「オトナの近視」は失明予備軍…40代から始まる「最近、見えにくくなった」を放置してはいけないワケ
プレジデントオンライン / 2024年12月2日 7時15分
■子どもも大人も…「近視大国ニッポン」
2024年7月、文部科学省が衝撃的な調査結果を発表しました(※)。それは「日本の小中学生の50.3%が近視」というもの。今から45年前の1979年の調査と比較するとその数字は倍増しています。
※文部科学省「児童生徒の近視実態調査について」
私が眼科医となった約30年前は、近視といえば「子どもの目に起きる現象」で病気とは捉えられていませんでしたし、大人になったら発症しないというのが常識とされていました。
しかし近年では子どものみならず、大人になってからも近視を発症するケースが増えています。私たちが、近視の大人238人に対して独自に実施した調査によると、43.6%の人が「20歳以上で近視となった」と回答しています。
■海外は近視を「国の危機」と捉えている
24年9月には、科学・医学領域の世界的権威である米国科学技術医学アカデミーが、「近視は病気である」という報告書を発表し、海外で話題となりました。
私は、この「近視」を国を揺るがしかねない重大な問題と捉え、さまざまな啓発活動に取り組んでいます。「近視=病気」であり、子どものうちから意識的に予防することが非常に重要であることは、欧米や中国ではかなり知られており、中には国家をあげて「近視の予防」に取り組んでいる国もあるほどです。
しかし、日本ではまだまったくと言っていいほど認識されておらず、私は眼科医として危機感を覚えています。
■白内障や緑内障、網膜剝離は他人事じゃない
それは、「近視」が将来的な失明リスクを大きく押し上げる要因だからです。
特に強度近視(※)の場合、そのリスクは一気に跳ね上がります。日本眼科医会のデータによると、白内障には5倍に、日本人の視覚障害理由No.1である緑内障には14倍、網膜剝離には22倍、近視性黄斑症にいたっては41倍までかかるリスクが増大します。
※眼軸長が直径26.5mm以上の場合や、度数が「-6.0D」を超えている場合を「強度近視」という。つまり裸眼ではっきり見える距離が16センチ以下の人が強度近視にあたる
このように書くと、「白内障も緑内障もシニア世代がかかる病気」「網膜剝離は激しい接触スポーツをしている人がなるもの」とおっしゃる方もよくいます。
しかし、決してそんなことはありません。
40代でも眼疾患に罹る人はそれなりにいらっしゃいますし、私は常々「40歳を超えたら年1回は眼底検査を受けてください」と勧めています。眼科疾患は自分では気づきにくく、かつ早期発見・早期治療が何より重要だからです。
■「PC画面が見えにくいと思ったら…」
いくつかの事例をご紹介しましょう。
WebデザイナーのAさん(40代女性)
「区の検診を利用して眼底検査を受診。すると網膜剝離の前段階「網膜裂孔」と診断され、すぐにレーザー治療へ。眼底検査を受けていなかったら、網膜剝離となり失明の恐れがあったと思うとぞっとしました。治療後、数日間は目を使えないので仕事にならず。そして、もう片方の目もいつ網膜剝離になるかと考えると不安です」
会社員のBさん(40代男性)
「目にモヤがかかる、PCの画面が見えにくくなるといった症状が続いたので眼科を受診。なんと両目とも白内障と診断され手術することに。片方ずつの手術だったので、数週間、片目しか使えない状態に。車や自転車の運転ができず、日常生活に支障が出て大変でした。白内障なんて親世代の病気だと思っていたのに……」
主婦のCさん(60代女性)
「もともと斜視で近視でしたが、編み物が趣味。ある日外出先で電柱に正面からぶつかり転倒。病院で末期の緑内障と診断され、片目がほぼ失明状態だったことが発覚。編み物はできていたのにどうして……」
■加齢による網膜剝離はじわじわ進行する
ここでご紹介した事例はごく一部で、働き盛りの世代が眼疾患にかかることは決して珍しくありません。これらの疾患が原因で、まったく見えない、あるいは相当に視力が落ちた「視力障害」のある人は想像以上に多いのです。日本眼科医会が2007年に報告した推定値では160万人以上いるとされ、年々増加傾向にあります。
例えば、網膜剝離の発症のピークは20代と50代と言われています。
20代で起こる網膜剝離には、頭や目に衝撃を受けて発症する外傷性のケースが多く見られます。それに対して50代で多いのは、目の硝子体内部が加齢により液化することで突然網膜からスルッと剝がれ落ちるケースです。その際に痛みはなく、硝子体がはがれた箇所で光を感じなくなり、じわじわと視野が欠けていきます。
初期症状が「視野欠損」なのは、緑内障も同じです。
数年前に日本のテレビで流れたACジャパンのCMでは、徐々に視野が欠けていく緑内障の症状を、パズルのピースを用いた象徴的なイメージでわかりやすく表現していました。ですが、実際にはあそこまでわかりやすく自覚できることはまずないと思ってください。
緑内障のタイプやステージにもよりますが、多くの場合、10年、20年とかけてゆっくりと視野が狭くなっていくので、非常に自覚しづらいのです。ですが、早く見つけてきちんと投薬を続ければ、今や一生にわたり視力を維持できる疾患となっています。
■近視になる原因はスマホやパソコン?
このような眼科疾患にかからないためには、まずはそのリスクを大きく押し上げる要因、「近視」にならないことが何より重要です。
近年「近視」が増加していると書くと、「スマホやパソコンのせい」と反射的に考える人が多いと思います。
しかし、実はスマホやパソコンの画面を見ることが視力を低下させるという科学的根拠は存在しません。確かにスマホ利用に関する研究は多数報告されており、関係があるというものも、関係がないというものもあります。ですが、現段階の最新の大規模研究では、スマホやパソコンと近視の直接的な関連性は否定されています。
さまざまな研究やデータを総合して眼科医として言えるのは、「スマホやパソコンを見ている時間が長くなり、屋外で過ごす時間が削られた結果、近視が増えた」ということです。
つまり、裏を返せば、近視を予防・抑制するには「屋外で過ごすこと」が非常に重要であると言えるのです。
■「屋外で過ごす」が近視予防になる理由
「屋外で過ごすこと」には、2つの要素があります。
それは「遠くを見ること」と「太陽光を直接浴びること」です。
「遠くを見ていたら目は悪くならない」は、昔から言われていたことです。より正確には、半径5m以内に何もない空間に身を置いて、それより手前に目に映り込むものがない状態が重要です。
「太陽光を直接浴びること」の効果は一般にはあまり知られていないかもしれません。窓ガラス越しなどではなく、太陽光のすべての波長が目に届くことが非常に重要です。詳しいメカニズムは研究中ですが、太陽光により網膜内のドーパミンが増え、近視抑制に効果があるのではないかと考えられています。
海外では、こうした科学的知見を教育の現場で実践している例も最近では増えてきました。
特に長時間机に向かわせる勉強をさせてきたアジア諸国に顕著で、台湾では2010年より小学校で一日2時間程の屋外活動を義務づけた結果、子どもの近視発症割合が減少しました。中国が知識偏重の詰め込み型教育を脱する教育改革に舵を切り、学習塾規制を行ったのも、背景に「近視」への強い危機感があったからだと言われています。
■高齢になっても「目の健康」を維持するために
以前は「遺伝だから仕方がない」となんとなく信じられてきた「近視」ですが、最近の研究では、遺伝要因よりも環境要因の方が影響するという研究結果も出ています。日本の子どもの近視保有率がこのたった2年間で1割増えたのも、コロナ禍で屋内生活時間が増えてしまったからです。
近視研究が盛んな国の一つであるオーストラリアでは、屋外活動は大人の近視抑制にも効果があるという報告もなされています。
通勤に徒歩を取り入れる、買い物やペットの散歩でできるだけ外に出るなどの工夫を積み重ね、一日1~2時間の「屋外時間」を確保するようにしてみてください。週末にまとめて長時間屋外にいるようにするだけでも効果があります。
「早期発見・早期治療」と「一日2時間の屋外時間」。
この2つを掛け合わせることで、失明リスクを抑えて生涯にわたり「目の健康」を維持していく。それが、これまでにも増して重要な時代になりつつあります。
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医師、医学博士、窪田製薬ホールディングス株式会社 代表取締役会長、社長兼最高経営責任者(CEO)
慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学大学院に進み眼科学研究において博士号を取得。その研究過程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、「須田賞」を受賞。眼科専門医として緑内障や白内障などの手術の執刀経験を持つ。慶應病院や虎の門病院などの勤務を経て2000年より米国ワシントン大学に眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。2011年、『日経ビジネス』誌が選ぶ「次代を創る100人」にて、日本の次世代にもっとも影響力のある1人として選出。慶應義塾大学医学部客員教授、米国NASA HRP研究代表者、米シンクタンクNBR理事などを歴任。米国眼科学会(AAO)、視覚眼科研究協会(ARVO)、日本眼科学会、慶應医学会、在日米国商工会議所(ACCJ)、一般社団法人日米協会会員。2024年5月に東洋経済新報社より『近視は病気です』を出版。近視をゼロに、世界中から失明を無くすことを目標に活動している。
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(医師、医学博士、窪田製薬ホールディングス株式会社 代表取締役会長、社長兼最高経営責任者(CEO) 窪田 良)
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