お金を払って歯を"破壊"しているだけ…何度も歯科医院に通っても、「むし歯」がなくならない本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 16時15分
※本稿は、前田一義『歯を磨いてもむし歯は防げない』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■むし歯リスクを低下させる「ラバーダム治療」
むし歯が初期段階なら、簡単な治療で治すことができます。一方、むし歯が悪化すると、根管治療を施すことになります。
根管とは、歯の根元や歯の神経を指し、根管治療はこれらに施す治療です。むし歯が神経まで達していたり、歯が折れたりした場合に行うもので、歯の神経を抜いたり、根管を洗浄・消毒したり、薬剤を詰めたりします。
根管治療を行うにあたり、スウェーデンをはじめ多くの先進国は「ラバーダム」と呼ばれる青色や緑色ゴムのシートを用います。これをラバーダム防湿といい、治療する歯の周りにラバーダムを取りつけ、治療する歯だけ露出させて治療します。
ラバーダム治療の目的は、治療する箇所に細菌が侵入するのを防ぐことです。口の中には膨大な細菌がいて、どんなに洗浄しようと細菌はゼロにはなりません。患部に細菌が入り込めば、そこからむし歯菌が繁殖し、やがてむし歯が再発することにもなります。
一方、ラバーダム治療なら患部以外をゴムのシートで覆うことで、患部に細菌が入らないようにします。これにより治療後、患部に入り込んだ細菌が増殖し、むし歯が再発するリスクを減らすのです。
■日本の治療方法では、むし歯の再発リスクが高まる
ラバーダムは、1864年にアメリカの歯科医師によって考案されました。以後、ラバーダムの有用性が認められ、世界標準の治療法になっています。ところが、驚くことに日本では9割の歯医者がラバーダム治療を採用していません。そのため日本人の多くはラバーダム治療を体験したこともなければ、名前さえ知らないのではないでしょうか。
むし歯の治療で患部を削った場合、充填(じゅうてん)治療や補綴(ほてつ)治療を施します。充填治療は削った部分に詰め物を施す治療、補綴治療は削った部分にかぶせ物を施す治療です。
インプラント治療に比べ、詰め物やかぶせ物をするだけの簡単な治療と思われがちですが、これらの治療も本来はラバーダムを使用すべき治療です。詰め物であれかぶせ物であれ、ラバーダムを使用しなければ、やはり詰め物やかぶせ物をした箇所に細菌が入りやすくなります。その結果、治したつもりのむし歯が再発するといったことにもなるのです。
「やはり一度むし歯になった歯は、またむし歯になりやすいのだな」などと納得してはいけません。ラバーダムを使えば、再発するリスクは減らせるのです。逆にいえば世界では、一度治したむし歯が再び痛むことは、そうそうありません。むし歯を機に歯のメンテナンスをしっかり行うようになれば、なおさらです。
ところがラバーダムを用いない日本の治療では、その後メンテナンスをしっかり行っていても、以前の治療で入り込んだ細菌により、再発することにもなるのです。
■あまりの激痛に眠れなくなる人も
ラバーダムを使わなかったために起こる歯の病気もあります。典型が、根尖(こんせん)性歯周炎です。歯の根元が、細菌により炎症を起こすというものです。
たとえば、むし歯で歯の神経を抜くとき、歯の中に細菌が入ってしまった。これが炎症を起こすのです。本来、歯の中にバイキンはいません。ラバーダムをしないことで病気が起こるわけです。
炎症が慢性化しているときは痛みを感じませんが、急性化すると激痛に襲われます。私の患者さんの中には、「あまりの痛みに3日間眠れなかった」と訴える人もいました。あるいは顔面が腫(は)れ上がり、顔の形が変わるほどだった人もいました。いずれも以前通っていた歯科医院で、むし歯治療の際にラバーダム治療を行っていませんでした。
ラバーダム治療の重要さを説明するとき、私がよくたとえるのが船底にあいた穴です。船の上で作業中、船底に穴があいたときです。底から船上におびただしい量の海水が入り込んできます。慌てて海水をかき出したところで、船底の穴を塞ふさがない限り、海水はいくらでも入ってきます。いずれは甲板(かんぱん)にまで海水が浸入し、船は沈没してしまいます。
大事なのは、まず穴を塞ぐことで、海水をかき出すのは、その後の作業です。
■日本におけるラバーダム使用率はわずか5.4パーセント
歯の治療するときも同じです。船上に入り込む海水とは、口の中の唾液です。唾液には、夥(おびた)しい数の細菌が含まれます。唾液を防がない限り、患部に細菌が入ってきます。それを防ぐには治療箇所以外をラバーダムで覆い、患部に細菌が入らないようにするしかありません。
むし歯が再発してしまう少なくない原因のひとつは、ラバーダムを使わない治療によるものです。むし歯が再発したとき、同じ歯科医院に駆け込んだのでは、いずれまた再発します。あるいは別の歯科医院に行っても、日本の多くの歯科医院はラバーダムを使わないので、やはり同じ結果になります。日本でむし歯に苦しむ人は、こんなことを繰り返していて、この繰り返しが日本の常識になっているのです。
ラバーダム治療は、いまや世界の常識です。日本でも海外事情に詳しい歯医者や、問題意識の高い歯医者はラバーダム治療を行っています。しかしそのような歯医者は、ごくひと握りです。
2003年に行われた調査によると、日本の歯医者のラバーダム使用率は、わずか5.4パーセントでした。ラバーダムの誕生が19世紀半ばであることを考えると、恐ろしいほど低い数字です。
■欧米先進国の使用率は70パーセント以上
また2019年10月から2020年11月にかけて、日本歯内療法学会が主催するワークショップやセミナー、インターネットを通じて、アンケート調査が実施されました。
最終的に986名から回答が得られ、そのうち463名が日本歯内療法学会の会員、100名が歯内療法専門医か学会指導医、残る523名が非会員でした。アンケートからわかったラバーダムの使用率は、以下のとおりでした。
● 日本歯内療法学会会員
51.5パーセント
● 歯内療法専門医グループ
60.0パーセント
● 非会員
14.1パーセント
日本歯内療法学会の会員や歯内療法の専門医といった、口腔医療に熱心な人たちでも半数ほど、そうでない人になると1割台でしかないのです。最も使用率の高い歯内療法専門医の60.0パーセントでさえ、世界と比べると低い数字です。
世界各国の歯内療法専門医のラバーダム使用率は、以下のようになっています。
ノルウェー……85パーセント
アメリカ……85パーセント
イギリス……72パーセント
ドイツ……75パーセント
マレーシア……85パーセント
シンガポール……75パーセント
韓国……60パーセント
中国……50パーセント
つまり、欧米先進国では少なくとも70パーセント以上、スウェーデンでは90パーセントの専門医がラバーダムを使用しているのです。東南アジアでも、マレーシアやシンガポールのような意識の高い国では、やはり高い使用率になっています。
■歯科医にとって金銭的なメリットがまったくない
いま、インターネットで検索すると、ラバーダム治療を行っている日本の歯医者もそれなりに出てきます。とはいえ、インターネットに上げていない大半の歯医者は、ラバーダムを使用していないのが日本の現実なのです。
先進国では常識となっているラバーダム治療が、なぜ日本では浸透しないのか。一つは歯医者にとって、金銭的メリットがないからです。
具体的にはラバーダム治療は、保険の点数がゼロなのです。患部以外を覆ったりするのですから、ラバーダム治療には手間がかかります。もちろん材料費もかかります。それなのにラバーダム治療をしたところで、歯医者には1円も入ってこないのです。
さらにいえば、日本ではラバーダム治療に限らず、歯の根管治療に対する保険の点数が極めて低いのです。これは見方を変えると、日本では国民皆保険制度によって歯の根管治療にかかる費用が、極めて安価に抑えられているといえます。
たとえば先ほどのアンケートでラバーダムの使用率が85パーセントだったアメリカには、日本のような保険制度がありません。それもあって根管治療に20万円前後かかるのは、当たり前とされます。一方で、日本は患者さんの負担が数千円ですむことが普通です。確かに患者さんにとってありがたい制度ですが、歯医者にとっては厳しい話です。
根管治療の点数が低い限り、歯医者は根管治療に手間暇をかけられません。点数ゼロのラバーダム治療なら、なおさらです。
■患者のことだけを考えていたら、歯医者は潰れてしまう
いまの保険制度では、治療によっては赤字になることさえあります。
たとえば1本のむし歯治療に30分かけた場合、歯医者やスタッフの人件費、機材代、光熱費などを考えると約1000円のマイナスになります。こんな治療ばかりやっていたのでは、歯科医院は潰(つぶ)れてしまいます。
そこで歯医者としては、潰れずにすむ治療を考えることにもなります。このような環境では、患者さんの予後を考えてラバーダムを使おうという発想が生まれにくいのも、ある意味、仕方ないかもしれません。
実際のところ、日本の歯科大学ではラバーダム治療について教えています。ただし教える時間はごくわずかで、まったく重要視されていません。これもまたラバーダム治療が日本で普及しない理由の一つです。
ちなみに「本当に患者さんのことだけを考えてむし歯治療をしていたら、歯科医院は潰れてしまう」と言うと、驚く人がいるかもしれません。「歯医者は儲かる職業」というイメージを持つ人もいます。確かに1980年代後半頃の歯医者には、儲かっている人も多くいました。これは当時の日本がバブルに沸き、自由診療を選ぶ人が多かったからです。
■「安かろう悪かろう」という発想が抜け落ちている
自由診療なら、保険の点数に縛られることなく、よい治療を患者さんに施すことができます。「よい治療をしてもらえるなら」と、それなりのお金を払って治療を受ける人も少なくありませんでした。
ところが、バブルがはじけ、デフレの時代に突入すると、自由診療を選ぶ患者さんはめっきり減りました。保険診療に頼る限り“儲かる職業”とはいえず、いまや「歯医者の3人に1人はワーキングプアー」といわれるほどです。
ラバーダム治療が日本で普及しない理由は、結局のところ、日本の保険制度に問題があると私は考えています。日本では国民皆保険制度のもと、保険診療であれば、誰もが安い値段で治療を受けられます。社会人の多くは3割負担ですみ、高齢者となれば1割負担、2割負担の人も大勢います。
ただしこの制度には問題もあり、とくに歯の治療に限っていえば、日本では「歯の治療は安いもの」という考えが浸透しています。前項で述べたように、アメリカでは20万円前後する根管治療が、日本では数千円ですんだりします。本来なら「安かろう悪かろう」という考えがあってもいいはずですが、日本では保険制度のもと「歯の治療は安いもの」が当たり前となっていて、そこに疑問を抱く人はほとんどいません。
■お金をかけて歯を破壊している
現実には、安いものには何か理由があります。そして日本の場合、一つには歯医者が赤字前提でむし歯治療を行っていることです。
とはいえ、これでは潰れてしまうので、世界基準で見れば“手抜き”ともいえる治療をすることになります。それが再発リスクが高いと知りながら、ラバーダムなしで治療することだったりするのです。
しかも保険で安く治療できることから、日本では欧米ほど歯を大事にしない人が多い気がします。治療費がさほど痛手にならないので、「痛くなってから治療すればいい」という発想になり、定期検診を含め、日頃の口腔ケアが疎かになりがちです。
本当に歯のことを考えるなら、スウェーデンが示すように予防にお金をかけたほうが合理的です。定期検診をきちんと受け、むし歯があっても、ごく初期のうちにちゃんと治す。これなら痛みも感じず、あっという間に治療が終わります。
逆に痛くなってからの治療となれば、むし歯はかなり進行しています。結果として治療は大がかりなものになり、また何度も通うことにもなるのです。
これは私から見れば、歯の「破壊」です。初期の段階で治すなら、しっかりと治療すべきです。これを適当に治療すると、再治療の無限ループに入ります。これを、むし歯のデス・スパイラルといいます。
■“安くて良い治療”は存在しない
また、先ほど述べたようにラバーダムなしの治療では、患部に残った細菌が繁殖し、再発する可能性もあります。
日本の保険制度は世界から称賛されるほど、素晴らしい面もあります。お金持ちでも収入の少ない人でも等しく治療が受けられるのは、多くの国ではまず考えられません。とはいえ先に述べたような問題点も多々あります。このあたりは制度の問題で、それは政治家、さらには国民の問題でもあります。
国民が現行の“安い医療”を求める限り、質の高い治療を受けるのは難しくなります。“よい医療”を求めるなら、いまの保険制度を疑ってみる。政治にもそれを求める。そうした行動も必要ではないでしょうか。
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歯科医
1976年生まれ。日本歯周病学会認定医。2003年日本歯科大学を卒業。仁愛歯科クリニック副院長を経て、現在、医療法人社団康歯会 理事長、前田歯科医院 院長をつとめる。歯周病治療の第一人者・岡本浩氏、竹内泰子氏に師事。歯科世界最高峰であるスウェーデンのイエテボリ大学をはじめ、海外での研修を定期的に受講して最新の治療法を学び、世界標準の歯科治療に精通している。著書に『歯を磨いてもむし歯は防げない』(青春新書インテリジェンス)がある。
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(歯科医 前田 一義)
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