トランプ2.0の人事からわかる「米中戦略的対立」の本気度…識者が危惧する日本企業が被るチャイナリスク
プレジデントオンライン / 2024年11月28日 10時15分
2024年11月13日、米国ワシントンD.C.のハイアット・リージェンシー・ホテルで行われた下院共和党との会合で発言するドナルド・トランプ次期大統領。 - 写真提供=CNP/ABACA/共同通信イメージズ
■進化した「またトラ」政権
2016年11月に初めて大統領に当選した当初、ドナルド・トランプ氏は自身の勝利を予想していなかった。そのため政府運営に必要な人事や政策の準備が整っておらず、内閣や政府運営に対する知識が不足していた。
しかし、今回2度目就任を前に、内閣人事の重要性を深く理解し、より戦略的な布陣を取りつつある。この変化でいかなる影響が日本に想定できるのか。
■新たな経済・政治戦争に突入する米中
波乱必至なのは、国際的な政治・経済関係だ。
「アメリカは過去約250年、ライバルとなるドイツ、日本、ソ連などを徹底的に競争で打ち破ってきた」
そう語るのは、ハドソン研究所研究員の長尾賢博士だ。トランプ2.0は、中国を「最重要な競争相手」と捉えるバイデン政権路線を維持すると博士は見ているが「トランプ政権はバイデン政権やオバマ政権と異なり、外交スタイルが大きく異なる」と説明する。
オバマ政権やバイデン政権はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)やIPEF(インド太平洋経済枠組み)など多国間の枠組みを活用し、「民主主義vs権威主義」といったイデオロギーを掲げて米中対立に対処した。
一方で、同博士は「トランプ政権は2国間外交を好み、脅しと取引(ディール)を重視する」と指摘する。脅しの例として、「NATO加盟国で国防費を十分負担しない場合にはロシアの好きにさせる」といった過激な発言や「高関税の導入」などが挙げられるという。
トランプ2.0でマルコ・ルビオ上院議員を国務長官に指名したのは、中国に対する強硬姿勢を一層強めるためだ。中国共産党を厳しく批判したことで中国本土への渡航が禁止されているルビオ氏の任命は、「米中戦略的対立の本気度を象徴する」と日本国際問題研究所客員研究員のスティーブン・ナギ国際基督教大学教授も同意するところだ。
さらに、立命館アジア太平洋大学(APU)アジア太平洋学部の佐藤洋一郎教授は「トランプ政権がタカ派の人事で固められれば、中国には対話可能な仲介役がいなくなる」と分析する。
佐藤教授によれば、ブッシュ政権やトランプ1.0では財務長官が対中政策でハト派的な立場を担うことが多かったが、これは中国による大量の米国債保有という弱みに起因しているという。
「財務省長官の発言力が弱い場合、中国とアメリカの政権間のつながりはさらに細くなる」と同教授は考察する。トランプは先日、財務省長官に投資家のスコット・ベッセント氏を指名したが、この人事も米中関係に大きな影響を与えるだろう。
■日本企業の生産拠点はどこへ?
アメリカが中国に対してさらに強硬な態度を取るのは避けられない。なぜなら、トランプ1.0で米通商代表部(USTR)の代表を務めたロバート・ライトハイザー氏も、再び重要ポストに就く可能性が高いからだ。
彼は保護貿易主義者であり、中国製品に対する関税を60%まで引き上げるべきだと主張しており、中国に対する経済的圧力を打ち出してきた。狙いは、中産階級の復活と製造業・サプライチェーンの国内回帰である。
この動きに伴い、日本企業も中国への依存を見直さざるを得なくなる。「チャイナリスク」が顕著になる中、日本企業は中国からの生産拠点撤退や縮小を加速させている。帝国データバンクの調査では、中国に拠点を持つ日本企業は約1万3000社で、2012年以降1000社減少しているという。
前出・ナギ教授によると「習近平政権下で約7兆7000億ドル(約1190兆円)もの資本が海外に流出した」という試算もあるという。中国経済の失速、そして若者の失業率が約20%に達するなど中国社会の不安定さは今後さらに際立つかもしれない。
中国経済の行き詰まりや少子高齢化に直面し、国民は中国共産党に対する信頼を失っているとさまざまなメディアやシンクタンクが報じている。ライトハイザー氏の任命は、中国経済にプレッシャーを強める目的と見てもよい。
■トランプは台湾を守るのか?
「台湾有事は日本有事」と述べたのは故安倍晋三首相だ。トランプ2.0の台湾政策は日本と歩調を合わせると考えられる。
ルビオ上院議員の国務長官指名に加え、国家安全保障担当補佐官にはマイケル・ウォルツ下院議員が指名される予定だ。ウォルツ氏は、中国を「深刻な競争相手であり敵対国」と過去に発言している。前出・佐藤教授は、「ウォルツ氏のインド財界との結びつきが、対中強硬姿勢を支える背景にある」と分析する。
アメリカにとって台湾は重要だ。なぜなら、台湾が中国に統一されれば、アメリカは南シナ海を通過する年間5兆3000億ドル(約819兆円)の貿易支配権を中国に奪われるからだ。さらに、台湾が世界における半導体生産の約60%を占めている点からも、統一はアメリカと日本両方のハイテク企業に深刻な影響を与える。
また、「サハリン諸島から日本列島、台湾、フィリピンまで連なる地政学的位置において、日米の安全保障にとっても同様に大切だから日本とトランプ2.0は継続的に協調していく」と前出・ナギ教授は推測する。
これは日本にとってプラスになる一方で、米中の競争が日中関係にマイナスに働く可能性を生む。何しろ、日中間の貿易総額は、前年より3.8%減ったといえ、2023年には約3007億ドル(42.2兆円)もあり、中国は日本にとって最大の貿易相手国だからだ。
同時に、中国にとっても日本はアメリカに次ぐ、第2の貿易相手国である。日本はアメリカとの同盟を最優先にすると同時に、中国も非常に大事な国だということを忘れてはいけない。
■ロシアと北朝鮮、韓国の核武装化への懸念
一方、北朝鮮に関して、トランプ2.0は新しいアプローチを模索していくようだ。
北朝鮮の核開発やICBM(大陸間弾道ミサイル)の進展を危険視するトランプ氏は、交渉を通じて問題解決を目指すだろうと多くの専門家は見ている。しかし、ロシアと北朝鮮が軍事技術の交換を深めている現状は、日本にとっても深刻な問題となる。
北朝鮮はウクライナ戦争でロシアに軍需物資や、最大10万人の派兵を送る見返りに、ロシアから軍事技術の支援を受けているからだ。
ウォルツ氏が2019年の米朝首脳会談時、金正恩総書記を「暴君」と呼び、「北朝鮮の非核化が実現するとは考えられず、今後もそう信じることはない」と語ったのを振り返ると、トランプ2.0と北朝鮮の交渉は難航しそうだ。
ウォルツ氏の見解に対し、ナギ教授も「北朝鮮の核武装化を解くのは、非常に難しい」と見ている。韓国では核武装化の議論が活発となっているが、日本は朝鮮半島の核武装化にどう対応するのか注視が必要だ。
トランプ1.0政権以来、法の支配に基づく国際秩序はますます複雑になっている。
ロシアによるウクライナ侵攻と北朝鮮のロシア支援は、世界各地で起こる紛争のすべてが日本にも影響することを物語る。だが、ロシアと中国が関与している北朝鮮との調整に、トランプ2.0がどのように取り組むのかは現状、不透明だ。
■インドの台頭は…?
名目GDPは、2025年に日本を抜き、世界第5位となる見通しのインド。近年インドと中国との関係は、国境紛争や経済的競争から緊張が続いている。アメリカが対中強硬策をとるなかで、インドと日本の立ち位置はどのようになるのか――。
立命館大学国際関係学部准教授のアスタ・チャダ博士は、トランプ2.0の主な特徴は「同盟国やパートナー国には取引的な外交をし、ライバル国には強硬な姿勢をとることだ」という。
チャダ博士は「インドと日本は、インド太平洋において共通の脅威である中国に対抗するために、アメリカの同盟国としての役割を強化する」との見解も示している。両国とも、インド太平洋地域における安全保障や経済発展支援において、より大きな責任を担う態勢を整えているという。
こうした日印の思惑がある中、アメリカはどう動くのか。前出・佐藤教授は、米印の関係の複雑性を強調する。
「インドの財界の結びつきが強いウォルツの知るインドとは、異なるインドにアメリカは戸惑うことになるかもしれない」
佐藤教授曰く、インドはグローバルサウス(南半球に位置するアジアやアフリカ、中南米などの新興国や途上国の総称)の視点で「米国への過剰依存を避ける独自の外交戦略を展開しており、アメリカの対中強硬策を最大限支援するかどうかは疑わしい」という。世界への影響力を持つインドの動向からも目が離せない。
後編では、トランプ2.0のウクライナ戦争やイスラエル政策、移民問題、LGBTQ+政策について分析する。
【取材協力】(登場順)
長尾賢博士
現在、ハドソン研究所研究員。学習院大学で学士、修士、博士取得。博士論文「インドの軍事戦略」をミネルヴァ書房より出版した。自衛隊、外務省での勤務経験がある。学習院大学、青山学院大学、駒澤大学で教鞭をとる傍ら、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。他に13の肩書を有し、平和安全保障研究所研究委員でもある。英語論文150、海外メディアでのコメントは800以上。
スティーブン・ナギ博士
国際基督教大学教養学部政治学科の教授。日本国際問題研究所(JIIA)客員研究者。近著に『“Middle Power Cyber Security Cooperation in the Indo-Pacific: An Analysis Through the Lens of Neo-Middle Power Diplomacy;『Indo-PacificConnector? Japan’s Role in Bridging ASEAN and the Quad Indo-Pacific Connector? Japan’s Role in Bridging ASEAN and the Quad』(The Journal of East Asian Affairs. Institute for National Security Strategies (, Vol. 37., Issue 1)などがある。
佐藤洋一郎博士
立命館アジア太平洋大学(APU)教授。多数の学術書や論文を発表。BBC、アルジャジーラ、朝日新聞、日経アジアレビューなど、世界中のメディアに登場している。米国国防総省アジア太平洋安全保障研究センターで8年以上教鞭をとり、ユソフ・イサハク東南アジア研究所の客員上級研究員も務めた。慶應義塾大学法学部卒業、サウスカロライナ大学国際学修士、ハワイ大学政治学博士。近著に『Alliances in Asia and Europe: The Evolving Indo-Pacific Strategic Context and Inter-Regional Alignments』(Routledge、2023年)、『Handbook of Indo-Pacific Studies (Indo-Pacific in Context)』(Routledge India、2023年)などがある。
アスタ・チャダ博士
立命館大学(京都)の国際関係学准教授。立命館アジア太平洋大学の招聘講師も務める。 また、国際研究学会(ISA)の宗教とIR部門(REL)のコミュニケーション・オフィサー、民主化推進センターの研究員、ハワイ太平洋フォーラムの女性平和安全保障(WPS)フェローでもある。 インドと日本の関係、南アジアの安全保障、インド太平洋問題、世界政治における宗教について執筆している。著書に『Faith and Politics in South Asia』(Routledge、2024年)がある。
バーバラ・クラティウク博士
ポーランド・ヴィスワ大学助教授。インド、日本、韓国の大学で客員研究員。ワルシャワ大学、フライブルクのアルベルト・ルートヴィヒ大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、ベルリンとシンガポールのポーランド大使館やさまざまなメディアでの勤務経験を経て植民地主義、権力、アジアと米国および欧州の複雑な関係について執筆する。ポーランドのメディアでの東アジアの政治情勢についてコメントも多数あり、ポーランドおよびEUにおける東アジアおよび東南アジアへの理解を深める活動も行っている。編著に『Handbook of Indo-Pacific Studies (Indo-Pacific in Context) 』(Routledge India、2023年)があり、現在同著のUSとベトナム関係について執筆中。
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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