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なぜ若者はNHK党の「迷惑街宣とデマ」を支持したのか…「斎藤知事復活」で広がる"選挙ハック"という闇ビジネス

プレジデントオンライン / 2024年11月25日 17時15分

兵庫県知事選挙が告示され、第一声を上げる政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏=2024年10月31日、神戸市中央区 - 写真=時事通信フォト

■なぜ斎藤元彦氏は「圧勝」したのか

兵庫県知事選、パワハラでの局長自死疑惑などの責任を問われて自ら辞職したはずの前知事・斎藤元彦さんの再選という結果で終わりました。

この選挙結果は驚きをもって迎えられ、報道各社出口調査では40代以下の勤労層・若者層が地滑り的に斎藤元彦さんを支持・投票した格好になっています。他方、10月31日の告示前の情勢調査では野党・立憲民主党系の稲村和美さんは盤石な体制と見られたものの選挙戦序盤から伸び悩んだ挙げ句に最後は斎藤さんに完全にひっくり返され、及びませんでした。

選挙後の評論では、特に「新聞を読まずテレビを観ない層が、選挙関連の情報をSNSに依存するようになり、既存メディアの衰退が大敗の原因となった」ことや「Youtubeなどオンラインで影響力を持つ「NHKから国民を守る党」の立花孝志さんが実質的に斎藤さんの応援に回り、選挙期間中に誤情報を流して有権者の多くを惑わせた」などの勝因分析が出てきています。

民主主義の根幹である選挙のおかれる環境が、メディアシフトとともに大きく変遷している端境期にあるのではないかとの見解も大勢を占める中、選挙とネット、憲法とプラットフォーム規制の動きについてどう考えるべきか――。兵庫県知事選投開票直後に行われたイベント「JILISコロキウム」で、わが国の憲法学の最前線を走る京都大学・曽我部真裕教授と新潟大学・鈴木正朝教授、弁護士・板倉陽一郎先生に聞きました。

■「表現の自由」と「民主主義の危機」

曽我部教授は「読売新聞の調査によれば、SNSや動画投稿サイトを参考にした有権者の9割が斎藤氏を支持していた」として、兵庫県知事選は「選挙民の分断は、主に選挙に関する情報を『どこから入手していたか』がそもそも若い人と中高年では異なっている以上、旧来型の新聞やテレビでは有権者に情報が届けられていないことは明らか」と総括しています。

そこには、確かに若い世代が読まなくなった新聞や観なくなったテレビから一転、TikTokやYouTubeで流れてくる選挙情報を信頼して投票行動を起こした背景が明確になっている一方、曽我部教授からは「投票行動において、地方選挙では必ずしも有権者は政策や候補者について十分な知識もなく選挙に『なんとなく』行かされる」問題も指摘。

特に、地方選挙は「一定の行政は地方公務員によって行われるため、誰が勝っても身近な問題の解決があるとは肌で感じられない」(曽我部教授)、「地域のコミュニケーションを支える家族や血縁、職場などでの政治の話題が忌避され、有権者全体の選挙、政策、候補者に対するコモンセンス(投票の前提となる共通認識)が喪失している」(鈴木教授)可能性も示唆されました。

また、有権者が特定の政党や政治家を投票する動機と、それを支える知名度・浸透の問題は重要で、公職選挙がマーケティングの対象となり、ナラティブ(物語性)が党派性を置き換え組織票や地域票だけでは勝てる選挙ばかりではなくなってきた状況が示されています。

■デジタル空間の選挙運動と「伝統的憲法学」

曽我部教授は「従来、民主主義における自由な言論の重要性を重視する考え方に基づき、憲法学は選挙運動における表現の自由の制約に対して慎重な立場を取ってきた」と説明。むしろ、選挙においては伝統的な憲法学の立場からは、もっと候補者は自由かつ闊達に立場や政策を主張して良いのであって、むしろ、禁則事項の多い「べからず集」となっている公職選挙法もまた、不必要な規制として撤廃してしまうべきだという立場になり得ます。

しかし、デジタル空間における選挙運動の実態は、この伝統的な考え方への再考を迫っているようにも見受けられます。特に今回の兵庫県知事選挙では、YouTuberとして知られる立花孝志さんが自ら立候補しながらも、実質的に斎藤陣営を支援。対抗陣営であり有力候補であった稲村和美さんを積極的にネット上で攻撃する動画を多数掲載し、多くの視聴者を集めていました。

京都大学の曽我部真裕教授(右)。左は筆者=2024年11月18日
筆者提供
京都大学の曽我部真裕教授(右)。左は筆者=2024年11月18日 - 筆者提供

■新聞・テレビの“形式的な”公平性

その過程で、稲村和美さんの政策に関する誤情報が拡散されたほか、知事・斎藤元彦さんへの問責の場となった百条委員会の委員長を務める県議・奥谷謙一さんの自宅前で街宣活動を行うなど、新たな問題が浮き彫りとなっています。これらを選挙期間中に認められる表現の自由という文脈で憲法が保障して良いのか、という問題はどうしても議論となるのは当然です。

メディアの分断において、特にレガシーメディアとされる新聞やテレビなどの選挙報道で特に深刻なのは、レガシーメディアが選挙期間中に形式的な公平性・中立性を重視するあまり、質・量ともに報道が低下する傾向にある点です。有権者からすれば、「いま」どの候補が、どこにいて、どんな話をしているのかという速報性にも敏感な状態であるにもかかわらず、有権者が正確な情報を得る機会が制限され、SNSなどでの不確実な情報に依存せざるを得ない状況が生まれているのではないか、と曽我部教授は指摘します。

■「選挙ハック」として片付けられる問題なのか

今回、ダークホース的に存在感を示した立花孝志さんによる選挙運動手法は、いわゆる「選挙ハック」として片付けられる問題ではないのではないか、という指摘は鈴木教授、板倉先生からも提起されました。これは「ハック」というよりは「ゴロ行為」であり、ある意味で民主主義という社会基盤に対する攻撃だという見方も成立するわけです。そして、選挙期間は告示・公示から投開票日までそう長くなく、そこで繰り広げられたデマや偽情報の拡散はいまの選挙制度で解決することが難しいと言えます。デマや偽情報を信じて投票してしまった有権者からすれば、気づいたときには開票が終わっていますから文字通り手遅れとなります。

そこには、デジタルプラットフォームを介した情報空間のひずみという、より本質的な課題が潜んでいる一方、憲法学における「言論の自由市場論」の限界もそこにあると言えます。「言論の自由市場論」とは、どのような悪辣で低質な表現が跋扈しても、最終的には優良で価値のある言説が市場において勝利するので、そのようなガセネタや誹謗中傷含みの偽情報が混ざっていたとしてもいずれ淘汰されるのだから問題ないのだ、という考え方です。

(左から)弁護士の板倉陽一郎氏と新潟大学の鈴木正朝教授=2024年11月18日
筆者提供
(左から)弁護士の板倉陽一郎氏と新潟大学の鈴木正朝教授=2024年11月18日 - 筆者提供

■「動画プラットフォーム」が投票行動を左右

そして、この問題で特に深刻なのは「アルゴリズムによる情報の選別が、有権者の分断を加速させる可能性」(曽我部教授)です。プラットフォーム事業者において、マーケティング的にユーザーの好む情報を提供することでそのサービスを繰り返し使ってもらおうというアルゴリズムが働いています。その結果、自分の意見に近い情報ばかりが表示される「フィルターバブル」が発生し、これを認識し得ない多くの有権者は偏った情報に基づいて投票判断を迫られることになります。

特に、TikTokやYouTubeなどの動画サイトでは、兵庫県に住む有権者個人が一度、斎藤元彦さんや立花孝志さんの流す情報を複数回選好してしまうと、他候補者の言論や経歴、政策などはあまり表示されなくなってしまうことを意味し「その時点で、これらのサービスを利用する若い有権者は、斎藤元彦さんの情報しか流れてこなくなった結果、斎藤さんに投票することになる」(曽我部教授)「そして、動画プラットフォームが実質的に投票行動そのものを左右する存在となる」(鈴木教授)と指摘されています。

さらに、生成AIの登場により、この問題は一層複雑化しています。AIを使用することで、もっともらしい偽情報を大量に生成することが可能となり、画像生成AIと組み合わせることで、より説得力のある形で誤情報を拡散できるようになりました。「今回の兵庫県知事選では大きな影響は及ぼさなかったものの、この技術的進歩は、いずれ選挙の公正性に対する新たな脅威となる可能性は否定できない」と曽我部教授は論じています。

■欧州で広まり始めた「デジタル立憲主義」とは

このような好ましからざる状況に対し、新たな規範的枠組みとして注目されているのが「デジタル立憲主義」的アプローチです。欧州で新しい潮流になっているデジタル立憲主義は、デジタルプラットフォームの影響力を踏まえ、情報空間の健全性確保に向けた新たなルール作りを目指す考え方。プラットフォーム事業者が国民に対して引き起こす違憲な社会情勢に対して、国家はプラットフォーム事業者を規制し、しかるべき国民の権利と利益を守る必要があるとするものです。

従来の「思想・言論の自由市場」論は、投票日という刻限が決まっている投票行動では特に、情報空間では必ずしも機能しません。誤情報や偽情報が瞬時に拡散され、個人がその真偽を判断することは極めて困難だからです。

「世の中が専門的すぎて、民主主義と言っても有権者は政策にも政治家にも素人すぎる中、短期間で誰がいいかを見極めて投票するのは現代では不可能になっている」(板倉先生)

JILISコロキウムの様子
筆者提供

■情報にも「栄養バランス」が必要という考え方

昨今、慶應義塾大学の山本龍彦教授や東京大学の鳥海不二夫教授が提唱している「情報的健康」という概念にも注目が集まっています。比喩として、食生活における栄養バランスのように、情報摂取においても適切なバランスが必要だという考え方です。

「ただし、情報の偏りは生命に直結するわけではないため、国家や行政、あるいは新聞社、NHKなどがこのようなテーマで国民の情報摂取に対しどこまでの介入が正当化されるかについては、慎重な検討が必要となる」(曽我部教授)

一方で、公共放送であり実質的に税金にも近い国民からの放送受信料で運営されているNHKの役割を堅持して、通信会社などとともに選挙や災害時に国民の知る権利を担保することもまた模索されることになるかもしれません。

■「新たな選挙ルール」を構築する必要がある

では、これらの民主主義の危機とも言えるデジタル技術を駆使した「選挙ハック」にはどのような対応が可能でしょうか。

大きなひとつの方向性として、プラットフォーム事業者による適切な情報管理の仕組みづくりが挙げられます。ただし、その際には表現の自由との慎重なバランスが求められますが「選挙報道など、特定の利害が大きく絡む動画については、公職選挙法に明記するなどしてアルゴリズムを制限し、フィルターを発動させないことで公平な選挙にできるかもしれない」(鈴木教授)「公職選挙法はあくまで投票日につつがなく有権者が投票を終えられるところまでを企図した法律なので、選挙ハック的な妨害行為は厳格な対応が可能になる法律が別途必要になるのではないか」(板倉先生)などの論点が示されました。

なにより「選挙ハックはそれで儲かる仕組みになり、ガセネタでも過激な発言でもクリックになり動画が再生されればそれを流した人の利益になるビジネスモデルである以上、プラットフォーム事業者も広告利益になり悪用する陣営と共犯関係になり得る」(板倉先生)ことを考えれば、選挙に関わりのある文言については公職選挙法における選挙公報と同じく総量や流量に対する規制を早期に実現するほかないのではないかという考え方が大勢になっていくでしょう。

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写真=iStock.com/bizoo_n
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bizoo_n

■兵庫県知事選が問いかけていること

また、先にも述べた通り公共放送であるNHKを含む既存メディアの役割も再定義する必要があります。「さまざまな価値観・考え方を持つ人々が、社会的に協働することの便益を分かち合う多元的な社会の実現には、質の高い情報提供の仕組みが不可欠」(曽我部教授)だからです。

どちらかというと既存マスコミを信頼しないネットユーザーからは『マスゴミ』と扱われがちな新聞社、通信社、テレビ局なども、もとをただせば巨大な装置産業として倫理基準を持ち報道内容の品質を担保してきました。しかし、若い人がもはやほとんど読んでいないような新聞社がいくらイキリ立ったところで地方紙も全国紙も経営的に維持できず休刊廃刊が相次ぐことになり得ます。必然的に、メディアの再編とNHKを中心とした国民の知る権利を担保するための仕組みを考えていかなければならなくなっていくでしょう。

NHKもまた、右からも左からも批判に晒され、くしくも立花孝志さんが政治の舞台に出る理由そのものが「NHKをぶっ壊す」だったわけですが、能登半島地震など災害時での被災住民への情報提供は結局NHKとNTT、KDDI、ソフトバンク、楽天各社の設備復興とで担ってきたことを考えれば、責任ある良質のメディアを構築し国民の情報空間を健全にしていくアプローチしかないのではないかとも言えます。

今回の兵庫県知事選は、デジタル時代における選挙と民主主義のあり方を問い直す契機となりました。表現の自由を守りながら、いかにして健全な選挙環境を確保していくか――。その答えを見いだすことは、現代の民主主義にとって喫緊の課題と言えます。これは単に技術的な問題ではなく、私たちの民主主義の根幹に関わる重要な課題なのでしょう。

■PR業務をめぐり「公選法違反」疑惑が急浮上…

最後に、現在問題となっている斎藤元彦さん陣営からPR業務を受託したとされるmerchu社・折田楓さんのブログから、公職選挙法に違反する買収や寄付が行われたのではないかという嫌疑がネット上で騒がれています。本件では、斎藤元彦さんの選挙運動での動画や折田さんのブログでの内容も踏まえて検証がなされ、斎藤元彦さんの代理人への取材の結果「ポスターデザインなど適法な業務に対する70万円の支払いが行われた」との報道もあります。

渦中の折田さんの会社では、2024(令和6)年度「ひょうご仕事と生活のバランス企業表彰」受賞企業であり、兵庫県が行う事業で複数件の受託をしている関係事業者です。原則として、詳細な業務の指示が陣営からあって請け負っているだけであれば問題にはなりません。

しかしながら、折田さん自身が斎藤さん陣営の再選のためのネットPR戦略全般を担ったと標榜し、実際に会議風景ではそれを伺わせる提案・プレゼンが斎藤元彦さんに対して行われているあたりは興味が持たれます。経営者である折田さんや勤務する複数の社員が70万円の受託を超えた選挙運動の基幹業務をボランティアとして候補者張り付きで受託していたとは考えづらく、仮にボランティアなのだとしても一般運動員ではない、業として利益を上げ得る事業体従事者としての働きは無償ならなおさら違法な寄付に該当しかねません(政治資金規正法22条3)。事前収賄や寄付の禁止に該当するレベルでの関与があった疑いは濃いのではないかと思われます。

折田楓さんの選挙運動への関与は適法とは言えなかったとみられる一方で、齋藤さん陣営の選挙での総括主宰者への連座制適用は微妙な情勢で、具体的な内容については起訴されるかどうかも含めて追って報道が出てくるのではないかと思います。

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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。

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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)

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