ロシア・中国・北朝鮮に囲まれた日本は絶体絶命…トランプ2.0のウクライナ支援"撤退"がもたらす窮地
プレジデントオンライン / 2024年11月28日 10時16分
トランプ政権2.0は、1.0とは本質的に異なると多くの研究者が指摘している。「またトラ」と呼ばれる第2次政権の人事を見ると、その政策の変化や継続性が浮き彫りになる。
国内外の専門家への取材をもとに、前編で取り上げたインド太平洋地域の政策に加え、後編ではウクライナやイスラエル、そして移民政策やLGBTQ+などのアメリカ国内の議論を紐解き、トランプ2.0政権の狙いを明らかにする。
■イスラエルの信頼をアメリカは取り戻せるか
トランプ2.0はこれまでの政権移譲に中東政策に重点を置くと見られている。2020年にトランプ1.0の仲介で実現したイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどの国交正常化「アブラハム合意」。この合意はトランプ2.0でも重要な位置を占めるだろう。
「アブラハム合意」はイランの影響力を封じ込める戦略の一環として進められてきた。「トランプ政権は、この合意をさらに強化し、イスラエルとアラブ諸国の協力を一層進めていく」と国際基督教大学教養学部政治学科のスティーブン・ナギ教授は分析する。
また、すでにマイク・ハッカビー氏が駐イスラエル米国大使に指名されたことには宗教的要因もあるという。
「ユダヤ国家の最も強い支持者であり、キリスト教福音派であるハッカビー氏を指名することで、アメリカのキリスト教福音派をトランプ2.0の保守的アジェンダに組み入れようとしている。福音派にとって、これはキリストの再臨がイスラエルで起こるという信念を裏付けるものだ。アメリカがイスラエルを近隣諸国から守ることで、この信念が現実のものとなる」
一方、ハドソン研究所研究員である長尾賢博士は、アメリカがバイデン政権下で失ったイスラエルの信頼を取り戻す人事だ、と評する。
「2023年10月7日のハマスによる大規模テロが起きたとき、バイデン政権は『怒りに身を任せてはならない』という『お小言路線』の軍事作戦の抑制を主張し、イスラエルからの信頼を失った」
トランプ2.0は、イスラエル寄りの姿勢を強調し、親イスラエル派であるハッカビー氏を起用することで、アメリカの中東政策に新たな方向性を打ち出すのではないのだろうか。
中東の安定は、日本にとっても重要だ。
中東の安定がアメリカの対中国戦略に直結し、日米同盟の枠組みにも影響を及ぼすからである。長尾博士は、「本来はインド太平洋に展開するべき空母が、中東に派遣されている状態だ。中国の台湾侵略を抑止する戦力を確保するためにも、中東情勢の安定化が必要になっている」と説明する。同時に、アメリカにとって頼みの綱だったサウジアラビアが中国の仲介を元にイランとの交渉を始めている状況には疑問を呈する。
「イスラエルとサウジアラビアの国境正常化を進め、イスラエルを守りながらイランを封じ込め、アメリカは中東からできる限り撤退して対中国戦略に集中する、といった路線に現実味があるのか疑問が残る」(長尾博士)
■トランプが介入しても、ウクライナ戦争は1日で終わらない
「トランプが再選すれば、ウクライナ戦争は1日で終わる」という発言は、大胆だが非現実的であると専門家たちは口を揃えて断言する。トランプ2.0政権がこの戦争を終結させるには、複雑な国際的条件を考慮しなければいけない。
考えられるのは次の3つのシナリオだ。
1.アメリカとEUがウクライナから撤退し、ウクライナが単独でロシアに対抗する。この場合、ウクライナはロシア本土への攻撃を続け、長期化する内戦状態に陥る。
2.アメリカが引き続きウクライナ支援を継続し、ロシアの不安定化を図る。このシナリオでは、アメリカが和平交渉を進める仲介役を担う可能性が高い。
3.アメリカが関与を縮小し、EUや日本が支援を拡大する形で戦争を続行させる。
ポーランドのヴィスワ大学バーバラ・クラティウク助教授は、ウクライナ支援に慎重態度を見せる超タカ派のマイク・ウォルツ氏を国家安全保障担当に起用する方針はEU、特に東欧にとって問題になる可能性が高いと言う。
「アメリカがウクライナ支援を撤回すれば、ロシアの立場が強化されるだけでなく、国際法秩序も大きく揺らぐ恐れがある一方で、撤回によりEUがアメリカの支援を当てにすることなく、自らの軍事力と安全保障を強化する上で必要な後押しとなるかもしれない」(クラティウク助教授)
さらに、「もしアメリカがウクライナの支援を取り下げる前例ができると、領土問題を抱える東アジア全体に影響を及ぼす」(前同)と推測する。ロシア、中国、北朝鮮に囲まれた日本にとっても、アメリカのウクライナ関与は大きな意味をもつ。
加えて、NATOからの脱退をちらつかせる戦略も注目すべき点だ。トランプ2.0は、NATO加盟国に防衛費の増額を求めることで、負担の公平化を実現しようとしている。この動きがアメリカとヨーロッパの関係にどのような影響を及ぼすかは、今後の国際情勢を左右する重要な要素となるだろう。
今年数カ月間、東欧で研究をした前出のナギ教授は次のように言う。
「ウクライナ周辺国の研究者たちは、アメリカやEUがウクライナ防衛への支援を突然打ち切れば、戦争はロシア本土まで拡大し、ロシアとウクライナはますます不安定化・暴力化する、と考えているようだ」
ただ、実際は支援打ち切りにより、ロシアやウクライナがエネルギーや食糧を世界に供給できなくなるから、EUとアメリカ、日本も結局ウクライナ戦争から逃れられない、という。
■不法移民問題は貿易交渉のカードに?
では、移民政策はどうか。
トランプ2.0政権が、国境管理の統括担当者にトム・ホーマン元移民税関捜査局(ICE)局長代理を起用し、1.0でトランプ氏の主要スピーチライターだったスティーブン・ミラー氏を政策担当の大統領次席補佐官に起用予定であることは、移民政策でも強硬な姿勢を貫く決意の表れと言っていい。
ホーマン氏は第1次政権時に「ゼロトレランス(不寛容)」という不法移民の強制送還政策を推進した人物だ。ミラー氏も不法移民の強制送還数を10倍の100万人以上に引き上げる計画を打ち出している。
不法移民はアメリカ南部の国境で深刻な問題となっているが、トランプ2.0がどのように国境を守るのかは発表されていない。また、移民労働力に依存するサービス業や農業のために必要な移民が合法的に入国できる仕組みをどのように構築するのかも不明だ。
ナギ教授は「不法移民問題は、メキシコの関税における貿易交渉のカードになる」と読む。米国・メキシコ・カナダ貿易協定(USMCA)において、アメリカはメキシコの輸入品に関税をかけ、アメリカ国内の産業競争力を高めて中産階級の復活を図る狙いだ。
トランプ2.0は、アメリカ国内での不法移民問題の解決を目指す一方で、「アメリカを再び偉大にする(Make America Great Again)」という目標を達成しようとしている。
■アイデンティティ・ポリティクスからの脱却
さらにトランプ2.0は次の施策に取りかかるだろうとの声が多い。
例えば、教育省の解体であり、過度なジェンダー・イデオロギー及びLGBTQ+関連教育や批判的人種理論(Critical Race Theory、※)を教える学校への連邦助成金の削減であり、未成年者への性別適合医療の禁止であり、トランスジェンダーの女子生徒の学校スポーツへの参加禁止などである。
※ウォール・ストリート・ジャーナルは、批判的人種理論を「アメリカ社会に根付いた制度上の人種差別を教える学問的枠組みを指す」と定義づけている。
そんな中、教育長官にはリンダ・マクマホン氏が指名された。マクマホン氏はプロレス団体「WWE」のCEOを務めた経験を持ち、トランプ1.0では中小企業局長を務めていた。WWEは過去に、トランスジェンダーの人々に対する差別的な描写が批判を受けたことがあるが、マクマホン氏がこれまでLGBTQ+コミュニティに関して積極的な支援を表明したことはない。
こうした流れを見ると、トランプ2.0政権は今後、アイデンティティ・ポリティクスから脱却していくとの見方が強い。
これは、外交上では一部の国との関係を改善する可能性がある。
ハンガリーなど保守派の同盟国にとっては、2国間関係の基盤がアイデンティティ・ポリティクスから“国益”に変更されることで、より強くなるだろう。なぜなら、バイデン政権と過去の民主党政権が輸出していたプログレッシブなアイデンティティ・ポリティクスは東欧、中欧、日本を含む東アジア、南米の保守的な国々との2国間協定の妨げになっていたからだ。
スカンジナビア諸国、西ヨーロッパ諸国、カナダなどは、今後はアイデンティティ・ポリティクスではなく、“国益”を重視する外交を行うようになりそうだ。
■「アメリカを再び偉大に」する起業家たち
新設される政府効率化省のトップに選ばれた宇宙開発企業「スペースX」や電気自動車メーカー「テスラ」の創業者イーロン・マスク氏と投資家のヴィヴェク・ラマスワミ氏は、連邦政府の規模を縮小し、規制を緩和する方向で動いていくと見られる。この取り組みは、アメリカ経済を活性化し、革新を促進する可能性を秘めている。
「規制の少なさがアメリカのイノベーションを生む土壌となってきた」と考える人は多い。また、移民一世(マスク氏)や移民二世(ラマスワミ氏)として成功を収めた2人の起用は、アメリカの移民や起業家に対する包容力を象徴し、世界中から優秀な人材を引き寄せるメッセージともなる。
アメリカは今後、愛国心、上昇志向、革新、そして、努力と勤勉が成功の基盤となるポスト・アイデンティティ社会に変化し(ジェンダーやアイデンティティではなく)、新たな移民を吸引していく、より一層強い国になっていく可能性がある。
トランプ2.0政権は、外交、経済、社会の各分野で新たな展開を見せると推測される。
日本にとっては、対中国戦略の中で日米同盟が果たす役割がますます重要になる。台湾や南シナ海の安定に向けた取り組みにおいて、日本のリーダーシップが発揮されればアメリカとのパートナーシップを深められる機会となるだろう。
【取材協力】(登場順)
長尾賢博士
現在、ハドソン研究所研究員。学習院大学で学士、修士、博士取得。博士論文「インドの軍事戦略」をミネルヴァ書房より出版した。自衛隊、外務省での勤務経験がある。学習院大学、青山学院大学、駒澤大学で教鞭をとる傍ら、海洋政策研究財団、米・戦略国際問題研究所(CSIS)、東京財団で研究員を務め、2017年12月より現職。他に13の肩書を有し、平和安全保障研究所研究委員でもある。英語論文150、海外メディアでのコメントは800以上。
スティーブン・ナギ博士
国際基督教大学教養学部政治学科の教授。日本国際問題研究所(JIIA)客員研究者。近著に『Middle Power Cyber Security Cooperation in the Indo-Pacific: An Analysis Through the Lens of Neo-Middle Power Diplomacy』、『Indo-Pacific Connector? Japan’s Role in Bridging ASEAN and the Quad』(The Journal of East Asian Affairs. Institute for National Security Strategies (Vol. 37., Issue 1)などがある。
佐藤洋一郎博士
立命館アジア太平洋大学(APU)教授。多数の学術書や論文を発表。BBC、アルジャジーラ、朝日新聞、日経アジアレビューなど、世界中のメディアに登場している。米国国防総省アジア太平洋安全保障研究センターで8年以上教鞭をとり、ユソフ・イサハク東南アジア研究所の客員上級研究員も務めた。慶應義塾大学法学部卒業、サウスカロライナ大学国際学修士、ハワイ大学政治学博士。近著に『Alliances in Asia and Europe: The Evolving Indo-Pacific Strategic Context and Inter-Regional Alignments』(Routledge、2023年)、『Handbook of Indo-Pacific Studies (Indo-Pacific in Context)』(Routledge India、2023年)などがある。
アスタ・チャダ博士
立命館大学(京都)の国際関係学准教授。立命館アジア太平洋大学の招聘講師も務める。 また、国際研究学会(ISA)の宗教とIR部門(REL)のコミュニケーション・オフィサー、民主化推進センターの研究員、ハワイ太平洋フォーラムの女性平和安全保障(WPS)フェローでもある。 インドと日本の関係、南アジアの安全保障、インド太平洋問題、世界政治における宗教について執筆している。著書に『Faith and Politics in South Asia』(Routledge、2024年)がある。
バーバラ・クラティウク博士
ポーランド・ヴィスワ大学助教授。インド、日本、韓国の大学で客員研究員。ワルシャワ大学、フライブルクのアルベルト・ルートヴィヒ大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学び、ベルリンとシンガポールのポーランド大使館やさまざまなメディアでの勤務経験を経て植民地主義、権力、アジアと米国および欧州の複雑な関係について執筆する。ポーランドのメディアでの東アジアの政治情勢についてコメントも多数あり、ポーランドおよびEUにおける東アジアおよび東南アジアへの理解を深める活動も行っている。編著に『Handbook of Indo-Pacific Studies(Indo-Pacific in Context)』(Routledge India、2023年)があり、現在同著のUSとベトナム関係について執筆中。
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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