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年間授業料260万円の学校に日本人の子どもが通えるか…歴史的円安で進む「日本の途上国化」の厳しい実態

プレジデントオンライン / 2024年12月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mlenny

2024年7月、ドル円相場が一時161円台に達して37年ぶりの円安水準となった。この歴史的円安は日本人の暮らしにどのように影響するのか。慶應義塾大学の大西広名誉教授は「一旦『先進国』となった日本が、ここにきて再び『途上国化』している」という――。

※本稿は、大西広『反米の選択 トランプ再来で増大する“従属”のコスト』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。

■日本人の月給は韓国人より5万円低い

この円安の真の評価は「この国のカタチ」を円安がどのように変えるかといったもっと大きな視野からなされなければならないと私は考えている。

たとえば、ここまで円安が進んでくると日本は外国人労働者に選ばれる国ではなくなってしまう。そして実際、飲食店や居酒屋で中国人労働者の姿はとんと見られなくなり、カンボジアあたりでも、日本より韓国に行っている労働者数が3倍以上となっているらしい。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの加藤真氏が掲げる表を切り抜きし(加藤、2024)、さらに2024年の推計を加えると図表1のようになる。

【図表1】外国人労働者賃金の日韓比較(月額)
『反米の選択 トランプ再来で増大する“従属”のコスト』(ワニブックス【PLUS】新書)より

文在寅政権による大幅賃上げが韓国の競争力を削いだとの批判もあったが、「競争力」なるもの、人口減の下での競争力とは外国人労働者を引き付けるものでもなければならない。それにもかかわらず、日本の方は賃金も下がり、為替も下がる。「この国のカタチ」が壊れかけていることがわかる。

■研究者からも日本は「選ばれない国」に

ちなみに、こうした低熟練労働者層の「買い負け」に限らず、高度技術者や大学教員層の流出も忘れてはならない。

私自身が近しい大学研究者から聞いた話でもあるが、アメリカの大学で助教(助手)をしている人物が日本の国立大学から教授として招聘された際、あまりの給与の相違を理由に断ってきたというのである。

日本ならせいぜい年間700~800万円程度の収入が(私も京大教授の時はそうだった)、アメリカの助手として現在1400万円程度をもらっているからということである。

異常な円安がこうした事態を招いていることを日本の政治家はどう考えているのだろうか。

■異常な円安は日本を途上国にする

ただし、実は、この異常な円安は日本をもっと根本的なところで途上国化しているという実態がある。

というのは、ここまで円安が進むと従来通りの輸入をすればドル・ベースの支払い代金が膨張して貿易収支が赤字化する(すでにしている)が、その状況でさらに輸入を増やすような国内景気の改善がご法度となるという問題である。少しの景気回復でも起きれば輸入が増え、それが貿易収支と経常収支を悪化させて外貨準備の上限に達してしまうからである。

もちろん、円価値が高ければ簡単にドルを購入してこの制約を突破できるが、2012年初頭と比べて円価値を半分にまでしてしまったら、そうはならない。そして、この場合、金利を上げるなどして経済を冷やす以外なくなるのである。

■貿易収支全体にとって大きなマイナス

実のところ、こうした状況の到来は私だけが言っているのではなく、『エコノミスト』が今回の円安を論じた特集でも指摘している点で(※)、「国際収支の天井」と言われるこの状況は過去にも1970年ごろまでの日本で存在したこと、その後の日本はそうではなくなったものの、途上国には一般的な状況として存在し続けていたことを主張している。

※近條元保「経常収支が発する警告“途上国”化する日本」『エコノミスト』2024年6月4日号

逆に言うと、一旦「先進国」となった日本がここにきて再び「途上国化」しているということになる。

あるいはもう少し理論的に次のように説明することができる。1970年代以降の元気な日本は為替レートの下落が数量ベースでの大幅な輸出拡大をもたらし、よって貿易収支⇒国際収支も拡大させる効果を持っていたのであるが、現在はそうではなく、逆に輸入財の支払額の高騰で貿易収支全体にマイナスの効果を与えてしまっている。

これは、現在のようにすでに製造業の生産拠点が海外に移転し、海外に拠点を持つ日本企業の利益が日本に還流せず海外に再投下されるようになると生じる現象で、ここに至ると為替レートの切り下げは悪影響の方が大きくなるのである。

■打撃を受けたのは庶民の暮らしだけではない

このことを実際の問題として示すためにアベノミクス導入後2年間の円安(1ドル80円から120円への円安)の影響を図表2で確認しておきたい。

【図表2】アベノミクス導入後2年間の貿易収支への影響
『反米の選択 トランプ再来で増大する“従属”のコスト』(ワニブックス【PLUS】新書)より

どちらの年にも数量ベースの輸出入は殆ど変化がないいが、価格ベースの輸入だけが急増して純輸出の赤字が激増している。これが過去とは異なる日本の現状であって、こんな状況の下で円安を作り出したアベノミクスとは何だったんだろうと思う。

前述のように輸出企業は膨大な追加利益を上げ、それによって株式所有者も大きな利益を上げたのであるが、日本のマクロ経済としてははっきりマイナスであったのだと言わなければならない。もちろん、これ以外にも、輸入財を購入する庶民や輸入系企業の不利益はもっと直接的であったのではあるが……。

したがって、ここでのポイントは現在の状況下では為替レート安は非常に危険であること、そして、その結果、「国際収支の天井」と抵触するような「途上国状況」に陥ってしまっているということである。これらがすべて弱体化するドル体制維持の目的から始まっていることを確認しておきたい。

■アメリカに「出稼ぎ」に行く日本人女性たち

したがって、こうして日本の所得水準が国際基準からして下がってしまうと、今度は企業の側も行動様式を変えることになる。貧乏な日本人相手の商売ではなく、金持ちの外国人を相手にしようとの行動の変化で、加谷珪一氏は自分の性を外国人に販売する女性の増加を紹介している(※)

※「貧しくなったニッポンは『途上国型経済』を受け入れるのか…?高所得国に返り咲く最後のチャンスが迫る」講談社ウェブサイト『現代ビジネス』2024年3月6日

これは、そうした目的でアメリカに渡航する女性たちとその経営者が2024年1月に警視庁に捕まった、他方でそれと間違われた日本女性がハワイへの観光旅行で入国を拒否されたという話の紹介としてである。

こうした「商売」が発生していることも情けないが、日本の若い女性たちがアメリカ人からそのように見られるようになったということも深刻である。過去に日本人が東南アジア諸国の女性に対して持っていた偏見・蔑視が今、日本に向かおうとしているということになるからである。

■日本なのに日本人を相手にしなくなりつつある

しかし、問題はこうした影の商売だけでなく、もっと華やかな「商売」での変化の方が重要かも知れない。たとえば、日本人相手に旅館やホテルを経営するより、一気に外国人専用のものを造り、それで「外国人価格」の商売をしようとの方向性で、その先例は北海道のニセコやトマムで有名になっている。

たとえば、ニセコについては矢部拓也氏が指導下にある院生とともに書いた論文(※)では経度が同じでかつ夏冬が逆転しているオーストラリアからのスキー客が冬季にあふれる様子をレポートするとともに、冬にしか来ないので夏をどう生きるかという問題に地域が直面しているとしている。

※矢部拓也・野続祐貴「北海道におけるインバウンドを活かした健全な地域形成とはなにか? ――外国人富裕層向けツアーコンシェルジュのライフヒストリー:夏の北海道ニセコ地区、空知地区・美唄市でのサイクルツーリズム立ち上げを事例として――」『徳島大学社会科学研究』第30号、2016年

同様の問題は東京都内に新しく建設され続けている超高級マンションの顧客が殆ど外国人であるという形でも生じている。

■東京の一等地に「外国人用」の学校が…

最上階マンションの価格が300億円ということでも有名になった麻布台ヒルズにはそのメインタワーに隣接してインターナショナル・スクールが併設されたが、3歳から18歳までの生徒にイギリスのナショナル・カリキュラムに基づく教育を提供するというこの学校の校庭開園式にはイギリスの教育相まで来るという力の入れようである。

麻布台ヒルズ
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse
大西広『反米の選択 トランプ再来で増大する“従属”のコスト』(ワニブックス【PLUS】新書)
大西広『反米の選択 トランプ再来で増大する“従属”のコスト』(ワニブックス【PLUS】新書)

ただし、年間の授業料は260万円でやはり「外国人用」である。そういう人たちだけを相手に森ビルが商売をしようとしているということになる。

実のところ、この傾向はここ麻布台ヒルズのみに終わるものではなく、現在田町駅と品川駅の間で進められている巨大プロジェクトもまったく同じである。ここにはすでに4棟の大規模な高層ビルが建てられてしまっているが、その一番北に位置する大規模ビルはやはりインターナショナル・スクール併設のマンション棟となっている。このマンションの価格はまだ発表されていないが、やはりここも外国人相手なのである。

ともかくこうして日本人自身が日本人を相手にではなく外国人を見つけて走り回りだしている。これを「途上国化」と言わずしてどうしようか。日本の民族主義者はもっとこの問題を知らなければならないと思うのである。

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大西 広(おおにし・ひろし)
京都大学/慶應義塾大学名誉教授
1956年生まれ。1980年京都大学経済学部卒業、1985年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。1989年京都大学経済学博士。1985年立命館大学経済学部助教授、1991年より京都大学経済学部/経済学研究科助教授、教授を歴任。2012年より慶應義塾大学経済学部教授。2022年3月31日慶應義塾大学定年退職。世界政治経済学会副会長。主著に『マルクス経済学(第3版)』(慶應義塾大学出版会)、他にマルクス経済学や中国問題に関する著書多数。

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(京都大学/慶應義塾大学名誉教授 大西 広)

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