「あなたが助ければ?」貯金ゼロ、年金は"施設費"で消える義実家…生活保護担当者の捨て台詞に長男嫁の胸の内
プレジデントオンライン / 2024年11月30日 10時16分
■義父との同居
古道文子さん(50代・仮名)は現在、中部地方在住で、夫(59歳)と暮らしている。子ども2人(30歳と28歳)は自立して他県で生活しており、自宅近くには義実家がある。
2023年の夏、認知症で要介護3の義母(87歳)が介護老人保健施設に入所した後、90歳の義父は独居状態になった。
陶器関係の仕事をしていた義父は、2018年に85歳で引退した。2021年に胃がんが見つかり、がんの摘出手術を受けた後、約1カ月入院したが、現在は薬を飲むこともなく、元気に過ごしている。
だが、自営業者だった義両親には貯金はほとんどなく、ひと月に2人で11万円の国民年金生活。しかも、義両親の家は義両親のものだが、土地は借地だった。
義母が施設に入ってからは、介護老人保健施設や特養の費用が月10万円ほどかかるようになり、残りは1万円。たった1万円では生活していけないため、不足分は、長男である夫が負担していた。
しかし昨年、「このままでは自分たちの老後の蓄えがなくなる」という危機感を覚えた古道さん夫婦は、約24年前に建てた自分たちが住む家を売り、義父の家で同居することを決める。
ところが、まもなく古道さんは、同居を後悔した。
「いざ住むために義実家を片付け始めると、出てくるわ出てくるわゴミの山! 義母の嫁入り道具の布団などをはじめとする不用品が、押し入れやクローゼットからわんさか出てきました。戦争を経験している人は『もったいない精神』が強くて物を捨てられないうえに、昭和時代は引き出物や中元・歳暮の習慣が盛んで、物をいただく機会が多くありました。途中で引っ越しでもしていれば不用品を処分する機会もあったのでしょうが、義両親はこの家に60年間住み続けているため、彼らにとってはどれもこれも思い出の品物で『取っておけば何かの時に使える』だったんでしょうね……」
義親のものだけではない。義姉が履けなくなったスケート靴やヒールの高いブーツ、壊れたギターや大きなやかん、陶器や漆器など、とっくの昔に処分していてもいいはずの物もあった。
市の処分場に車2台で数十回、3日かけて不用品を処分した。
その後、押し入れとクローゼットのカビと埃と格闘。夫によると、「もともと両親には不用品を処分する概念がなかったかも」という。
「むき出しの床などには埃がたまっていないので、ある程度の掃除はしていたと思いますし、高齢者だけの生活ではそんなに散らかりません。ただ義母が認知症になってからは掃除できていなかったのだと思います。認知症になってからは仕方ないにしても、元気な頃に不用品は捨ててほしかったですね……。軍手・マスクは必須で、こっちが病気になりそうでしたが、掃除をしても、シロアリを駆除しても、ムカデやゴキブリに悩まされ、ある意味トラウマになりました……」
古道さんは、義実家での同居を心底後悔し、今すぐ出ていきたかったが、シロアリを駆除費用や畳の新調などコストをかけたため、お金の元をとる程度は住まざるをえない。せめて自分は、「子どもに負担をかけないために、元気なうちに不用品を処分しよう」と心に誓った。
■80歳目前で離婚された父親
一方、古道さんの父親は2022年、80歳目前で再婚相手から離婚を突きつけられた。相手は古道さんが20歳の時に不倫が発覚し、両親の離婚の原因になった女性だ。
「相手の女性は3人の子どもがいて、父は私たちが知らない間に、その子どもたちと養子縁組していました。つまり、会ったこともないその子どもたちと私たちは、きょうだいになっていたということです。父は、相手の女性と離婚をすればその子どもたちとも縁が切れると思っていたようですが、不安に思った私が市役所に確認すると、子どもたちとは個別に養子離縁の手続きが必要だと言われました」
ここ10年あまり、義両親の介護やお金、不用品処分などで負担を強いられてきた古道さんは、父親の身辺もきれいにしておいてもらいたいと思い、調べてみて正解だった。
「父の離婚理由は知りませんが、私が想像するに、おおかた相手の女性が、父の女癖の悪さやお金の使い方に嫌気がさしていて、子どもも独り立ちし、お金も貯まったので出ていったのだと思います。父は面倒見が良すぎるところがあり、自分で築き上げた会社は、自分の息子に継ぐ気がないと知った途端、甥にあげてしまうし、ろくに知りもしない女性が困っていたからと、借用書もなしにお金を貸してしまうようなところがありましたから……」
古道さんは父親に、
「養子縁組を解消しないと、お父さんが亡くなった後、お父さんの貯金や家を処分するときに、私が養子の子どもたちに印鑑をもらいにいかなければいけないし、遺産を分けなければならなくなるんだよ」
と説明すると、父親は「元妻やその子どもたちには、1円たりとも渡したくない!」と言い、弁護士に依頼して離縁手続きを進めることに。幸いにも子どもたちは、快く離縁に応じてくれた。
■「倒れて死ぬ」プラン
古道さんの父親には、高血圧と糖尿病の持病があった。
70歳からひと月に一度通院はしており、主治医に「血管の詰まりが首と脳にある」と言われていた。そのため父親は、
「血管の詰まりが爆発したら終わりや。『倒れて死ぬ』から、俺が倒れても助けるなよ」
と古道さんたち子どもや友人たちに言い聞かせていた。
大阪の実家までは、車でも電車でも4時間ほどかかる。そのため古道さんは月に一度様子を見に行くのが精一杯で、普段はLINEなどで連絡を取り合っていた。
だが2023年10月、父親の友人から突然「お父さんが動けなくなっている」という連絡を受けた。
■血管の詰まりが首と脳にある父が観念して手術
すぐに父親に電話をかけ、「一緒に病院に行こうか?」と言うと、父親は「月末に予約を入れているから、それまでは行かない」との一点張り。
「父は、『もう首を切るしかない。二度と病院から出られない』と思い込んでいました。でもだんだん体が動かなくなっていくことが怖くなったらしく、渋々手術を受けることにしたようです」
古道さんが手術の付き添いに行くと、父親の左手はグーにしたまま開かなくなってしまっていた。そして体全体が固まっていくような感覚とともに、両足が動かしづらくなっていた。そのため、一人暮らしでは着替えることも入浴することもままならず、汚れた衣服や下着のまま1カ月近く過ごしていたようだ。
6時間に及ぶ手術は成功。1週間後に面会に行くと、リハビリの甲斐あって、こわばった体は多少動くようになり、歩行器を使えば歩けるようにまで回復していた。
ただ、左手のほうは、動かなくなってから放置していた時間が長かったため、「おそらくもう元には戻らない」という。
「医師には、『手に麻痺が出始めたときに手術を怖がらずに受けていれば、後遺症はもっと軽かったはず』と言われました。血管が詰まる=倒れるとばかり思っていましたから、血管が詰まることで体が動かなくなっていくということは、父も私も実際に目の当たりにするまで想像もできませんでした……。今は、体が動かなくなることは、倒れることと同じくらい怖いことだと感じているので、正しく理解できていれば、もっと強く手術を勧めることができたかもしれないという後悔はあります」
筆者の父親も高血圧と糖尿病の持病があり、68歳の時に脳梗塞で倒れ、一命は取り留めたものの半身不随になり、言葉が話せなくなった。その約35日後に大腸の血管が詰まり、壊死したため亡くなった。古道さんの父親は、少し体が不自由になったものの、命に別状がなかったのは不幸中の幸いだった。
約3カ月後に父親はリハビリ病院へ転院。入院中、医師や看護師、ケアマネや本人を交えて退院後の生活を確認し、介護ベッドや玄関の手すり、手押し車などを揃え、週2回のヘルパーとデイサービスを契約すると、約2カ月半後に退院した。
■後期高齢者4人を抱える現実…生活保護職員の心ない言葉
現在古道さんは、パートで働きながら、夫と義父との3人暮らしをしている。2人の子供は社会人になり、独立している。今年に入ってから、築24年の自分たちの家を売却に出したが、まだ買い手はついていない。
「義実家は、家は持ち家ですが土地は借地なので、年末に1年分の土地代26万円を私たちが支払います。徐々に光熱費も(義父の)食費も私たちが負担するようになっていき、嫁の立場の私からすると、たまったもんじゃありません」
負担が大きくなっていくことに不安を覚えた古道さんは、2019年、市役所に行き、国民年金だけで生活している義両親の生活保護について相談をした。
すると職員から、
「近くに親族がいるなら助けてあげてください。家も売って、売ったお金もなくなったら申請に来てください。生活保護の許可が出るのは条件ではなく、『助けなくてはならない』という人です」
と言われたと言う。
「義実家の土地は借り物ですから、義両親には何もない状態ですし、現状は世帯分離で同居しており、おそらく義父本人が申請に行けば申請は通るのでしょう。けれど、市役所に連れて行くのは夫。一緒に行けば、『あなたが支援できませんか?』と言われると思いますし、そもそも両親大好きな夫が親を連れて生活保護の申請に行くとも思えません。私は嫁の立場なので、私では申請できません。ただ、義父まで施設に入るとなったなら、『2人分の施設代を払うことはしないので、生活保護申請に行ってもらうから』と夫には言ってあります」
市役所職員の「条件ではなく、『助けなくてはならない』という人です」という意味がわからない。「助けなくてはならない」と思うのは誰か? 「助けなくてはならない」と思える人と思えない人がいるというのもおかしな話だし、理性ではなく感情、客観ではなく主観で生活保護が下りる下りないが決まるという仕組みは到底納得がいかない。
一方、特養に入所している88歳の義母は、嫁である古道さんの顔はもとより、自分の子どもたちや夫の顔さえ忘れてしまったようだが、体は健康そのもの。古道さん夫婦が同居している91歳の義父は、最近寝ていることが増えたものの、介護認定を受ける必要がないほど自分のことは自分でできている。
「夫にとっては、ここは実家ですが、私にしてみれば住みたくない家に住んでる状況がとても嫌ですし、お世話になったとは思っていない健康な義理の父の食事を作って、世話になった要介護1の実の父は独居という、どこか腑に落ちない現状に葛藤があります」
■生活保護利用率は日本1.62%、ドイツ9.7%、イギリス9.3%
古道さんの父親は現在82歳。リハビリの甲斐あって、短時間なら歩けるようにはなったが、左手が開かなくなっているほか、右手は上がらなくなっており、入浴は週2回のデイサービス。着替えは前開きの服しか着ることができない。
古道さんの母親は現在81歳で、古道さんの弟(53歳・独身)と2人暮らし。ペースメーカーを入れているものの、自転車にも乗れるし、家事も問題なくできている。弟が同居しており、性格的にもしっかりしているため、母親のことは心配していない。
「今後もしも父の介護度が上がったら、私は実家に帰って父と暮らそうと考えています。健康な義父に、夫と私の2人もつかなくてもいいと思うからです」
そうなれば、古道さん夫婦は別居状態になる。古道さんはこう話す。
「終わりが見えない親の介護に対し、子どもたちは労力を奪われるだけでなく、経済的な不安や罪悪感まで植え付けられてしまい、ひどくなれば夫婦間の亀裂まで生み出してしまう可能性もあります。そうならないためには、親のためにも自分のためにも、お金の問題は親が元気なうちに話し合っておくべきだと思います。そしていざ介護が始まっても頑張りすぎず、『疲れたら途中で投げ出せばいいや』というぐらいの気持ちでいたほうがいいかもしれません」
これまで筆者は100人近くの介護者を取材し、多くの介護離職や介護転職、老後破綻などを見てきたが、介護を家族が担わなければならない現状を変えなければ、日本の経済は好転しないのではないかと考える。
高齢者たちは、老後が不安だからお金を溜め込み、経済を回さない。ならば、老後に不安を感じなくなれば、死ぬ直前まで経済活動をし続けるのではないか。
古道さんはこう続ける。
「高齢者の長寿化の問題は今後さらに深刻化すると思いますが、個人的な思いとしては、介護にやりがいなどなく、本当に心の底からウンザリしています。早く終わってほしいという気持ちは多くの人が共感するものだと思うので、介護をしている皆さんには自分だけが負の感情を持っているなどと罪悪感を持たないでほしいと思います」
厚生労働省によると、日本の生活保護利用率は、2023年1月分の概数で、人口の1.62%。これはドイツ9.7%、イギリス9.3%などと比べると極めて低い。
親のために自分たちの老後の貯蓄を使い潰すのは、本末転倒だ。生活保護の利用を、恥だとかかわいそうだとかと感じることは全くない。長年にわたり納税してきた国民であれば、当然の権利だと思うべきだ。
生活保護が老後の安心材料となるなら、高齢者たちは死ぬまで経済を回せるようになるのではないだろうか。
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ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社新書)刊行。
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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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