斎藤知事再選で「パワハラ・おねだり疑惑」は闇の中に…「百条委員会」が存在価値を失ったといえるワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月25日 7時15分
■「いじめられ役」を演じ圧勝で舞い戻った
職員に対する一連のパワハラ疑惑やおねだり疑惑を吹き飛ばすように、兵庫県の斎藤元彦知事(47)は出直し知事選で圧勝、再選を果たした。
県幹部による告発文書に端を発した兵庫県議会の調査特別委員会(百条委員会)が全国的な注目を集め、県議会すべての会派、無所属の議員86人全員が全会一致の不信任決議案に賛成したことで、斎藤知事は“知事失格”を宣告されるかっこうとなった。
斎藤知事は、9月19日の全会一致の不信任決議に対して、県議会解散ではなく、自動的に身分を失う「失職」を選択した。
「いじめられ役」を演じるなど、したたかな選挙戦略を展開した斎藤知事は、若者・Z世代などから絶大な支持を取りつけた。
今後、約111万票という「民意」をバックに、「最も大事なのは県民のための改革」だとして、自らの提案した政策を何としても実現しようとするのは間違いない。
■疑惑追及は「改革」への強い疑問が発端
「県民のため」を掲げる斎藤知事の「改革」とは、自らの提案した政策が正しいのであり、県議会の反対こそが間違いだと認めさせることである。
県議会はパワハラ疑惑などに対する厳しい追及を行ってきたが、これは斎藤知事の提案した政策への反発、不満によるものが大きかった。
つまり、パワハラ疑惑などの追及の根底には、県議会が斎藤知事の「改革」にこれまで強い疑問を抱き、その姿勢をあらためるよう求めてきたことがある。
■百条委員会は骨抜き状態になる
選挙戦で、政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花隆志氏のYouTubeをはじめとしたSNSは、斎藤知事の「改革」に横槍を入れる百条委員会を激しく攻撃することになった。
この結果、百条委員会委員の県議1人が辞職に追い込まれるなどSNSでの誹謗中傷はとどまることを知らない勢いとなった。
SNS戦略を駆使した斎藤知事は表面的には百条委員会に協力する姿勢を示しているが、実際には、同委員会の調査は今後、委縮、骨抜きとなっていくことを十分に承知しているのだ。
不信任決議前と同様に、自らの正当性を淡々と主張するのは目に見えている。百条委員会が再開され、斎藤知事が証言したとしても、選挙前と同じ応酬が繰り返されるだけである。
斎藤知事は、同委員会による25日の証人尋問要請を全国知事会への出席を理由に欠席することを通告し、百条委員会もこれを許可した。次にいつ出頭要請をするかは決まっていない。
この欠席をきっかけに、調査権限を有する百条委員会そのものが存在価値を失う可能性が高い。
この百条委は最終的なゴールを「斎藤知事に道義的な責任を認めさせて辞めさせる」ことに設定していた。選挙を経て斎藤知事が舞い戻ってきたいま、道義的責任を追及しても「道義的責任とは何かわからない」と堂々巡りになるのは目に見えているし、いわんや再び辞めさせることなんて不可能だ。
百条委は斎藤知事の出席の有無にかかわらず、宙ぶらりんの状態になってしまったのだ。
■主戦場は12月と来年2月の「県議会」へ
その代わりに「主戦場」となるのは、斎藤知事の提案などを審議する12月3日開会の県議会、来年度の予算案が提出される2月定例議会などの県議会での論戦となるのは間違いない。
斎藤知事が提案してきた「県立大学無償化」「県庁舎問題の絡む『4割出勤』」などの政策が「改革」として、果たしてふさわしいのか、県議会が斎藤知事の「改革」を止めることができるのかなどを検証したい。
■斎藤知事が推し進める「大学無償化」
選挙戦でも強く主張した「県立大学無償化」は、斎藤知事が昨年8月5日の記者会見で表明した。県議会への根回しはなかった。
これから結婚、子育てをする若者・Z世代への支援策として、斎藤知事は「高等教育の負担軽減」「県立高校支援の充実」「不妊治療支援の強化」「結婚・子育て世帯向けの住宅の提供」などを掲げている。
そのうち、「高等教育の負担軽減」が「県立大学無償化」である。
兵庫県立大学、芸術文化観光専門職大学について、県内在住者の入学金および授業料を学部、大学院共に、所得に関係なく無償化するとしている。
2024年度から順次適用して、26年度に完全実施する。所要予算額22.4億円を見込んでいる。
■県議会の「疑問」に聞く耳を持たなかった斎藤知事
この「県立大学無償化」について、昨年の9月県議会を皮切りに、自民党をはじめ各会派からさまざまな疑問が集中した。
ことし2月県議会でも「県立大学無償化」には疑問が投げ掛けられた。
疑問の一つとして挙げられているのが、県立大学の学生、大学院生約7000人のうち、対象は約3500人であり、その事業効果は限られていることだ。
多くの学生は県立大学ではなく、私立大学や私立専門学校などへ進学していて、県立大学無償化で1人約214万円が支援される一方、その対象は1.7%と超限定的である。残りの98.3%は全く恩恵を受けず、格差を生じさせてしまう。
また個々の家庭の経済的な状況を踏まえないで、一律無償化することは、困窮する学生がいる中で支援策としてベストと言えるのか、といった声が上がっている。
つまり、事業効果が著しく限定的であり、多額の県民負担をするのに大多数の県民への還元が乏しいということだった。
これに対して、斎藤知事は「兵庫県の若者には学費の負担の不安を抱くことなく、希望する教育を受けられる環境を用意したいのがわたしの強い思い」とした上で、
「(県立大学無償化を発表したことで)県内学生を中心に過去5年間で最高の志願者数があり、無償化の効果が一定あったと考えている」
「兵庫県が県立大学の無償化を発表したことで、大阪公立大学、東京都立大学が無償化を発表した。さらに、国が修学支援新制度で3人以上の多子世帯について所得制限を撤廃する方針を示した。兵庫県が大学無償化を打ち出したことが、東京都そして国も動かしたと考えている」
などと、自信たっぷりに「県立大学無償化をしっかりと進めていく」とその正当性を主張している。
この論戦を見ても、知事と県議会の主張は真っ向から対立して相容れない。
斎藤知事は、県議会からの意見にはまったく「聞く耳」を持たないのだ。
■斎藤知事が何としても実現したい「肝いり施策」
今後、議論の焦点となるのが、県庁1、2号館の建物取り壊しに伴う職員「4割出勤」である。
斎藤知事は昨年3月、県庁の3つある庁舎のうち、1、2号館は阪神淡路大震災クラスの直下型地震で崩壊の恐れがあるとして、2つの庁舎の耐震改修を行わないで、解体・撤去する方針を示した。
井戸敏三・前知事は、現在の県の敷地を活用して、新庁舎を建設する計画を立てていた。
斎藤知事は「元の計画は約700億円の事業費だった。現在の物価高騰から試算すると1000億円を超える。新庁舎建設は県民の理解が得られない」などとして、新庁舎建設を撤回した。
寝耳に水の県議会は強く反発したが、斎藤知事は「県民のために」を掲げて、「改革」を進めることを明言した。
その改革の柱が、職員の「4割出勤」である。
1、2号館の解体・撤去で行き場を失う約2500人の職員が、出勤を週2日として、残りの3日を在宅勤務とすれば、出勤率は4割程度となり、約1000人の出勤に抑えることができる。
「4割出勤」の職員約1000人は県庁3号館や生田庁舎などの既存施設に分散して働けば問題ないという。「全国初、兵庫県庁の挑戦」というキャッチフレーズを掲げて、斎藤知事は肝いり事業を何としても実現させたいのだ。
■斎藤知事の「働き方改革」に県議からは不満が…
それに対して、自民党、公明党、ひょうご県民連合(立憲民主党系)は強く反発している。
ことし2月県議会代表質問で、ひょうご県民連合の上野英一県議は「知事から職員の4割出勤の方針が示されてから、これまで15人の議員が質問や指摘を行っている。その実現の可能性は、多くの県議だけでなく、多くの県職員の疑問や危惧の中に答えがある」などと、あらためて斎藤知事の進める「4割出勤」に疑問を投げ掛けた。
さらに「テレワークを実施するのは職員一人ひとりの意思によるべきで、決して命令するものではない。県庁舎のキャパ(収容能力)を理由に、半ば強制的にするものではない。職員の働き方の維持改善を図る観点から、多くの職員の声を把握、理解した上で対応していく必要がある」などと働き方改革の趣旨に反しているとも疑問を投げ掛けた。
これに対して、斎藤知事は「若い職員を中心に、ワークライフバランスの観点から、テレワークのさらなる活用をしてほしい、本庁職員だけでなく、地方機関でもどんどんやってほしいという声もあったぐらいで、課題解決を一つずつしていきたい」などと「4割出勤」を推進する姿勢を変えなかった。
■当の県職員もテレワークは望んでいなかった
ところが、2月県議会直後の3月に発表された職員約2300人のアンケート結果では、約7割が在宅勤務のテレワークで業務効率が「低下した」と回答している。また、在宅勤務の希望日数では、「週2日以下」が約8割を占め、「4割出勤」の達成に必要な「週3日以上」は2割にとどまった。
ほとんどの職員が週3日の在宅勤務を希望しなかったのだ。
理由として、「他職員との気軽な相談が困難で、対面で話したい」「自宅に仕事環境が整っていない」などを挙げていた。
ほとんどの県職員たちは「4割出勤」には否定的だった。県議会、県職員の不満、疑問が斎藤知事に集中した。
それでも、斎藤知事は何としても職員の「4割出勤」を目指す考えに変わりない。
斎藤県政が継続されることで、「4割出勤」は再び県議会で取り上げられ、その是非が再び俎上(そじょう)に載せられる。
いくら県議会の反対があっても、斎藤知事は、兵庫県庁の未来を決める強い権限を有している。県議会が反対すれば斎藤知事の「改革」は通らないというのは建前で、実際には111万票の民意を重く見た県議らが斎藤知事側に「寝返り」しても何の不思議もない。反対をし続ければ、彼らも次の選挙で落選の憂き目に遭う可能性があるのだ。
実際、維新の県議2人が不信任決議に賛成に回ったことについて斎藤知事に謝罪し、斎藤県政に協力する姿勢を見せている。
■県議会は斎藤知事の暴走を止められるのか
「百条委は調査貫徹を」(朝日新聞社説)、「疑惑対応と県政両立せよ」(産経新聞社説)などマスメディアは、百条委員会の役割に大きな期待を寄せているが、実際には、SNSの威力などによって、百条委員会の存在さえ危ぶまれている。
斎藤知事の不信任決議での失職、再選は、若者・Z世代が政治に関心を持つきっかけとなった。
社会に大きな変化を求める若者・Z世代と安定を求める40代以上の世代間の対立は、まるで、斎藤知事と兵庫県議会との関係のように見える。
斎藤知事が「改革」を成し遂げるためには、若者・Z世代と連帯したSNSの活用は欠かせない。兵庫県議会が、斎藤知事を止められるのか非常に難しくなった。
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ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)
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