絶好のゴルフ日和なのにプレーをせず「よし、帰ろう」…萩本欽一さんが実践している運を引き寄せる意外な方法
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 8時15分
※本稿は、太田省一『萩本欽一 昭和をつくった男』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■スタッフと出演者を集めてあみだくじを引かせる
萩本欽一ほど運の良し悪しに敏感なひとはいない。野球でも、運が良くなっていそうな選手を見極めて抜擢するのが監督ならぬ「欽督」としての仕事になっていた。
もちろん、テレビ番組をつくるときもそうだった。萩本欽一と運に関する驚きのエピソードには事欠かない。『欽きらリン530‼』では、こんなことがあった。
スタッフと出演者全員分のあみだくじをつくり、引いてもらう。ひとつだけ○が入っている。それを引いた人間を番組でプッシュしていくと萩本は宣言した。それを引いたのが、勝俣州和だった。×もひとつだけある。「悪いけど、それを引いたひとにはこの番組から外れてもらう」と萩本は宣言し、実際それを引いたスタッフは番組から外れることになった(前掲『SmaStation!!』トクベツキカク)。
自分の運についても同様である。『スター誕生!』の親睦会でゴルフをやることになった。当日は快晴。絶好のゴルフ日和である。ところが晴れ渡った空を見た萩本は、まだ始まってもいないのに「よし、帰ろう」とマネージャーに言った。驚いたマネージャーが「何で?」と聞くと、「こんな日に家に帰って企画練るなんて画期的。考えつかないことだもの。だから当たるよ。帰ろう」と答えた(萩本欽一『まだ運はあるか』52〜53頁)。
■運は操れないけれど貯めることはできる
こうしたエピソードからもわかるように、萩本の運との対しかたは普通とは少し違う。運が悪いときは耐え、運が良くなるのをひたすら待つ。それがわりとよくある考えかただろう。だが萩本は、そうではない。
運を自分の力ではまったくどうにもならないものとは考えていない。むろん運を自在に操ることなど不可能だ。だが自分の行動で運を引き寄せることはできる。そう考えている。だから快晴に恵まれたなかでゴルフをやって運を無駄遣いしない。逆に部屋にひきこもって企画をウンウンうなりながら考えることで運をコツコツ貯めることを萩本は選ぶ。
タレントを育てるときも同じだ。あるとき、『欽ドン!』に抜擢した松居直美に20回同じことをやらせ、「一番最初のでいこう」と言ったことがあった。後年、不思議に思っていた松居は「最初でよかったのなら、後にやった一九回は何だったんでしょう?」と聞いた。すると萩本は、「一回やってできても、有名にはならなかった」と答えた(同書、45頁)。
その考えはこうだ。神様は1回でできたひとを有名にさせない。だから神様に、「このコは一回でできるところを二〇回やったのよ。だからこの一九回を一所懸命やった分、有名にしてね」とお願いするのである。そして松居直美は、現在も活躍する息の長いタレントになった(同書、45頁)。
■「ダメなときほど運が貯まっている」
よく萩本は、「運の法則」として、「ダメなときほど運が貯まっている」と言う。失敗ばかりでうまくいかないときは、「自分は将来のための運を貯めているのだ」と思えばよい。だから普段から無駄を無駄と思わずコツコツやるのが大切だ。それを運の神様はどこかで見ている。
とはいえ、ここまで運を引き寄せるために徹底してやるひとも珍しい。ちょっと「不思議なひと」と思うひともいるはずだ。しかし、萩本欽一と同じ「昭和」を生きた人間にとっては理解できる面もあるのではなかろうか。
萩本の運を貯蓄するという考えかたには、努力や勤勉を尊び、無駄遣いを避けることをよしとする昭和的価値観に通じるものが感じられるからだ。努力や勤勉は、高度経済成長期に培われた日本人の美徳である。さぼらず真面目に勉強し、仕事をしていれば、たとえささやかでも安定した生活は保証される。右肩上がりで成長する経済がそれを信じさせてくれた。
ただもう一方で、高度経済成長期は競争への意識が高まったときでもあった。自由と平等の世の中では、本人の努力次第で道は開ける。大きな成功も夢ではない。だがそれを目指すのであれば、プラスアルファが必要になる。そのプラスアルファが運である。特に萩本欽一が選んだ芸能の世界は、成功するためには人気という目に見えないものを相手にしなければならないだけに運の占める部分はいっそう大きくなる。
■遠回りの美学
こうした萩本欽一の人生に一貫しているのは、端的に言うなら「遠回りの美学」だろう。萩本自身、こう述べる。「ぼくが番組を作ってた時にやっていたことは、“遠くする”ことだけなんです」(前掲『人生後半戦、これでいいの』96頁)。
あるとき、番組に小学校に上がる前くらいの小さい子どもが欲しいと萩本は考えた。それならば、児童劇団に連絡を取り、オーディションを開けば手っ取り早い。スタッフもそう提案した。だが萩本欽一はそうしなかった。
スタッフに、とにかく自分の目で探すよう頼んだのである。スタッフは手分けして幼稚園の前などに立ち、見つけることにした。そしてようやく2カ月後、ディレクターが「我々が探した子どもに会ってください」と言ってきた。この子でいいか、お伺いを立てたわけである。
すると萩本は、こう言った。「ぼくが見て、この子、よくないねって言ったら、二カ月かかったことも、全部が無駄になるんだよ。ぼくはそういう無駄はしたくない。その子に決まるまでの物語を聞いただけで、当たるのはもうわかってる。だから本番に連れてきなさい」。
果たしてその番組は、視聴率20%をとった(同書、96〜97頁)。
■なぜわざわざ遠回りをするのか
なぜわざわざ面倒なやりかたをして“遠くする”のか。それは、この言葉にもあるように「物語を生む」ためである。萩本は、あえて遠回りすることだけを考えていた。だから、スタッフが見つけてきた子どもを面談さえしなかった。
結局、近年私たちの社会から急速に失われつつあるのは、こうした遠回りを厭わないこころなのかもしれない。遠回りすることの対極にあるのが効率主義だ。徹底して無駄を省くことで迅速に目標に到達する。そうした効率主義が、テクノロジーの発展もあってますます加速している。
少し前に話題になった「タイパ(タイムパフォーマンス)」などは、その最たるものだろう。だがバラエティ番組を1.5倍速で見ても、間や雰囲気を感じ取ることができず、本当の意味でそこにある面白さは感じ取れないはずだ。
坂上二郎さんであれ、素人であれ、同じシチュエーションで繰り返しやらせる欽ちゃんの笑いは、思えば遠回りの笑いだった。もちろん昭和時代にも効率主義の流れはあった。だが徹底した遠回りによる笑いで長年にわたり支持されたのが欽ちゃんだった。
断っておくが、「遠回りの美学」は決して古臭いものではない。むしろ古い常識を壊すことだ。そのことは、ここまでみてきた萩本の人生、そこにあった数々のエピソードを思い出せばわかってもらえるだろう。
無謀と言われる困難な道をあえて選ぶことで新しい道を切り拓くのが、一貫した萩本欽一の流儀である。つまり、遠回りこそが革新的なものを生み出す秘訣であり、そこに運もついてくる。
もし萩本欽一のことを「不思議なひと」だと思ってしまうとすれば、きっとその分だけ私たちの思考回路は「昭和」から遠ざかってしまっているのである。
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社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)
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