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日本車メーカーはトヨタだけが生き残る…トランプ氏の「EV嫌い政策」で豊田章男会長の"予言"が注目されるワケ

プレジデントオンライン / 2024年11月27日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3alexd

米国大統領選に合わせて行われた連邦議会選挙は21日、すべての議席が決まり、共和党が議会の多数派となった。トランプ次期政権は日本経済にどのような影響を与えるのか。ジャーナリストの岩田太郎さんは「現政権で進められてきたEV関連の補助金制度が廃止される可能性が高まっている。日本企業含め、撤退や縮小を余儀なくされる自動車メーカーが出てくることは避けられない」という――。

■EV補助金「1台につき115万円」のゆくえ

米大統領選挙で圧勝したトランプ次期大統領が率いる共和党が上下両院も制した。このことで、民主党バイデン政権の「2030年までに新車販売の50%を電気自動車(EV)にする」目標と、連邦政府のEV購入補助金制度が廃止される可能性がかつてないほどに高まっている。

1台のEVにつき最大で7500ドル(約115万円)の補助金が受けられる現行制度の下でさえ、直近の米EV需要は前年割れ、あるいは横ばいの月が続いている。補助金が止まれば売上がさらに先細ることが予想される。

その一方で、トランプ次期大統領はゴリゴリの反EV主義者ではない。むしろ、競争力のある国内外EVメーカーの間で米国内の開発・生産を競わせ、製造業の雇用を増やすことで、選挙戦の公約であった米国第一主義を実現させたい意向だ。

トランプ返り咲きで予想されるガソリン車の「復活」とEVメーカーの淘汰、そして輸入車への関税引き上げは、世界のEVシフトの流れや自動車産業全体にどのような影響を与えるのだろうか。日本の自動車企業はどう対処するのか。予測を試みる。

■57兆円をつぎこんだ「EVシフト」はどうなるのか

バイデン政権が2022年8月に米議会で成立させた「インフレ抑制法(歳出・歳入法)」は過去最大規模の気候変動対策だ。EV購入補助金(税額控除)やEVおよびバッテリー開発および生産、充電スタンド整備に総額3690億ドル(約57兆円)の予算をつけている。

スタンフォード大学のハント・アルコット教授やシカゴ大学のレイナー・ケイン教授などが10月に発表した論文によれば、購入補助金やメーカー支援も含めて1台のEVにつき最大で3万2000ドル(約500万円)が連邦政府から支出されている。

一方、2024年1~6月の上半期に米国内で販売されたEVの総数はおよそ60万台で、前年同期比7.3%増であったと、米自動車販売調査企業のコックス・オートモーティブが発表している。また、米財務省によれば、この期間にEV購入者が受け取った補助金の総額は10億ドル(約1550億円)以上に達した。

■「最大でも3割」豊田章男氏の未来予測が現実に…

ところが、アルコット教授らの試算によれば、消費者向けの購入補助金がない場合、EV新車登録台数が最大で30%減少する。

この割合を2024年上半期に単純計算で当てはめると、上半期の販売台数が60万台から42万台にまで減ってしまう。現時点で多くの一般消費者が「ガソリン車の不便で高価な劣化版」と見るEVへの需要は弱いからだ。

また、トランプ次期大統領と共和党の支配する米議会がインフレ抑制法の消費者向け税額控除に関する条項を廃止あるいは縮小すれば、米自動車市場におけるEVのシェアは15~20%縮小する可能性があると、米調査会社グローバルデータが11月6日に予想した。

その結果、2030年の米自動車市場に占めるEVシェアは28%と、バイデン政権の目標である50%やグローバルデータの従来予測である33%よりもさらに低くなる。トヨタ自動車の豊田章男会長が予測する「EVの市場シェアは最大でも3割、残りはハイブリッド車など」という未来予測がいよいよ当たりそうなのだ。

トヨタ自動車の豊田章男会長(2020年3月24日、都内ホテル)
写真提供=共同通信社
トヨタ自動車の豊田章男会長(2020年3月24日、都内ホテル) - 写真提供=共同通信社

■「お願い、補助金を止めないで」

こうした中、EV生産で1台当たり最大7万ドル(約1000万円)ともいわれる赤字を垂れ流す米自動車大手のフォードやゼネラルモーターズ(GM)、米クライスラーの親会社である欧州のステランティス、さらに日本のトヨタやホンダなども加盟する米業界団体の自動車イノベーション協会(AAI)が、大統領選後の11月12日にトランプ次期大統領に対し、「バイデン政権が設定したガソリン車向けの厳し過ぎる燃費効率向上基準を緩和してほしい」「EV購入補助金を継続してほしい」と要請したことが注目されている。

背景にはEVメーカーが投じてきた多額の開発資金の問題があると思われる。

米ニューヨーク・タイムズ紙は、自動車のモデルには開発から発売まで4~5年という長い時間が必要であり、政府の産業政策や温暖化ガス排出基準がコロコロ変わると中長期の経営計画が狂うからだと解説した。

また、米自動車研究センター(CAR)によれば、フォード・GM・ステランティスの「米ビッグスリー」3社だけでも過去3年間に1460億ドル(約22兆5313億円)もの巨額投資をEV開発や生産施設に対して行っており、ニューヨーク・タイムズ紙も「EV大手テスラ以外のメーカーでは赤字が続き、投資が回収できていない」ことが背景にあると分析している。

加えて、共和党が支配するジョージア州など多くの南部諸州ではEV工場やEVバッテリー生産施設が次々と稼働を開始しており、地元の雇用や経済に貢献している。これらの州選出の共和党議員や州知事たちは、インフレ抑制法の廃止や縮小で企業向けの補助金がカットされ、EV関連雇用や経済効果が失われることを懸念している。

■サンクコストの落とし穴にはまってはいけない

すでに使った費用・資源・時間に対して「もったいない」という心理が働き、合理的な判断ができなくなってしまう状況を「サンクコスト(埋没費用)の誤謬」と呼ぶ。

メーカー各社やEV生産地の政治家たちが「EV普及政策を継続してほしい」と次期政権に願い出ているこの状況は「サンクコストの罠にはまっている」と言わざるを得ない。

たとえこの先、EVの航続距離が伸び、充電施設の数が増え、価格が下がったとしても、近い将来に一般消費者が「EVはガソリン車よりも安くて便利だ」と感じる環境が実現するとは考えにくい。そもそもEVがよいモノなら、ユーザーは補助金がなくても飛びつくはずだ。

■「環境保護よりも目の前の生活」が有権者のホンネ

気候変動対策としてのEV普及のコスパや効果についても疑問が多い。

トランプ氏再選に見られるように、大多数の有権者は、「環境保護よりも目の前の生活における苦境の改善」を求めている。トランプ次期大統領はそれに応える形で、数十兆円分ものEV補助金予算を削減し、関税大幅引き上げによる税収とともに大型所得減税の原資に充て、国民生活を楽にすると選挙戦で約束した。

夜のホワイトハウス
写真=iStock.com/JTSorrell
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JTSorrell

この文脈において自動車業界や地元政治家のサンクコストへのこだわりは、戦前・戦中のわが国の過ちを想起させなくもない。

満洲(現在の中国東北地方)や、アジア・南太平洋各地で占領地に投入した莫大な人的・経済的投資にこだわるあまり、米国との勝ち目のない戦争に突入したばかりか、ガダルカナル島の戦いで戦力を逐次投入したり、無謀なインパール作戦を強行したりする愚を犯し、結局「大ばくち 元も子もなく すってんてん」(敗戦時に満洲映画協会理事長の地位にあった甘粕正彦・元陸軍大尉の辞世の句)になってしまったのである。

■イーロン・マスクが「補助金廃止」を支持する理由

トランプ次期政権と米議会共和党のパワーバランスや米世論から考えると、インフレ抑制法は共和党州の雇用や経済を守るためにEV・バッテリー企業向け補助金が残される一方で、消費者向けのEV購入補助金は廃止される可能性が高いのではないだろうか。

事実、購入補助金廃止で悪影響を受けることが確実なテスラの総帥であるイーロン・マスク氏は、7月のアナリスト向けカンファレンスで補助金廃止への支持を明言し、その理由として「EV競合に壊滅的な打撃となるから」と語った。

つまり、こういうことだ。テスラは2023年にEV需要が落ち込み始めた際に、大幅な値引きを仕掛けて、自社が喧伝していた「不可逆的なEVシフト」論にまんまと乗せられたGMやフォード、独メルセデスベンツや韓国ヒョンデなどを値引き競争に引きずり込んだ。

■EV参入企業が青ざめる“ホラーな筋書き”

これにより、EVだけでもうけが出せていたテスラの損失は最低限に抑えられる一方で、EVによる利益体制を構築できていなかった競合各社は勝てる見込みのない値下げ競争で疲弊し、EV事業の赤字幅が拡大していった。

そこに、マスク氏が再選を強力に後押ししたトランプ氏が大統領職への返り咲きを決め、共和党支配下の米議会がEV購入補助金を廃止する。

マスク氏は新設の「政府効率化省(別名ドージ省)」のトップの一人として入閣して連邦政府予算のムダに大ナタを振るうことが決まっている。補助金廃止で功名を立てられるばかりか、テスラのライバルの多くは耐えられなくなり、EV事業を縮小するか撤退する。

こうしてEV市場で生き残ったテスラが独占的な旨味を享受する、というホラーな筋書きだ。

■この筋書きには、さらに続きがある…

政商マスク氏のえげつなさは、値下げ競争や補助金廃止で競合を蹴落とすことにとどまらない。

ガソリン車やハイブリッド車を生産するライバル各社は、カリフォルニア・ニューヨーク・マサチューセッツ・ニュージャージーなどの民主党支配州において基準を超えてCO2を排出するクルマを販売した分、CO2を排出しない製品を売るテスラのようなEV専業メーカーから排ガスゼロ車のクレジット(排出枠)を買い取らなければならない。

競合各社はマスク氏が仕掛けた安売り競争に引きずり込まれて体力を消耗した上に、EV補助金も失い、彼が経営するテスラから排出枠を買ってさらに「敵に塩を送る」ことが義務付けられているという地獄のシステムだ。

自動車
写真=iStock.com/milehightraveler
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■純利益の43%が「敵から送られた塩」

テスラは排ガス規制の要件順守に苦戦する競合メーカーに対する温暖化ガス排出枠の売却で2023年に17億9000万ドル(約2771億円)もの収益を上げている。

加えて2024年1~9月だけで、排出枠販売の収益は21億ドル(約3250億円)とさらに伸びており、同期間のテスラの純利益の43%を占める。

この文脈において、テスラ以外のEVメーカーがトランプ次期大統領に「EV補助金を廃止しないでほしい」「燃費規制を緩和してほしい」と直訴するのは、大いに理にかなっている。

なお、全米EV販売台数のおよそ25%を占める西部カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事(民主党)は11月25日、トランプ次期大統領がEV購入者に対する税額控除を廃止した場合には、州独自のEV購入補助金を導入すると発表した。

ところが、同州のEV販売で55%の圧倒的シェアを誇るテスラは対象から除外される見込みだ。米メディアは、民主党によるマスク氏への「報復」であると見ている。

ただ排出枠のルールは、連邦政府ではなくカリフォルニア州が定めて、毎年厳格化しているものなので、トヨタは「来年から販売される2026年モデルの35%を排ガスゼロ車にする基準はとても満たせず、消費者の選択肢を狭めるものだ」と米世論に訴えている。

その一方でトヨタは、2026年に米市場などに投入予定だった次世代「レクサス」EVの生産開始を2027年半ばに遅らせる方向で調整していると伝えられる。

■この地獄を生き残るのは「トヨタ」だけ

テスラ以外のメーカーにおいては、EV購入補助金の廃止や、より重くなっていく排出枠買い取りの負担に耐えられないところが遅からず明らかになると思われる。特に、フォードやGMは、高度な経営判断からEV事業を大幅に縮小する可能性がある。

日本メーカーでは、EVにコミットしてしまったホンダや、北米市場で人気モデルが繰り出せていない日産も大きなリスクを抱える。

さらに、トランプ次期大統領が中国の習近平国家主席と「ディール」を行い、同国EV最大手の比亜迪汽車(BYD)が米国で現地生産を行えるようにする可能性も、完全には捨てきれない。

だが、たとえそのように環境が劇的に悪化しても、売れ筋のガソリン車やハイブリッド車を現地で作れるトヨタのみが、トランプ関税にもよく耐え、米国でいくらかのEVも生産しながら生き残るのではないだろうか。

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岩田 太郎(いわた・たろう)
在米ジャーナリスト
米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。

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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)

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