「みんなが信じるウソ」が真実になる…「新聞離れ」「テレビ離れ」がもたらした"SNS選挙戦"の憂鬱
プレジデントオンライン / 2024年11月25日 8時15分
■政権の形を変えた「陰の主役」
民主主義を標榜する日本と米国で今秋、政権選択の選挙が相次いで行われたが、SNSを中心にネット上で偽情報が横行し、選挙戦に深刻な影響を与える事態となった。
日本では衆院選で自民党と公明党の与党が過半数を割り込んで少数与党となり、米国では大統領選挙で共和党のトランプ前大統領が返り咲いた。いずれも政権の形が変わってしまったのである。
有権者が選んだ結果であることは間違いないが、その民意を形づくるのに、偽情報が加担した疑念はぬぐえない。生成AI(人工知能)の普及で、偽情報はますます巧妙化し、インパクトのある偽動画も増殖している。誤った情報に基づいて有権者が投票したのであれば、民意は適切に反映されたとはいえず、民主主義の根幹が揺らぎかねない。
当然のことながら、偽情報の蔓延を防ぐためにさまざまな手立てが講じられたが、有効な対策とはならず、偽情報は事実上野放し状態のまま、いずれの選挙戦も幕を閉じた。
奇しくも、同じ時期に行われた日米の選挙戦で「陰の主役」は偽情報だったともいわれる。
新聞やテレビの伝統的メディアの信用が低下する中、11月17日投開票の兵庫県知事選で斎藤元彦前知事が予想を覆して再選を果たしたり、今年7月の東京都知事選で石丸伸二候補が善戦したことで、選挙におけるSNSの重要性がにわかにクローズアップされている。それだけに、ネット上に氾濫する偽情報は、厳しく排除しなくてはならない。
日米の選挙戦における偽情報の実態を検証し、喫緊の課題として民意を歪めかねない偽情報対策を考えてみたい。
■裏金問題の逆風を倍加したSNS
日本では、これまでの選挙で偽情報による混乱は、あまり目立たなかった。かつて沖縄県知事選で、玉城デニー現知事をめぐって偽情報が出回ったことがあったが、影響は限定的だった。
だが、今回の衆院選は、様相が違った。
「石破茂首相が『裏金議員が気にいらないというのであれば、自民党に投票しなければいいのではないか』と発言した」
衆院選(10月27日投開票)で最大の焦点となった自民党の裏金問題で、就任間もない石破首相が開き直ったかのような不遜な態度を示したSNSの投稿が拡散した。ただでさえ逆風にさらされる自民党へのダメージとなったことは明らかで、野党候補と接戦となった小選挙区では、少なからぬ打撃を被ったといわれる。
特定の候補者への攻撃も目立った。
千葉5区の自民党候補は「○○○○は二重国籍だ。中国のスパイに違いない」とバッシングを受けた。
ターゲットにされた陣営は、ネットで「事実に基づかない荒唐無稽な偽情報」と反論したが有権者に十分に伝わったとは言えず、当の候補は小選挙区で落選。どうにか比例で復活当選を果たし議席は守ることができたが、釈然としない闘いとなった。
■短期決戦の選挙戦では反論もままならず
一方、野党の候補者を誹謗中傷するSNSも出回った。激戦となった東京24区で、何者かが野党の候補者になりすまして「小学生への性行為を容認する」という趣旨を書き込んだ投稿の画像が流布された。
結果は、裏金問題で矢面に立って自民党を非公認となった候補が辛勝。なりすまし被害を受けた野党候補は、かろうじて比例で復活することができた。
いずれの投稿も、後に、日本ファクトチェックセンター(JFC)の調査などにより「偽情報=誤り」と判定された。
だが、どの陣営も一様に、短期決戦の選挙戦の最中に「いちいち反論していられない」と嘆くほかはなく、なすすべはなかった。偽情報を流して対立候補を陥れた者が有利な選挙戦を展開したとなれば、「あることないことを発信したものが勝ち」という歪んだ構図がまかり通ったのである。
衆院選は結局、自民党も公明党も大きく議席を減らし、15年ぶりの敗北を喫することになったのは周知の通りだ。
■兵庫県知事選で注目されたSNSの偽情報
ついでに言えば、先日の兵庫県知事選では、本命とみられていた稲村和美候補に対し「外国人に参政権を与えようとしている」といった偽情報や真偽不明の投稿がSNSで一気に拡散、マイナスイメージが植え付けられた。
反面、SNSを通じて「斎藤氏はパワハラをしておらず、新聞やテレビは根拠なしに報じている」という言説が拡散、若年世代を中心に斎藤前知事への支持が急速に広がり、逆転勝利につながったといわれる。
いずれも、JFCは「真実ではない」と断定した。つまり偽情報だったのである。
敗れた稲村氏は「候補者が何を信じるのか、どのような情報に基づいて投票行動を決めるのかという点で課題が残った選挙だった」と悔やまざるを得なかった。
多くの人が信じた偽情報が真実として受け取られかねない「SNS選挙戦」が展開された衝撃的な事例として記憶に残るに違いない。
■日本の比ではない米国の偽情報攻撃
一方、米国の大統領選におけるネット上の偽情報の氾濫は、質も量も日本の比ではなかった。
とりわけ、民主党候補のハリス副大統領が標的にされた。
「ハリス氏は共産主義者」を印象づけようとする偽画像が出回ったが、拡散した中心にいたのは対立する共和党のトランプ前大統領で、Xへの投稿は800万回以上も閲覧されたという。
Xのオーナーで約2億人のフォロワーを持つといわれるイーロン・マスク氏も、自らXに生成AIでつくられたとみられる同様の偽画像とともに「カマラは、初日から共産主義の独裁者になることを誓う」と投稿、トランプ氏を後押しした。オーナーが一方の陣営に肩入れすれば、Xがプラットフォームとしての中立性を保てるはずもない。
ハリス氏が、過去にひき逃げ事故を起こしたという偽動画も流れた。こちらは、マイクロソフトの調査などで、ロシア政府が関与するグループによって作成されたことが明らかになり、国境をまたいだ偽情報による工作が判明。米当局も、社会の分断を狙ったロシアの介入があったことを確認した。ウクライナ支援に消極的なトランプ氏を返り咲かせようという狙いがあることは明らかだった。
ハリス氏を陥れるような偽情報を数え上げたら、キリがない。
■「性暴力を受けた」と告発する偽動画も
副大統領候補のウォルズ・ミネソタ州知事も、偽情報による集中砲火を浴びた。かつての高校教師時代に生徒が「性暴力を受けた」と告発する偽動画が投稿され、500万回以上も見られたという。
もとより、トランプ氏による虚偽情報の拡散は激しく、「移民がペットを食べている」という根拠不明のデマは、移民に寛容な民主党を直撃した。
共和党陣営の攻勢に加えてロシアの介入による「偽情報攻撃」に、立候補を表明した直後に巻き起こったハリス旋風は急速にしぼみ、一転して窮地に追い込まれた。
そして、トランプ氏が圧勝でホワイトハウスに戻ることになったのである。
日米ともに、偽情報がどれほど選挙の結果に影響を与えたかを定量的に測ることは難しいが、偽情報に翻弄されたことは確かだろう。
■IT企業に「お願いベース」では実効性に限界
日本も米国も、行政が手をこまねいていたわけではない。
総務省は衆院選を前に、メタやXなどSNSを運営する5社と、チャットGPTを提供するオープンAIなどAI関連9社に、初めて選挙に関する偽情報対策を要請した。
だが、これまで偽情報対策はIT企業の自主的な対応に委ねてきただけに、強制力も罰則もなく、「お願いベース」では、どれほどの実効性が上がるか疑問視された。
政府・自民党は、1月の能登半島地震で、偽情報に振り回されて適切な救助活動ができなかった反省に立ち、ようやく重い腰を上げて、偽情報対策に乗り出したばかり。
総務省は、新たに有識者会議を立ち上げ、「違法な偽情報」への迅速な対応をIT企業に課す新しい規制策の検討に入った。議論を急ぎ、通常国会での法案提出を目指すという。
しかしながら、これでは、とても十分とは言えそうにない。「違法ではないが有害な偽情報」の対策は、政府による検閲につながりかねないとされ、先送りされたからだ。
■縦割りで効果的な対策は打ち出せず
また、総務省の威光は、所管するSNS事業者などIT企業に限られることにも留意しなければならない。
海外から発信された偽情報の対策は外務省、ロシアや中国の情報工作への対応は防衛省、サイバー犯罪の抑止は警察庁、と、担当官庁がバラバラで行政全体としての一体性に欠け、統合的な対策を打ち出しづらい。
偽情報は、AIを駆使して急速に高度化・巧妙化しており、タテ割り行政では、意図的に偽情報を流そうとする勢力に対抗することは容易ではないだろう。
民間の動きも活発になっている。全国の新聞社や放送局がIT企業とともに、信頼できる情報を確立するため、ネット上の記事や情報に発信者を明示する「オリジネーター・プロファイル(OP)」と称する新しい技術の研究を進め、2025年の実用化を目指している。
また、富士通を中心にした東京大学や慶応大学、国立情報学研究所などのグループは、ネット上の情報の真偽を見抜くシステムを構築する産学共同のプロジェクトをスタートさせた。
いずれも期待は大きいが、まだ実証段階に至っておらず、成果を得るまでには時間がかかりそうだ。
■表現の自由と葛藤する米国
一方、米国も、これまでの選挙戦で偽情報による苦い体験を重ねてきたにもかかわらず、規制が進んでいるとは言えない。
大統領選前に、50州のうち約20州が、生成AIなどで作成した選挙関連の偽情報を取り締まる法律を制定した。ただ、規制のレベルは、州によってさまざまで、違反者に罰則を定めたところもあれば、AIで生成したことを明示すれば免責されたり、偽情報そのものの流布を禁じないケースもあった。
もとより、連邦政府の法整備となると、検討段階にとどまったままだ。
というのも、合衆国憲法修正第1条で表現の自由が広く認められているからで、行政による規制には抜きがたい葛藤がある。そのうえ、IT企業のロビー活動は猛烈を極め、全米に投網をかけるような規制は成立しにくいという事情がある。
偽情報対策の法規制は道半ばと言わざるを得ない。
■相次いでXから撤退するユーザー
こうした中、SNSを代表するXへの風当たりが日増しに強まっている。
2022年10月にXを買収したマスク氏は、表現の自由を掲げ、トランプ氏をはじめ、偽情報の投稿などで凍結されていたユーザーのアカウントを次々に復活させた。また、インプレッション(表示回数)を稼げば収入を得られる仕組みを導入したため、センセーショナルな投稿で耳目を集めて稼ごうとする通称「インプレゾンビ」を大量に生み出した。
大統領選では公然とトランプ氏を支持し、トランプ政権で新設する「政府効率化省」のトップに収まることになった。
一連の動きをにらみ、Xから撤退するユーザーが続出している。
「有害なメディアプラットフォーム」と断罪してXへの投稿を禁止したのは、イギリスの有力紙ガーディアン。1000万を超えるフォロワーを持つだけに、影響は大きい。スペインの主要紙バングアルディア紙は14日、Xは有害なコンテンツに満たされるようになった」と投稿を停止した。スウェーデンの日刊紙ダーゲンス・ニュテヘルも、「Xはトランプ氏とマスク氏の政治的野望と一体化し、乱暴で過激になった」と同様の措置を発表した。
国際NGO「国境なき記者団」は、自らに関わる偽情報の拡散を放置したとしてXを告訴、「虚偽拡散の共犯であり、責任を問われる時だ」と強調した。
ほかにも、さまざまな企業や団体がXと距離を置き、情報発信の場をインスタグラムやフェイスブックに移行しつつある。
今やXは、トップが先導する「偽情報の温床」とみなされているのだ。
確かに、偽情報の蔓延を防ぐには、SNSを利用しないようにするのも一計だろう。
もっとも、良質なユーザーが消えて、残るのは悪意のある偏った投稿だらけになってしまう懸念はあるのだが……。
■偽情報対策は世界共通の課題
日米ともに、選挙戦にあたって、現状では可能な限りの偽情報対策を練ったものの、効果的な抑止力とはならなかった。検証に時間がかかるファクトチェックも、選挙戦では有効とはいえなかった。
参考になるのは、数歩も先に進んでいる欧州だ。
欧州連合(EU)は、ネット上の違法・有害情報の削除をプラットフォーム事業者に義務づけるデジタルサービス法(DSA)を制定し、2024年2月から全面運用を開始している。
メタやXのような月間利用者数が4500万人を超える大規模事業者はじめほとんどのプラットフォーム事業者が対象で、欧州委員会が違反を認定した場合、最大で世界の売上高の6%の罰金を科すことができるという強烈な規制策だ。
偽情報対策の手本でもあり、「日本版DSA」を求める声は日増しに高まっている。
偽情報の悪影響は、選挙にとどまらず社会生活全般におよぶ。偽情報の封じ込めは、ネット社会が浸透する世界に共通する課題といっていい。
健全で安心安全な社会の確立に向けて、偽情報対策の重要性を、だれもが自分事として認識したい。
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メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)
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