視聴者に見放され「マスコミの代弁者」に…"斎藤元彦知事の復活"が示すモーニングショー・玉川徹氏の限界
プレジデントオンライン / 2024年11月25日 17時15分
■「異端中の異端」がテレビを背負っている
玉川徹が“テレビ”というマスメディアを背負う存在になっている――。
やや大袈裟にいえば、最近、私はそう思いながら彼の発言を見ていることが多くなった。
最近は連日話題の兵庫県・斎藤元彦知事関連のニュースだろうか。11月25日、テレビ朝日系列朝の看板番組「羽鳥慎一モーニングショー」(以下、モーニングショー)でも斎藤陣営に関わったPR会社の折田楓代表に降りかかった公選法違反疑惑を取り上げていたが、公選法のあり方から、折田氏のnoteの内容まで広くフォローしながら鋭く問うような姿勢は見せていた。
最近は兵庫県知事戦を巡って、選挙報道のあり方についても「既存メディア」への注文も含めて言及していたが、それらも当たり前のように「こたつ記事」として配信され、当たり前のように賛否さまざまな反応を引き起こす。
注目ニュースのとき、玉川が何を言っているのか聞きたい――。彼の発言を支持する視聴者だけでなく、批判するほうも待っている。
玉川はテレビ朝日報道畑の“大御所”ではない。一貫してワイドショーを主戦場にしており、現場ディレクター兼出演者としてキャリアを積んできた。彼の強引な取材手法はしばしば社内でも物議を醸し、政治部から抗議にも近い物言いがついたこともある。
報道部門がテレビメディアの王道ならば、彼は業界内の異端中の異端である。そんな異端がテレビを代表する存在になっていること自体が興味深い現象なのだ。
■「怒りの代理人」として勝ち組に上り詰めた
「怒りの代理人」――これはかつて玉川徹が自らを称して使っていた言葉である。日本で一番影響力のある“会社員”だったと言っていいだろう。注目度を一気に高めたのは2020年から始まった新型コロナ禍の時だ。モーニングショーで連日、舌鋒鋭く故安倍晋三政権の新型コロナウイルス対策を批判した。
行き過ぎた発言は一度や二度では済まないが、彼の怒りは文字通りの意味で視聴者を刺激し続けた。彼の言葉に反感を持つ者もいれば、逆に熱烈に擁護する者も生み出す。そんな玉川は2023年に定年退職を迎えたあとは、フリーランスとして契約を結び直して出演を続けている。
一社員、現在は元社員が連日コメンテーターを務めてからのモーニングショーの視聴率は、とにかく絶好調の一言である。新型コロナ禍を完全な追い風として、2019年度の平均視聴率は9.6%を記録し2020年3月20日に記録した12.7%は19年度、同番組の最高視聴率となった。
以降、いまいち数字が伸び悩んでいるという評価だったモーニングショーは、各局がずらりと主力を並べた朝のワイドショー競争で一気に勝ち組に上りつめた。
■「ワイドショーの理想」を体現していた
あくまで業界の論理からみれば、という但し書きはつくにせよ、継続によって競争を勝ち上がった羽鳥─玉川体制はワイドショーの理想を体現したといっていいのだ。
私は拙著『「嫌われ者」の正体』で玉川徹を追いかけたルポを書いた。本人への取材は「多忙」を理由に断られてしまったが、これはこれで面白い展開になったなと思っていた。
ノンフィクションの歴史の中で培われてきた方法の一つに、本人を取材できなくても周辺を徹底的に掘り下げることで人物を浮き彫りにするというものがある。それは時に本人が見せたい自分の姿を雄弁に語る以上にくっきりと人間を浮き彫りにする。その方法を試す良い機会になるからだ。
■テレビマンとしての3つの特徴
先にも記したように、玉川本人への取材はかなわなかったが、テレビ朝日の現役社員、OB、制作現場のスタッフが取材に応じてくれた。現役社員やスタッフの中には通称「チーム玉川」の一員――というより右腕といってもいいだろう――として、彼と長年ワイドショーの現場で奮闘してきた元ディレクターらも含まれている。
本人以上に肉声が表に出てこない裏方の証言と玉川の著作から、生粋のワイドショー屋、情報番組屋としての玉川の特徴を指摘することは、決して難しいことではなかった。さしあたり3点、指摘できる。
第一に一貫した反官僚主義、第二に信念と視聴率の折り合い、そして第三に「野党」気質である。
玉川は1963年生まれである。宮城県の名門、仙台二高から京都大学に進学し、農学部で農業工学を専攻し大学院にまで進んでいる。修士課程を終えてバブル期の1989年にテレ朝に入社し、最初の配属先が「内田忠男モーニングショー」の芸能班だったことが人生を決定づけた。以降、ワイドショーを軸にキャリアを重ねてきた。
第1の特徴から見ていこう。玉川が一貫してこだわってきたテーマの一つは、官僚による税金の無駄遣いだ。彼を特徴づける「反官僚」の原点は、著作の中に見いだせる。繰り返し書いているエピソードがあるからだ。彼と同じ学科の学生には国家公務員試験I種、すなわちキャリア官僚を目指す学生が一定数いた。
■徹底した「反官僚主義」
時代は超がつく好景気だ。彼からすれば高い給料とボーナス、引く手数多(あまた)の民間企業に比べて、国家公務員は薄給と給与に見合わない過酷な労働しかない職場に見えた。民間に行くのが当たり前の時代であるにもかかわらず、学生時代の特権とも言えるような遊びに興じることもなく高校時代からの習性のように公務員試験に勤しんでいる。
民間企業の就職活動をしていた彼は、ある日、同級生になぜ公務員になるのか尋ねてみた。
「だって、恩給ももらえるし、天下りできるでしょ」
「それに若い時だって、民間に威張れるでしょ」
どこまで本意かはわからないが、この答えに、若き日の玉川はなんと利己的な動機なのかと愕然(がくぜん)とする。
高い志を持った者がいたとしても、多数派がこれでは少数派はやがて染まっていく。こんな動機で入省する連中が、国の政策を動かしていいのか。個人の小さな経験から、官僚への不信感を募らせた玉川は、やがてテレビの力を使って官僚と闘うことになる。
■野党政治家タッグを組み、高視聴率を記録
現役テレ朝社員が述懐する――「ちょうど1990年代後半~2000年代の前半だったと記憶していますが、玉川さんは自分が担当していた番組で、自分のコーナーだけでいいからリポーターまでやりたいと言い始めました。自分が取材したことを自分で最後まで伝えたいということです。
当時のワイドショーはリポーターとディレクターが一緒に取材に行き、リポーターがスタジオで報告するシステムが主流でしたが、玉川さんはディレクターだけで終わりたくないと言ったのです。一人二役で自分のネタを、自分でリポートしたいという思いが強かった。予算も浮くからということで最初は試しで始めてみたのです」
そのとき、彼がターゲットにしたのが官僚だった。
当時民主党のホープだった枝野幸男(現在は立憲民主党)や、のちに名古屋市長から日本保守党初の衆院議員となった河村たかしらと連携して、ワイドショーを舞台にして官僚の利権を追及した。
タッグを組んだ枝野は「霞が関」に建設予定の新庁舎地下にプールを作る計画を批判し、官僚を論破するシーンは昼の帯番組「ワイド!スクランブル」で6%を超える視聴率を記録した。
時に、映像は言葉以上に文脈を雄弁に伝えるツールになる。現場で得た実感をスタジオに持ち込み、熱のこもった口調で怒りをつけくわえれば強力な特集が出来上がっていく。玉川は著書の中で、官僚を「ウイルス」やがん細胞に喩(たと)えている。
ウイルス最大の悪行である「無駄遣い」を検証し、視聴者に投げかける――。玉川の基本的なスタンスと闘い方は約20年前には完成していた。一連の官僚批判は大きな反響を呼び、玉川は一つのポジションを確立した。
■正しさではなく「庶民の怒り」に寄り添った
第2に玉川は視聴率の力を知っている。自らの提案でワイドショーの常識を覆す。それがディレクター兼リポーターだ。取材してVTRを作るディレクターとスタジオで説明したり、現場に出てカメラに映ったりするリポーター役は分かれているというのが常識だった。
しかし玉川は熱弁を振るって、自分が取材したネタは自分の言葉で視聴者に届けたいと当時の上司たちを説得した。その裏付けになったのが視聴率だ。
「チーム玉川」のミーティング、あるいは取材活動の中で、彼が何度も繰り返した言葉を当時のスタッフの証言してくれた。まずは「数字を取ること」だ。
それも自分たちが主導権を握っている企画で数字を取ることだ。「自分は数字が取れなくなったら、すぐに地位を追われる」と番組の平均視聴率ではなく、自身が担当するコーナー視聴率を特に気にかけていた。分単位でグラフ化される数字を意識して、自分がやりたいことをやり、かつ視聴者に響くにはどうしたらいいかを考える。それには視聴者からの疑問に答えるだけでは不十分で、視聴者が思いもよらないことを番組で提示しながら、それでも数字を取ることが必要だった。
玉川が「無駄遣い」をテーマに官僚にフォーカスしたのもよく理解できる。
本人の強い問題意識はあったにせよ、彼が意識していたのは数字でもあった。彼は著書のなかで自らの仕事を「怒りの代弁者」という言葉で説明していたが、視聴者層を意識すればいい。
大上段から大真面目に政治を語るよりも、自分たちの暮らしと比較して恵まれた住環境を与えられた官僚への怒りを日常的な感覚に落とし込んで語ったほうが響くと考えたのだ。
■視聴率のための権力批判
第3の特徴である「野党気質」を端的に説明してくれたのは元「チーム玉川」の一員だった人々の証言だ。
「玉川さんは権力を批判するほうが盛り上がるだろう、とよく語っていました。国と一緒のことを言うのではなく、その反対のことを堂々と言いたいのが玉川さんの気質です。官僚批判で歩調を合わせているように見えた民主党も政権に就いたとたん、一転して堂々批判していた」
彼に確固たる信念がないとまでは言わないが、今に至るまでコメンテーターとしてのポジションは政権や社会の出方によって相対的に決まる。2010年代から始まった長い安倍政権時代はリベラルなポジションを強めていったのも必然である。
「怒りの代弁者」として、時に感情を乗せながらお行儀の良さだけでは終わらせない。かつてはテレビ朝日の社員、今はOBとして古巣に傷を負わせないぎりぎりのラインを突こうとする。
それが「生き生きとしたコメント」となり、よくよく聞けば大した中身のない発言でも「よくぞ言ってくれた」という喝采と「また玉川がおかしなことを言っている」といった反論を呼び起こす。
一方から好かれ、他方から見れば「嫌われ者」だが、両者ともにテレビから目が離せないと反応した時点で玉川の思惑の中にハマっている。
■実態は「政治系ユーチューバー」と変わらない
そんな玉川の姿勢、あり方は何かに似ていると思わないだろうか。彼の基本的な行動原理は政治や社会問題を取り扱うユーチューバーとそう大きくは変わらないのだ。
玉川の怒りはまずもって「官僚」へと向かったが、それは昨今のユーチューバーのように反マスメディア・反テレビでも反既得権益でも代替可能であり、再生回数との折り合い、社会の空気を読んでポジションを変えること、そして何より――対象は多岐にわたるが――何かに対する「怒りを代弁」しようとする姿勢は現代の発信者たちの動機にも通じるものがある。
賛否を超えて再生ボタンを押させた時点で話題を獲得するのも、チャンネルを合わせてもらうための方法と共通する姿勢だろう。もし、若い時分の玉川が現代を生きているという世界線があれば、相当強烈なインフルエンサーになっていたのではないか。
■これからはテレビが「怒りの対象」に
彼が培ってきた異端の方法は、多くのメディア人が予期しなかった形でインターネットに流れ込んだ。その結果、起きたのはテレビそのものが怒りと疑念の目を向けられる対象になったことだ。
言い換えればテレビ、マスコミが「嫌われ者」になった。それが玉川的な方法を駆使した動画として広がっていく。権威に立ち向かっているようなポジションを取り、実際に数字がついてくれば玉川のポジションは当面守られる。
しかし、本当に問われなければいけないのはかつてのテレビの技法そのものだ。
一時の怒りをもとに視聴者の感情を刺激し、共感をひきつける「怒りの代弁」から、別の方法への模索が問われる必要があるのではないか。
ワイドショーを牽引した玉川がテレビを代弁する時代は皮肉ではあるが、決して歓迎するものではない、と私は思うのだが……。
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記者/ノンフィクションライター
1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)がある。
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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)
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