「医師は頭が悪くなければならない」最難関慶應医学部が小論文で「バカの効用」を700字で書かせた理由と解答例
プレジデントオンライン / 2024年12月1日 10時15分
※本稿は、『医学部進学大百科2025完全保存版』(プレジデントムック)の一部を再編集したものです。
■一見、医学と無関係なテーマが問われる理由
学科試験ではないものの、「面接」と同様に万全な対策が必要なのが「小論文」だ。出題される形式・テーマはさまざまだが、代表的なテーマを挙げてみよう。
多いのは医療系のトピックだ。
例えば、2024年度入試の東京医科歯科大(現・東京科学大)は「高齢化に伴って必要となる医療改革」という課題文を読み解いて論述する内容を出題。同じ系統では、東京医科大は「認知症の進行に伴って生じる苦しみ」というテーマだった。医学部専門予備校「D組」校舎長の七沢英文さんは言う。
「医学部志願者であれば、現代の医療の周辺に横たわる重要問題に対してはアンテナを張って、自分なりの考察をしておかなければなりません。課題文をよく理解したうえで、理論的でわかりやすく正しい日本語で表現できていることが大事です」
こうした医療・病気関連のテーマは医学部受験と即シンクロするが、ぱっと見、医学部とあまり関係ないと思われる変化球的な出題の大学も少なくない。
浜松医科大は、「人間関係をコスパで選ぶことの利点・欠点との是非」という課題文の読解。東海大は市民が書いた手紙文コンクールの文を読んで「“普通”とはなにか」考えを述べるという人文的なテーマを出題している。
「他者の苦痛を理解し、共感できるかという、医師に必須なスキルである“人間力”を試しています」(七沢さん、以下同)
この人文系の系譜でいうと、順天堂大の出題は例年、極めてユニークだ。絵や写真を見て6〜800字で考えを述べさせるのである。
「写真を見て、あなたがアザラシだったら何を思うか」(21年度)
「数億年後の地球の写真を見て、どのような世界が広がっているかについて考えよ」(22年度)
「特攻隊員達が、出撃直前に記念撮影している様子の写真を見て、この中の1人として、家族に向けての手紙を書きなさい。また、書いているときの心情を説明しなさい」(23年度)
そして、24年度の試験で登場したのは、1976年に米国で撮影されたモノクロ写真。
これは「人種統合教育」と題された1976年に米国で撮影された写真である。人種差別撤廃を目的に、米国の公立小学校では白人と黒人の比率を半分にした。写真に写る2人の子供の言葉で、800字以内で私たちにメッセージを書きなさい。
この年、アメリカでは人種差別撤廃を目的に、公立小学校では白人と黒人の比率を半分にした。いわゆる「人種統合教育」で、写真には白人と黒人の子が1人ずつ。出題文は「写真に写る2人の子供の言葉で、800字以内で私たちにメッセージを書きなさい」である。
どのように書くといいのだろうか(模範解答参照)。
■5W1Hを聞くように写真を分析する…模範解答はこれだ
「人と人は、外見(肌の色)や宗教、人種、性別などに関係なく、互いを認めようとすることが大切、という多様性の重要さをメッセージとして子供の言葉で伝えるのが小論文の出だしの基本構造になるでしょう。時事性を盛り込んで、ウクライナとロシアの戦争、パレスチナとイスラエルの紛争といったことに当てはめて横展開させてもいいかもしれません。
模範解答の中で触れているのは、『ここは学校であり、いじめや差別はなくさなければならないと教わった場所』であること、また『理科の授業で、ある環境の中ではできるだけ違った個体と交わることが生物の進化のうえでも大事だと学んだ』ということです。これにより、受験生本人のポリシーや授業で習得した内容を論文に盛り込むこともできます」
こういった一見、変わり種のように見える出題も、実は医師としての適性を見ていると七沢さん。
「この順天堂大のような写真問題に相対したとき、受験生が最初にやるべきは“5W1H”の把握です。『(写真に出てくる場面の)ここはどこ? 何が写っている? 季節や時間はいつ? 何が起こっている?』……。ビジュアル情報を漠然と眺めるのではなく心の中で言語化する。そうやって整理しながら、私的な体験・意見を交えて論述するのです。考えてみれば、この写真の読み取り作業は、医師が初めての患者に行う診察と同じなのです」
つまり、診察室に迎えたときに医師が必ず実施する「今日はいかがされましたか?」から始まる一連の聞き取り。顔色を見つつ「(不調は)いつからですか? 体のどのあたりが痛みますか?」などと質問し、状況を細かく把握。必要であればレントゲンや血液検査などもする。そうやって正確な診断をする。
患者とどれくらい有意義なキャッチボールができるか。順天堂大の写真問題は、限られた時間内でそうした医師に必須な観察力や情報収集力を発揮できるか試しているのだ。
「さらに写真を見ながら想像を巡らせてほしいのは、撮影時点だけでなく、その前後の時間のこと。患者が診察に来る前、また来た後の行動などを推察したりして今後の診察プランを構築するのと同じです。
24年度の写真の場合、白人と黒人の子供2人の過去と未来に思いをはせてみるのです。今はまだ少しぎこちない関係でも、10年後は唯一無二の親友になっているかもしれません。そうしたポジティブな状況に導いていけるような視点も小論文に盛り込めると評価が高まるかもしれません」
【順天堂大の出題の模範解答例】
大人たちが大変な苦労をして、白人と黒人の数を半々にしてくれました。そのおかげでマジョリティーとかマイノリティーという区分がなくなりました。それはそれで良かったのだと思います。なぜなら、いじめや差別はマジョリティー側から見た「自分たちとは違う少数派」に対して犯される態度や行為であることが多いからです。
ここは学校です。僕たちが大人になって社会に出ていくために必要なことを学ぶ場所です。勉強する目的は、テストでいい点を取ったり、競争に勝つことだけではないはずです。何をなぜ学ぶのかを学ぶ場でもあるはずです。
「なぜいじめや差別がいけないのか」は、ただ単に多数派による弱いものいじめが、相手がかわいそうだからとか、その行為自体が卑劣だから、だけではないと思います。
この前、理科の授業で生物の多様性の勉強をしました。生物が生き残るためには、環境に適応しなければなりません。環境に適応するためには、遺伝子が変異して以前は適応できなかった生物の中に適応できる遺伝子を持つものが生まれることが必要だと学びました。現在の環境で強い個体でも環境が変われば弱くなることも多いはずです。生物ができるだけ違った個体と交わることが必要だとすれば、人間は遺伝子の交雑だけでなく、情報を伝達し合い、互いに協力することができる種です。
だから、人と違うことは攻撃の対象にすべきではなく、大切にするべきだということを理科の授業から応用できます。また、社会の授業では必ずしも多数決が集団を維持するための唯一の方法でなく、時には少数派の意見も尊重する必要があることも学びました。
僕たちは、自然界の法則や、人間社会の仕組みや課題、環境など、人間がこの世で生き残るために必要なさまざまなことを学ばなければならないと思います。そのために、僕たちは「何のために学ぶのか」を学ぶために学校に通い、そして、未来の人間社会をより良くするために勉強していきたいと思います。
■なぜ、慶應医学部は「頭の悪さの大切さ」を問うたのか
もう一つ人文系の小論文のテーマを挙げよう。こちらも24年度、慶應義塾大医学部が出したものだ。それは、夏目漱石の直弟子だった、文筆家で物理学者の寺田寅彦の随筆「科学者とあたま」を読み、「科学者は頭が良いと同時に頭が悪くなくてはいけない」ということに関して意見を述べよという内容だ。
寺田寅彦「科学者とあたま」を読んで「科学者は頭が良いと同時に頭が悪くなくてはいけない」ということについて考えを述べる。(600字~700字/50分)
「頭がいい・悪いを二項対立ではなく、両立すべきものという矛盾するような筆者の考えをどう解釈して、自分のロジックを組み立てるのか。ポイントは、『頭が悪い』の定義です。『頭がいい』のはわかりやすい。あらゆる科学現象を分析し、一連の理論を構築する、正確かつ緻密な頭脳のことです。
では、『頭が悪い』ことが科学者になぜ必要なのか。寺田は『常識的にわかりきったと思われることで、(中略)何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明(せんめい)に苦吟するということが、(中略)科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須』と言っています。
スピード重視の現代で、効率がいいことは是とされる中、それとは逆のスローな思考や熟考、別の視点などによって、人々の盲点や細かい見逃しに気づく可能性もある。常識とされることには、実は間違いも含まれているのではないか。
そうした批判的な精神を抱きつつ、自分が納得いくまで一つ一つ前に進む。そんな愚直な姿勢が同時に求められるということ、そしてさらには、自分の興味関心の向く領域に、時にむやみに、赤裸で飛び込んでいく『頭の悪さ』が必要だということを受験生に気づいてほしいのだと思います。
入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、頭が悪くても情熱を持って勉強や仕事に打ち込める人を求めているのかもしれません」
■これくらい書けないと慶應医学部は受かりません
【慶應義塾大の出題の模範解答例】
科学者は現象を分析し、一連の理論を構築するために、正確かつ緻密な頭脳を要する。その意味で科学者は確かに頭が良くなければならない。一方、常識的にわかりきった事象に対し、何かしら疑問を持ち、苦心しつつ探究する姿勢が求められる。時に盲目的に自分の興味の対象に没頭する。そういう意味では、科学者は頭が悪くなければならない。
ここで、医師という職業について考えてみたい。医師は、人体の仕組みや疾病、創傷などの原因や治療法、さらに予防法について、医学という科学で分析するという科学者の側面を持つ。医学の未知の領域は宇宙よりも広いともいわれ、また、発症の過程や症状など、さらには命とか生活といった側面は患者一人一人異なる。
医学研究の分野はもちろん、臨床においても、正確かつ緻密な頭脳は必要だ。症状や検査の結果で仮説にあたる鑑別診断を行い、さらに必要な検査をして検証し、最終的に確定診断に至る。
しかし、その道筋には多くのささいな事象が隠れている。至るべき疾患の診断とは関係ないものも数多くあるはずだ。診断という結論に至るためには無駄がなく、迅速な方法が求められることは当然ではあるが、もしかしたら重篤な疾患に至る小さな芽を見過ごしているかもしれない。
さらに、患者という人間を見る以上、親身になって対応することもある。そこに利益や効率といった概念は相いれない。頭が良いだけでは患者に寄り添うことはできない。時には馬鹿になって患者のために尽くすこともあるだろう。つまり、頭が良くなくてはならないと同時に頭が悪くなくてはならない職業でもあるのだと私は考える。
(プレジデントFamily編集部)
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