プーチンに領土を割譲するしかないのか…「即時停戦派」のトランプ氏がウクライナに突きつける"厳しい現実"
プレジデントオンライン / 2024年11月30日 7時15分
2024年11月4日にペンシルベニア州ピッツバーグで行われた選挙集会でのドナルド・トランプ元米大統領(写真左)と、2024年7月9日にモスクワのクレムリンで行われた会談後の式典でのウラジーミル・プーチン露大統領(写真右) - 写真=AFP/時事通信フォト
■トランプ政権の誕生で、ウクライナ戦争は終わるのか
ドナルド・トランプ氏の米大統領再選で、ウクライナ戦争の行方はどう変わるのか。来年1月からアメリカの次期大統領に就任するトランプ氏は、ウクライナ戦争の「即時終結」を掲げている。選挙キャンペーン中から米国民へアピールしてきた、強い意向だ。
息子のエリック氏も「父ならプーチンとの信頼関係を活かし、1日で戦争を終わらせられる」と豪語する。背景には、毎月数十億ドルに上る対ウクライナ支援と、それに起因する米国民の疲弊がある。早期終結は米国民にとっても理に適う。
だが、トランプ氏は具体的手段を何ら示していない。トランプ陣営は非公式な場で、クリミアなど一部領土の割譲を容認する姿勢を示している。ゼレンスキー大統領は「新政権下でより早く終わる」と期待を寄せるが、ロシアへの領土割譲はウクライナにとって、容易には受け入れがたい。
■「父なら1日で戦争を終わらせる」豪語のトランプジュニア
今月、2期目の大統領就任を確実にしたトランプ氏。米CNNは、同氏が選挙運動中、「自身が大統領であれば戦争は起きなかった」と主張していたと振り返る。7月には「1日で戦争を解決できる」とも述べた。
自信家は息子も同じだ。英大手通信社のプレス・アソシエーションによると、トランプ氏の息子であるエリック・トランプ氏は、父親はウクライナ戦争を1日で終結させられると語っている。
エリック氏は、スコットランドのアバディーンシャーにあるトランプ・インターナショナル・ゴルフコースで同通信社の取材に応じ、「プーチンは父を尊重しているからだ」と説明。「(父は)若者たちが汚い塹壕(ざんごう)で互いの頭を吹き飛ばし合う様子が毎晩ユーチューブで世界中に配信されるのを見るために、2000億ドルを送ることはしない」と語った。
エリック氏はウクライナ戦争について、「ウクライナ、ロシア、欧州、英国のいずれにも良いことは何もない」と指摘。その上で、バイデン政権によるウクライナ支援の影響について、「今や突如として、最大の核保有大国であるロシアに長距離ミサイルが発射されている。これがどれほど危険な事態かは説明するまでもない」と批判している。
■バイデン政権は米製長距離ミサイルの使用を許可
バイデン政権は11月17日、アメリカが提供した長距離ミサイル「ATACMS」について、ウクライナがロシア国内への攻撃に使用することを許可した。エリック氏はこれに真っ向から異を唱えた形だ。
父であるトランプ氏の政策方針について、エリック氏は「(父は)地球の反対側で金を使うのではなく、教育制度、高速道路、道路、南部国境の修復など、社会改善に使いたいと考えている」と説明。「一つの建物も残っていない都市がある。全てが迫撃砲や砲撃で破壊され、倒壊している。この殺戮は止めなければならず、父ならそれを止められる」と強調した。
また、トランプ氏の側近となる副大統領候補のJ.D.ヴァンス氏も、米国によるウクライナ支援の継続に強い疑問を投げかけている。
■「ウクライナが譲歩すれば死者は出なかった」トランプ氏の持論
トランプ氏自身もウクライナ戦争の終結に意欲を燃やすが、大前提として氏は、ウクライナが一定の譲歩をすべきであるとの立場を崩さない。
今年9月には、ノースカロライナ州での選挙演説で持論を述べている。「(ウクライナが)少し譲歩していれば、誰もがまだ生きていて、すべての建物が建っていて、すべての塔が2000年経っても存在していただろう」と指摘。その上で「今は何の取引ができるというのか。すべてが破壊され、人々は死に、国は瓦礫の山だ」と述べ、国土を死守したいウクライナ側を攻撃するとも取れる発言を行った。
米ワシントン・ポスト紙は、ウクライナは現在、ロシアの侵攻を食い止めるために、毎月数十億ドル規模の経済・軍事支援を必要としていると指摘。トランプ氏は米納税者の負担を懸念しており、クリミアなどの一部領土を平和のために手放す必要があるとの見方を非公式に示している、と解説する。
アメリカはウクライナへの最大の武器供与国となっている。英BBCは、ドイツの研究機関であるキール世界経済研究所の集計を取り上げ、開戦から2024年6月末までにアメリカが供与または供与を確約した武器および装備は、555億ドル(約8兆5700億円)規模に上ると指摘する。
その一方、戦争の長期化は結果的にアメリカの利益になるとの打算的な見方もある。
アメリカのロイド・オースティン国防長官は、ロシアによる侵攻から数カ月後、ポーランドで記者団に対し「米国はロシアの弱体化を望んでいる」と述べた。元ロサンゼルス・タイムズ紙モスクワ支局長のメーガン・スタック氏は、ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿のなかで、オースティン国防長官の真意として、勝利の見込みが薄い戦争を長期化させることで、ロシアの国力を削ぐという米国の思惑があるとの認識を示す。
スタック氏は、「アメリカはウクライナに対して、自らが望む以上の、あるいは実現可能な以上の約束を永遠に繰り返し、ロシアを敵対させ、ウクライナをプーチン氏の怒りにさらす脆弱(ぜいじゃく)な状態に置いている」と指摘する。
■ゼレンスキー氏は「早期終結」に期待、越境攻撃の狙いは
トランプ氏の勝利を、ウクライナはどう捉えたか。ウクライナのゼレンスキー大統領は、トランプ氏が米大統領に就任したことで、ロシアとの戦争が「より早く」終結すると期待を示す。
米CNNによると、ゼレンスキー氏はウクライナ公共放送のラジオインタビューで、ウクライナ戦争は「ホワイトハウスを率いることになるこのチーム(トランプ氏)の政策の下で、より早く終わるだろう」と語った。同氏はまた、「我々は戦争が来年中に外交的手段で終結するよう、あらゆることをしなければならない」と強調し、早期終結への意欲を示した。
ウクライナが焦燥を募らせる背景に、戦局の行き詰まりがある。2023年のウクライナによる大規模反攻では、目指していた大規模な領土の奪還を実現できなかった。ロシア軍は東部と南東部で陣地を確保しており、主な戦闘は東部のドンバス地域で展開されている。
CNNは、ウクライナ軍はロシアとの戦闘で厳しい状況に置かれたと指摘する。ロシア軍は人員と武器の優位性を生かして東部・南東部の前線の要所で前進を続け、クラホベ市などの重要拠点に接近している。
ゼレンスキー氏は「確かに困難な状況」だと認めつつ、「ロシア軍は1日当たり最大2000人の兵士を失っている。これは恐ろしい損失だ。彼らはこのような損失を出しながら前進を続けることはできない」と言及。ロシアにとっても情勢は厳しいとの見解を示している。
先月明らかにされた「勝利計画」では、ウクライナ国内に「緩衝地帯(DMZ)」が形成されるのを防ぐため、攻勢を継続する方針を打ち出している。BBCは、「ゼレンスキー大統領は一貫して、クリミアを含むいかなるウクライナ領土の割譲も拒否し続けている」と伝えている。
ウクライナ軍は夏にロシア西部のクルスク地域への攻勢に踏み切り、第二次世界大戦以来初めてロシア領土の一部を占領した。ゼレンスキー大統領はこの作戦について、ロシア軍をウクライナ戦線から引き離すことが目的だと説明している。専門家らは、クルスクで確保した領土が将来の和平交渉における交渉カードとなる可能性を指摘している。
■バイデン政権の「及び腰」に批判集中
アメリカの支援としては、ここ数日で急速な進展が目立つ。長距離戦術ミサイルシステム「ATACMS」のロシア国内に対する使用禁止を解除したのに続き、対人地雷の供与と使用容認を発表した。アメリカは禁止条約を批准していないが、ウクライナは批准している。人道的観点から議論を呼ぶことは確実だ。
一方、アメリカの積極的な支援策は遅きに失したとの指摘も噴出している。米シンクタンク・大西洋評議会のユーラシアセンター上級部長で、元駐ウクライナ米大使のジョン・ハーブスト氏は、バイデン政権のウクライナ支援政策について「バイデン氏はプーチン大統領の核の脅しに影響され、ウクライナが必要とする兵器システムの提供に及び腰だった」と批判している。
同氏はATACMSについても、「バイデン政権はようやく、ウクライナによるロシア国内の軍事施設への使用を許可した」と言及。戦局への影響については、「モスクワはすでに、多くの補給拠点と戦略的空軍力をATACMSの射程外に移動させており、効果が低下した」と語り、影響は限定的であるとの見方を示す。
2022年の侵攻以来、ウクライナでは推定100万人の兵士と市民が死傷し、出生数が死亡数を下回るまでに至っている。ニューヨーク・タイムズ紙は、爆撃で電力インフラが破壊され、寒く暗い冬の間、ウクライナ国民は1日最大20時間の停電を強いられていると報じている。
■モスクワに広がる「控えめな希望」
ロシア側の認識はどうか。ニューヨーク・タイムズ紙は、クレムリンに「控えめな楽観論」が広がっているとしている。
政権内部に精通する元ロシア高官は、同紙に対し、年内の停戦合意と来年春から夏にかけての和平実現について、淡い希望的観測があるとコメントしている。ただし、トランプ陣営は「プーチン氏が合理的な和平交渉を拒否する場合、より制限の少ない形でウクライナに武器を提供する」と表明。また「将来のロシアの侵略を防ぐため、和平合意の一環としてウクライナに武器を供与する」とも述べており、トランプ政権は一定の警戒感を維持するとみられる。
ロシアのペスコフ報道官は同紙の取材に対し、「少なくとも低いレベルでの対話が再開されるという控えめな希望がある。現在は対話が全く存在していない」と述べる一方で、「バラ色の眼鏡はかけない。選挙運動中の発言と、大統領執務室に入ってからでは、すべてが異なることをよく認識している」と慎重な見方を示した。
国際的な制裁措置にかかわらず、ロシア国内の経済は比較的堅調だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、ショッピングモールは活気にあふれ、高級車が首都の大通りを埋め尽くしていると伝えている。国際通貨基金(IMF)は、2024年のロシアの経済成長率予測を3.6%に引き上げており、これは米国や欧州を上回る水準だ。
ただし、インフレ率は今年約8%と高止まりが予想されており、2025年の成長率は1.3%に減速する見通しだ。プーチン政権としては戦争を早期に終結させ、西側諸国の予想を上回る速度で経済制裁の打撃から回復したい思惑があるとみられる。
■領土死守か譲歩か…厳しい選択を迫られるウクライナ
戦争の終結を巡る各国の思惑は複雑に絡み合っている。トランプ次期大統領は「1日で終結」を掲げるものの、その実現には大きな代償が伴う。ロシアへの領土割譲を含む和平案は、ウクライナにとって受け入れがたい選択肢であることに変わりはない。
その一方で、現実を直視すれば、戦争の長期化がもたらす犠牲は甚大だ。すでに100万人もの死傷者を出し、ウクライナのインフラは破壊され、国民は厳しい冬を耐えている。米国による巨額の軍事支援も、納税者の理解なしに無制限に続けることは難しい。
翻ってロシアの国内事情に目を向ければ、経済制裁下でも予想以上の経済成長を見せ、軍事的優位も保っている。ロシアは対話再開に慎重な姿勢を示しつつも、トランプ政権との関係改善に期待を寄せる。
領土割譲というトランプ流の「取引」による和平は、決して理想的な解決策ではない。一方的な侵略戦争を仕掛けたロシアを鑑みれば、正義が成されたと言うことは到底できない。
ロシアの侵略行為は国際法違反であり断じて容認できない。一方で、戦争終結への現実的な選択肢を探るにあたり、ウクライナにどのような現実的手段が残されているか。一定の譲歩を視野に入れざるを得ない、厳しい現実が立ちはだかっている。
日ごとに死傷者数が膨れ上がるなか、これ以上人命が奪われないよう、いかにウクライナの平和を取り戻すことが可能か。和平交渉への道を探りながら、理想と現実の狭間で各政権は苦しい判断を迫られることになる。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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