当だとして土屋氏が県を相手に民事訴訟を起こし、現在も係争が続いている。
地方独立行政法人である機構が神奈川県民のために安全で質の高い医療を提供していくためには、機構と県が一体となって改革に向かわなければ実現できない。果たして真の改革が果たせるのか? 私から見ると、神奈川県としての強い意思は全く感じられない。
救える命を失っても、事実を隠蔽し、ほっかぶりをしていれば、忘れさられて不問になる。これがまかり通ってきた神奈川県立こども医療センター。まず人事刷新は果たしたが、本当の改革はまだまだ果たされていない。
医療ガバナンスの崩壊によって、失われた尊い命は戻ってこない。黒岩知事と機構はその重大性を思い知るべきである。
あなたは、このこども医療センターにお子さんを入院させますか?
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神奈川県議会議員
1953年生まれ。早稲田大学卒業後、予備校講師などを経て1999年、神奈川県議に初当選(現在7期目)。医療・福祉・介護・教育分野の政策に重点的に取り組む。
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(神奈川県議会議員 小川 久仁子)
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